高橋英雄さんの『寿命』という詩があります。
。。。。『寿命』。。。。。。。。。。。。。。
人間は、病気で死ぬのではない
事故で、死ぬのでもない
過労で、死ぬのでもない
寿命が来て
魂が、天にかえるのである
だから
病気を、恐れることはない
事故を、こわがることはない
過労過労と、不安がることはない
自分の肉体の働きと
肉体のあらゆる部分に感謝し
自分を生かしてくれているいのちに合掌し
我が天命を完とうせしめ給えと祈りつつ
与えてくれたいのちを
その場その時精一杯生きることだ
人間は、病気で死ぬのではない
寿命が来て
この世の使命が終わって
この世を去ってゆくのである
。。。。。。。。。
★ この詩のはじめのフレーズは、意味深長です。(^^;ゞ
『人間は、病気で死ぬのではない
事故で、死ぬのでもない
過労で、死ぬのでもない
寿命が来て
魂が、天にかえるのである』
人生を裏から(私たちを、生かしている「神の立場」)、から見れば、このように言えるかも知れません。(^^;ゞ
私たちは、ただ、生かされているだけの存在なのですね。
やはり、「ああだ。こうだ。」と考えるのが、余計なことのようです。(^^;ゞ
先日、漫画家志望の女性が、「夢」について語っていました。
『ほんとうにやりたいことならば、悩んでいるヒマはないはずです。
少しでも、良いのもをと思って、漫画を書き続けるだけですから…』
『悩むのなら、やめた方が、良い』そうです。
悩むことは、「余計なこと」なのですね。(^^;ゞ
だって、神によって生かされている「私の生命」なのであり、
その生死と寿命は、宇宙神(万物を動かしている力)のみぞ知るのですから、
肉体の私には、何もすることができないのです。(^^;ゞ
私の新年の指針は、
『神はすべてのすべて、肉体の我は、何事もなしえず』でしたものね。(*^_^*)
。。。。『寿命』。。。。。。。。。。。。。。
人間は、病気で死ぬのではない
事故で、死ぬのでもない
過労で、死ぬのでもない
寿命が来て
魂が、天にかえるのである
だから
病気を、恐れることはない
事故を、こわがることはない
過労過労と、不安がることはない
自分の肉体の働きと
肉体のあらゆる部分に感謝し
自分を生かしてくれているいのちに合掌し
我が天命を完とうせしめ給えと祈りつつ
与えてくれたいのちを
その場その時精一杯生きることだ
人間は、病気で死ぬのではない
寿命が来て
この世の使命が終わって
この世を去ってゆくのである
。。。。。。。。。
★ この詩のはじめのフレーズは、意味深長です。(^^;ゞ
『人間は、病気で死ぬのではない
事故で、死ぬのでもない
過労で、死ぬのでもない
寿命が来て
魂が、天にかえるのである』
人生を裏から(私たちを、生かしている「神の立場」)、から見れば、このように言えるかも知れません。(^^;ゞ
私たちは、ただ、生かされているだけの存在なのですね。
やはり、「ああだ。こうだ。」と考えるのが、余計なことのようです。(^^;ゞ
先日、漫画家志望の女性が、「夢」について語っていました。
『ほんとうにやりたいことならば、悩んでいるヒマはないはずです。
少しでも、良いのもをと思って、漫画を書き続けるだけですから…』
『悩むのなら、やめた方が、良い』そうです。
悩むことは、「余計なこと」なのですね。(^^;ゞ
だって、神によって生かされている「私の生命」なのであり、
その生死と寿命は、宇宙神(万物を動かしている力)のみぞ知るのですから、
肉体の私には、何もすることができないのです。(^^;ゞ
私の新年の指針は、
『神はすべてのすべて、肉体の我は、何事もなしえず』でしたものね。(*^_^*)