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京都市左京区・西寺跡 方形周溝墓が2基分出土

2016年06月14日 | Weblog
 平安京への遷都(794年)直後、羅城門の西に建てられた国営寺院「西寺(さいじ)」。金堂、講堂、五重塔など堂塔が並ぶ主要区域の北側に隣接するように約240m四方あったとされる太衆院(だいしゅういん、寺の管理施設)の想定地を京都市埋蔵文化財研究所による調査で、下記のことが分かった。
①創建時に規則通りの道路を通さず、寺の施設を設けていた。寺に裁量をまかせていた可能性がある。
②庇付き掘っ立て柱の建物跡など2棟分が出土した。いずれも直径約20mという細い柱の太さから僧坊に入り切れない僧らの宿泊などに使った建物とみられる。一緒に出てきた土器や瓦から9世紀に建てられ、10世紀には廃絶したようだ。
③下層からは、弥生時代中期(紀元前1~2世紀)ごろの方形周溝墓が2基分出土した。うち1基の周溝の一辺は約11m。墓の上部が削られていたため、埋葬施設は確認できなかった。溝の近くに掘られた大きな穴からは、全体的に朱に彩られたものと、塗られていない普通の壺形の土器がほほ完形で1個ずつ並べられたように出土した。
④この周辺は古墳時代の遺構である唐橋遺跡とも呼ばれていたが、この遺跡で弥生人のの生活が初めて確認されたとしていいる。
[参考:産経新聞]

過去の関連ニュース・情報
 京都市埋蔵文化財研究所によれば、唐橋遺跡およびその北側にある衣田町遺跡などは、弥生時代の遺跡があるとしている。



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