硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語 43

2021-05-05 19:34:14 | 小説
休みの朝、彼に「今日、都合はどうですか」と、短文でメールをした。すると、一分ほどして「大丈夫です」と返信があった。
外で会うと誰かに見られてしまう危険性がある。覚悟を決め、私の住むアパートの場所と102号室である事を添付して、「12時に来られますか。」と送信した。
公になってしまえば、どんなペナルティーを科せられるかもわからないという不安。そして、リスクを冒す事で乗り越えられる壁があるのではないかと高揚する私がいる。
命綱を用いずに断崖絶壁に挑む挑むクライマーように。

返信は瞬く間に送られてきた。「わかりました。必ず参ります。」と、だけ記してあった。
素っ気ない感じもするが、この方が彼らしいなと思った。

部屋は片付いている。朝からどんよりと曇り空で、天気予報では、山間部では初雪が降ると言われているほど、空気は冷たくなっていたが、思い切って窓を開けて空気を入れ替えた。
部屋が冷え切ると、窓を閉めてエアコンの暖房で部屋を暖めた。
そして、ホットココアでリラックス。
それでも、この部屋に男性が訪ねてくると思うだけで、気持ちが昂る
こんなときめきは生まれて初めてだ。
身支度を整え、紅茶とコーヒーとココアを用意して準備を調える。
待っている時間というのは、余りにも長くもどかし過ぎる。
そわそわしながら、もう一度部屋の掃除をする。
恋や愛は「花とゆめ」や「別冊マーガレット」に任せておけば良いと思っていたが、妄想の域を出て現実のものとなっている。
人生というものは、本当に分からないものである。


恋物語 42

2021-05-04 20:43:54 | 日記

「待たせてしまってごめんなさい。立場上、安易な気持で踏み込めないし、からかわれているんじゃないかっていう恐怖もあるから、どうしても慎重になってしまうの。それだけは分かってほしい。」

言い訳がましい事は重々に承知している。けれども、これが私の本心なのだ。それを彼は理解してくれるだろうか。

「わかってます。でも、返事が欲しいのです。あなたの事を考えると、あらゆることが手につかなくなるのです。」

彼も苦しんでいるのだ。それが手に取るようにわかる。こんな時、思春期の男子ならば、感情的になるはずなのに・・・。
このままではお互いの為にならないし、彼の未来に多大な影響を与えるかもしれない。

一歩前に進もう。頑張れ私。

「じゃぁ、今度の休みに、ちゃんと話し合いましょう。お互いに納得しなければ、二人とも駄目になってしまうから。」

私は携帯を取り出し、意図的にメールアドレスを教えた。彼も、私の考えを理解したのか、携帯のメールアドレスを打ち込むと、すぐさま空メールが送られてきた。

「これでいいすか? 」

「うん。ありがとう。じゃあ、連絡するから待ってて。」

「わかりました。必ず連絡ください。待ってます。」

大きく息を吐き、スイッチを入れ替える。

「はい! 異常なし。まっすぐ家に帰るのよ。」

「すいません。少し気持ちが楽になりました。では、さようなら。」

そう言うと、笑顔を見せ、一礼して、部屋から出ていった。
静かに閉められたドア。
擦りガラスから姿が消える。
どうか彼の想いが真実でありますようにと祈った。


恋物語 41

2021-05-03 21:02:24 | 日記
これほどに私を女性としても好きでいてくれる男性はこの先現れないかもしれない。
しがらみに囚われている以上、これ以上考えても何も変わりはしない。
何を恐れているのだろう。これまでの生活が失われる事が怖いのか。傷つくことが怖いのか。
長い時間を掛けて獲得した鎧と盾は、こんなにも脆くて弱いものだったのか。
いや、違う。鎧と盾は幻想でしかなかったのだ。
もし、幻想ならば、彼は私の凝り固まった価値観を変えてくれるかもしれない。
その可能性に賭けてみるのも人生ではないか。
そうだ、もう一度、きちんと話し合えばいい。真意を確かめればいい。
踏み出せば引き返せなくなるかもしれない。大きく道を踏み外すかも知れない。
それでも、覚悟さえあれば、失敗したって、また立ち上がれるはずだ。

便箋を折りたたみ封筒に入れなおす。胸に当て祈る。どうか、この想いが真実でありますようにと。

それからしばらくの間、私は沈黙を保った。覚悟は決めていたが、立場的に、私からのアクションは避けた方が無難だと思ったからだ。
その間、彼も、何も言ってはこなかったが、会う度に何か言いたそうなそぶりを見せていた。
その度に高鳴る鼓動は隠しきれれず、足早に彼から離れた。そんな稚拙な行為を幾度となく繰り返した。
秋が深まった頃、彼は体調不良を訴え、助けを求めにやってきた。
私は、いつものように体調を観察し、「異常は見つからないけれど、空いているベッドで休んでいきなさい。」と助言すると、私をじっと見つめ、ゆっくりと切り出した。

「お返事・・・。聞かせてくれませんか。」

待ち望んでいた言葉に、ときめいている自分がいた。それでも、感情を表に出さないように冷静を装った。

恋物語 40

2021-05-02 19:35:33 | 日記
親の呪縛から逃れたかった私は、勤務先が決まると同時に一人暮らしの準備を始め、勤め先から程よい距離にある二階建ての1DKのアパートを借りた。
築三十年という古さではあるが、私にとっては、誰にも束縛されない幸福に満ちた居場所であった。

開錠し少し重い扉を開けて灯りのスイッチを入れる。小さな玄関に靴を脱ぎ棄て、6畳のリビングで服を脱ぎ、ルームウェアーに着替え、メイクを落とし、昨日のおかずの残りと、酎ハイを冷蔵庫から出して、一人晩酌を楽しむ。これが、近頃の最も幸福な時間でもあった。
しかし、私の前にある封書は、そのバランスを崩す危険を含んでいる。
このまま開封せずに、ゴミ箱に捨ててしまえば危険を回避できる。
仮に、問い詰められたとしても、私の権限を行使すれば、追随されずに済むだろう。
でも、それでいいのだろうか。彼の想いは真っ直ぐで、私が逃げているのだ。
平穏な生活を護るために頑なになって後悔しないだろうか。封書を開封し、誠実な想いを受けとめることが出来たら、女性としての幸せを得ることが出来るかもしれないというのに。

どちらにしても、読後の感情さえコントロール出来れば問題ないはずだ。

350mlの缶酎ハイを飲み干すと、封を切り、真っ白な便箋を取り出す。紙面には少し崩れた右上がりの文字がびっしりと記されていて、私への想いで詰まっていた。
読んでいるだけで鼓動が高鳴った。ラブレターとはこういうもので、こんなにも多幸感を覚えるのかと感心した。
濁りのない私への想い。いつか読んだ、恋愛漫画のヒロインの気持ちが蘇る。
私にも、こんな想いをするときがやって来るなんて思いもしなかった。
しかし、どうすればいいのか。立場、年齢、等々。考えれば考えるほど障害は多い。

でも、社会のしがらみに拘っているのは私の方なのだ。

恋物語 39

2021-05-01 21:06:39 | 日記
「分かりませんか! 僕がどれほど先生の事を好きなのか! 」

余りの圧力に目線を逸らすと、ズボンの前が隆起していた。私は恥ずかしくなり、さらに目線を落とし、

「・・・わっ、分かりません。そもそも、私の方が年上でしょ。同級生や下級生に可愛い女子はたくさんいるでしょ。」

自分でも驚いた。咄嗟に発した訳の分からない言葉に。
こんな狼狽の仕方は初めてだろう。しかも年下の男子にからによってである。
チャイムが鳴る。かつてない緊張感から逃れられると安堵した。
すると、彼は、後ろのポケットから真っ白な封筒を取り出した。

「僕の想いがしたためてあります。必ず読んでください。ありがとうございました。失礼します。」

年下だというのにちゃんと自制している。
その振る舞いに驚いていると、礼儀正しく一礼して、足早に部屋から出ていった。

封書の手紙。これは、ラヴレターと言われる物だろう。冗談にも程がある。
今すぐにでも開封して内容を確認したい。しかし、もし、からかわれているものだとしたら、我を忘れて逆上してしまう恐れがある。それならば、冷静になったところで開封した方がダメージは浅くなるはずだ。
今すぐにでも確認したいという欲求を抑え、手に持った封筒を、そのまま自分のカバンの奥底に押し込んだ。

その日の私は、終日ふわふわしてた。あの場面を何度も思い出しては何が起こっていたのかを考えた。しかしその頃の私には全く理解できることが出来ず、周りに悟られないよう平静を保ち、無難にやり過ごす事だけで精一杯だった。