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宮城県大崎市・北小松遺跡 約2500年前縄文時代晩期の人骨が出土

2009年09月03日 | Weblog
 県教育庁文化財保護課は3日、北小松遺跡(同市田尻)で、約2500年前の縄文時代晩期の遺構と遺物が発見されたと発表した。この中には人骨がほぼそのままの状態で残っている墓や木製品、骨角器など通常は腐って残らない遺物、また土偶も出土しており、当時の人々の暮らしぶりや埋葬方法を知るうえで非常に価値が高いとしている。
 北小松遺跡は大崎平野北辺の丘陵の縁にある沼辺に位置する縄文時代晩期を中心とした遺跡。以前から縄文土器や石器、骨格器などの遺物が多量に出土することで知られており、特に昭和30年代の開田工事の際には人骨が出土し注目された。今回の調査では、遺跡の中でも特に遺物量が多い中心部付近を発掘した。
 調査の結果、縄文晩期(約2,500年前)の遺物包含層から遺構と多くの遺物が発見された。
 遺構には掘っ立て柱の穴、土坑(穴)墓、集石遺構などがあり、中でも丘陵突端の斜面から、墓が16基と10体以上の人骨が残っていた。人骨がほぼそのまま残っているものもあった。
 墓は2形態あり、一つは両手を胸に、両ひざを折り曲げあおむけに屈葬した隅丸長方形の「屈葬墓」が8基。うち1基で30~40歳のほぼ完全な状態の人骨が見つかった。
 もう一つは円形の穴に埋め、浅鉢ないし深鉢をかぶせた直径50cm前後の「円形墓」で8基。屈葬墓は成人のみとみられるが、円形墓は子供も葬られているという。
 土偶は「遮光器土偶」のほかさまざまな形のものがあるが、完形品はなかった。
 遺物には、亀岡式土器はか多くの縄文土器や、石器(石鏃・石斧など)、土製品(土偶・耳かざりなど)、石製品(石棒・石刀・石皿など)があった。さらに、低湿地であるため、通常は腐って残らない竹を編んだかごに漆を塗って固めた籃胎(らんたい)漆器、骨角器、シカやサケなど鳥獣魚骨、貝類、木の枝なども見つかった。
 一般向けの現地説明会は5日午前10時半から開かれる。

[参考:2009.9.3朝日新聞、2009.9.4毎日新聞、宮城県教育庁文化財保護課HP]



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