『赤ひげ』(65)
黒澤明は山本周五郎の大ファン
黒澤明監督が山本周五郎の『赤ひげ診療譚』を映画化しました。江戸時代、長崎帰りの青年医師・保本(加山雄三)は、親の勧めから小石川療養所で働くことに。彼はそこで出会った「赤ひげ」の異名を持つ名医の新出(三船敏郎)に感化され、医者として本道に目覚めていきます。
黒澤は、複数の物語を描いた短編集を、共同脚本の小国英雄、菊島隆三、井手雅人と共に、小石川養生所とむじな長屋の群像劇に集約し、若く未熟な医師の目を通して描く連続性を持った話にしました。同じく周五郎の原作を映画化し、同年に公開された田坂具隆監督の『冷飯とおさんとちゃん』とは異なるアプローチがなされています。このあたり、それぞれの監督の個性が垣間見えるようで面白いです。
黒澤は、養生所や長屋の巨大なセットを組み、雨といえば大雨、雪といえば大雪を降らせ、風鈴といえばたくさんの風鈴を一斉に鳴らしたりもします。ハイドンを思わせると評された佐藤勝の音楽も大いに効果を発揮し、貧乏を扱った映画なのに全体的には大作の風格が漂います。また、ヒューマニズムにこだわった黒澤映画の集大成ともいわれ、事実、三船敏郎との名コンビもこれが最終作となりました。
黒澤は周五郎の大ファンで、『赤ひげ』以前には、周五郎の『日々平安』を『椿三十郎』(62)として映画化し、『赤ひげ』以後も、『季節のない街』を『どですかでん』(70)として映画化しています。『日々平安』の主人公の侍は映画の三十郎のような剣豪ではありませんし、黒澤もできれば原作通りに描きたかったといいます。
そして黒澤の遺稿脚本は、後に黒澤組のスタッフが映画化した周五郎の『雨あがる』(00)でした。黒澤は、強い人間ばかりでなく、周五郎が描くような弱さやはかなさを持った市井の人々をもっと描きたかったのでしょう。
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