tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

外国人観光客の増加で活況を呈する奈良県。県下各地では、美味しい飲食店も激増中です。ぜひあなたも「どっぷり奈良好き」人に!

春日万燈籠(産経新聞「なら再発見」第108回)

2015年02月28日 | なら再発見(産経新聞)
産経新聞奈良版・三重版に好評連載中の「なら再発見」、今日紹介するのは「春日大社の万燈籠 一斉にともす幻想的な風景」(1/24付)、執筆されたのはNPO法人「奈良まほろばソムリエの会」の石田一雄さんである。石田さんは本欄の最多執筆者である。春日大社ではこの3月(2015年)から、式年ご造替が本格的にスタートする。
※トップ写真は、灯がともされた回廊の釣燈籠(2014年8月)

古くから、奈良の名物は「奈良墨、奈良筆、 奈良曝(さらし)、春日燈籠、町の早起き」といわれてきた。春日大社には、1万はオーバーとしても、約3千基の燈籠があり、節分とお盆には一斉に火が灯される(春日万燈籠)。では、全文を紹介する。
 
 春日大社では、今年3月から来年11月にかけて第60次式年造替が執行される。20年に一度の社殿の修繕事業だ。
 大社の境内には、石燈籠が約2千基、釣燈籠が約千基、あわせて約3千基もの燈籠があることで知られる。石燈籠では石清水八幡宮(京都府八幡市)の約650基などをしのいで日本一だ。
 燈籠は中国で生まれ、仏教とともに日本に伝わった。仏に灯りを献ずるのが本来の目的で、金堂や塔の前に1基建てられた。その後照明用としても発展し、燈籠自体を供物として献上する風習もでき、数が増えていった。また神社にも建立されるようになった。
 大社の宝物殿(現在は休館中)入り口ロビーに、古く貴重な石燈籠が保管されている。平安時代の柚木(ゆのき)型燈籠と鎌倉時代の御間(おあい)型燈籠(いずれも重要文化財)だ。前者は関白・藤原忠通(ただみち)が寄進したと伝わり、後者は本社と若宮を結ぶ御間道(おあいみち)沿いにあったものだ。
      ※   ※   ※
 毎年2回、節分と中元(8月14日・15日)の「万燈籠」ですべての燈籠に一斉に献灯がともされる幻想的な風景はここでしか味わえない。
 現在では年2回の万燈籠だが、常夜燈と刻まれた石燈籠があるように、江戸時代までは毎日すべての燈籠に灯がともされていた。灯明の油を供給したのが、市内油阪町にあった油座で、一晩で280リットル使ったという。
 この油代の工面を含め燈籠関係の実務を行っていたのが禰宜(ねぎ)という下級神官で、近世からは幕府から灯明田(とうみょうでん)を拝領し、その中からも灯明料を出した。彼らは燈籠の寄進を呼び掛けるなど崇敬者と神社の仲立ちとして「御師(おし)」と呼ばれた。燈籠の寄進者から献納された灯明料の中から油代を払い、代々その家の燈籠を管理し毎晩灯をともした。
 明治維新後、油代の基盤となっていた1650石の灯明田が没収されたため、毎晩灯をともすことができなくなった。このままでは神様に申し訳ないと現在のような万燈籠神事が明治21年の節分から行われることになった。
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 各時代の燈籠寄進者をみていくと、室町時代には地元の郷士からの寄進が多く、安土桃山時代には石田三成(みつなり)の右腕として名をはせた嶋左近(しまさこん)や藤堂高虎(とうどうたかとら)など著名な武将が奉納した。江戸時代には大名や武士に加え、経済力を持った商人や同業者組合からの奉納が大幅に増加した。現在も石燈籠や釣燈籠が毎年数基ずつ奉納されている。


宝物殿入り口ロビーに保管されている柚木型燈籠(右)と御間型燈籠(左)

 境内に立ち並ぶさまざまな型の石燈籠の中には、仏が仮の姿で神として現れたとする考えから生まれた「春日大明神」の名を刻んだものが15基あり、「一晩で3基見つけ出したら長者になれる」との言い伝えがある。
 万燈籠の神事は、本殿前の「瑠璃(るり)燈籠」(復元品)に灯をともし供えることから始まる。釣燈籠では最古とされるこの燈籠の原品は関白・藤原頼通(よりみち)が長暦2(1038)年に寄進したものと伝わるが、現存するものは鎌倉時代以降の遺品だ。木製黒漆塗六角形で、小さな瑠璃玉を銅線で連ね、側面を連子窓(れんじまど)のように形作った非常に珍しいものだ。
 回廊に整然と連なる釣燈籠に一斉に灯がともされると、柔らかな光が朱塗りの柱にも映え幻想的な美しい光景が広がる。今年は、恒例の年2回に加えて、式年造替を記念し、3月29日から31日までの3日間、奉祝万燈籠が行われる。
 当日は、参道のすべての石燈籠にも灯がともされるが、明るい夜に慣れた目にはかなり暗い。懐中電灯を持参して、足元に気をつけながら、ゆっくり境内を巡拝するのがおすすめだ。(NPO法人奈良まほろばソムリエの会 石田一雄)


節分の万燈籠の時期には、興福寺で豆まき(鬼追い式)が行われるので、これとセットで訪ねることができる。お盆(8月14~15日)には高円山の大文字送り火(8月15日)、東大寺の万燈会(8月15日)、なら燈花会も一緒に見物することができる。

さらにご造替の今年は「奉祝特別万燈籠と御本殿特別拝観」(2015年3月29~31日)も行われる。ええ古都なら(南都銀行の観光サイト)によると《御造替を記念して境内にある燈籠約3,000基(石燈籠約2,000基、釣燈籠約1,000基)に浄火が灯されます。朱塗りの社殿が暗闇に浮かび上がり、幻想的な雰囲気に包まれます。また御仮殿の移殿へも参拝いただけます》。今年と来年は、春日大社から目が離せない。

石田さん、興味深い記事を有難うございました。皆さん、ぜひ春日大社をお参りください!
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郡山筒井バル(第1回)は、3月6日(金)開催!(2015Topic)

2015年02月27日 | お知らせ
大和郡山市で初となる「バル」が3月6日(金)に開催される。食事処・居酒屋、喫茶・カフェ・バーから、雑貨店、自転車屋さんまで、幅広い業種の23ヵ店が参加している。昭和工業団地協議会のHPによると、

第1回 郡山筒井バル 開催のご案内
前売券発売中!!
平成27年3月6日(金)午前11時~イベント終了時(参加店の営業時間による)

会場 近鉄筒井駅周辺
料金 前売券:3,000円 当日券:3,500円
お問い合わせ 大和郡山市商工会
TEL.0743-53-5955

その他情報 前売り券は筒井プラザ商店街会加盟店でご購入いただけます。各店自慢の限定バルメニューを楽しみながら、筒井のお店を回るイベントです。気になっていたお店に、知らなかったお店に出会うチャンス!!


お店などの詳しい情報は、筒井プラザ商店街のFacebookに載っている。近鉄筒井駅周辺は昭和工業団地の玄関口だが、景気の低迷で社員さんたちの利用も停滞気味。そこで地元の若手経営者たちが立ち上がった、という訳だ。この地域ではお地蔵さん(延命地蔵尊)のまつりごとを核とした結束力も強い。皆さん、ぜひ初の郡山筒井バルに足をお運びください!

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たまむすび(TBSラジオ)3月中の金曜日に出演します!(2015Topic)

2015年02月26日 | マスコミに紹介されました!
東京のTBSラジオに「たまむすび」(月~金 13:00~15:30)という人気番組がある。女子アナとお笑い芸人などが2人1組となってトークを繰り広げる番組である。毎週金曜日には、浅草キッドの玉さん(玉袋筋太郎)とTBSの小林悠(はるか)アナが出演している。

この番組に、3月中の金曜日(6日、13日、20日、27日の4回)限定で、5分間の「近鉄プレゼンツ“小林悠おススメ!奈良大和路 春の旅”」(14:30頃~14:35頃)コーナーが登場する(提供:近畿日本鉄道)。玉さんと小林アナを相手に、近鉄沿線の見どころを紹介するという趣向で、近鉄本社のT部長から出演のご依頼をいただいた。「5分×4回=20分くらいなら、何とかなるだろう」と安請け合いをしたが、あとで聞くと、公開の会場(東京のTBSスタジオ)で90分ほど、私が県下の見どころを紹介し、そこに玉さんと小林アナがコメントを入れる、という組み立てだ。スタジオには一般募集したリスナーが50~80人ほど見に来られるという。



収録は2月22日(日)。その翌日(2/23)、私は奈良市内で春日大社式年ご造替をテーマとしたシンポジウムにパネラーとして登壇する予定だったので、これは忙しい。収録前日(2/21)はホテル(シェラトン都ホテル東京)をご用意いただいたので、早めに上京し、一夜漬けで最後の追い込みをすることにした(何度もメールと電話でやりとりし、パワポ資料も作ったが、やはり心配である)。



当日は東京マラソンの日だったので少し早めにホテルを出たが、コースからは外れていたのでスイスイと到着。まずはTBS内のレストランで、早めの昼食会。そのあと、玉さん・小林さんと合流して打ち合わせ。奈良がお好きという玉さんの奥さんも、お越しになっていた。これは頼もしい。玉さんは最近高野山をお参りしたそうで、これはトークに使えそうだ。小林アナは、自他共に認める奈良好きで、何度も奈良県には足を運ばれている。飛鳥、桜井、室生あたりがお好みだそうで、これはホンモノの奈良好きだ(とりわけ飛鳥の民宿がお気に入り)。東京にこんな女性がおられたとは…。


私のイチ押し・今井町(橿原市)

何とか打ち合わせも済ませ、いよいよ午後2時から本番。スクリーンに私のパワポ資料を映写していただき、右手にマウス、左手にマイク、目の前にノートパソコン、右横の譜面台に台本。そして左横には玉さんと小林アナ。客席の一番前には担当ディレクターと構成作家さん、という配置で、これはなかなか素人には大変だ。スタジオのリスナーは、多くの応募から抽選で選ばれた方々だ。



まずは私が県下の見どころを北から順に紹介。そこに、笑いを交えながら流暢に進む玉さんと小林アナのトーク。締めには各地の特徴を私がひと言で紹介。私は時々言葉に詰まるが、収録(録音)なので、もう一度言い直して何とか切り抜ける。会場の反応は、とても良い。白洲正子の『十一面観音巡礼』の抜粋を用意したのは良かったのだが、うっかりと長谷寺と室生寺を間違えて、長谷寺の所で室生寺の朗読を小林アナにお願いしてしまい、これは編集で直していただかなければ…。小林さん、ゴメンなさい。



途中の質問タイムでは、大神神社についてご質問いただいた。また「本格的な奈良漬を提供しているお店」については、清酒粕だけで10年以上熟成させる「今西本店」(奈良市上三条町31)と、契約栽培の野菜や天然塩を使い、砂糖や甘味料、添加物等を使わない「森奈良漬店」(東大寺南大門前)を紹介した。

最後には「奈良検定クイズ」を3問出題。私の話にヒントが出てくるのが「ちゃんと聞いていただけたかな?」と少し心配したが、真っ先に手を挙げて下さった3人、全て正解。『奈良「地理・地名・地図」の謎』(実業の日本社刊)やTBSのグッズなどの商品をお持ち帰りいただいた。あとで聞くと、玉さんが「tetsudaさんは何を聞いても答えてくれて、本当にスゴイ」とおっしゃっていたとか(マネージャーさん談)。これは光栄なことである。


小林アナを囲み、近鉄およびTBSのご関係者と記念撮影

ラジオ番組は毎週、「たまゆらα(アルファ)」(ならどっとFM 金曜10:30~と火曜21:00~)という30分番組の最後の5分間、「奈良の謎」コーナーで出演しているが、広いスタジオでの公開録音は初めての経験だった。しかし会場の皆さんは本当に熱心に奈良の話を聞いて下さり、また小林アナの奈良への思い入れは中途半端なものではない。機会があれば、ぜひお呼びいただきたいものである。

玉さん、小林さん、こんな素人のお相手、有難うございました。ご関係者の皆さん、本当にお世話になりました。東京圏の皆さん、ぜひ3月中の金曜日(6日、13日、20日、27日)には、TBSラジオ「たまむすび」(13:00~15:30)の「近鉄プレゼンツ“小林悠おススメ!奈良大和路 春の旅”」(14:30頃~14:35頃)をお聴きください!
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大和な雛まつり(第4回)、大和郡山市で3月8日(日)まで!(2015Topic)

2015年02月25日 | お知らせ
恒例の「大和な雛まつり」は、2月21日(土)に開幕し、3月8日(日)まで開催される。大和郡山市の旧市街地を中心に、123ヵ所で展示されている。チラシは、こちらからダウンロードできる。昨日(2/24付)の奈良新聞《ひな人形大集合 大和郡山で「大和な雛まつり」 旧市街地中心に123ヵ所で展示 音楽イベントなども》によると、

第4回「大和な雛(ひな)まつり」(大和郡山市商工会・同市観光協会共催)が、同市内で開かれている。郡山柳町商店街など旧市街地を中心に、123カ所でひな人形が展示されている。3月8日まで。各家庭で大切にされてきたひな人形を、市内の商店や古民家などで展示し、人を呼び込むことで旧市街地の活性化につなげようと、平成24年に始まった。

展示会場の一つ、同市洞泉寺町の旧川本邸では、市内外の人から寄贈されたひな人形約30セットを展示。邸内の14段の階段を利用して公開しているひな人形などが注目を集めていた。兵庫県加古川市から訪れた山石薫さん(52)は「きれいに残っていて、大切に扱われていることが伝わった。帰ったらひな人形を出したい」と感慨深げ。三女の怜依さん(12)は「すごくきれいだった」と話していた。

期間中には、市民のボランティアグループ「雛祭り推進委員会」による音楽イベントや、雛マルシェなども開かれている。問い合わせは同市観光協会、電話0743(52)2010。

すっかり定着した観のある「大和な雛祭まつり」に、ぜひ足をお運びください!



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奈良時代の薬草園がルーツ 薬園八幡神社(産経新聞「なら再発見」第107回)

2015年02月24日 | なら再発見(産経新聞)
産経新聞奈良版・三重版ほかに好評連載中の「なら再発見」、今回(1/17付)登場するのは、大和郡山市にある古社・薬園(やくおん)八幡神社。タイトルは「薬園八幡神社 屋根、狛犬…“不思議の園”」、執筆されたのはNPO法人「奈良まほろばソムリエの会」会員の藤村清彦さんである。
※トップ写真は薬園八幡神社の唐破風(からはふ)の付いた幣殿

藤村さんはいつも、私などが想像もつかないマニアックな話を探してこられ、詳しく調べてお書きになる。今回もこの神社にまつわる超マニアックな話である。いきなり本文を読むと面食らうので、予習のため、南都銀行の観光サイト「ええ古都なら」から概要を紹介しておく。

平城京の薬草園に由来する古社
近鉄郡山駅から東へまっすぐに進んだ道沿いに、通称「やこうさん」と呼ばれる「薬園八幡(やくおんはちまん)神社」がある。『続日本紀(しょくにほんぎ)』の天平勝宝元(749)年の記録によれば、平城京九条大路の南、梨原に、この宮があったとあり、「八幡」神をこの新宮内の神殿にまつって、「薬園」の名をつけて命名したのが始まりという。

中世には、東大寺領薬園荘の守り神とされ、郡山城築城の際には塩町から現在の場所に移された。春日造りの檜皮葺き(ひわだぶき)の本殿は、ところどころに極彩色が残る。見事な吊り燈篭(つりどうろう)が並ぶ社殿は、江戸時代に再建されたものだが、桃山時代のようすをよく残しており、県の指定文化財になっている。

境内には「薬園」の名にふさわしく、「かりん」などの薬草が植えられ、こじんまりとしたなかに清々しい雰囲気があふれる。入口に立つ石灯篭の文字は、藩主柳澤家にゆかりある家に生まれた、文人であり画家でもある、柳 里恭(りゅう りきょう、1703~1758年)が書いたものといわれている。そのほかにも平安時代の特徴を有する僧形八幡神像(そうぎょうはちまんしんぞう)や女神像など、由緒ある品々が伝わる古社である。


つまり「やこうさん」は、もと平城京の南端に祀られ、中世には薬園荘(東大寺領)の守り神となった。のちに現在地に移築。建物は再建されたものだが、往事の特徴をよく残す。灯籠や神像も興味深い…、というものである。では、そろそろ全文を紹介する。

 薬園(やくおん)八幡神社(大和郡山市材木町)は、『続日本紀(しょくにほんぎ)』に由緒が記された古社だ。創建は、大仏鋳造の守護神として、宇佐(うさ)神宮(大分県)から八幡神が勧請(かんじょう)された天平勝宝元(749)年。奈良に入った八幡神は平城京の南、薬草園のあった梨原(なしはら)の宮に建てられた新殿に迎えられ、7日の悔過行(けかぎょう)を経て東大寺に入った。
 このとき八幡神は分霊(ぶんれい)されて梨原で祀られ、後に現在お旅所となっている魚町に移り、延徳3(1491)年に現在の材木町に鎮座することになったと伝わる。
      ※   ※   ※
 薬園八幡神社では歴史の謎を楽しみたい。まず八幡大神が留まった「梨原」の地はどこか。大和川―佐保川を船で上って来たとすれば、羅城門(らじょうもん)に近い「奈良口(ならぐち)」付近で下船し、東へ進んで「神殿(こどの)」あたりから北上して東大寺を目指したのではなかろうか。神殿という地名から梨原の神殿の地が想像される。
 境内で面白いのは建物の配置と様式だ。北側に鳥居と表門がある。その先の中央が通路になった割拝殿(わりはいでん)を抜けて左に90度向きを変えると、祭儀を行う幣殿(へいでん)と本殿が連なる。幣殿と本殿が西を向くのは珍しいが、これは郡山城を護るためか。
 八幡宮の総本宮宇佐神宮は南面で流造(ながれづくり)だが、当社本殿は春日造(かすがづくり)で、檜皮葺(ひわだぶき)の屋根の棟(むね)には十六弁菊花紋が付いている。また幣殿と拝殿の屋根に唐破風(からはふ)がのる。唐破風というのは、中央部を凸形に、両端部を凹形の曲線状にした玄関の屋根の形である。1社に2つも唐破風があるのも珍しい。



安政の大地震の記録が残る石燈籠

 次は燈籠に注目したい。表門外の一対の石燈籠の文字は、池大雅(いけのたいが)に絵を教えたという文人画家柳里恭(りゅうりきょう)(柳沢淇園(やなぎさわきえん))の筆になるものだ。表門を入った左側の石燈籠には、「安政元(1854)年6月14日夜発生した伊賀上野を震源とする大地震(おおじしん)から逃れた大坂と郡山の商人たちが、神恩(しんおん)に感謝して寄進した」旨が刻まれており当時の世情を伝える貴重な記録だ。
 その隣には「高良(こうら)大明神」の石燈籠が立っており境内には高良社が祀られている。これは佐賀県の高良大社の神を表す。なぜ九州の宇佐や高良の神々が大きな力をもつと評価されて奈良へ招かれたのか。興味ある向きには古田武彦(ふるたたけひこ)氏の著作集が参考になる。
 さらに幣殿の西側には珍しい南部鋳物(なんぶいもの)製の燈籠が一基ある。文政4(1821)年のもので、龍が浮き彫りにされている。基礎は石で八角形に組まれている。八角の意匠は寺社ではめったに使われないが、この形は皇室に縁(ゆかり)があるからだろう。この燈籠が先の大戦中の金属供出を免れたのはこのあたりに理由がありそうだ、と平田宮司は推測する。
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 見逃がせないのは、拝殿の入り口にある天明元(1781)年銘のある一対の狛犬(こまいぬ)。わが国で2番目に古いもので、向かって右が雌、左の口を閉じ頭頂に一角を有するのが雄、よく見ると共に雌雄のしるしをつけている極(きわ)めて珍しいものだ。雄の両頬には穴があり、右頬の穴には緑青(ろくしょう)が詰まっている。銅のヒゲが埋め込まれていた痕(あと)のようだ。



左頬にひげの穴がある雄の狛犬

 薬園八幡神社に残された記録や文字、形は現代の私たちに何を伝えようとしているのだろうか。(NPO法人奈良まほろばソムリエの会 藤村清彦)

「やこうさん」は、JR郡山駅から徒歩5分、近鉄郡山駅から徒歩10分の場所にある。ぜひ、この「不思議の宮」をお参りしていただきたい。藤村さん、今回もマニアックなお話を有難うございました!

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