田中雄二の「映画の王様」

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『冷飯とおさんとちゃん』(65)

2015-12-23 09:00:04 | All About おすすめ映画

名落語家の古典噺を聞くような



 田坂具隆が監督したこの映画は、山本周五郎の三つの短編を集め、それぞれを独立した形で描いていますが、トータルとしては江戸時代を描いた周五郎の世界が堪能できるように構成されています。これはオムニバスと呼ばれる映画の形式の一つです。

 当時の東映の大スター中村錦之助(後の萬屋錦之介)がそれぞれの話の主役を演じ、一人で三役を務めています。旗本の四男坊に生まれた若侍が、趣味の古書収集から幸運に恵まれる第1話「冷飯」。ここでは世間知らずで甘えん坊だが、真っ直ぐな気性を持った男を演じています。妻の不貞を疑い、上方へ逃げ出た大工が、女房恋しさに江戸に戻って来たが…という第2話「おさん」では、少しやさぐれた男の魅力を発揮します。子沢山の貧しい火鉢職人を演じた第3話の「ちゃん」では、腕はいいが、昔気質で生き方が下手な職人を演じています。それぞれが性格の異なる役柄ですが彼は見事に演じ分けています。

 加えて、藤原釜足、小沢昭一、千秋実、花沢徳衛、佐藤慶、大坂志郎、北村和夫、三木のり平…、各編で別々の俳優が錦之助と絡み適材適所で名演を見せてくれます。これはかっての日本映画が豊かで豪華な俳優たちを持っていた証です。また「冷飯」の母親役の木暮実千代、「おさん」の三田佳子と新珠三千代、「ちゃん」の女房・森光子と飲み屋の女将の渡辺美佐子、と女優たちがとてもいいです。

 そして「冷飯」のユーモア、「おさん」の物悲しさ、「ちゃん」の人情話と見てくると、名落語家の古典噺を聞いたような感じがしてうれしくなってきます。原作・山本周五郎、監督・田坂具隆、脚色・鈴木尚之、主演・中村錦之助のチームは、もう一本『ちいさこべ』(62)という江戸時代の大工の棟梁を主人公にした佳作を作っています。こちらもぜひどうぞ。


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