昨日(6/25)、JTBの主催で「第1回 奈良の活性化に向けた魅力ある観光地域づくりセミナー」が開催された。14:00から20:00まで、6時間に及ぶ堂々たる大イベントだった。式次第を列挙すると
※トップ写真は加賀市の「山代温泉財産区」(「地域づくりデザイン賞2012」受賞)。写真は同賞のHPより
第1部 観光地域づくりセミナー
1.魅力ある観光地域づくりに向けて
株式会社JTB西日本奈良支店 支店長 森真也 氏
2.地域の活性化に向けた魅力ある観光地域づくり
株式会社JTB旅行事業本部 観光戦略室 観光立国推進担当マネージャー 山下真輝 氏
第2部 観光地域づくりワークショップ( 山下真輝氏のコーディネートによる)
第3部 意見交換会・懇親会
1部と2部は奈良商工会議所(5階大ホール)、第3部は春日ホテル(2階浅茅の間)で行われた。「これは面白そうだ」と、休暇を取って参加した。とりわけ第1部では、示唆に富んだ良いお話をお聞きしたので、まずは山下真輝氏の「地域の活性化に向けた魅力ある観光地域づくり」について紹介する。森支店長の「魅力ある観光地域づくりに向けて」は、また後日紹介することにしたい。
冒頭、山下氏から「国際観光競争力調査」(2013年版)の話があった。これについてはJTB代表取締役会長の佐々木隆氏が
ネットで公表されているので、こちらを引用しておく。
先日、世界経済フォーラムが2013年版の観光国際競争力(Travel&Tourism Competitiveness Report)を発表した。主要産業の世界競争力を発表しており、他産業に影響のある観光についても140か国の分析を2年毎に出している。ランキングだけが注目されるが、レポートは今年の会議テーマに沿ったツーリズム産業の持つ経済の回復力や雇用創出の分析に加え、将来に向けた環境保全について強い警告を発している。
さて日本は東日本大震災を経て、交通インフラ、ICT環境が高く評価され、総合14位と2011年版の22位から大きく躍進した。スイスは連続1位だった。豊かで保全がゆきとどいた自然環境、レジャー旅行に留まらないビジネス旅行のハブとしての位置づけ、そして、世界で評価されるホテルマネージメントスクールの存在による優秀な人材輩出と活躍の場の提供などを考えるとスイスの1位は申し分ない。
その中で、degree of customer orientation(顧客への対応)で、日本は1位、スイス2位だったことは注目だ。日本のおもてなしの心、文化というのが観光産業にとって非常に重要な強みであるとレポートは高く評価している。しかしながら、日本の国や人々の全般的な観光への親和度・受容度は国際的にもまだまだ高くはなく、これから改善される余地はある。
日本は「価格競争力」が世界で130位と低迷しており、このあたりがネックとなっている(ただしスイスも139位)。山下氏の話に戻る。「観光をとりまく大きな変化」(地域の観光地が抱える課題)について。
1.定住人口の減少(生産年齢人口の減少)
2.旅行の「型」の変化(「団体旅行」「物見遊山型」→「個人旅行」「参加体験型」)
3.インターネット普及による影響(情報の氾濫、情報収集・旅行手配の容易化)
多くの観光地は、このような時代の流れを踏まえた観光地域づくりに取り組めていないのではないか。
金沢菓子木型美術館(「グッドデザイン賞2012」受賞)。写真は同賞のHPより
「物の豊かさから心の豊かさ重視」(内閣府世論調査)の風潮の中で、「日本の観光地は、デザインし直す必要があるのではないか」と説き、加賀市
「山代温泉財産区」(地域づくりデザイン賞2012)、豊岡市城崎温泉
「木屋町小路」(グッドデザイン賞2010)、
「金沢菓子木型美術館」(グッドデザイン賞2012)、
阿蘇神社門前町商店街などの例に言及され、財団法人阿蘇地域振興デザインセンター前事務局長・坂元英俊氏の「観光による地域づくりではなく、地域づくりによる観光が大切」(シッカリ地域を作れば、観光客は来る)という言葉を紹介された。
そして「経験経済」という概念を紹介された。経験経済とは、顧客が商品やサービスに対し単に機能・便益の価値しか認めないと「日用品化」して、代替可能なものになってしまう。事業者は、商品・サービスだけを提供するのではなく、顧客の心の中に作り上げる「情緒」や「感性」に根づいた「経験」を提供することで、より強いブランドを構築できる、ということで、その例として、リッツカールトン大阪の『100円のコーラを1000円で売る方法』を紹介された。それは、
・最適な温度に冷やされ、ライムと氷がついた、この上なく美味しい状態で、シルバーの盆に載ったコーラがグラスで運ばれてくる。
・コーラという液体ではなく、サービスという目に見えない価値を売っている。
・リッツカールトンが売っているのは、心地よい環境で最高に美味しいコーラを飲めるという体験である。
・他では得られない体験には、顧客は値引きを要求しない。
・コスト削減や規模の大きさではなく、とことんまでサービス向上を図る“バリューセリング”への取り組み。
山下氏の熱弁は続く。
星野リゾートのアルファリゾートトマム「雲海テラス」(北海道)は、「もう一泊、もう一度(ひとたび)大賞」(2009年度)を受賞した(『星野リゾートの事件簿』に紹介されている)。オフシーズンのスキー場から眺める雲海の素晴らしさに、多くの人が訪れる。オフシーズンは「閑散期」ではなく、「ポテンシャル」である。
アルファリゾート・トマム雲海テラス【HD】
モノを売るのではなく、経験を売る。ここでしかできない「経験」が、旅の動機づけになる。南信州・昼神温泉の「天空の楽園」(日本一の星空)、小泉八雲の『怪談』ゆかりの地を訪ねる「松江ゴーストツアー」などが好例。
どんな旅のシーンをつくり出したいのか、地域でのトータルの経験をデザインできるか、その実現のためにどのような仕掛けが必要になるのか。地域観光のデザイン=地域の物語でつなぐ。地域の魅力を開発・発掘し、物語化。これからの旅のキーワードは、品質や価格などの「スペック」ではなく、「五感に訴えるシナリオづくり」で旅を創造すること。ハード整備をするのではなく、人が集まる仕組みをデザインする。
若者のニーズ多様化により、従来の旅の形式とは異なる新たな旅へのニーズが高まっている。ニューツーリズムを楽しむ若者は、ニッチなツーリズム市場である。新たな市場はニッチ。どんな人に来てもらいたいのか、徹底的に絞り込む。ニッチを狙え(≠マスを狙わない)。誰か1人にとって素晴らしい商品やサービスには、、必ず波及効果がある。逆に「誰にとっても良いもの」を提供しようとすると、誰のためでもない中途半端なものになりがち。白馬の「ホテル五龍館」の事例が参考になる。ソーシャルメデイアの発達のおかげで、ニッチなマーケットは見つけやすくなっている。
「ホテル五龍館」のことは、以前
「1万円で大満足の宿」としてAll Aboutで紹介されていた。
多くの旅館が、自社の施設や格安料金ばかり宣伝するなか、「お客様の思い出こそが商品」とうたう宿があります。ちょっとした「生活者の悩み」の解決を目指す数々の宿泊プランこそが、ホテル五龍館(長野県白馬村)の人気を支えています。例えば、毎年夏に実施する「ママも納得!温泉キャンプ」という二泊三日プランは、家族連れの悩みを解決。一泊目は、家族でキャンプなのですが、アウトドアが苦手な母親や幼児用にと、テントとは別に五龍館別館の洋室も用意し、家族全員がキャンプ体験を楽しむことができるのです。
北アルプス初心者向けの「唐松岳頂上山荘との連泊プラン」は、一泊目のホテル五龍館で、登山ルートの説明を受けたり、弁当を作ってもらって、登山に出発。その途中に万一、体調や天候が崩れてしまった場合、二泊目も山麓の五龍館別館に泊まれるプラン。「安心感」という商品が、とりわけシニアの登山者の不安心理を解決し、喜ばれています。
そして、静かな秋には、都会での仕事に疲れたビジネスマンを対象に、平日に一万円で泊まれる「女性のひとり旅プラン」を設定しています。日本一アルカリ度が高い「美肌の湯」や手作りの創作料理を楽しみ、日常のストレスを洗い流してもらおうというプラン。肩こり予防のジム体験やエステもオプションで選択できます。人口が減る時代、旅館が生き残るには、馴染み客をいかに作るかが課題。ホテル五龍館は、その答えのひとつを示そうとしているのではないでしょうか。
ホテル五龍館。写真は同ホテルのHPより
まさに、ニッチ市場において多くの顧客を獲得しているのである。では、山下氏の話に戻る。
究極の質問は「なぜ、そこへ行かなければならないのか」。人は理由がなければ行動しない。「売る」というのは、お客さまに「買う」理由を与えること。「そこに行かない理由」があるのではなく、「そこに行く理由」がないのだ。
競争ではなく「協創」が大切。ネットワークを活用して、人間の集団としての叡智を引き出し、革新的なアイデンティティやデザインを生み出す。「協創力」を発揮させるために、人と人とのつながりを駆使して問題を解決するため、関係するみなが集まる「場」をつくることが必要。
観光資源はPeople of Japan。日本人そのものが観光資源である(日本の新たなインバウンド戦略)。デザイン思考で地域の価値を考えよう!そして、お客とまの幸せの実現のため、旅の「経験」を提案しよう!地域のチカラを日本のチカラへ。
山下氏の話をざっと振り返ってみたが、参考になるキーワードが散りばめられている。氏は以前、別のところで
「農村着地型旅行」について
・リアルジャパンを感じる旅、それが農村への旅だ。
・これからの旅のキーワードは、生活の場だ。そしてお土産は、味噌、醤油、野菜だ。
・提案型の過ごし方を、提供する必要がある。その時に大切なのが、物語性と時間の過ごし方である。それが着地型観光サービスだ。
・滞在時間を長くさせることが、消費につながる。
・旅のマーケットニーズを理解しているJTBだからこそ、地元と一緒に旅行商品を作ることができる。
という話をされていて、これらも全く納得できる話である。
「モノを売るのではなく、経験を売る」「地域の魅力を開発・発掘し、物語化」「人が集まる仕組みをデザインする」「ニッチを狙え≠マスを狙わない」「人は理由がなければ行動しない。究極の質問は『なぜ、そこへ行かなければならないのか』」等々、山下氏の言葉は重い。
奈良は、観光資源の多さにあぐらをかいていてはいけない。これらの助言を参考に、真の「勝ち残り戦略」を立案し実行しなければ、奈良観光の明日はない。