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中型バス

2011-03-07 21:13:43 | 秋田市営バス
「♪大型バスに乗ってます」という歌(「バスごっこ」香山美子作詞)がある。
バスという乗り物にはいくつかのサイズがあるのだが、一般の方の多くは、マイクロバス以外のバスを指して無意識に「大型バス」と呼ぶことが多いのではないかと思われる。
しかし、実際には「中型バス(中型車)」と呼ばれる大きさのバスが存在し、秋田市営バスに欠かせない存在であった。
※秋田市営バスの前回の記事はこちら

地方のバス会社では路線バス用に中型バスを導入しているところが多く、旧秋田市交通局を含む秋田の路線バスでも中型バスが主力で、街中でよく見かける。
しかし、おそらく、バスに詳しくない方は、中型バスを見ても「大型バスだ」と認識してしまうと思う。両者の違いは、おおむね、
大型バス:長さ10メートル、幅2.5メートル、定員80名前後(立客含む)
中型バス:長さ9メートル、幅2.3メートル、定員60~70名前後(立客含む)
で、外見では中型バスが1回りほど小さく見え、車内では通路の幅が狭く感じる。履いているタイヤのサイズも異なる。
メーカーによって、大型と中型の車体がほぼ同一デザインのところもあるし、あまり共通性がないデザインのところもある。
2台並んだ秋田市営バス
上の写真の2台は同一メーカー製でないので比較しにくいけれど、左が中型バス(三菱製)で右が大型バス(いすゞ製)。

秋田市交通局の路線バスは、大型:中型が3:7~4:6程度の比率だったと思う。
車体の塗装が新デザインになった1986年度以降に導入された路線バスだけに限ってみれば、大型が31台に対し中型が81台も導入されている(独自の集計であり、間違っているかもしれません。また、他に小型7台、空港リムジン2台)。【6月10日訂正】「大型が34台に対し中型が78台」が正しいと思われますので、訂正します。【2012年1月12日再度訂正】「大型が33台に対し中型が79台」が正しいようですが、アテにしないでください

秋田市営バスの路線には、「中型バスしか走らない路線」が多かった。
具体的には、神田線、添川線、手形山団地線、仁別線、秋田温泉線、牛島経由の各路線、東口発着横森・桜ガ丘方面、新屋発着のローカル路線(浜田線等)など。
狭い雪道を神田線として走る中型バス
城下町の町割りが残る中心部の狭い道や郊外部の狭くてカーブした旧道がバス路線になっていることが多い秋田市では、大型バスよりも小回りが効く中型バスが重宝されていたのだろう。

一方、新屋線、新屋西線、川尻割山線、新国道経由各線、寺内経由土崎線などでは、大型バスが走っていた。
とはいえ、便数の100%が大型バスなのではなく、それなりに中型バスも運行されていた
つまり、秋田市営バスには「大型バス“しか”走らない路線」というのは存在しなかった。
ひどい写真ですが
上の写真は川尻割山線を走る中型バス(手前)。後ろの新屋線は大型バスで長さが際立つ。

大型バスに対応した路線なのに、中型バスが混在していた理由は、次の2つがあったと思われる。
1.“中型バス限定ダイヤ”の存在
大型路線の一部には「中型バスが限定で担当するダイヤ(便)」があった。
「◯時◯分発には毎日必ず中型バス」が来るということであり、普段は主に神田線や手形山団地線を走っている車両が、ローテーションの一部として大型バスの路線にもやって来て走るというケース。

例えば昼間の新屋線の一部(毎時00分秋田駅発が多かった気がする)がこの例だった。新屋発着のローカル路線(浜田線など)に使う中型バスを送り込むための回送を兼ねていたのだろう。

2.“大型バスとして扱われる中型バス”の存在
実は「中型バスなのにも関わらず、大型バスの路線しか走らない車両」というのが、一定数存在した。言い換えれば「大型バスと共通で運用される中型バス」。
図中黄色い部分のこと
つまり、中型バスなのに神田線や手形山団地線は一切走らず、新屋線や新国道方面ばかりを走っていた車両があったということ。

大型路線で見かける中型バスには、上記1よりもこちらのケースの方が多かったと思う。
この場合は同じ時刻の便でも、その日によって大型バスが来たり中型バスが来たりまちまちだった。雨降りなどで混雑する日に中型バスに来られたら、迷惑に感じたものだった。

このような使われ方をする中型バスは、比較的古い車両が多い傾向があった。まっさらの新車は、まずは中型バス専用路線で使われ、ある程度年数が経ってからこちらのグループに回されてくることが多かった。
中型バス限定路線にも常に新しい車両が回るようにという配慮(完全冷房化前の段階における、冷房車の割合の平均化など)だったのだろうか。
【9日追記】したがって、大型バスも入る路線と中型バス限定路線とで比較すると、冷房化率も新塗装の車両の比率も、中型限定路線の方が常に少し先を行っていた。
こんな面倒なことしないで、大型バスをもっとたくさん導入・保有し、大型と中型を完全に分離して運用すれば済む話のような気もするけれど。


中型バスの側面
秋田市営バスの大型バスは、導入時期によって仕様(窓の配置や装飾)が若干異なり、やや統一感に欠けていたが、中型バスはほぼ同じ仕様で導入され続けた。
(メーカーが4社あったこともあり、微妙な差異は多々ありますので、いずれまた)

2002年3月の新屋・割山方面の路線の民間移管の際、交通局に残っていた大型バスがなくなり(20台が譲渡、2台が廃車)、小型バスも2003年3月に譲渡された。
それ以降、“秋田市交通局最後の3年間”を支えたのが、中型バスであった。

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8 コメント

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市営バス懐かしいです (ma_aki1127)
2011-03-09 01:44:28
いつも秋田のバス事情に関する記事(もちろんそれ以外も)を楽しみに見ています。
私の家は神田旭野、添川線方面なので普段よく利用するのは中型バスでした。そのため、混雑する時間帯等だけでも大型バスを運行できたらなあと思っていました。ですが、確かに道幅が狭い路線では中型バスが限界ですね~。雪道なんかだと中型でもすれ違うのがやっとです。(片方が止まって道を譲っています)
ただ,それ以外にも記事にある"2"のケースにあるように「中型バス限定路線にも常に新しい車両が回るようにという配慮」がなされていたとは知りませんでした!交通局時代の神田線とかには新しいオートマ車が多い気がしていたので納得しました。
個人的には秋田市交通局のバス状態の方が良かったと思うしアナウンスも聞きやすかったのでちょっと残念です。
これからもバス関連の記事を続けていただきたく思っています。
返信する
ありがとうございます (taic02)
2011-03-09 19:49:45
ma_aki1127さんも神田線ですか!
自分を含めて、当ブログをご覧いただく方には神田線沿線関係者が多いような…
秋田市内は牛島商店街、秋高の坂、横森など中型でも大変な道が多いですよね。
神田線は25年ほど前までは保戸野八丁付近でも狭い道を走っていましたが、今は水口~八柳付近だけがネックなのでしょう。今はその区間も広い道ができましたから、そちらを通せば大型車化できそうなものですが。神田線は移管後の減便が著しいのも残念です。

乗客として観察した範囲内での話ですが、「中型路線には来ない中型バス」が存在していました。そんなわけで、冷房化も新塗装の車両の多さも、大型路線よりも中型路線の方が進んでいました。
オートマ車は、たしか1台だけが大型路線専属(乗務員に慣れさせるため?)で、他は中型路線用でした。

市営バスの記事は、廃止5年となる今月末までに集中的にアップしようとたくらんでいたのですが、この分では無理です!
せめて10日に1回はアップしたいのですが…
当分続きそうですので、おつきあいください。
返信する
わははは、神田線ですw (n_waka)
2011-03-10 19:37:14
ですね~、秋田市営バスといえば、中型バスですねー。

42X~47Xくらいだかの車番の北村のイメージがまず強くて…
※連番ではなく、間に大型車も挟まってますけども(以下同じ;;)。

イスがペラペラでねー。
後期の方だけ中ドアの窓が縦長になっていたんですけど、前期の中ドアの窓の小さいのは東京の地下鉄みたいだなーとか思ったり。

んで、その後の10X~17Xくらいまで行ったんでしたっけ…?日野のレインボー。

前にちょっと現役の紹介されてましたよね。
一つ目のライトのデザインが斬新でしたねー。
13X辺りから前の幕がでかくなって、15Xあたりから冷房になったんでしたっけ…もう記憶があいまいだなぁ…;;

なんか、この2機種がドドドと大量導入されていて、南営業所だけは呉羽かなんかのバックカメラ付いた中型バス入れてて別世界って感じだったような印象です。

そのあとは、なんか大量導入というよりは、4社からまんべんなく…って感じだったんでしたっけね。


んー、秋田市営バスの歴史がまとまった本があったら、買いたいなぁ。
閉局の時になんか作ってないのかなぁ…
返信する
詳しい! (taic02)
2011-03-10 20:48:17
n_wakaさんも神田線関係でしたね~ それにしてもお詳しい!
後でもう少し詳しく記事にしたいのですが、僕は200番前後以降にしか明確な記憶も写真もありません。

470番台って、カキッとして角が面取りされた(?)ような車体のですよね。大雑把な外観とイスの取っ手が変わっていたことくらいしか記憶がないです。
たしかに昔は中型の主役でしたね。平成に入った頃に消えたのでしょうか。

レインボーは100・130・150・170・190番台かな? 幕と冷房はたぶんそうでしょう。170以前はつり革の形と配列が違いました。
遠くから見て「幕が大きいから冷房車だ!」と喜んだら13xでがっかりしたことも…

その後、各社モデルチェンジして、塗装が変わって、いろいろあって、最後の2年くらいは三菱と日産ディーゼルばっかりでした。

あれよあれよという間に閉局されましたから、公式な記録ってあるんでしょうかねぇ。
図書館で交通局の30年だか50周年の記念誌を見たことはあります。じっくり読めば新たな発見がありそうですが、今後の記事はとりあえず自分の記憶をメインにして、最後の10年くらいを紹介したいです。
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わははは。 (n_waka)
2011-03-11 00:21:46
はいー、神田線系統でしたー。
手形大回or手形小回、神田土崎or神田卸売市場…泉山王循環でも良かったかなw

>470番台って、カキッとして角が面取りされた(?)ような車体のですよね。

ですです。
あれは中央交通でも全く同じ型と、窓の形状 (縦に開くか、横に開くか) だけ違うのが走ってたはずなんで、なんとなく秋田のバスというとアレのイメージなんですよねー。

>遠くから見て「幕が大きいから冷房車だ!」と喜んだら13xでがっかりしたことも…

わははは、それ、秋田のバスのあるあるネタですね!

そっかー、190番台まであったんでしたっけね。
つり革の形状って、革部分がV字になっていて、二本で支えてるやつでしたっけ?

あのイメージがあるんで、未だにこっち(関東)で、通勤電車乗っててもつり革を二本づかみして、疑似V字型つり革にしちゃうんですよねぇ(笑)
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遅くなりました (taic02)
2011-03-14 22:13:44
その手形小回り線ってかなりマイナー路線じゃありませんか。
1度だけ実物を見たのですが、「大回りじゃなく小回りっていうのが走ってた!」って言っても、誰にも信じてもらえなかった…

470番台が通じてよかったです。
中央交通にもありましたね。牛島方面でよく見かけた印象があります。
交通局には、よく似たデザインの冷房車の小型バスもありました。一部はなぜか新塗装に塗り替えられ、2000年頃まで予備車的に東営業所にいたはずです。

レインボーは188~193が最後のグループのはずです。一部は中央交通に譲渡されて、当初は中途半端な塗装(屋根が市営バスのままのグレーだった?)でしたが、今は廃車されたはずです。

そうそう。V字つり革に慣れていると、1本のつり革が心もとないですよね。
仙台市営バスも同じつり革ですし、弘前の弘南バスは3年くらい前の新車からこのタイプを採用しています。
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リエッセにポンチョ (FMEN)
2023-02-22 21:44:47
市営は前に行くと「方向幕表」が目の前に見えましたが、「大中方向幕」って表だったのがみなし車でしょうか。
なぜか山王新町経由御野場なんかもありました。

今思えば、中型バスしかはいれない路線や赤字時間には「小型バス専用ダイヤ」や「中型扱いの小型」を増やせばと思いました。
たくさんあった小型を男鹿や五城目に左遷して廃止減便を繰り返すなら…と。
秋田末期は仁井田などでも運用しておりましたがいかんせん使いこなせなかったのか。
また、中央は常に同じ車が来ますが、「中型専用」や「中型扱い大型」がもう無いのもいろいろ苦労してるのでは?と。
(まあ最近の大型は席数が酷いですが)
時間や収入に応じて燃費が変わるサイズにしたのは手抜きでなく空席を減らして且つ一人でも座らせる努力だったのだと思います。
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大は小を兼ねる (taic02)
2023-02-22 23:26:34
市営バスの中型と大型は、全車両で大中兼用の幕をセットしていたかもしれません。廃車から外した幕を再利用しやすく、配置転換や突発的な代走にも対応できるので。

中型路線の小型化は、弘南バスがこの20年ほどでやっています。効率的だとは思いますが、高校が早く下校する日などの対応が難しく、積み残すこともあります。往路と復路で、乗車率が著しく違うケースもあり、サイズの使い分けは難しいと思います。

現在は、新車で買える小型・中型バスの選択肢が減ったこと、運転士不足もあり、「大は小を兼ねる」の傾向になっていく気もします。
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