広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

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2010年8月24日


ちょっと思うところがあって、上記のようなものを書いてみました。
(投稿日時がおかしいですが、最上段に表示させるためです。また、この記事のみコメントを受け付けない設定にしています)
2011年1月5日アクセス解析を試験設置
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ねぶた漬おにぎり

2016-12-09 00:11:50 | 津軽のいろいろ
秋田市内のスーパーの惣菜・弁当売り場でこんなものが売られていた。
あおもりの味 ねぶた漬(R) 8%税込み138円
海苔を直巻きして袋に入った、おにぎり。
「ねぶた漬」は、青森県外の人にはなじみが薄いかもしれないが、青森では著名。包装にも「永年のベストセラーです。」とある。
要するに「松前漬」を、青森市の「ヤマモト食品」が「ねぶた漬」の商品名で製造販売しているもの。

ちなみに、弘前市の「鎌田屋商店」は松前漬を「つがる漬」として製造販売。
以前、弘前の津軽藩ねぷた村の土産屋で、観光客が店員に「ねぶた漬はあるか?」と尋ねる場面に遭遇した。店員は「ねぶた漬は青森市のものなので、こちら(弘前)では、つがる漬です。」と説明して案内していた。
それぞれのこだわりや特長はあるのかもしれないが、大して違わないはず。


僕は、弘前にいた頃、何漬けかは知らないけれど、松前漬を何度か食べたことがあったので、それがおにぎりになって秋田で遭遇できたのはうれしかった。

製造者は青森市の「丸高 高橋蒲鉾店」。甘口の赤飯おにぎりを作っているところだ。
裏面に「青森県産米使用」との記載はあるが、品種は不明。
ちゃんと数の子も入ってる
思ったよりねぶた漬の量が少なく、独特の粘りと味は控えめ。

コンビニおにぎりでも、ツナマヨを「シーチキン(R)」と表示しているところがあるように、これも製造者と原料提供者がコラボした商品ということになりそうだが、ネットで調べたところ販売店舗も限定されていた。今年7月20日から、青森、岩手、秋田各県のイオングループのスーパーで販売しているとのこと。販売期間は不明(購入したのは11月でした)。
秋田市では、イオンリテールとマックスバリュ東北の各店で扱っているが、他店では見かけないのはそういうわけか。
粘りと汁気があるねぶた漬をおにぎりにするのは難しかったようだ。
値段が値段だし、塩分が気になるけど、もうちょっと量がほしいところかな。あと、ご飯を「青天の霹靂」にしたら、より付加価値が出そう。
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泉八橋環状線

2016-12-07 23:46:14 | 秋田の地理
泉山王環状線の続き。
この10月から、泉山王環状線と堂ノ沢が廃止された代替として運行されている「泉八橋環状線」について。
※以下、泉山王環状線を「旧環状線」、泉八橋環状線を「新環状線」と表記する場合がありますが、公式な呼称ではありません。

旧環状線や堂ノ沢線では狭い道路を通っていた八橋地区内は、新環状線では近年新しく開通した道路を運行するようになり、時間短縮や新規需要の開拓になるかと期待したものの、運行本数はわずか1日1本。
これでは、旧2路線を必要最低限にまとめて経路を変えただけでがっかり。かえって不便になったと感じる人もいるだろう。
官庁街の通勤・帰宅でそれなりの利用があるようだが、もうちょっとなんとかできるのではないだろうか。


路線名の「泉八橋環状線」は妥当だと思うが、旧環状線もむしろその名称のほうが適切だったかも。今さらですが。
旧環状線にならって先に回る地名を取って、「泉回り」「八橋回り」と呼ばれる。

経路(ここでは泉回りで)は、
秋田駅西口から千秋トンネルをくぐり、神田線と合流して、保戸野八丁までは旧環状線と同じ。
八丁通過後、神田線・旧経路と分かれて、左折して西へ。
県庁経由臨海営業所発着の神田線が使っている「泉ななかまど通り(旧・国鉄官舎前→JR社宅前)」へ。
次の信号で右折して北へ。泉ハイタウン線の経路に合流。泉南三丁目から泉ハイタウン団地前まで同経路。(新川向経由旧環状線も泉南三丁目から秋操近隣公園入口まで通っていた)
泉ハイタウン線は、泉ハイタウン団地前通過後、環状運行となり、押しボタン信号を左折してコメリとジェイマルエーの間の泉北二丁目、ぐるりと回って大通りへ戻って、秋田貨物駅入口、そして向かい側の泉ハイタウン団地前から秋田駅へ戻る。

泉八橋環状線は、泉ハイタウン団地前通過後、直進し、そのまま秋田貨物駅入口へ。
泉ハイタウン線は環状運行区間なので片側にしかバス停がなかった。したがって、八橋回りではそのバス停を共用するが、泉回り用には新たにポールが設置された。
新設された泉回り用秋田貨物駅入口
その先は、まったく新たに路線バスが走る区間。「泉北一丁目」バス停が新設。(市営バス時代の大昔は堂ノ沢線が外旭川線まで行っていて、ここを通っていたようだが、バス停はなかったはず【9日訂正・ここは通っていなかったようです】)

「操車場入口」交差点で新国道を越えて、秋田運輸支局前の狭い道へ。
そこからは旧・堂ノ沢線のルートとなり、同路線の起終点だった「自動車会館前」。
奥が新国道
まもなく、草生津川東岸沿いに新規開通した道路との交差点。
堂ノ沢線は、狭い道をそのまま直進していたが、新環状線はここを左折して新しい道路を南進。再び新規区間となる。
奥が自動車会館前方向、右がイサノ二丁目方向
堂ノ沢線には、この交差点付近に「イサノ二丁目」というバス停がもともとはあったようだが、いつの間にかなくなっていた。それが新しい道路側に復活。
イサノ二丁目
さらに進めば「イサノ一丁目」。
イサノ一丁目
旧環状線が走っていた狭い道との交差点も直進して「八橋田五郎」。
八橋田五郎
「八橋田五郎」は旧環状線にあったバス停だが、狭い道からこちらへ移動。

面影橋のたもとまで直進すれば、以降は県庁経由寺内土崎線および将軍野サンパーク線と同じ経路で、サンライフ秋田前、県立体育館前を左折して山王大通りへ出て、あとは県庁市役所前、秋田駅西口と至る。


各バス停のポールに注目。
既存または旧路線と同名のバス停では、従来のものを引き続き使用。
上記の通り、泉ハイタウン線と共用する八橋回り側の「秋田貨物駅入口」は、市営バス時代に設置されたポール(この記事後半参照)。

ローソンの前から裏へ、直線で100メートル弱移動した「八橋田五郎」は、旧環状線用のものがえっちらおっちら運ばれた(トラックでしょうけど)。
旧環状線の多くのバス停では、市営バス時代に設置(または更新)された表示板が最後までそのまま使われていたが、カッティングシール文字(1999年頃?)のものと、透明シールにパソコンのレーザープリンターで印字したもの(2002年頃?)の2タイプがあった。
基本的に、同名バス停では両側とも同タイプなのだが、八橋田五郎は珍しく異なっており、山王回り側がカットシール、泉回り側が透明シールだった。
 
移設後も、引き続き、八橋回りがカットシール、泉回り側が透明シール。


あとは新たに置かれたポール。
泉回り側の「秋田貨物駅入口」
背が高く光沢のある棒で、表示板も新しそうだけど、台座は新品ではなさそう。

次の「泉北一丁目」。両側とも、これも新品ではない台座に新しい棒を差し込んだみたいだが、こちらは棒がつや消しになっている(銀色を塗装したと思われる)など、貨物駅入口と同一ではない。
泉回り側の表示板 ※明るさを調整しています
泉回り側は、表示板の下に「警察学校前」の文字が透けている。例によって、よその使い回し。
「警察学校前」は、商業高校経由川尻割山線。両方向にバスが走り乗降できるにも関わらず、片側にしかポールが立っていないという、秋田市内では珍しいバス停(以前の弘南バスではよくあった)。
現在の警察学校前は、秋田駅へ向かう上り側にだけポールが立っているが、今も以前と同じ表示板だった。以前は下り側にもポールがあって、それが撤去されて回り回って泉北一丁目になったのだろうか。
八橋回り側は、下に浮き出た文字はないが、社名の文字が薄れていることから、やはり使い回しだと思われる。
あとローマ字表記でお気づきのことがあるかと思いますが、ちょっとお待ちください。

残るは「イサノ一丁目」「イサノ二丁目」。
上の現地の写真でも分かるかと思うが、最近新規設置されるバス停では主流の、頭でっかちの背が低いタイプだ。
いまだに、アンバランスに見えてしょうがない
経路変更された卸町経由新屋線の新設バス停にも、このタイプが設置されている。秋田貨物駅入口と泉北一丁目だけ、なぜか中古品があてがわれた形になるようだ。
  
こちらは「1丁目」「2丁目」と、数字はアラビア数字。
秋田市の町名としても、中央交通のバス停の表記としても、本来は漢数字で表記するべきもの。現に泉北一丁目はそうなっている。同タイプが新設された卸町でも漢数字。なぜかイサノだけ違う。
さらに、泉北一丁目でもそうだが「一丁目」のローマ字がオカシイ。
「ITCHOME」だってよ!(二丁目は「NICHOME」だから、「1」と「I(アイ)」を誤植したものではない)
「イッツチョメ」? この表記で「一丁目」を連想できる人などいるだろうか。
「IT革命」を「イット革命」と読んでしまった元総理大臣(現・某大会組織委員会会長)もいましたが…


以上、泉八橋環状線の概要。
利用状況はよく知らないけれど、見聞きした限りでは、夕方の八橋回りは、八橋付近への帰宅の足として重宝されているようで、一定の乗車はあるようだ。
しかし、泉から千秋トンネルを通って駅までは、乗客はほぼ皆無。
これでは、堂ノ沢線時代のように自動車会館前止まりにしたほうがいいのでは…

需要がないのかもしれないが、ダイヤ設定の下手さも原因だと考える。【8日追記】ここを工夫すれば、泉・保戸野一帯から駅方面への利用は見こめる可能性がある。
秋田貨物駅入口以降では、泉ハイタウン線と重複するわけだが、秋田貨物駅入口の時刻は、環状線が17時33分、ハイタウン線が17時34分と、わずか1分違いで続行している。(ハイタウン線の直前は17時14分、次が最終で18時09分)

しかも、どちらも遅延が著しいようで、1度見た時はハイタウン線が10分近く遅れて来た時点で環状線は未到着。別の機会では、17時41分通過予定の鷹匠橋を約15分遅れて走っていた。※両日とも、悪天候やいつもより激しい渋滞が発生していたわけではない。
ダイヤ上では、秋田駅西口到着は千秋トンネル経由の環状線が17時48分、通町経由のハイタウン線が17時52分となってるが、これではアテにならない。保戸野八丁と原の町からは神田線と添川線の間にうまく収まっている(前後が10分ほど空いている)が、それもこれではアテにならない。
ダイヤ、時刻表とは、交通状況等を考慮して極力実現可能な運行時間を示すものであるべきだ。バス会社の理想の運行時間を示すものではない。これでは、乗客(当該路線だけでなく、この後に入る路線の客も含めて)はもちろん、現場の社員にも負担をかけることになる。この路線・区間以外も含めて、安全性、信頼性確保のためにも、中央交通の秋田市内のバスダイヤは再検討すべきだと思う。


朝の泉回りは見たことがないので不明。
附属小中学校の通学や、泉ハイタウン線の始発便より30分先行するので、それなりの利用があるのかもしれない。

山王方面と「泉ななかまど通り」の間では、泉八橋環状線のほか、臨海営業所着発の神田旭野団地線(かつての千代田町経由)も利用できる。朝夕ともダイヤは近接しており、朝は泉ななかまど通りを同時刻に通過する(アテにならなさそうですが)。
県庁市役所前との間では、環状線が20分弱350円、神田線が10分弱230円で、環状線を選ぶ理由は見当たらない。

沿線の泉や八橋は、40年ほど昔の新興住宅地だから、住民の高齢化が進んでいる。そんな人たちが日常生活を送る上で、ダイヤを工夫すれば泉八橋環状線が役に立つ場面もあるはず。なんとかできないものか。

【8日追記】車両正面の行き先表示は「泉・八橋環状線」と1行で表示。経由地表記はなし。行き先表示に「線」が入ったのは異例。
旧環状線の山王回りでは「山王・泉環状」と通過する順番に合わせて表示していたが、新環状線の八橋回りでは「泉・八橋環状線」と表示されている(はず)。
これでは、正面の表示でどちら回りかが判断しにくい。系統番号(旧環状線でも同じ番号だったが、LEDでなく幕だったので表示されなかった)があるし、そもそも運行時間帯が違うとはいえ、不親切になってしまった。「線」を入れることで、あくまでも「路線名」を表示しているということなのだろうか。

ちなみに、秋から実質的に経路変更された茨島環状線では、やはり行き先表示が「茨島環状」から「茨島環状線」に変わったものの、従来と同じく上段にどちら回りかが表示されている。この点でも、やっぱり統一感がないバス会社である。

【9日追記】コメントでご指摘いただいたように、草生津川沿いの新規区間のバス停の数が少なく、間隔が広いのが気になった。(初回アップ時に書き漏らしました。)
面影橋と自動車会館前の間は約1.7キロで、その間に3つの停留所が設けられた。平均して500メートル以上離れていることになり、市街地としてはバス停の間隔が長いと思う。
旧路線時代と比べて、草生津川を渡らないとバスを利用できなくなった人もいるのに、新しいバス停の位置は必ずしもそれを考慮していないようにも感じられる。制約もあるとは思うが、バス停の位置と数をもう少し検討することができかもしれない。
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新しい消火栓

2016-12-06 21:25:27 | 秋田の季節・風景
秋田市のような積雪地では一般的な地上式の消火栓
11月に、泉地区コミュニティセンターの向かいに設置されている消火栓が新しいものに交換されたことに、気がついた。
泉コミセンではポストも設置されたし、今年は赤いものが2つ新しくなった(それがどうした)。
ピカピカ
写真ではうまく伝わらないが、(秋田市内で)見慣れた消火栓とは赤の色味が違う。くすんだというか、どぎつくない赤というか。
また、「消火栓」の文字が、見慣れたものは筆文字なのに対し、これは直線的な独特の書体。(古くてもこの書体のものもある)
「消火」がやや大きく「栓」が小さい
ただ、初めて見るものではなく、これと同じタイプの消火栓もちらほら設置されてはいる。

「1-846」という秋田市消防本部が白いペンキで書いたと思われる数字。
ストリートビューで確認すると、以前の消火栓にも同じ数字が書かれているので、1本ごとに割り振られた管理番号だろう。

楕円形の銘板が付いている

銘板
滋賀県彦根市の「北川鉄工所」製の「22KII」という製品。今年8月19日製造。
「消火栓」の文字の下に、浮き出しになった記号と数字があり、「2015」と読めた。これは製造年ではないことになる。

同社ホームページによれば「K-SERIES (75mm)地上式単口消火栓」。「23KII」というのが主力商品のように掲載されているが、それとの違いは「副弁」というものがないことらしい。いちばん安い製品ということかな。
このメーカーの消火栓は、「特殊合金の金属表面処理」と「耐候性フッ素樹脂塗装」により、サビと塩害に強いのだそうで、色合いはそのせいか。
おそらく、秋田市消防本部では、北川鉄工所22KIIを標準の消火栓とし、新設や更新を進めているのだろう。



この場所の消火栓が更新されたのはなぜか。特に古いようには見えなかったし、秋田市内にはもっと傷んでいるように見える消火栓もあるけれど。
車がぶつかって壊されたのかもしれない。だとすれば、そういう事態に備えてストックしてある消火栓が設置されるはず。8月に製造されて3か月以内で設置されたのだとすれば、ストック期間が短く、タイミングが良すぎるようにも思える。やはり計画的に更新されたのか。
ここでは、少し前まで道路を掘り返して何かのライフラインの工事が行われていたけれど、関係あるのだろうか。
信号機なんかと同じく、すべてを厳格に管理して順番に更新するのは不可能だろうから、いろいろ事情はあるのでしょう。

秋田市近隣の某市では、
(再掲)秋田市ではありません
こんなにボロっちい消火栓もあった。せめて塗装してやってよ…
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「鹿嶋神社前」バス停

2016-12-05 00:06:13 | 秋田の地理
秋田市内を歩いていて、立っているバス停をふと見たら…
「鹿嶋神社前」
こんな名前のバス停あったっけ?
一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなりかけた。

秋田県内でも、鹿島信仰や鹿嶋神社は散見される。
秋田市内では、新屋の鹿嶋祭が著名だけど、それは日吉神社の祭り。近隣以外の市民にも広く知られた鹿嶋神社というものは存在しないと思う。だけど楢山登町には、道路をはさんで池がある小さな鹿嶋神社はある。
でも、このバス停があるのは楢山登町ではない。

場所は、旭北寺町に近い側の、大町五丁目。
通るバス路線は、楢山大回り線。「大町五丁目」と「柳町公民館前」の間のバス停。
現在は片方向のみの運行なので、片側にしかバス停がない。
時刻表も「鹿嶋神社前」
そう。かつて「歓喜寺前」だったバス停が、「鹿嶋神社前」に変わったのだ。ホームページの時刻表検索や路線図も変更されている。
ホームページでの告知はなかったが、10月のダイヤ改正時に変えたのだろうか。告知に関しては、法令で「公衆の利便を阻害しない場合」は不要としており、ここの運行本数と利用実態からすれば、これでいいかもしれない。

ここのバス停が現時点で「歓喜寺前」なのは、適切ではなく、改称するべきであると、以前から何度か触れてきた
なぜなら、歓喜寺は、道路建設に伴い2007年7月に下北手へ移転しているから。9年経ってやっと名前が変わった。
(再掲)歓喜寺前前当時。中央交通移管後に設置したカットシール文字丸ゴシック体・ローマ字入り表示板
※↑市営バス時代に設置されたものも丸ゴシック体だったが、それとは書体(フォント)や微妙な配置が異なるので、中央交通設置だと識別できる。

パソコン印字角ゴシック体・ローマ字なし
それにしても、この辺は寺町だからお寺は多いけれど、神社なんてあったかな?
バス停からバス通りを50メートルちょっと北(柳町公民館前方向)へ行ったところに、小さな鹿嶋神社があった。
この辺一帯の各町内ごとに1つあり、竿燈まつりの時に準備場所になるような、小さな敷地(家と家に挟まれて奥行きがある)の小さなお社。てっきりお稲荷さんかと思っていたが、鹿島さんだったんだ。たしか「豊島町」竿燈会が使うはず。

かなりマイナーな由来のバス停ということになってしまうが、この辺はバス停名になるような施設がなさそうだから、苦心したのは理解できる。以前の歓喜寺前だって、実は1ブロック向こうにあったお寺だから厳密には「前」じゃなかったし(これは市営バス時代の命名)。
所在地名由来だと大町五丁目も旭北寺町も既にバス停が存在するし。今さら旧町名の豊島町を使っても分かりにくいだろうし。

【6日訂正】神社の前に標柱があり、それによれば旧町名は「八日町」でした。したがって、竿燈で使うとすれば、八日町竿燈会でしょう。豊島町は1本東側でした。


さあ。となれば今度は「交通公社前」を変えてはいかがですか?
コメント (2)
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