社会断想

諸々の社会現象にもの申す
中高年者・定年退職者向け

城島とシアトルと私

2006年01月26日 11時39分08秒 | Weblog
今日の新聞によれば前ソフトバンクの城島が大リーグシアトルマリナーズに入団、ソフトバンク時代と同じ背番号2のユニフォームを着て笑っている写真がでていた。
他のポジションと違い捕手はピチャーとのコミュニケーションを円滑に運ぶために言葉の問題を心配する向きも多い。しかし城島の明るい性格と捕手技術でそれは何とかクリアするのではなかろうか?是非そうあって欲しいと思う。
シアトルは30余年前チョットだけ立ち寄ったことがあり、その時若い私に無銭飲食をさせてくれた優しい街である。
城島が大リーグ移籍先を決めるに際して夫人同伴で2-3の候補先本拠地を見て歩いたとき夫人はこのシアトルが一番気に入ったとのことで、それがシアトルを選ぶ決意を城島にさせたとの新聞報道があった。
私も良いチョイスだと思った。偉いぞ、奥さん。
ということで今年はイチローと城島と揃い(但し長谷川は引退とか)是が非でもセーフコ球場に行かねばなるまいと思っている。できたら松井のヤンキースがシアトルに来たときが最高だ。

シアトルでの無銭飲食の経緯はこのブログの昨年5月頃書いたのを念のため再掲する。

シアトル 無銭飲食の想い出
米国のメジャリーグが始まって2ヶ月になろうとしている。交流試合も始まった。
イチローは昨年後半からの好調を維持、気の早いファンは打率4割の期待をかけている。 そこでここ数年のごとく新聞やテレビでイチロー・ニュースを目にし、耳にしない日は無いが、私にとってはシアトルは格別の想い出のある街である。
30数年まえ、出張先のシカゴから帰国の途中、飛行機が遅れに遅れ、シアトルに一泊せざるを得ない羽目になった。
エア・ラインが用意してくれたホテルに落ち着いたものの、翌日の出発までには随分と時間がある。街の様子でも見物するかと通りにさまよい出た。確か通りの名前はユニオン街?といって近くに港があったと記憶している。
シアトル・マリナーズの本拠地セーフコ球場でのゲームのTV中継を見ていると、長い貨物列車が通り過ぎるのを時々映し出している。
どうやらユニオン街はこの球場に近いのかなと勝手に想像しているのだが。
通りにさまよい出た私は、ふと買い物を思いついたので、目についた雑貨屋に飛び込んだ。買い物を済ませ、店の白人のおばさんにあることを聞いてみたのだ。それは西海岸には移民での日系人が多いと聞いていたので、単なる世間話のつもりで、この近所に日系人Japanese American)がいるかと聞いてみた。
親切で気さくそうな おばさん曰く、「いるいる、案内してあげる、ついてきなさい」と私を引っ張ってつい2~3軒先の[なんとか Tavern 」なる店に連れて行ってくれた。この店は日本で言えば一膳飯屋兼居酒屋とでも云うのだろうか。このTavernなる英単語を知ったのはこのときが初めてである。
店には主人とおぼしき日系人のオジサンとその娘さんとおぼしき女性がおり、雑貨屋のおばさんは「このヤング日本人の学生は留学が終わって、これから日本に帰るところで、日本人を恋しがっている、それで連れてきた、云云」と私を勝手に学生にし、私の気持ちまで代弁?してくれたのだ。日本人は一般に若く見られる事から来る好意ある誤解である。
店のメニュウを見ると日本食メニュウが並んでおり、その内の2~3を注文した。
シカゴから日本に帰るところ など、世間話をし、いざ数ドルの勘定を払おうとすると、受け取ってくれない。曰く「ドルは大事じゃけん、日本にもって帰えりんさい」と私にとって懐かしい訛りの返事である。多分中国地方からの移民であろうと思った。(当時1ドルは360円でドルは日本にとって大変貴重な資源であった)
どうやら雑貨店マダムの好意ある誤解の紹介を真に受けたらしい。
学生ではない、サラリーマンの米国出張の帰りだと説明するのだが、「いいから、いいから」というのみである。
ついに勘定を払い損なった私ははからずも無銭飲食をしたことになった。
それ以後シアトルには立ち寄る機会がなく今日に至っている。当時の場所、店はもはや無いだろうが、もう一度シアトルを訪ねてみたい。イチローでも見に行くかなあ~。