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奈良ものろーぐ(20)門前町 初瀬郷/長谷詣、伊勢参りで栄える

2017年12月07日 | 奈良ものろーぐ(奈良日日新聞)
毎月第4金曜日、奈良日日新聞に連載中の「奈良ものろーぐ」、11月24日付で掲載されたのは「門前町 初瀬郷/長谷詣、伊勢参りで栄える」。地元の廊坊篤(ろうのぼう・あつし)さんと田守信子(たもり・のぶこ)さんに貴重なお話をお伺いしたおかげで、1本の記事にまとめることができた。以下、全文を紹介する。
※トップ写真は 昭和初頭、與喜(よき)天満神社の大祭の日、
井谷屋旅館本館前で撮影されたもの。中央がご当主(田守信子さん提供)

桜井市初瀬郷(長谷郷)は昔の門前町・宿場町の雰囲気を色濃く残していて、何度も訪ねたくなる町だ。長谷寺の観音信仰は、平安時代から皇族・貴族の間で高まり、参詣が行われたが、町の発生は鎌倉時代末から室町時代初頭のようだ。

天正11年(1583)には旅宿を含めて町家は200軒ほど建ち並んでいたという。今も門前町として賑わい、街道脇には幕末から大正時代にかけて建てられた飲食店や商家が軒を連ねている。江戸末期の建物・山田酒店(茶房長谷路)は有形文化財に登録されている。「長谷寺の参拝客は、この10年で3分の1になった」という噂を聞きつけ、3年ぶりにこの町を訪ねた。



窓の外には小川が流れる(井谷屋旅館本館)

初瀬で郵便局を営む廊坊篤(ろうのぼう・あつし)さんに話をお聞きした。名刺には「長谷寺参与」とある。廊坊家は世襲で長谷寺の「執行(しゅぎょう)」つまり執事長をお務めになっていた。

長谷寺が興福寺(法相宗)の支配から、専誉僧正が入り「新義真言宗」の道場となったとき「これまで長年の間執行の座にあった廊坊家は、天正16年(1588)10月に寺物いっさいを専誉に引き継いで山を下ったので、専誉もその功労を謝し10石を宛てている」と『桜井市史』に記されている。

「私の若い頃は、道路を横断することができないほど、人であふれていました。寿司屋と美容院はそれぞれ3軒もありました」と廊坊さん。今の静かなたたずまいからは、なかなか想像できない。



井谷屋旅館のランチ、鴨鍋がついてきた

「長谷寺湯元 井谷屋」は江戸時代末期の文久元年(1861)創業の老舗旅館である。大女将・田守信子さんの話を伺った。「昭和23年に嫁いできました。最盛期、町には魚屋と呉服店が3軒、肉屋が2軒」「以前は芝居小屋もありました」。「大勢の昼食のご注文をいただいたことがあり、時間帯をずらして70畳と30畳の大広間にお膳を並べました。宿泊客用には60畳用の蚊帳(かや)が2張あって、畳むのと虫干しが大変でした」

「宿泊は団参(団体参拝)、戦友会、修学旅行などの団体客が中心でした」「昭和40年に温泉を掘り当て42年には大浴場が完成。45年の大阪万博の頃は目の回る忙しさ。でも今となっては楽し
い思い出です」と微笑む。長谷寺への団参は信者数が減るとともに信者が高齢化しているので、ダブルパンチで減少が激しいのだろう。



井谷屋旅館には、かつて団体参拝・宿泊した講の看板が今も残る

しかし、今も長谷寺はだだおし法要や桜・牡丹・あじさい・紅葉の時期は、参拝客で境内はあふれる。初瀬の鎮守神・與喜(よき)天満神社の大祭は「初瀬まつり」として神輿や太鼓台が出て、多くの見物客で賑わう。長谷寺が舞台の「わらしべ長者」で地域おこしに取り組む動きもある。若い経営者の新店も増えてきた。

参道では名物の草餅や、岡本彰夫氏(奈良県立大学客員教授)の指導で復元された江戸時代の「女夫(めおと)饅頭」が口の肥えたお客を引きつける。井谷屋旅館は個人客の比率が5~6割に増え、リピーターも増加しているという。

古き良き日本が残る初瀬郷、これからも国内外から多くのお客さまを引き付けていただきたいと願う。

それにしても「長谷寺の参拝客は、この10年で3分の1になった」とは、驚きの数字だ。長谷寺は、真言宗豊山派(文中に登場する「新義真言宗」の一派)の総本山だ。西国三十三所の第八番札所であり、そもそも長谷寺を開いた徳道上人が三十三所巡拝を始めたともいわれる。

真言宗豊山派は徳川幕府の政策により東日本を中心に布教されたので、信者さんも東日本に多い。この信者さんたちが講(団体)を組んで何年かに一度、長谷寺を参拝(団参)するのが通例だった。その信者さんたちが高齢化し、また次の世代にその美風が受け継がれていないので参拝者が減る、という悪循環になっているのだ。

ちなみに香川県のこんぴらさん(金比羅宮)の参拝客も、瀬戸大橋開通の昭和63(1988)年の5,200千人に比べ、平成27(2016)年には2,333千人と半減(△55.1%)している。長谷寺ほどではないにしても、門前町の参拝客は軒並み減少傾向にあるようだ。

しかし長谷寺もご本尊の特別開帳をはじめ、新たな祭事で個人参拝者を引き付けようとしているし、初瀬の街道筋にも新しいお店が出店している。これからは団参に頼らず、新たな魅力を発掘して個人客を誘致していただきたい。ガンバレ、初瀬郷!

ご多忙のところ取材に快く応じてくださった廊坊篤さん、またお部屋をご用意いただき、昔の写真までご提供いただきました田守信子さん、本当にありがとうございました。謹んで御礼申し上げます。

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コメント (3)
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