硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

大事なのは…。

2012-12-03 20:02:31 | 日記
前職場の方から5年ぶりくらいにお食事のお誘いがあった。やはり5年という月日の流れは懐かしさを感じるが、再会するとすぐにあの頃に戻れる。お互いの無事をたたえ某ファミレスのドリンクバーで乾杯。

あの頃のこと、現在の事等、話は尽きる事はなく楽しい時間が過ぎる。

しかし、僕の話題となると少しばかり様子が変わった。それは、僕の「現在の仕事に対する考え方」と「あの頃」との差が大きすぎて「あの頃の僕の方がよかった!」と皆さんが口をそろえたのです。

5年という月日のなかで、僕は「本」に出会った。本が僕に「君が読む本だよ」と囁いてくる。僕はそれに従って遅かりし読書を始めた。あの頃は自身でもびっくりするくらい熱く「この業界を変えてやるぜ」位の勢いで取り組んでいたのだけれど、現在は「変えられない世界もあるんだよ」というところに行きついた。その説明をすると、皆さんは「僕らしくない」と云ったのです。

その言葉を聞いてとても戸惑ってしまったけれど、皆さんの「どうしてあの頃の方が良かったのか」という説明を聞いていて僕自身は「いい方向に進んでいる」と納得した。その説明をしどろもどろに語ってみたところ、「あなたは神様になりたいの?」と言われ思わず絶句してしまった。

介護という仕事は、つまりは「隣人愛」であるし、「忘己利他」の精神を必要とする。こう捉えると宗教的ではあるけれども、他者の生活を支える仕事として考えてゆくと、思想的にそこに至ることは自然であると思う。この5年間の読書はそういう抽象的なテクストを理解するためであったと思うし、今思えば私はそれが「知りたかった」のだと思う。でも、僕は「知らないということを知って」力尽きそこで立ち止まってしまった。

それゆえに、現在の心境を語ろうとする言葉は「以前のように力を持たず」上っ面を滑るだけで、彼女たちにうまく説明ができなかった。

彼女たちはとてもがっかりしていた様子だったけれど、僕はどこかに不安感を感じながらも「仕方がなのかなぁ」と気持ちを着地させた。

少年ジャンプの主人公のように変わらず突き進むことは憧れであるしかっこいいと思う。しかし、真実を知りたいと思う気持ちは精神を成長させてくれるのではないかとも思う。

彼女たちは「それは諦めだ」と一刀両断したけれど、答えはないと思う。

だから、人にとって変わってゆくことも変わらずにいる事もどちらも大事なのだと思う。