田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

『ヒットマン』

2024-09-07 08:58:41 | 新作映画を見てみた

『ヒットマン』(2024.9.1.オンライン試写)

 ニューオーリンズで暮らすゲイリー・ジョンソン(グレン・パウエル)は、大学で哲学と心理学を教えるかたわら、偽の殺し屋に扮して依頼殺人の捜査に協力していた。普段は冴えないゲイリーが、「顧客」に合わせたプロの殺し屋に成り切り、次々と依頼人を逮捕へと導いていくのだ。

 ある日、支配的な夫との生活に傷つき、追い詰められた女性マディソン(アドリア・アルホナ)が、夫の殺害を依頼してきたことで、ゲイリーはモラルに反する領域に足を踏み入れてしまう。

 この映画は、実在の潜入捜査官をモデルに、犯罪捜査をコミカルに描きながら、ノワール、ロマンス、スリラーなど、さまざまなジャンルの要素が少しずつ組み合わさっているという構図が面白い。

 リチャード・リンクレイター監督は「アイデンティティーをめぐる実存主義というテーマを根底に、ゲイリーとマディソンが新しい自分を見つけていく物語だ」と語る。

 大昔に「七つの顔の男」という変装を得意とする私立探偵・多羅尾伴内(片岡千恵蔵)が活躍するシリーズがあったが、変装する人物が“別人”には見えないところがおかしかった。この映画のパウエルも多少の外見の違いこそあれ、それぞれの殺し屋が同一人物にしか見えないのはご愛敬。

 とはいえ、パウエルは普段は単純で能天気な役を演じることが多いのだが、今回この複雑な役を演じたことで器用な俳優であることを改めて知らしめたとも言える。自らプロデューサーを兼ねただけのことはある。 

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『シサム』

2024-09-07 08:13:58 | 新作映画を見てみた

『シサム』(2024.8.24.オンライン試写)

 江戸時代前期、松前藩はアイヌとの交易品を主な収入源としていた。藩士の息子、孝二郎(寛一郎)は兄の栄之助(三浦貴大)と共に交易品を他藩に売る仕事をしていた。ところが、ある夜、使用人の善助(和田正人)の不審な行動を見つけた栄之助は逆に善助に殺されてしまう。兄の敵討ちを誓った考二郎は善助を追って蝦夷地へと向かう。

 だが、善助に傷を負わされアイヌに助けられた孝二郎は、彼らの文化や風習に触れることで、アイヌの持つ精神や理念に共鳴していく。そんな中、アイヌの間で和人(シサム)への反発と蜂起の動きが高まっていた。

 監督・中尾浩之、脚本・尾崎将也。「シャクシャインの戦い」と呼ばれるアイヌの反乱をモデルにしたと思われるこの映画は、日本語とアイヌ語のセリフを混在させながら、不寛容と無理解が暴力へとつながっていくプロセスを丁寧に描いている。その点では、内戦や紛争など現代的なテーマとも通じるものがある。

 また、先住民の異文化に触れ、それを理解することによって己の人生を見つめ直していくという孝二郎のキャラクターや設定は、ケビン・コスナーの『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(90)とも通じるものがあると感じたし、先住民対日本人という点では、台湾先住民族のセデック族による抗日暴動を描いた『セデック・バレ』(11)をほうふつとさせる。

 アメリカは、西部劇でネイティブアメリカン(インディアン)と白人との関係を描いてきたが、そのほとんどが白人側を正義として描いたもので、近年の歴史認識の変化によって西部劇は修正を余儀なくされた。その結果、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』のような作品が生まれたのだ。

 最近のアイヌ関連映画では『ゴールデンカムイ』(24)もあるが、日本でも、この映画のような歴史認識を新たにするようなものがもっと作られるべきではないかと感じたし、その場合、時代劇の効用もあると思った。

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