奈良新聞の「明風清音」欄に月2回程度、寄稿している。一昨日(2020年2月27日)に掲載されたのは「懐かしの受験参考書」だ。予備校や塾に恵まれない環境にあったので、受験参考書選びには慎重を期した。その中でも特に印象に残っていた4冊が、本橋信宏著『ベストセラー伝説』(新潮新書)にそのまま紹介されていたので、これは懐かしかった。しかも4冊とも、今でも入手できるのである。
とりわけ森一郎氏は奈良県出身(畝傍中学卒)で、晩年は奈良市にお住まいだった。今、私の手元に同氏の『試験に出る英文法』がある。通常の文法書は名詞で始まり、感嘆詞で終わる。しかしこの本は、最も重要な不定詞、動名詞、分詞を第1章、第2章、第3章に置いているのだ。これについて同書の「はじめに」には、こんなことが書かれている。
高校生や、ことに一般受験生にとっては、準備勉強の期間は長くても2年、1年あるいは半年と制限されている。そのうえ、英文解釈・英作文・英単語・熟語、国語(この中には古文・現代文・国文法それに漢文も含まれることがある)、数学、物理、世界史その他いろいろな学課目の勉強があり、たまにはデートやボーリングもしてみたいとあれば、最も重要なものから始めるというのは、きわめて当たりまえのことであって、読者諸君は迷わず本書の第1ページから始めてもらってよいわけである。そういう英文法学習のための「めやす」を読者の眼前に明確に設定するのが本書の狙いの1つであった。
このような思い切りの良さは『試験に出る英単語』でも生かされていて、収録語数はわずか1800語、頻出語から順に並べ、しかも単語1つに訳語は1つだけという斬新な単語集が出来上がったのである。では、そろそろ全文を以下に紹介する。
本橋信宏著『ベストセラー伝説』(新潮新書)を興味深く読んだ。カバーには「60年代から70年代にかけて、青少年を熱中させた雑誌や書籍には、前代未聞の企画力や一発逆転の販売アイディアが溢れていた。その舞台裏を当時の関係者たちから丹念に聞き出した秘話満載のノンフィクション」。
1956年生まれの本橋氏と私はほぼ同世代。紹介された昭和のベストセラーはどれも懐かしいものばかりだったが、特に目を引いたのが大学受験参考書だ。蛍光ペンではなく赤鉛筆で線を引き引き読んだ懐かしの参考書を以下に紹介する(各参考書の著者はすべて故人)。
▼『古文研究法』洛陽社
著者は小西甚一。三重県宇治山田市(現・伊勢市)に生まれ東京文理科大学(現・筑波大学)を卒業、35歳の若さで「文鏡秘府論考」で日本学士院賞を受賞、国文学界を代表する学者で、筑波大学の副学長も務めた。
本書の「はしがき」には「これからの日本を背負ってゆく若人たちが、貴重な青春を割いて読む本は、たいへん重要なのである。学者が学習書を著すことは、学位論文を書くのと同等の重みで考えられなくてはいけない」。
安直な試験対策本ではなく大学の授業のような内容で、国語が得意だった私は夢中になって読みふけった。「受験勉強は味気ない」というが、こんな楽しみもあったのだ。本書は「ちくま学芸文庫」として復刊されている。
▼『新釈 現代文』新塔社
著者は高田瑞穂。静岡県白須賀町(現・湖西市)に生まれ東京帝国大学を卒業、高校の教諭や校長を務めた後、成城大学文芸学部教授。本書冒頭の「読者へのことば」には「この本は、結局『たった一つのこと』を語ろうとするものです」。
それは論理の流れをきちんと追うということであり、本書の問題文も解説文も、そのような方針で一貫していた。現代国語の参考書というより、現代文学の研究書として読み継がれ、こちらも「ちくま学芸文庫」として復刊されている。
▼『試験に出る英単語』青春出版社
著者の森一郎は奈良県立畝傍中学、東京文理科大学卒。奈良女子高等師範学校附属高等女学校(現・奈良女子大学附属中等教育学校)教諭、東京都立日比谷高等学校教諭、関西学院大学教授(この頃から奈良市に移住)などを歴任した。
「赤尾の豆単」では頭に入らなかった私は、「しけ単」と呼ばれた本書を発見して飛びついた。何しろ豆単の収録語集が3800語に対し、本書はわずか1800語。ABC順に並んだ豆単と違い、本書は頻出語から順に並んでいた。しかも単語1つに訳語は1つだけ。大学入試問題を徹底的に調べ上げ、日比谷高校で生徒に配っていたプリントを本にしたのだという。本書は今も販売中だ。
▼『新々英文解釈研究』研究社
著者の山崎貞(ヤマテイ)は長野県生まれ、正則英語学校を卒業。早稲田大学、早大高等学院で教鞭を執るが、肋膜炎により48歳で死去。本書には教養主義に満ちた人生訓が盛り込まれていた。例えば「A man of learning is not always a man of wisdom.」(学者が必ずしも賢人とは限らない)。現在も、一部改訂した復刻版が店頭に並ぶ。
ここでは受験参考書ばかりを紹介したが、『ベストセラー伝説』には『少年画報』、『科学』と『学習』、『平凡パンチ』、『ノストラダムスの大予言』と、一世を風靡したベストセラーが満載だ。ご一読をお薦めしたい。(てつだ・のりお=奈良まほろばソムリエの会専務理事)
とりわけ森一郎氏は奈良県出身(畝傍中学卒)で、晩年は奈良市にお住まいだった。今、私の手元に同氏の『試験に出る英文法』がある。通常の文法書は名詞で始まり、感嘆詞で終わる。しかしこの本は、最も重要な不定詞、動名詞、分詞を第1章、第2章、第3章に置いているのだ。これについて同書の「はじめに」には、こんなことが書かれている。
高校生や、ことに一般受験生にとっては、準備勉強の期間は長くても2年、1年あるいは半年と制限されている。そのうえ、英文解釈・英作文・英単語・熟語、国語(この中には古文・現代文・国文法それに漢文も含まれることがある)、数学、物理、世界史その他いろいろな学課目の勉強があり、たまにはデートやボーリングもしてみたいとあれば、最も重要なものから始めるというのは、きわめて当たりまえのことであって、読者諸君は迷わず本書の第1ページから始めてもらってよいわけである。そういう英文法学習のための「めやす」を読者の眼前に明確に設定するのが本書の狙いの1つであった。
このような思い切りの良さは『試験に出る英単語』でも生かされていて、収録語数はわずか1800語、頻出語から順に並べ、しかも単語1つに訳語は1つだけという斬新な単語集が出来上がったのである。では、そろそろ全文を以下に紹介する。
本橋信宏著『ベストセラー伝説』(新潮新書)を興味深く読んだ。カバーには「60年代から70年代にかけて、青少年を熱中させた雑誌や書籍には、前代未聞の企画力や一発逆転の販売アイディアが溢れていた。その舞台裏を当時の関係者たちから丹念に聞き出した秘話満載のノンフィクション」。
1956年生まれの本橋氏と私はほぼ同世代。紹介された昭和のベストセラーはどれも懐かしいものばかりだったが、特に目を引いたのが大学受験参考書だ。蛍光ペンではなく赤鉛筆で線を引き引き読んだ懐かしの参考書を以下に紹介する(各参考書の著者はすべて故人)。
▼『古文研究法』洛陽社
著者は小西甚一。三重県宇治山田市(現・伊勢市)に生まれ東京文理科大学(現・筑波大学)を卒業、35歳の若さで「文鏡秘府論考」で日本学士院賞を受賞、国文学界を代表する学者で、筑波大学の副学長も務めた。
本書の「はしがき」には「これからの日本を背負ってゆく若人たちが、貴重な青春を割いて読む本は、たいへん重要なのである。学者が学習書を著すことは、学位論文を書くのと同等の重みで考えられなくてはいけない」。
安直な試験対策本ではなく大学の授業のような内容で、国語が得意だった私は夢中になって読みふけった。「受験勉強は味気ない」というが、こんな楽しみもあったのだ。本書は「ちくま学芸文庫」として復刊されている。
▼『新釈 現代文』新塔社
著者は高田瑞穂。静岡県白須賀町(現・湖西市)に生まれ東京帝国大学を卒業、高校の教諭や校長を務めた後、成城大学文芸学部教授。本書冒頭の「読者へのことば」には「この本は、結局『たった一つのこと』を語ろうとするものです」。
それは論理の流れをきちんと追うということであり、本書の問題文も解説文も、そのような方針で一貫していた。現代国語の参考書というより、現代文学の研究書として読み継がれ、こちらも「ちくま学芸文庫」として復刊されている。
▼『試験に出る英単語』青春出版社
著者の森一郎は奈良県立畝傍中学、東京文理科大学卒。奈良女子高等師範学校附属高等女学校(現・奈良女子大学附属中等教育学校)教諭、東京都立日比谷高等学校教諭、関西学院大学教授(この頃から奈良市に移住)などを歴任した。
「赤尾の豆単」では頭に入らなかった私は、「しけ単」と呼ばれた本書を発見して飛びついた。何しろ豆単の収録語集が3800語に対し、本書はわずか1800語。ABC順に並んだ豆単と違い、本書は頻出語から順に並んでいた。しかも単語1つに訳語は1つだけ。大学入試問題を徹底的に調べ上げ、日比谷高校で生徒に配っていたプリントを本にしたのだという。本書は今も販売中だ。
▼『新々英文解釈研究』研究社
著者の山崎貞(ヤマテイ)は長野県生まれ、正則英語学校を卒業。早稲田大学、早大高等学院で教鞭を執るが、肋膜炎により48歳で死去。本書には教養主義に満ちた人生訓が盛り込まれていた。例えば「A man of learning is not always a man of wisdom.」(学者が必ずしも賢人とは限らない)。現在も、一部改訂した復刻版が店頭に並ぶ。
ここでは受験参考書ばかりを紹介したが、『ベストセラー伝説』には『少年画報』、『科学』と『学習』、『平凡パンチ』、『ノストラダムスの大予言』と、一世を風靡したベストセラーが満載だ。ご一読をお薦めしたい。(てつだ・のりお=奈良まほろばソムリエの会専務理事)