硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語 40

2021-05-02 19:35:33 | 日記
親の呪縛から逃れたかった私は、勤務先が決まると同時に一人暮らしの準備を始め、勤め先から程よい距離にある二階建ての1DKのアパートを借りた。
築三十年という古さではあるが、私にとっては、誰にも束縛されない幸福に満ちた居場所であった。

開錠し少し重い扉を開けて灯りのスイッチを入れる。小さな玄関に靴を脱ぎ棄て、6畳のリビングで服を脱ぎ、ルームウェアーに着替え、メイクを落とし、昨日のおかずの残りと、酎ハイを冷蔵庫から出して、一人晩酌を楽しむ。これが、近頃の最も幸福な時間でもあった。
しかし、私の前にある封書は、そのバランスを崩す危険を含んでいる。
このまま開封せずに、ゴミ箱に捨ててしまえば危険を回避できる。
仮に、問い詰められたとしても、私の権限を行使すれば、追随されずに済むだろう。
でも、それでいいのだろうか。彼の想いは真っ直ぐで、私が逃げているのだ。
平穏な生活を護るために頑なになって後悔しないだろうか。封書を開封し、誠実な想いを受けとめることが出来たら、女性としての幸せを得ることが出来るかもしれないというのに。

どちらにしても、読後の感情さえコントロール出来れば問題ないはずだ。

350mlの缶酎ハイを飲み干すと、封を切り、真っ白な便箋を取り出す。紙面には少し崩れた右上がりの文字がびっしりと記されていて、私への想いで詰まっていた。
読んでいるだけで鼓動が高鳴った。ラブレターとはこういうもので、こんなにも多幸感を覚えるのかと感心した。
濁りのない私への想い。いつか読んだ、恋愛漫画のヒロインの気持ちが蘇る。
私にも、こんな想いをするときがやって来るなんて思いもしなかった。
しかし、どうすればいいのか。立場、年齢、等々。考えれば考えるほど障害は多い。

でも、社会のしがらみに拘っているのは私の方なのだ。