田中雄二の「映画の王様」

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『虎の尾を踏む男達』

2023-04-15 13:24:19 | 映画いろいろ

『虎の尾を踏む男達』(45)(1982.11.23.)

 この映画は、歌舞伎の「勧進帳」と能の「安宅」が基になっているという。それ故か、古色蒼然とした印象を受けるのは否めないし、弁慶役の大河内傳次郎のセリフなどは、録音状態の悪さやフィルムの古さを差し引いたとしても、かなり分かりづらい(まあ、彼独特のセリフ回しの難解さは毎度のことであり、それが彼の個性にもなっているのだが…)。

 それに、歌舞伎や能についての知識があるかないかで、この映画についての感慨は全く違うものになるだろうという気もする。というわけで、終戦間際に、限られたセットで、よくこれだけのものを撮ったなあと思う半面、やはり古い映画だと思わずにはいられなかった。

 ところが、たった一人の俳優の存在が、この映画を忘れ難いものにした。その名はエノケンこと榎本健一。この映画における彼の役は、黒澤明による創作だという。

 だとすれば、例え「勧進帳」や「安宅」を知らずとも、エノケンを見ていればいい。言い換えるなら、彼は「勧進帳」や「安宅」を知らない自分のような者の分身なのである。だから、彼をガイドとして、未知の「勧進帳」の弁慶や義経(岩井半四郎)や富樫(藤田進)に接することができるのだ。

 そして、弁慶の大河内がいくら力演してもあまりピンとこないのに、エノケンが演じた強力の大げさとも思える演技には、大いに笑わされ、感情移入をすることができた。この点は、この役を創作した黒澤と、それを見事に演じたエノケンの功績だろう。

 あのチャップリンも顔負けの見事な動き、思わず笑わされてしまう表情やセリフ回し…。「勧進帳」も「安宅」も見たことがない自分にとって、この映画=エノケンといっても過言ではない。黒澤とエノケンが、一時歌舞伎や能を身近で面白いものとして感じさせてくれたのだ。

【今の一言】今は、この映画の強力=エノケンは、狂言の役割を果たしていたのだと思う。そしてこれが、やはり能を強く意識した『乱』(84)でピーターが演じた狂阿弥に通じるのだろう。


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