名画投球術 No.3「純愛の末の美しすぎるラブシーンが観たい」ジョージ・スティーブンス
名匠ジョージ・スティーブンスの仕事を総括すると、第二次大戦を挟んで大きく変化していることに気づく。
大戦前はジャンルを問わず、さまざまな作品を手掛けていたが、大戦後はアメリカ社会に内在する家族や人間の心理の部分を鋭く描いた作品を撮り続けた。
結果的には、その変化が彼の作品群にバラエティーを与え、今日私たちは彼の繊細でありながら頑固なこだわりを持った一級品の数々を目にすることができる。
今回は、前期=職人監督時代から1本、後期=ドメスティック(家庭的)・リアリズムの巨匠と評された時代から2本、それぞれ違った設定での“美しいラブシーン”を紹介する。
ダブルプレー 『有頂天時代=スイングタイム(1936・米)』
結婚資金を稼ぐためにニューヨークにやって来たショーダンサーのラッキー(フレッド・アステア)は、偶然知り合ったダンス教師のベティ(ジンジャー・ロジャース)にほれ込み、素人のふりをして彼女に弟子入りするが…、という2人の恋のさや当てを描いたミュージカル・コメディー。
だがこの作品、否、アステアとロジャースのコンビにとって、実はストーリーはあまり関係ない。2人が競演するダンスシーンにただ酔いしれればいい。
そして、ダンスという表現方法で見事に美しいラブシーンを現出させたスティーブンスの職人監督としての確かな表現力も素晴らしい。
大女優キャサリン・ヘプバーンはこの名コンビを「アステアはロジャースに品格を与え、ロジャースはアステアに性的魅力を与えた」と称し、2人の相乗効果を的確に言い当てた。
甘い言葉を費やすよりも雄弁なラブシーンがここにある。
トリプルプレー 『陽のあたる場所(1951・米)』
貧しい境遇に育ち、大会社を経営する親戚を頼ったジョージ(モンゴメリー・クリフト)は、苦労の末に昇進と富豪の令嬢アンジェラ(エリザベス・テイラー)からの愛を同時に手に入れるが、妊娠した恋人のアリス(シェリー・ウィンタース)から結婚を迫られ、彼女を殺害することを思い立つ。
映画製作当時、テイラー19歳。そのまばゆいばかりの美しさは、クリフト扮するジョージが、アリスを捨ててまでアンジェラに走る人生の不条理に説得力を与える。
そして撮影中、実生活でも二人は恋に落ちたという伝説が残るほどの甘美なラブシーンが展開される。
スティーブンスは陰影に富んだモノクロ映像の中に、若者の野望のむなしさ、結ばれない愛の悲しさを見事に描き込んでいる。
隠し球 『シェーン(1953・米)』
アメリカ西部開拓期、牧場経営者と開拓民が対立する緑豊かなワイオミングの地に、ガンマン、シェーン(アラン・ラッド)が流れ着く。
開拓民スターレット(バン・ヘフリン)一家と親しくなった彼は、一時、地道な暮らしを夢見るが、対立が激化する中、スターレットの身代わりとなり、再び銃を手に決闘の地に赴く。
この西部劇の古典とも呼ぶべき作品の奥には、実は主人公シェーンとスターレット、その妻マリオン(ジーン・アーサー)との微妙な三角関係が隠されている。
三人とも決して言葉や行動には出さないが、互いの微妙な心の揺れに気付き、おののく。直接的な表現よりも、より切なく美しい隠れたラブシーンがスティーブンスの繊細な演出によって観客に示される。
また有名なこの映画の主題「少年の視点から見た流れ者の悲哀、あるいはあこがれ」という点もまた、形を変えた美しい純愛の姿と言えなくはないだろう。