広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

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3010-08-24 20:10:24 | その他もろもろ
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画面左側、カレンダーの下に「メッセージを送る」機能がありますので、ご利用ください。
 ※頻繁にはチェックしていないので、対応が遅くなる場合があります。

2010年8月24日


ちょっと思うところがあって、上記のようなものを書いてみました。
(投稿日時がおかしいですが、最上段に表示させるためです。また、この記事のみコメントを受け付けない設定にしています)
2011年1月5日アクセス解析を試験設置
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秋田駅リニューアルほぼ完成

2017-03-29 23:45:09 | 秋田の季節・風景
秋田駅自由通路に面した店舗等と立体駐車場のリニューアルは、4月1日のオープンが間近。自由通路沿いの店の多くは、既に営業が始まっている。※前回の記事
中央改札口付近から西方向(右が改札)
以前は、広告などでごちゃごちゃしていた南側の壁面(上の写真左側)は、秋田杉の板で統一され、すっきりとした。
工事後

工事前
リニューアル後の各店舗などの入口の上には、シンプルな文字メインの表示が設置されている。通路を歩く人にとっては目立たなくて、分かりにくいようにも感じる。壁と垂直向きの看板があってもいいのではないだろうか。

上の工事後の写真手前の紫色の機械は、秋田市が設置した、路線バス時刻検索端末。以前は通路に出っ張って置かれていた(工事前の写真手前にちょっと写っている)のが、壁面を凹ませてその中へ収められた。従業員用ドア、飲料自動券売機なども同じ設置方法。

時刻表端末西隣(写真右)が、表示灯株式会社の広告入り地図「駅周辺案内図NAVITA」。
2013年に新しくなっていたが、今回また新しくなり、液晶(?)ディスプレイになった。
タッチパネルになっていて、東口側と西口側を切り替えて表示できるが、拡大縮小などはできないようで、あんまり意味がないような…

その西が、コンビニ「NewDays秋田ぽぽろーど店」。
Pepperくんが出ているけど、これからもずっといるの?
NewDaysは、20日間休業して工事しただけに、大規模にリニューアルされるのかと思ったが、ざっと見た限り、全体的にきれいになったくらいで大して違わない。面積は以前の店舗+旧観光案内所部分程度、レジや売り場の配置もおおむね以前と同じ。タイミングによっては荷物を持った人たちでひしめき合う、狭い店内通路もそのまま。

従来と違うのは、西隣の待合ラウンジ(観光案内所前)へ通じるドアを設置、カウンターコーヒー「EKI na CAFE」新設、出入口脇にセルフレジ(Suica専用の首都圏と同じもの?)新設、店内左(西)側中ほどにATMを新設といったところ。
ATMは、みずほ銀行。全国的にはNewDaysに設置されていることがあるそうだが、秋田でみずほ銀行とは珍しい。実際、秋田県内では、中通のみずほ銀行秋田支店とここにしか、ないようだ。


NewDaysの西隣が、リニューアルの目玉である待合ラウンジ。窓から在来線ホームなど南方向が見渡せ、いくつかのタイプの座り心地が良さそうな椅子が置かれた。以前の待合室時代と比べて、明らかに人が多く、なかなかじっくり見られない。
待合ラウンジと仕切がない同じ空間内には、秋田市観光案内所と「おみやげ処こまち苑」も。観光案内所は、改札口から少し離れてしまったのと、上記の通り看板が目立たなくて、前より分かりにくくなってしまったかもしれない。

その西が、関根屋による「駅そば しらかみ庵」。駅ビル内を除いて唯一の食べ物屋であり、秋田ならではのメニューもあるせいか、なかなかにぎわっている。

さらに西が、1つの部屋に集約されたコインロッカー。
その前の自由通路に面して、以前は向かい側(移転後のびゅうプラザ前)にあった、飲料のタッチパネル式の次世代自動販売機が移設(上記の通り、壁を凹ませて収納)。

そこに数段の下りる階段と動く歩道。この部分は、南向きの窓など以前のまま。
階段の下は、窓がなくなり、全面改築された立体駐車場(店舗も含めて4月1日オープン)とつながった。
階段の上から。右面の駅ビルトピコ出入口周辺も、若干リニューアル

反対の西側から工事前

工事後
以前は大きな窓から外光が入っていたが、それがほぼなくなることになる。
階段の上と同じような木質の壁面となったが、色合いは異なり、こちらのほうが濃い色。
1階に駅レンタカーが入り、2階はスターバックスコーヒーと立体駐車場連絡口。

オープン前のためシャッターが下りている立体駐車場連絡口
以前も駐車場出入口はあったが、非常階段のような狭く、バタンと閉まるドアだった。
今度は、ずっと幅が広くなるようだ。ドアはなし?

現在は、スターバックスコーヒーは営業開始前でシャッターが下りているが、シャッターを上げて準備しているところに遭遇できた。
 

奥の階段の上と壁の色が違う
以前は、NEWDAYSと旧びゅうプラザの間に、JR東日本東北総合サービス経営のカフェがあったけど、それはなくなった。その代わりのスタバということか。

立体駐車場の外観などはまた改めて。
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羽後牛島プチリニューアル

2017-03-27 23:59:07 | 秋田の季節・風景
秋田駅のリニューアルがまもなく完成し、昨年末には羽越本線・新屋駅舎の外観を中心としたリニューアルがされていた。その間に位置する、羽越本線・羽後牛島駅について。

現在の羽後牛島駅は、駅としての機能はコンパクト。1面2線の島式ホームの上に、待合室も駅事務室・窓口も集約されている。
新屋駅同様、委託先であるJR東日本東北総合サービス(旧・ジェイアールアトリス)の駅員がいて、窓口で指定席券等も購入可能。タッチパネル式近距離券売機1台設置。早朝・夜間は無人。

ホームへは、線路の両側を結ぶ自由通路を兼ねた地下道で出入りする。
昔、貨物列車が発着していた名残りで駅の敷地は広いため、地下道の距離はけっこう長い。65メートルらしい。
地下道の自由通路は、秋田市内の他の駅にならって「牛島ウイロード」と命名されている。ウイロードとは、私たちを意味する「We」とWESTとEASTの頭文字が由来ということのようで、羽後牛島駅も両側の出入口を西口、東口としている。卸町・茨島側が西口、仁井田側にあるのが東口。実際に地図で見ると、どちらかと言えば北口と南口のほうが適切かもしれない。

東口は、道路を横断する地下道の階段(もしくは地下鉄駅の小さな下り口)のようなコンクリート製の出入り口があるのに対し、西口のほうは、こんなもの。
羽後牛島駅西口
広いロータリー【28日補足・単なる広場? 写真のように国際タクシーが待機していることがあり、ポスト、電話ボックス、飲料自販機(Suica対応)、なぜか脇にはコイン精米所もある】があり、大きなケヤキとともに、まるで駅舎のような建物が建つ。その建物にはトイレ以外には一般人が利用できるような施設はない。
列車に乗るにしても、反対側と行き来するにしても、この建物の中を通らないといけないという、どこか大げさな構造。

その理由は、元は西口側の建物が羽後牛島駅舎そのものであり、地下道はこの駅舎とホームを結ぶためだけのものだったから。
1992年に地下道を東側へ延伸して、自由通路として開放。その後に(Wikipediaによれば1994年?)、駅事務室が西口からホーム上へ移転して、現在の形になった。
駅事務室移転後現在まで、西口側の建物は、トイレやJR東日本東北総合サービスの「秋田用地管理事務所」として使われている。

東口がアパートの脇から市営住宅の中へ出入りするような構造なのも、後付けだからこうせざるを得なかったのだろう。
羽後牛島は、仁井田の県立秋田南高校の最寄り駅であるが、自由通路供用前は、わざわざ国道13号線の跨線橋で線路を越えて利用していたことになる。改札口からホームまで遠く、戻る形になり、もどかしそう。
1992年から1994年までは、自由通路として利用する人も、改札口を通っていたということなんだろうか。なお、その頃までは自動券売機がなかったという話を聞いたことがある。


前置きが長くなりました。上の羽後牛島駅西口の建物の写真、以前とは若干変わっている。
もうちょっと近くから

(再掲)部分的ですが以前の姿

現在
外観がわずかに変わった。
増築/減築、大規模な色の変更は行われておらず、全体的に以前のイメージのままできれいになった。建物から外へ出入りする風除室部分だけはこげ茶色の木の風合いを活かしたものになり、窓なしアルミサッシのドア(おそらくはめ殺し)だった部分が、ガラス窓になった。風除室に設置されていた、駅名と用地管理事務所の看板は、同じものを建物本体へ移設。

内部も、以前とほぼ同じながら、木材を使ったきれいな内装になった。
風除室

建物内
かつてはここがコンコースで、正面のドアが改札口だったのだろうか。
現在は、ドアを入って左方の階段で地下道へ下りる。向こうが線路・ホームで、手前の車は社員用駐車スペース。
トイレは、何年も前に使った時は、入口は1つで、中で男女別に分かれている古いタイプだったが、現在は、入口から男女に分かれている。トイレの中もリニューアルされたのかもしれない。

新屋駅の工事が行われていた11月末には、この建物で屋根をきれいにする工事が行われていた。
その後、羽後牛島駅へ来ることはなく、3月下旬に久々に来たら、このようになっていた。新屋駅と同時進行でリニューアルが行われたのだろう。

羽後牛島駅リニューアルについてJR東日本秋田支社からの発表もないし、新屋駅ほど工事費用がかかっているようにも見えない。新屋といっしょにやって、費用を抑えようとしたのかしら。
“プチリニューアル”といったところか。(←自分で記述してなんですが、フランス語+英語の異言語の合成が気に入らない。プチトマトも同様。ミニトマトというべきでしょ)
「建物財産標 昭和19年6月」
新屋駅は1920年のこの区間開業時からあったが、羽後牛島駅は1年遅れて開業している。
駅舎は新屋駅は当時のものをずっと使っているが、羽後牛島駅は1944年に建て直されて、それが現在の西側の建物。
羽後牛島駅では、バリアフリー対応とか、持て余している土地を効率化することも必要に思えるけれど、ケヤキの大木とともにたたずむ味のある(元?)駅舎の風景が味わい深い。それがきれいになって気持ちいい。引き続き、大切にしてほしい。


ところで、「羽後+牛島」のように、地名の前に旧国名を冠する駅名は、他地域にある同じ地名と区別する目的。
大久保のように国名なしのものが3駅もあったり、越後湯沢と湯沢のような例もあり、厳密な決まりではない。

では、他に「牛島駅」があるのか。
埼玉県春日部市の東武野田線に「藤の牛島」駅がある。
ただし、旧国鉄ではないし、開業が1930年と羽後牛島より後だから、あまり関連はなさそう。
やはり所在地名が牛島で、「牛島の藤」というフジの巨木があり、それにちなんだ駅名とのこと。

徳島県吉野川市のJR四国徳島線には「牛島」駅。こちらは「うしのしま」と読む。
1899年に私鉄の「牛ノ島」駅として開業、1907年に国有化され、その後「牛島」表記になったので、国鉄駅として羽後牛島より先輩。
表記が重ならないよう、後からできたほうに羽後を付けたことになる。
四国の牛島駅は、無人駅ながら駅舎はあったものの、ちょうど1年前に取り壊され、今は小さな待合室だけの駅舎になったそうだ。
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WaterCrown→明日はきっと

2017-03-26 23:52:23 | 秋田のいろいろ
秋田新幹線開業20周年の続き。
20周年の3月22日から、秋田駅の列車が発車する時にホームで流れる音楽「発車メロディー」が新しくなった。
これまでは、JR東日本全域で使われる標準曲のうちの1つ、東洋メディアリンクス社製「Water Crown」という曲。
新しいメロディーは、秋田県横手市出身のシンガーソングライター高橋優さんの「明日はきっといい日になる」のサビの部分。発車メロディー用編曲は秋田在住のシンガーソングライター渡部絢也さん。

秋田駅の店舗リニューアルや支社ビル改築、その他民間施設の新築計画など、JR東日本秋田支社が主導する活性化プロジェクトは「NORTHERN STATION GATE AKITA」と名付けられ、そのキャッチコピーが「秋田はきっといい日になる」となり、それとコラボレーションした形。

発車メロディーの導入は、鉄道会社ごと、あるいは東日本エリアでは支社ごとに方針が違う。秋田支社は長らく秋田駅にしか導入していなかったが、近年は地元ゆかりの曲をアレンジしたメロディーを導入する駅が増えていた。2004年の弘前駅(青森県だが秋田支社管轄)の「津軽じょんがら節」が皮切りで、大館、横手、大曲にも導入。


秋田駅の新メロディーを実際に聞くと、思ったより若干テンポが早く、ちょっと短いようにも感じた(後述)けれど、いいと思う。2月22日付秋田魁新報によれば演奏時間は「11秒間」。これまで同様、方面や新幹線/在来線等でアレンジを区別することなく、全ホームで共通のメロディー。
現時点では一定の知名度がある曲なので、よそから来た人にも曲名は分かってもらえるだろう。ただ、10年後、20年後どうなっているのか。
それに全国どこの駅のご当地メロディでも同じこと(後述)だけど、曲名が分かったとしても、どうしてこれが秋田駅で採用されたのか、理由を分かってもらいにくいことだろう。
あと、ダイハツのテレビCM曲でもあるので、ある意味ライバル企業とかぶっている点は、ちょっと引っかかる。それが曲の認知度向上につながっているわけでもあるけれど。


さて、今までのメロディー「Water Crown」。「ドソドミラソ ドシラソファミレ(以下略)」という曲は、JR東日本の特に在来線を利用したことがある人のほとんどが耳にしている。
音程またはテンポ違い版、最後のトレモロがない版、前半部分だけのエンドレス版などのバリエーションも存在し、複数あるJR東日本標準曲の中で、いちばん多く使われているらしい。

Water Crownが最初に導入されたのは、山手線の目黒駅。1990年台後半のはず。現在も使用されているが、山手線内では目黒だけ。
当時はネット黎明期で、発車メロディーをまとめた個人のホームページや掲示板は存在したが、現在と比べると情報量が少なく、「Water Crown」という曲名も公にされていなかった(あるいは製作側で命名していなかったのかも?)。ネット上では、愛好家たちによって通称として「目黒のメロディー」と呼ばれていたかと思う。

秋田駅にWater Crownが導入されたのはいつだったのか、明確な記憶もネット上の記録もないが、1997年3月の現駅舎供用・秋田新幹線開業時だろうか。
ただ、駅舎改築時には在来線ホーム部分にはあまり手が入っていないし、1997年3月以前からWater Crownが流れていたような記憶がしなくもない(ものすごくあいまいな記憶)。
いずれにしても、秋田駅のWater Crownは、かなり早期の導入だったはず。後に多くの駅で導入される盛岡支社など他支社の地方駅よりも先で、もしかしたら目黒の次くらいだったのではないだろうか。

そして、いつの間にか、通称「目黒のメロディー」は「Water Crown」という曲名が認知されていく。
今回、東洋メディアリンクスのホームページを見たところ、サウンド制作例>発車メロディ(http://www.tmlg.co.jp/services/sound.php#sec02)として4曲が示され、聞くこともできる。製作元だけあって、きれいな音質。
そこにも「Water Crown」と記載されていて、正式名称であることが分かる。導入駅名は首都圏の一部駅だけで、秋田駅など地方には触れていない。
メロディー変更を伝えた2月22日付秋田魁新報でも、これまでは「標準曲「ウォータークラウン」」だったとしている。一般紙にしてはマニアック。
Wikipediaによれば、今は横浜線の駅の多くで流れるため「横浜線洗脳メロディー」と呼ぶ人もいるとか。


音程の違いは知識がなくて判別できないが、秋田駅のWater Crownは、省略部分などがない、標準もしくは標準にきわめて近いバージョンだった。
首都圏の駅では、車掌がメロディーのON/OFFスイッチを操作するので、終わりまで鳴らないことが多いが、秋田駅ではフルで流れていた。さらに導入最初期は、2回繰り返して流れていたはず。
また、自動放送が更新された2015年春までは、ホームによって(もしくは列車ごとに?)終わりの余韻の長さが異なっていたらしい。


ところで、先日、東京から熱海まで、東海道本線の普通列車で移動した。(「上野東京ライン」となってから初乗車。上野方面から乗ってきた客は、新橋や品川で降りる人が多かった)

このうち神奈川県内でも、オリジナル発車メロディーが増えていた。横浜支社の方針なんだろう。
川崎駅では、すぐに止められたせいかもしれないが、オリジナルなのは分かったが曲名が分からなかった。調べたら「上を向いて歩こう」。2016年末導入。
横浜、大船を過ぎて辻堂駅では、同じく2016年末から「浜辺の歌」。
次の茅ケ崎駅は、サザンオールスターズの曲であることは知っていた。「勝手にシンドバッド」辺りかと思ったら、知らない曲。「希望の轍」だそう。
平塚駅は「たなばたさま」、二宮駅は「朧月夜」、そして小田原駅は「お猿のかごや」。

以上の各駅。サザンの茅ケ崎は別として、なぜこの駅がこの曲なのか、理由が分かりにくい。僕も、小田原と平塚以外は想像できなかった。「浜辺の歌」は秋田出身の成田為三の作曲だけど、なんで辻堂? 以下、答え。
川崎「上を向いて歩こう」
 歌った坂本九さんの出身地であるため。導入日は誕生日。
辻堂「浜辺の歌」
 作詞者・林古渓が、辻堂東海岸を思い浮かべて作詞したことから。導入は駅開業100周年記念。
平塚「たなばたさま」
 「湘南ひらつか七夕まつり」にちなむ(仙台の次くらいに著名な七夕まつり)。
二宮「朧月夜」
 吾妻山公園の早咲きの菜の花にちなむ。
小田原「お猿のかごや」 ※JR東日本管轄の在来線ホームのみ。
 歌詞に「小田原提灯ぶらさげて」とあることから。作詞者・山上武夫は、「もし我家に小田原提灯がなかったらこの歌は生まれていなかった」と回想するほど、欠かせないアイテムだったようだ。

「お猿のかごや」は「エッサ エッサ」の歌い出しは知っていても、中盤の「小田原提灯」まで知っている人はどれくらいいるかな。
僕は、20年前(1995~2005)のNHK教育テレビ「ハッチポッチステーション」で、グッチ裕三扮するマヒナ~ならぬ「ヒマナスターズ」が、「愛して愛して愛しちゃったのよ」を歌うと見せかけて「お猿のかごや」を歌うものがあり、それで全部の歌詞を知った。

小田原駅では車掌がOFFするのでなく、秋田駅などのように必ずフルで流れるらしい。しかもあまり端折らずに15秒程度かけて「ホーイ ホイホイ ホイサッサ」の終わりまできっちりと発車メロディー化(複数バージョンあり)されており、長く感じるとともに、聞いていてちょっと恥ずかしくなってしまった。
秋田駅の新メロディーくらいがちょうどいいかも。


ついでに、JR東海・東海道新幹線の車内放送のチャイム。
東海道山陽新幹線では、車両の所有会社によってチャイムが違う。それぞれに、始発・終着駅用の長いのと、途中駅用の短いのがある。
JR西日本所属車は、「いい日旅立ち」。正確には2003年の鬼束ちひろの「いい日旅立ち・西へ」。
一方、JR東海の車両の曲は、今となっては知らない人が多いかもしれない。
2003年のTOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」という曲。当時は、新幹線の車体側面に「AMBITIOUS JAPAN!」のロゴを入れて大々的なキャンペーンが展開されたものだが、15年近く経った今、覚えている人がどれくらいいるか。
途中駅用では、サビの「Be ambitious!」部分だけ、「トン トン トン ト トーン」のわずか5音。何の曲かの手がかりさえ、つかめないかもしれない。短すぎるのも考えもの。
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こまち20周年

2017-03-22 23:53:25 | 昔のこと
以前から触れているように、今年3月22日で、秋田新幹線「こまち」は1997年の開業から20年を迎えた。秋田駅の駅舎(自由通路も含む)も同年3月16日に新しくなったので、20年。
2年前の記事でも、1997年3月22日のことを取り上げました。
2004年7月撮影。秋田駅を出るE3系
↑手前は現在駐車場の部分。まだ整備中で線路が残っている。
線路向こう・西側の風景は開業時とあまり変わっていないはず。左端にわずかに非常階段が写っている茶色い建物は2004年にできたホテルアルファーワン。開業時はミスドが入る鎌田会館だった。

開業した1997年はどんな年かと言えば、 ※1997年の出来事を列挙するので、3月22日以降に発生したものもあります。
・秋田市が中核市に
・秋田ケーブルテレビ開局
・秋田市(秋田県としても初)にローソン進出(関連記事
・イオン秋田ショッピングセンター(現・イオンモール秋田)に青森の百貨店「中三」進出(2008年撤退)
・秋田フォーラスにタワーレコード進出(現在フォーラスはOPAへ改装中。改装後のタワレコの営業継続は不明)
・大館樹海ドームオープン
・秋田市に商業施設サン・パティオ大町オープン。その隣接地で地ビール「あくらビール」醸造開始
など、街の元気さを感じさせるような話題が多かった。まだそんな時代だったのか…
なお、日赤病院の郊外移転や通町の再開発(通町橋架け替え)は、翌1998年。

秋田以外では、世界ではイギリスから中国への香港返還、クローン羊“ドリー”の発表(誕生は前年)、ダイアナ妃事故死。国内では消費税率の3%から5%への引き上げ、フジテレビの台場への移転があり、カヌレに続いてベルギーワッフルがブームになり、NHKの連続テレビ小説では個人的にはベスト作品である「あぐり」(年度前半)が放送されていた。
【27日追記】インターネットが徐々に広まった頃でもあった。前年のYahoo! JAPANに続き、楽天市場や我らがgoo(ブログはまだ)がサービスを開始。当時はネットで買い物なんて信じられなかったから、僕は楽天は存在すら知らなかったかもしれない。gooはロボット型検索エンジン(当時のYahooはディレクトリ型)の目新しさと日本企業の提供という信頼感から、けっこう使っていた。

色あせてしまったけれど、350ml缶
当時は500mlなど小容量のPETボトルは解禁(1996年?)されて間もない頃で、飲みきりサイズの飲料は、まだ缶入りが主流。缶飲料では、地域ごとのイベントなどの特別デザインのものが発売されることがあった。【26日補足・現在でも缶ビールではけっこうやっている】
1994年に「茶流彩彩」シリーズの1つとして発売され、ヒットした日本コカ・コーラ「爽健美茶」では、秋田新幹線開業を祝うデザインの缶が売られていた。おそらく1996年頃。
E3系がデザインされているが、鼻先の形状からして量産先行車・R1編成
なお、爽健美茶は1997年に500mlPETボトルが登場し、1999年に茶流彩彩から独立して現在に至る。


開業日前後、僕は大学の春休み終盤で、まだ秋田にいた。
それ以前に試運転列車を見に行って「ついに秋田に新幹線が来たか」と感慨にふけったり、知人の見送りの名目で、先立って供用された新駅舎の在来線側改札内に入ったりした。
開業日当日は、テレビで見た程度。2年前の記事でも取り上げた沿線でのナマハゲによる歓迎のほか、秋田駅ホームでの出発式の記憶がある。その出発式のテープカットでは、ミッキーマウスがなぜかいたのと、石川錬治郎秋田市長(当時)がなぜか羽織袴姿(上が茶色、下がベージュ色)だったのが、強烈。
テープカットには、佐々木喜久治秋田県知事(当時)もいたはずで、佐々木氏は秋田新幹線の開業に尽力したはずなのに、それより市長が目立ってしまっていた。佐々木氏は、秋田県庁の食糧費問題の責任を取って、この直後の1997年3月31日で知事を辞任した。だから控えめだったのかな。
テープカットは、始発の6時12分発「こまち10号」だったようだ。
先日、始発こまちに乗った時は、天候が良くなく、日の出は過ぎたのに、完全に明るくなってはいなかったが、20年前は充分に明るくなっていた記憶。
この日の天気は「曇時々雨後晴」。雨は9時頃に降って、朝は曇りだった。最低気温0.4度、最高気温9.3度と、ほぼ平年並み。


上記の通り、消費税率が5%になったのも1997年で、4月1日。
秋田新幹線が開業して10日後に、運賃・料金が値上げされたことになる。
ちなみに、僕は4月1日に弘前へ帰ったのだが、乗車券の増税分をケチって、前日のうちに3%の税率で購入しておいた。

弘前では、地元の人に「秋田は新幹線ができたんだよね。いいね」とうらやましがられた。
当時は、東北新幹線・盛岡-八戸は2002年開業に向けてフル規格で工事が進んでいたのだろうが、八戸-青森については、秋田同様のミニ新幹線方式で開業する計画だったようだ。
翌1998年に青森(新青森)までフル規格とすることに転換し、2010年に開業にこぎつけた。その結果、弘前-東京は乗り換えが必要ではあるが、秋田-東京と時間的にはほぼ変わりなくなってしまっている。


その後、20年の変化は、
列車は、当初の5両編成に1両増結して6両化(1998年=5両だったのは短期間)、全席指定席化(2002年・東北新幹線八戸開業時)、全車禁煙(2007年)、そしてE3系からE6系への交代(2014年)等々。
駅舎は、自動改札導入(新幹線1999年、在来線2006年)、自由通路の西側への延伸(ぽぽろーどとして2000年。それまでは駅前交番のところで終わっていた)、東側に続く拠点センターアルヴェの落成(2004年)、そして現在進行中の店舗と駐車場のリニューアルなど、いろいろな変化があった。
でも、大勢としてはあまり変わっていないような気もする。もう20年も経ってしまったのかという感じ。

こまちの延べ利用者数は、2001年9月16日に1千万人、2006年3月11日に2千万人、2010年8月15日に3千万人、2015年6月12日に4千万人。


ところで、かつて「こまち」でこんなサービスがあったのをご存知でしょうか。
これがタダでもらえた
うろ覚えだけど、上り朝イチ(2号?)とその次の臨時列車(4号?)の指定席を(秋田と大曲から?)利用した乗客に、おにぎりを配っていた時期があった。
写真は2001年11月に利用した時のもので、横にある紙パック200ml【28日補足・250mlかな?】の「おーいお茶」ももらったものだろうか?
シールに「こまちモーニングセット」とあるので、そういうサービス名だったのか。その下の「おはよう東京フリーきっぷ こまち朝割」は朝の列車限定で安くなるきっぷの商品名だが、そのきっぷ以外でも、指定席の全乗客がもらうことができた。この時は「三連休パス(当時は指定席が4回まで追加料金なしで利用できた)」で乗車してもらったはず。

おにぎりは車内販売でおなじみの日本レストランエンタプライズ(NRE。旧・日本食堂)秋田営業支店製で、配るのもNREの車内販売の人だった。
NREは駅弁のほか、スーパーなどで発売する個包装のおにぎりも製造していて、当時はダイエーでも売っていた。

これは漬け物(かっぱ漬=キュウリなど)付き、海苔直巻きおにぎり2個。おにぎりはコンビニおにぎり並みの形状・サイズで、中身は鮭フレークと梅干しかつお。
「あきたこまち減農薬特別栽培米使用」とあり、実際、とてもおいしかった記憶がある。

「おはよう東京フリーきっぷ」は2001年夏頃に発売が始まり、そのキャンペーンとしてモーニングセットをプレゼントする「トクだ値キャンペーン」が行われたようだ。同年初冬までは行われていたことになるが、いつまで行われたのかは不明。


時を戻して今日22日には、秋田駅ホームで20周年記念セレモニーが挙行された。【24日補足】「記念出発式」という名称で、9時12分の14号出発時に実施。
20年前の1番列車(10号)の運転士と車掌が当時の制服を着用して、現在の運転士と車掌へ花束を贈呈。【24日補足】元運転士は土田さん(70)、元車掌は笹本さん(75)。笹本車掌は名物車掌で、「あけぼの」の時にも報道で取り上げられていた。
テープカットではなくくす玉を割って、列車を見送った。
司会は2016年春に秋田テレビアナウンサーを退職した、後藤美菜子さんだった。今はフリーアナウンサーになったようで、秋田テレビの情報番組にもたまに出演しているそうだ。

ほかに、記念入場券セットの発売もされ、盛岡駅での模様がIBC岩手放送のニュースになっていた。IBCでは、20年前の開業時の映像も流れ、袴の錬治郎氏も映った。秋田にはTBS系列局がなく、当時はIBCが秋田市に支局を置いて取材していた(関連記事)が、秋田新幹線開業についてもしっかり取材して映像を保存していることになる。

そして、22日から、秋田駅ホームの発車メロディーが新しくなった
さらに、この春で国鉄分割民営化・JR発足から30年となる。20年前は10周年だったわけだが、こまち開業に気を取られたのか、その意識はなかったかもしれない。
この辺りについて、また後日。
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