歴歩

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明日香村・飛鳥寺西方遺跡 「槻の木の広場」で平安時代の祭祀の跡

2016年02月11日 | Weblog
 奈良県明日香村教委が9日、「槻の樹の広場」(日本書紀では「槻樹之下」)とされる飛鳥寺西方遺跡で平安時代の祭祀の跡が見つかったと発表した。 遺跡が飛鳥時代から平安時代まで特別な場所だったことを示す資料だとしている。
 直径10~14cmほどの平安時代10世紀の土師皿が5~8枚重ねるようにして、3カ所で置かれ1.1mの等間隔で東西一列に並んでいた。 北側の別の場所では大型の土師皿(直径約14cm)が2枚重ねて置かれ、その近くには、火を焚いた跡があった。 中に穀物を入れて儀式に使ったと見られという。 さらに北側で、2枚の口を合わせた大型の土師皿5組が集まった遺構も確認した。
 調査では、他に飛鳥時代の排水用の南北に走る大規模な石組み溝跡(長さ約8m、幅約1m、深さ22cm)が見つかった。
[参考:奈良新聞、共同通信、産経新聞、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、NHK、TVN奈良テレビ]

 飛鳥寺西方遺跡

飛鳥寺西方遺跡に平安時代の皿 遷都後も祭祀利用か


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