tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

外国人観光客の増加で活況を呈する奈良県。県下各地では、美味しい飲食店も激増中です。ぜひあなたも「どっぷり奈良好き」人に!

スーパーホテルは、スーパーお値打ちホテル

2006年09月17日 | 感想
5年前(2001年)、奈良市内で「スーパーホテル」が近鉄新大宮駅前(3月)とJR奈良駅前(4月)に、あいついでオープンした。いずれも駅の目の前という好立地なのに、1泊が4980円(朝食無料)という超安値だ。大きな黄色い看板が目を引く。

格安ビジネスホテルに関する私のイメージは、決して良いものではなかった。かつて東京の(スーパーホテルとは別の)ビジネスホテルで、イヤな思いをしたことがあったからだ。部屋が狭く寝具はお粗末、壁が薄くて廊下や隣室の音が丸聞こえ、風呂は大浴場(シャンプーなし)、冷蔵庫もドライヤーもない。

いちどスーパーホテルをリサーチしたいものだと思っていたら、今年に入って東京に出張する機会があった。試しにスーパーホテル「City池袋北口」(1泊 6280円)にネットで予約を入れてみた。10日以上も前だったが、ほとんどの部屋が満室だったのは意外だった。なお、ここのネット予約のシステムは、とても使い勝手がよい。

泊まってみて驚いた。この値段でこのサービスとは…。しかし1泊だけで判断するのは早計だろう。念のため先日(9/10)、今年オープンしたばかりの「上野入谷口(いりやぐち)」に泊まってみたところ、やはり期待を裏切らないホテルだった。で、自信を持ってここに紹介することにした。
※スーパーホテルのホームページ
http://www.superhotel.co.jp/

まずネットで予約を入れると、予約番号の入ったメールが返ってくる。これを持って(なくても支障はないが)まずフロントへ行く。愛想の良いフロント嬢の前で受付を済ました後は、ロビーのATMのような機械に1泊分の料金(ここは6490円)を入れる。池袋だと紙のカード、上野は暗証番号が記載されたレシートが出てくる(カードなし)。これがルームキーの代わりになる。なおチェックアウトは不要だ。

部屋はご覧の通りで(上野)決して広くはないが、都内の通常のビジネスホテル並みだ。狭いながらも清潔なバス・トイレがあり、液晶テレビも冷蔵庫(カラっぽだが)もドライヤーも付いている。パソコンを持っていれば自室でネット接続ができる(パソコンがなければ館内のパソコンで、インターネットが無料で利用できる)。部屋は遮音性に優れ、廊下や隣室の音は聞こえない。希望すれば、好みの硬さの枕が貸してもらえる。部屋は禁煙・喫煙が選べ、レディスフロアもある。

感激したのは朝食だ。無料なので期待していなかったが、たくさんの菓子パンや食パンがずらりと並び、自動販売機の飲み物はコインを入れなくても好きなだけ出てくる(つまり食べ放題・飲み放題)。トースターやジャムなども豊富に用意されている。

池袋店(食堂は広い)では、ポテトサラダやサンドイッチ用のパンと具材、自販機にはオニオンスープまで用意されていた。建物自体がペンシンビルという上野店には食堂スペースがなく、ロビーで食べることになるが、さほど不便には感じない。

両店とも「力水」という美味しい水が無料で飲める。水の分子(クラスター)が細かく、「活性水」とか「高波動水」とも呼ばれ、安全で健康に良いという水だ。持参のペットボトルに詰めたのは言うまでもない。

部屋には、「経済産業省の『上質サービス企業』に選ばれました」という社長の顔写真入りの広告も出ていた。オリエンタルランド(ディズニーランド)、楽天トラベル、グッドウィルなどと一緒に選ばれたそうだが、これなら納得がいく。

今奈良では、藤原市長がホテル誘致に動いていることで、県旅館・ホテル生活衛生同業組合による反対運動が起きているが、01年にこのホテルの2つの店が出てきた時、反対があったとは寡聞にして存じ上げない。

既存の旅館や観光ホテルにとって本当に脅威なのは、このように安くて快適で、情報発信力に秀でたシンプルなホテルではないだろうか。同業組合の皆さん、いちど泊まってみられては?

【お詫び】
パソコン故障のため、しばらくの間、記事投稿を休ませていただきます。悪しからず。
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そうめんといえば…

2006年09月17日 | グルメガイド
「東京でそうめんといえば、揖保乃糸(いぼのいと)ですよ。三輪そうめんじゃなくて」

7月、奈良市の拠点である「東京観光オフィス」(渋谷区恵比寿西)を訪ねたとき、所長さんにそう言われた。所長は名古屋出身で、近畿日本ツーリストから来られた方だ。
※参考記事:奈良市 東京観光オフィス(ブログ内)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/99bc93977eaf86a52b77ebc6ebff3e7e

子供の頃から「三輪そうめん」がそうめんの(それも高級そうめんの)代名詞だと信じて疑わなかった私にとって、これはショックだった。その後ネットで検索してみると、東京都内にそうめん専門の料理店があることが分かった。やはりそれも「揖保乃糸」だった…。

今度上京したら味見をしてやろう。三輪そうめんで育った私の舌がどう反応するのか、自分でもワクワクしながらその日を待った。

念願かなって9/10(日)、「揖保乃糸 庵(いおり) 品川店」のノレンをくぐった。兵庫県手延素麺協同組合(たつの市龍野町)のお店だ。
※「揖保乃糸 庵」の紹介サイト(ぐるなび)
http://www.gnavi.co.jp/ibonoitoiori/

品川駅前のま新しい巨大ビルの地下にそのお店はあった。周辺のビル群は、すべてペデストリアンデッキ(高架になっている歩行者用通路)で駅と直結しているので、とても便利だ。この店は、とてもおしゃれなカフェバー風の造りだった。外気温も最高で33.7℃という、そうめん日和だった。

ランチタイムだったので、手頃なメニューが並んでいる。一番シンプルな「冷そうめん」(ご飯と漬物付 黒帯680円、赤帯600円)にしようかと悩んだが、思い直して写真の「味わいそうめん」(ご飯と漬物付 900円)にした。「冷そうめん」はふつうの醤油のツユだが、「味わい」には生海苔、くるみ、梅風味の3種類のツユがつく。ご飯はすべておかわり自由という太っ腹だ。

運ばれてきたそうめんは、水切りをしてたっぷりの氷の上に載っている。まずは「生海苔」のツユで一口、うーん、これは旨い。よく冷えたそうめんにコシがあり、歯触り抜群だ。高級な「ひね物」そうめんだそうで、ゆで加減も絶妙である。3種類のツユにつけ、合間にご飯を口に運んでいると、やはり醤油のツユでも試したくなった。追加注文(100円)すると、薬味(おろしショウガと刻みネギ)とツユが出てきた。

薄口醤油を使った旨いツユだった。そういえば「うすくちヒガシマル醤油」の本社は、たつの市だった。自宅だと、ここに金糸卵や椎茸やハムを合わせるところだが、シンプルに食べた方が麺の味が引き立つ。

それにしても、美味しいそうめんだった。三輪そうめん山本の「三輪茶屋」や池利の「千寿亭」は別格として、外ではなかなか旨いそうめんにありつけないのだが、「庵」は高級麺を上手にゆで、しかも安いと、3拍子揃っている。ご飯のおかわりも自由なので、若い男性にもウケそうだ。
※三輪そうめん山本のホームページ
http://www.miwayama.co.jp/
※千寿亭のサイト
http://www.ikeri.co.jp/senjutei/index.html

このお店のように、美味しいそうめんが手軽に食べられる店は、もっと増えてほしいものだ。これからは温かい「にゅうめん」の季節である。三輪素麺工業協同組合さん、頑張って下さいよ!
※三輪素麺工業協同組合のホームページ
http://www11.ocn.ne.jp/~soumen/
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携帯とラッパと旭日旗

2006年09月15日 | 意見
東京出張(9/11)前日の日曜日、早めに奈良を出て靖国神社に立ち寄ることにした。靖国の近くを通ったことはあったが、鳥居をくぐるのはこれが初めてだった。

JR市ヶ谷駅に降り立ったのは、お昼を少し過ぎた頃だ。駅舎を出ると突然、ムッとした異臭に包まれ、思わずハンカチで鼻を押さえた。見ると外堀の水は大量発生したアオコに覆われ、濃い黄緑色に染まっている。そこから、磯に打ち上げられた海藻のような悪臭が漂ってくる。

空は晴れ上がり、太陽がじりじりと照りつけてくる。まるで映画で見た8月15日の空だ。9月も半ばというのに、この日の東京は最高気温が33.7℃と、平年(28.0℃)を5.7℃も上回る厳しい暑さだった。

背中に汗をにじませながら、靖国通りをひたすら東へ上った。やがて、瓦の載った靖国神社の長い塀が現れる。京都の大徳寺付近の景色によく似ている。靖国通りが、まるで北大路通りのように見えて困った。

南門から靖国の境内に入ると、右手に大村益次郎像(陸軍の創設者)と大鳥居(第一鳥居)、左手には拝殿と本殿が見える。この日はまず、真っ直ぐ遊就館(ゆうしゅうかん)に向かった。

遊就館は、明治15年に開館したわが国初の軍事博物館だ。「遊就」とは、高潔な人物に就いて交わり学ぶという意味だそうだ。合祀者の遺品や兵器など約3千点が展示され、収蔵品は10万点を越える。入場料は800円だった。

岡崎久彦氏(元駐タイ大使)は、産経新聞「正論」欄で遊就館の展示(説明文)の反米的な記述を問題にし、「この展示を続けるならば、私は靖国をかばえなくなるとまであえて言う」と書いた(「遊就館から未熟な反米史観を廃せ」06.8.24付)。

靖国はこれに直ちに反応し、翌日の産経で「内容を変更することを決めた」ことを明らかにした(06.8.25付)。直後の「朝まで生テレビ」で田原総一朗が言及していたから、ご存じの方も多いだろう。

しかしこの日には、まだ「変更」はできていなくて、「米国は国内経済の復興を目的に対日開戦を志向したと解釈できる内容」(同紙)のままだった。

それにしても遊就館の展示物には圧倒される。玄関ホールには三菱零式艦上戦闘機52型(ゼロ戦)。そのほか高速艦上爆撃機・彗星、88式7.5糎(サンチ)野戦高射砲、人間魚雷・回天…。

97式中戦車にも、始めてお目にかかった。もと戦車隊の小隊長だった司馬遼太郎氏が「この戦車の最大の欠陥は、戦争ができないことであった。敵の戦車に対する防御力も攻撃力もないにひとしかった」(新潮文庫『歴史と視点』)と書いたいわくつきの戦車だ。

全長5.52m×全高2.23mと、ホンダのステップワゴン(4.63×1.77)よりひと回り大きいはずだが、塗装が新しいからか、まるでオモチャだ。大砲の砲身も短い。隣に重厚な黒塗りの回天(全長14.75m×直径1m)があるので、よけい貧相に見える。

館内に展示室は全部で20室ほどあり、中心は太平洋戦争戦争の展示(10室)だ。さすがに館内には中・韓国語の表記はなく、所々に英語の表示がついている。出口に近い数室では、壁一面にハガキ大の遺影(遺族らの提供による白黒写真)がびっしりと貼られ、息苦しさを覚える。売店では軍帽や徽章などのレプリカやのらくろグッズ、戦闘機・軍艦のプラ模型などが売られていて、多くの人を集めていた。

外へ出ると、何やら騒がしい。第二鳥居のあたりから、ラッパを吹く数人の楽団を先頭に、軍服姿の兵隊2人がボロボロの旭日旗(きょくじつき・朝日を描いた軍旗)を掲げて歩いてくる。その周りを見物人が取り囲み、競って携帯のカメラで撮っている。まるでディズニーランドのパレード見物のノリだ。

写真がその一団だ。拝殿前で敬礼し、そこで解散した様子だ。8月15日のTVニュースでよく見る風景だが、普段の靖国でお目にかかれるとは思わなかった。

靖国の参拝客には高校生のグループや若いカップルが多い。遊就館の展示や、「報道機関の写真撮影・インタビュー禁止」の看板などを別にすれば、予想していたような重々しさはない。敷地も、奈良県内の橿原神宮や大神神社(おおみわじんじゃ=三輪明神)に比べると狭く、天理市新泉町の大和神社(おおやまとじんじゃ=「戦艦大和」命名の神社)を思わせるたたずまいだった。

小泉首相の参拝で存在感が増した靖国だが、戦後60年以上が過ぎ、良かれ悪しかれ、参拝する人々から戦争の記憶が薄れている。この先、議論がどちらへ進展するにせよ、人々の「記憶の風化」だけは不可逆的に進んでいく、確かなのはそれだけだ。
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広報担当者研修会で、一席

2006年09月12日 | 感想
昨日(9/11)、ある業界団体の「広報担当者研修会」に、講師として参加してきた。私の勤務先にお声がかかり、広報経験の長い私が出向くことになったものだ。場所は東京都内だった。

研修は月~火の2日間で、初日の1コマ(90分)を私が受け持つことになった。出番は午後からだったが、設営と打ち合わせの都合上、朝一番にお邪魔することになり、前日の日曜に奈良から上京した。

おかげで午前中のコンサルタントの話(経営に役立つマーケティング)も聴講させていただいた。とても興味深い話で、感心しながら聞き入ってしまった。

私の演題は「当社の広報戦略」だ。コンサル氏の立板に水のような話と違い、冷や汗をかきながら、何とか経験談(兼務を含めると、通算で約14年)を交えて予定どおり85分で終了し、質問の時間も辛うじて取れた。

受講者は、北は北海道・南は九州と、全国から約150名。部長・副部長さんから若い女性担当者まで、地域も役職も年齢層も様々だった。果たして私の早口の関西弁がどこまで通じたのかは疑問だが、居眠りする方もいなくて(演壇からはよく見える)、何人かの方と名刺交換もできたのは、とても有り難かった。

社内の研修では何度も話しているのだが、社外の方が相手だと、やはり緊張する。社外の講演はこれが2回目だが、今回は本業の話なので前回より準備もスムーズだった。
※ハラハラ・ドキドキの講演会、初体験(ブログ内)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/3ba1da64578a870e6247ed163ae2e5ee

それにしても、東京にはどんどんビルが建っている。写真はJR品川駅の周辺(9/10撮影)だが、研修会場の東京駅付近から千葉方向を眺めても、目を見張るほどの高層ビル群が見渡せた。この景気が、早く地方にまで波及してほしいものだ。
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奈良きたまち交流会

2006年09月09日 | 奈良にこだわる
写真右側の建物は、奈良市手貝(てがい)町にある東大寺の転害門(てがいもん・国宝)だ。

9/3(日)の午後5時頃に撮ったものだが、ご覧の通り鹿たちがのんびりと草を食(は)んでいた。バス停(手貝町)看板の影が長く伸びているが、この前を国道369号線(もとは24号線で、奈良と京都を結ぶ「京街道」だった)が走っている。

左端のしもた屋(2階建と隣の1階建)は、地元銀行の旧・手貝(てがい)支店である。今は土地・建物とも奈良市の所有だが、空き家になっている。

この空き家を活用して「奈良きたまち」の町おこしをしようという趣旨の「きたまち交流会」がこの日、転害門近くの若草公民館で開かれた。「奈良街道まちづくり研究会」(略称「まちけん」)の呼びかけによるものだ。

参加者の顔ぶれは、地元の自治会長さんや住民の方、近くにある奈良女子大の先生と院生、奈良デザイン協会や(社)奈良まちづくりセンターなど地域おこしの関係者、小冊子『ドラマチック奈良町北』の編集者など、30人近くが集まった。知人に誘われて、私も参加した。

「まちけん」は1996年に発足してこの地域の町おこしに取り組み、これまで、お水取り用の「竹送りお迎え式」や夏の「幻燈会」(げんとうえ)などのイベントを行ってきた。
※まちけんのホームページ
http://www1.kcn.ne.jp/~sirokuma/

04年には、奈良女子大学生活環境学部が周辺を調査して活用計画書をまとめているほか、05年4月には「旧南都銀行手貝支店活用協議会」が発足し(6回開催)、空き家の活用について奈良市に対し要望書まで出されている。なお協議会のメンバーは「まちけん」はじめ、奈良町北を考える会、手貝町自治会、奈良女子大生活環境学部、(社)奈良まちづくりセンター、となっている。

この日の交流会はこれらの経過説明と、参加者による意見交換が行われた。空き家を残して活用するという方向性については全員が賛同したが、今後は、その具体的な活用提案づくり(コンセプトの絞り込み)と、地域住民への啓蒙(PR)の必要性が確認された。「奈良町」を復興されたまちづくりセンター役員の「10年かけるつもりで」「まず住民が立ち上がらなければ」という発言には、千鈞の重みがあった。

この地域、江戸時代には京街道沿いに旅籠や商家が立ち並び、大変栄えていたそうだが、今も様々な観光資源が残っている。「むかし町」の町並み、奈良女子大学の記念館(国の重文)、かつては天守閣もあったという多聞(たもん)城跡(今は若草中学)、正岡子規・山県有朋・岡倉天心らが泊まった老舗旅館「対山楼」跡…。
※「鐘が鳴るなり東大寺」(対山楼の話:ブログ内)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/90e36e1194e0014fbf1057735d23a8ec

この対山楼跡地(現在は料理店「天平倶楽部」の一部)は、子規の縁戚(子孫)である造園家らが「子規の庭」(仮称)として整備し、10月には子規の「秋暮るる奈良の旅籠(はたご)や柿の味」の句碑が建つことになっている。

奈良市は、この地に古くから続く商店や牧場を「まちかど博物館」として指定し、観光客などに紹介している。

現在は閉鎖されている転害門が開けば、近鉄奈良駅からこの町を通り東大寺(正倉院方面)に至る良い散策ルートになるだろう。そうなればこの空き家は、「観光情報発信基地」や休憩所として、絶好の立地だ。

この観光資源豊富な「奈良きたまち」、先輩格の「奈良町」のような観光スポットとしてよみがえるか、それはひとえに地元住民らの熱意にかかっている。今後の展開が楽しみだ。
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