社会断想

諸々の社会現象にもの申す
中高年者・定年退職者向け

ユーモラスなゲーム at バンクバーオリンピック

2010年02月22日 19時31分56秒 | 社会断層
絶叫するカーリング娘 at Vancouver

冬期オリンピック at バンクーバー をTV観戦している中でカーリングゲームがとても面白いと思った。
オリンピックの諸スポーツでユーモラス度でランク付けするとすればカーリングゲームを一位に推したい。観戦している当方は実は戦いのルールは分かっていないのである。
ユーモラスの内容を構成する大きな要素はプレイヤーの絶叫・雄叫び(女子だから雌叫びか?) である。投擲者の指示声、掃くプレイヤーの気合い等女性特有の高音。。。
声の大きさは肉食系の欧米女性の声量が大和撫子のそれを圧倒しているのはやむを得ないか?
このゲームのTV放映の面白さの一つはプレイヤーの表情をバッチリと映し出すことでもある。他のスポーツのように動きが速い、マスク、眼鏡をかけたりしない、はたまた汗をダクダクかくこともないのでメークがバッチリきめられるのか、選手の皆さんもメークをバッチリ決めているので観戦している男性の一人として楽しい。
解説者の云っている意味がいまいち分からないのであるが、プレイヤー達の醸し出すユーモアーが何ともいえず楽しい。
解説者の「1点を(相手に)取らせる」という発言がちょいちょい出てくる。どうしてなのか分からないのだが、ともかくとても頭を使うゲームだと云う雰囲気は伝わってくる。カーリングは「氷上のチェスゲーム」だと云われているそうであるし、「1点を(相手に)取らせる」など相手にわざと石を取らせる囲碁にも通じるものがあると思った。

ふと変なことを考えついた。それは選手の一人は必ず対戦相手の言葉を分かる人を選んだらどうだろう? 
と云うのは、このオリンピックゲームを見る限り作戦打ち合わせ等の音声が流れるようだ。と云うわけで相手側の打ち合わせ内容が分かれば対応の仕方に参考になるのではないか?リアルタイム情報は作戦上とても有効ではないかと素人はテレビを見ながら考えたのだが。

松蔭ミュージカルを見て

2010年02月12日 14時18分42秒 | 社会断層
Showin 松蔭 若き志士たち ミュージカルを見て

表題の創作ミュージカルが世田谷区民会館で上演されるというので友人からチケットをプレゼントされたので出かけることにした。
当日は氷雨の混じる悪天候であったし会場もアクセスが良い所とは言い難いので、客の入りは如何なものかと些か心配しながら会館に到着するとあに図らんや長蛇の列であった。心配して損したなと勝手なことを思いながらホール内にはいると定刻30分前にしてほぼ満席の状況であった。
幕が開くと可愛い少女、多分小学校2-3年生ぐらい?がスポットライトを浴びて凛として屹立し詩吟の朗誦を始めた。
松蔭先生の辞世「親思う心に勝る親心、今日のおとずれなんと聞くらん」である。堂堂たる唱いぷりに期せずして万雷の拍手が巻き起こったのである。この瞬間このミュージカルの成功を確信したのは小生だけではないだろう。小生もウルっとしたものである。
おもえば今は昔、小生も萩市立明倫小学校に入学し、「松蔭教室」なる特別教室で 「親思う心に勝る親心、今日のおとずれなんと聞くらん」等の和歌、詩文を朗誦した、或いはさせられたものである。板敷きの上に正座し、足が痛くなってもじもじし、冬は足指先が冷たかったことを思いだしたのである。上演前のビデオを見ると明倫では今も同じことをやっているのかしら?
開演前の萩市長の話では出演者は全員演劇的にはノンプロで本職の余暇をつぶして1年有余の稽古を積んだとのことである。演技の巧拙はこの際問題ではない。松蔭先生の物の考え方、教育に対する熱情を伝えようとする出演者一同の 熱い気持ちは観衆に良く伝わったと思う。また小生のような爺世代から見て孫世代の少年少女が大勢舞台狭しと走り回るのを見るのは理屈抜きに楽しかった。萩弁もたっぷり楽しませて貰った。
ともあれ最後のカーテンコールの大拍手がこのミュージカルの大成功を物語ってやまないと小生は思った。
出演者、スタッフの皆さん ご苦労様、楽しませてくれて有り難う。

NHK龍馬伝にもの申す

2010年02月08日 10時43分56秒 | 社会断層
NHKの「龍馬伝」を楽しみにしている呆け老人であるが、2月7日放送の「松蔭はどこ」の一シーンにはむかついた。
松蔭先生の下田踏海の場面で松蔭先生が龍馬を殴り倒すシーンである。
教師の権化とも云うべき人が説教こそするが龍馬のような偉丈夫を殴り倒すという暴力を振るうようなことはあり得ない。
この脚本の作者の意図は龍馬VS松蔭の情熱のぶっつかり合いを表現したかったのであろうことは理解するが松蔭先生を少しでも勉強したらかくのごときシーンの発想は出てこないと思う。
第一この下田踏海の場面で龍馬、桂小五郎、松蔭および金子重助が出会うことは史実にないのだが、時代の先駆者たちの思想、情熱を表現したい作者の意図は許容されるとしても・・・・。