広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

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3010-08-24 20:10:24 | その他もろもろ
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画面左側、カレンダーの下に「メッセージを送る」機能がありますので、ご利用ください。
 ※頻繁にはチェックしていないので、対応が遅くなる場合があります。

2010年8月24日


ちょっと思うところがあって、上記のようなものを書いてみました。
(投稿日時がおかしいですが、最上段に表示させるためです。また、この記事のみコメントを受け付けない設定にしています)
2011年1月5日アクセス解析を試験設置
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大町から魁が消える

2017-01-19 23:11:32 | 秋田のいろいろ
以前から何度か触れているが、秋田魁新報社の本社は、かつては大町一丁目・大町通り沿いにあった。通町の丁字路と二丁目の秋田ニューシティ(ダイエー)の間、現在、商業施設「サン・パティオ大町」がある場所。【20日追記】サンパティオだけでなく、その裏手の土地も本社の一部だった。
魁は1994年に現在の山王臨海町へ移転し、その跡にサンパティオが建ったわけだが、そのニューシティ寄り(南側)には魁本社時代からの3階建ての建物が残り、引き続き魁の所有となっていたようだ。住所は大町一丁目2番6号。
その建物には系列のさきがけカルチャースクール(現・秋田カルチャースクール)が入っていたがいつの間にかなくなり、チケット販売窓口や系列企業のオフィス、貸ダンススタジオや(趣味の発表会などの)貸会場、魁と直接関係ない組織のオフィスが入居していたこともあったようだ。近年は「さきがけ大町センター」という名だった。
「さきがけ大町センター」
昨年末、12月18日付秋田魁新報社会面に、こんな告知が掲載された。
「さきがけ大町センター22日で閉館/ご利用ありがとうございました」
多くの人はこの建物に用はないし、前を通っても掲示などに注意を払っていなかったものの、わずか4日後の閉館とは唐突。

それによれば、この建物は1980年に旧社屋の別館として建設、本社移転後は「さきがけカルチャースクール大町校」になり、2005年から読者サービスの拠点「さきがけ大町センター」という経歴。
「チケット販売などの業務」は2016年6月にエリアなかいちにできた「さきがけニュースカフェ」へ移転したことと、「建物の老朽化で大規模な修繕が必要になったこともあり、閉館することになりました。」としている。
入居していた派遣会社「さきがけプラスA」と保険会社「さきがけサービス」は、年明けから臨海の本社内へ移転。
左隣がサンパティオ、突き当りが通町
サンパティオの位置にあった旧社屋(本館ってことでしょうね)は、1930(昭和5)年築の鉄筋コンクリート造3階建てだったそう。ネット上に写真などは見当たらないし、僕の記憶もかすかなものだが、薄緑色のような、それなりに風格やデザイン性を持つ建物だった。後の大町センターである別館は、その本館と違和感なく一体化していたと思う。壁面の「魁」マークは本社時代からあったのかもしれない。
大町センター閉館により、大町から魁が完全に撤退することになるのだろう。
かつては印刷も大町でやっていたらしく、裏側の川反通り側から大きなロール紙が搬入されるのを見たのも思い出。

年が明けた現時点でも、「さきがけ大町センター」の看板と壁面の「魁」マークはそのまま。しかし、横の駐車場は閉鎖され、玄関前の雪に足跡はない日も多く、空き家になったようだ。
※掲載写真は複数の日に分けて撮影しているので、積雪量はまちまちです。
正面から
「魁」マークの下に、道路に面した横に長いガラス窓がある。
反射して見えづらいですが
これは、当日の秋田魁新報を張り出す掲示板。本社があった時代から昨年末まで、おそらく毎日(休刊日を除く)欠かさず掲出されていたが、閉館以降は新聞は張られていない。足を止めて新聞を読む人がたまに見受けられたが、もちろん、それもなくなった。

この掲示板自体も、道路と掲示板の間に立つ柵も、子どもの頃から変わっていないはず。
多くの新聞社の本社や支局の前にはあるものだけど、ここのはずいぶん横に長いし、本社でなくなっても律儀に張り続けられていたのは珍しいかも。

この建物がどうなるか、どうするかは分からない。
ところで、この裏では、地元主導による新しい商業施設の計画がある。昨年末の報道(左記リンク先末尾に追記)では、2019年には完成するとのこと。【20日追記】この土地もかつては本社の一角だったはず。
(再掲)裏の川反通りから。「魁」とあるのが大町センター
商業施設の予定地のまさに真裏だから、大町センターを解体して、ここも商業施設の一部に…とかなるのかもしれない。そうすれば、大町通りや既存商業施設とスムーズに行き来できそう。大町センターと予定地の間には段差がある(予定地のほうが低い)けど、なんとかなりそうだし。
奥の駐車場が予定地。その向こうが旭川と中央警察署
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石垣ナンバリング

2017-01-18 21:17:36 | 津軽のいろいろ
年末年始の弘前の続き。※前回の記事
大みそかの午後、弘前城跡・弘前公園へ。
市役所向かい追手門。堀は凍結
市役所前の追手門広場で恒例のイルミネーションが行われているが、訪れた時はそのことをすっかり忘れ、市立観光館も休みだし、暗くならないうちに公園内だけ見ておけばいいと、とっとと巡ってしまった。イルミネーションはこの日は終夜点灯だったとのこと。

この時点では雪はそう多くはなく、いつもよりは少ないながらもちらほらと観光客が歩いていた。
花見の時は人だらけの撮影スポットの下乗橋も、たまに人が通るだけ。
後方に天守
天守は石垣修理のため曳家されている。※1年以上前の前回訪問時
(再掲)本来の光景

堀越しに天守台。右奥に天守の頭が見える。堀は工事用に埋められ、残った一部は凍結

ところで、石垣に、雪のほかに、黄色いものが点々とくっついているのにお気づきだろうか。
黄色いビニールテープ

油性ペンで「カタカナ-数字」
これは、石垣の石の位置を記録するためのナンバリング。
2017年春からの石垣解体に先立って、その位置を記録するため(後で復元できるよう)に、10月24日から12月19日までかけて、2518個の石にナンバリングが行われた。
上の写真を見ると、小さな石にはテープだけで文字が書かれていないもの、さらにテープすら貼っていないように見えるのもある。これらは大丈夫(2518個に含まれるの?)なんでしょうか?

それにしても、今どきの技術なら、石にICタグを付けて、GPSもしくは精細なデジタル写真を使って…とかで位置を記録することもできそうだけど、やっぱり原始的な方法がいちばん確実ということか。いや、ビニールテープと油性ペンを使っただけでも、前回の明治の修復から見れば新技術か。

冬期は入場無料の本丸へ。ただし、天守内の公開は休止。
主が留守の天守台
天守台の下の階段部分の石垣にも、黄色いテープ。

ウッドデッキ風の展望デッキから、仮置き中の天守を眺める。
後方には頭に雲をかぶった岩木山
展望デッキのスロープは冬期間は閉鎖され。昇降は階段のみ。
この時は階段の各段に雪が固まって付着し、下りる時は怖かった。木製の手すりは、多少風格が出てきて、ささくれ立っているところもあった。

蓮池越しに岩木山
雪が融け、さくらまつりが終われば、いよいよ石垣の解体が始まる。次に来た時はどうなっているだろう。

弘前の話題は続きます。
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寒波の後 新屋など

2017-01-17 21:32:00 | 秋田の季節・風景
前回も触れた通り、先週末はこの冬いちばんの寒波が襲来した。
全国的には大雪や暖かい土地でも積雪した。秋田市は幸いにも、いつもよりちょっと雪が多くてちょっと寒いだけ。心配した暴風はほとんどなかった。これでつべこべ行っては、各地の人に申し訳ない。
秋田市は13日に11センチだった積雪が、15日は一時25センチまで達した。平年のほぼ倍。
なお、青森市や弘前市も新たに積もって秋田市よりは多いが、やはり各地の平年と比べてさほどの多さではなさそう。
さすがに酸ヶ湯の積雪は多く、マスコミも取り上げるけれど、あそこは温泉だけで町はない特殊な場所だから、そんなに取り立てなくてもいいと思う。
酸ヶ湯の積雪を伝える時、NHKの全国ニュースでは「“八甲田山系の”酸ヶ湯」という“枕詞”が必ず付くようだが、今回の寒波を伝えたとあるアナウンサーは、最初「八甲田山系」のアクセントがおかしかった。なんか「TBS系」「ジャニーズ系」みたいな。おかしいというか、言われてみればそれで正しいようにも感じられるが、一般人も含めた多くの人とは違うアクセント。最初の2回はそのアクセントだったのが、後日3回目からは正しい(?)アクセントに変わっていたので、やっぱり間違っていると指導されたのだろうか。


秋田市の最低気温は14日はマイナス6.5度、15日はマイナス8.4度まで冷え込み、最高気温は両日とも昼もマイナス2.4度で真冬日となった。風は弱かったこともあり、数値のわりにはさほど寒くなかったが、積もった雪はほとんど融けなかった。
17日の最低気温は、秋田市はマイナス3度ほどだったが、由利本荘市(本荘)ではマイナス11度まで下がった。沿岸の南部で、秋田県内では暖かい本荘にしては、かなりの冷え込み。内陸北部の鹿角などよりも低い。なんで?

15日午後の泉地区の「ハミングロード」。右端が車道で他は遊歩道
15日午後には晴れ間ものぞくようになった。
秋田市道の生活道路では、本格的な除排雪作業が実施された。
泉地区。角々に雪山が作られた状態。この後それを運び出す

16日も晴天。気温は4.2度まで上がり、積もった雪が融けた。道路はわだちができてシャーベット状になるなど状態が悪化。路線バスは神田線(従来ルート)の外旭川神田近辺で恒例の天徳寺バイパスへの迂回運行が実施された。神田線の迂回は17日も継続。この調子では、次のダイヤ改正で神田線のバイパス経由への移行がますます進んでしまいそう。

秋田市南西部・新屋(あらや)地区。
新屋表町の新屋西線が通る道(ここは市道区間、この先で県道65号になる)
新屋は降雪が少なかったのか、路面状態は悪くないところが多い印象。
1本東の秋田大橋の通り(かつての国道7号である県道56号)の美術大学前。こちらは交通量が多いだけに車道は路面が露出

さて、秋田公立美術工芸短期大学が2013年に4年制化された秋田公立美術大学。
4大発足当初は、大学正面の表示板は大学と短大が併記されていた。
 (いずれも再掲)かつての表示板
2013年度は、まだ短大だった2012年度の入学者が短大2年次として残っているから、両方の名があって当然。
彼らの多くが卒業した2014年度以降も、休学や留年などで短大の学生が残留する可能性があるからか、併記が残っていた。
今2016年度にテレビで映った時に気づいたのだが、現地で確認すると、
短大名が消えていた
在学期間は修業年限の2倍が上限(=2年制なら4年まで)だから、2015年度末で短大の名が消えたのだろう。休学とかすればまた違うみたいだけど、これで“表札”からも美短の名がなくなった。
だけど、上の写真の通り、県道の入口を示す案内板には美短の名が残っている。この看板は、道路管理者ではなく秋田市が設置したようだけど、忘れているのか、あえて残しているのか…

正門と反対の新屋図書館・新屋駅への遊歩道側にある、旧・米倉庫のほうは、
赤い屋根が雪で隠れる
写真右側の倉庫の向かいで工事中。今春設置される、大学院の施設。
既存の研究棟(4年制化時に増築)に続く構造のようで、開放的だった倉庫前(かつては貨物列車のホームだった場所)がちょっと狭くなってしまいそう。

美大から新屋駅までの遊歩道。並木の外側が車道
新屋の遊歩道では、毎年1月末にミニかまくらが並ぶ。今年もやるんでしょうかね? この雪の量があと半月残ってくれれば、問題はなさそう。
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富田大通りの流雪溝

2017-01-15 21:01:57 | 津軽のいろいろ
この冬一番の寒波襲来の中、大学入試センター試験が行われた。
東北地方北部の平地では、降雪・積雪量はそれなりに増え、寒さも厳しいが、心配された暴風はそれほどでなく、列車の遅延や試験トラブルも目立ったものはなさそう。月曜以降は気温が上がるので、積雪が融けて道路がぐしゃぐしゃになりそうなのと、落雪や屋根の雪下ろし中の事故には注意。
一方で、福島・新潟県の内陸では豪雪のようだし、太平洋側や瀬戸内海側でも積雪し、事故や試験への影響が出ている。


唐突ですが、「流雪溝」というのがある。道路端の側溝に水を多く流し、その上の路面にあるフタを開いて、積もった雪を投入する仕組み。豪雪地帯で、ある程度家が密集したところ(農村部ではなく)に設置されているところがある。
青森市では「流雪溝」と「融雪溝」が存在したり、青森県弘前市では「消流雪溝」が公式な呼称のようだが、一般的には「流雪溝」だろう。
秋田市はさほど積雪がないこともあって一般的ではないが、中央部の八橋地区の旧国道沿いには設置されている。近くの秋田市上下水道局「八橋下水道終末処理場」の下水処理水を流雪溝に流し、同じく近くの草生津川へ放流するもの。
投入は手作業だし、放流時間が決められるそうだし、水があふれたり転落事故が起きたりすることがある。でも、せっかく作ったのだから、あるのに使わないのはもったいない。

前にも書いたけれど、初めて弘前へ行って驚いたのが、積雪時の道路の歩きにくさ。
秋田市より降雪が多いから当然なのだけど、20年前は路肩や歩道は雪が積もり放題で閉口した。一部流雪溝らしきものもあるにはあったが、使われていないようにも見受けられた。

そんな場所の1つであった市立大成小学校前の道路を2013年に通ると、流雪溝を使って地域のみなさんが除雪作業をしており、昔より格段に歩きやすくなっていた。ここは昔から流雪溝があったのかは不明。

もう1つが、富田大通り(青森県道127号線)の弘前大学文京町地区前。
ここは20年前の時点で、歩道部分に流雪溝らしきものが設置されていた。
しかし、当時は使われた形跡がないどころか、除雪作業が一切されていないようだった。格子状の「グレーチング」でできた流雪溝のフタ部分では、雪が下(流雪溝の中)に落ちて雪が積もらないから、そうでない部分とは高低差が生じる。
弘前最初の冬は、積雪が50センチを越えていた上、県道の車道部分で除雪された雪も歩道に降り注ぐので、古いバスに乗り降りするみたいな段差ができていた。
だから、歩行者は、本来はある程度の広さがある平坦な歩道なのに、狭くなって、しょっちゅう登り下り(しかも滑りやすい)して歩かねばならなかった。特に正門側よりも農学部(当時)側のほうがひどかった。高齢者や中学生など地元の人もたくさん歩く道なのに。

弘前大学当局の手が(気が)回らないのか、道路管理者である青森県も何かできないのか、と思っていたら、数年後には歩道部分をロータリー式の除雪車が除雪するようになった。大学か県か誰がやったのかは不明。
ということは、富田大通りのあれは流雪溝っぽいけど、単なる暗渠(フタ付き水路)なの? と思っていた。
今年元日の農学生命科学部前。バス停のポールについては後日また
上の写真のように、富田大通りの歩道には、グレーチングが点々と続いているのだが…


さて、ローカル報道向けに大学入試センター試験を取材させる場合、県単位で特定の会場の特定の教室を公開する。
秋田では例によって秋田大学(のいつもの部屋?)だったが、青森では弘大ではなく青森市の青森公立大学だった。
でも、前日13日の準備風景は弘前大学を取材したところが複数あった。室内の準備作業は恒例の旧・教養部201講義室か301講義室だったようだが、なじみがない教壇側からのアングルが多かったため、ピンとこなかった。

NHKでは、弘前大学試験会場の屋外の準備風景が、全国向けにも放送された。
NHK青森放送局サイトより
上の画像、奥は富田大通りを走る弘南バス。
手前は大学前の道路の歩道を除雪する大学職員たち。この人たちは寄せた雪を、開いたグレーチングの中へ落としていた。字幕で隠れているが、この後、穴の中がアップで映った。
やっぱり富田大通りのあれは流雪溝だったのか!!

この時点で40センチほど積もっていたから、除雪作業は必要だろうけど、20年前とは雲泥の差。今は日頃からこんなに丁寧にやってくれてるの? それこそロータリーでざっと道を作ってくれる程度でいいのでは?
映像では正門に「排雪作業中」の看板が立ち、トラックが中に入っていくシーンがあった。構内の雪はよそへ運んで捨てているようだ。

この調子で、文京町3番地の農学生命科学部側まで除雪したとすれば、けっこう大変な作業。
センター試験は正門側の1番地だけで実施されるはずだから、除雪も1番地側だけで、3番地は相変わらず段差になってたりはしないでしょうね。数は少なくとも受験生が通るであろう、裏手の寒沢スキー場入口、バカヤローカーブ側もどうなっているやら。
歩きやすくしてくれること自体は、受験生以外にもありがたい。職員だけじゃなく、学生の手を借りて、日頃からやるとかしてもいいのでは。それこそ地域と共生する大学。
【15日追記】「雪かたづけ隊」という学生ボランティア団体が市内各所で除雪をしているようだ。だったらセンター試験前の大学前でもやればいいのに。

それにしても、毎年思って・書いてしまうけど、1年でいちばん気候が厳しいこの時期に、全国共通の大事な試験を実施するのはなんとかならないのだろうか。他の時期ならば、道路や鉄道の遅延、除雪の手間と費用、暖房費、インフルエンザ流行の危険など、あらゆる点で軽減できるのに…
センター試験に代わる試験が検討されているが、時期は変わらなそう。
悪天候の地域が多い中、東京は晴れていたようだ。そんな土地からでは、やっぱり地方の厳しさは感じてもらえないのかもしれない。
こんな時こそ、弘前大学なり秋田大学なり、あるいは県知事、県選出国会議員などが国へ提言するくらいしてくれてもいいのではないだろうか。



その他、センター試験雑感。
・昨年、秋田大学会場において、使用が禁止された格言入り鉛筆を机上に置く受験者の姿がローカルニュースで放送された。大学入試センター側の周知も分かりにくいように思われたので、その旨、余った年賀はがきを使って意見を送った。
返信はなかったばかりか、募集要項の記述も変わらなかったようだ。試験会場での注意などは分からない。今年の秋田のテレビでは机上がアップになるシーンはなかった。
ちなみに、NHKニュースでは「大学入試センターによりますと、この2日間で、禁止された電卓や定規などを使った不正行為をした受験生が12人」いて「すべての試験結果を無効とする措置」となったと伝えた。※格言鉛筆は使用禁止であって、使っても直ちに不正行為と見なされるわけではないらしい。

・秋田市では、秋大、県立大秋田キャンパスのほか、ノースアジア大学も試験会場。
路線バスが廃止されたノースアジア大へのアクセスが不安になるが、大学ホームページによれば、秋田駅東口からの無料送迎バスをセンター試験用ダイヤを設定して運行していた。試験時刻に合わせていると思われる。
センター試験時にバス会社が有料の路線バスを特発するのは、全国的にあるようだが、自前のバスを出すのは、どうなんだろう。親切ともいえるが、当然ともいえる。
ノースアジア大の立地からすれば、この対応がなければ地獄だけど、これだけの対応があれば、駅から秋田大学まで歩くのと比べても…どうかは人それぞれでしょうけど。※センター試験の受験会場は、受験者は選択できないはず。

・試験会場の構内(屋外)で、高校や予備校の先生が、受験者を励ます姿がよく報道される。最近では、先生がお菓子や使い捨てカイロを、教え子に配ることが流行っているようだ。メーカー側が験担ぎのお菓子を売っている影響もあるのだろう。
20年ちょっと前、僕の高校からは多くの生徒が秋田大学でセンター試験を受験した(当時は秋田県内で秋田大学だけが会場)。だけど、そこで高校の先生との接触はなかった。先生が会場にに来ていたかすら分からないが、来ていたのなら事前に「会場に行くからあいさつに来なさい」ぐらいの指導はあってもよさそうだが記憶にない。寒いなか、待っていてくれなくてもいいけどね。

・14日のTBS「新・情報7daysニュースキャスター」の最後で、コメンテーターの明治大学教授・齋藤孝氏が、「センター試験は評価が高い試験制度で、(近い将来の新試験導入によって)廃止されるのは残念」といった趣旨の発言をされていた。そうなんだ…

【17日追記】
新聞には、前日実施分のセンター試験の問題と解答が掲載されるものだが、2017年の秋田魁新報にはなかった。2016年がどうだったかは記憶にないが、昔は魁にも掲載されていたのに。
今年も、科目ごとの出題傾向などの分析は掲載され、ホームページでは、問題・解答がアップされた共同通信社の「47news」サイトへのリンクはある。
全国紙にも、大学入試センターのサイトにも掲載されるわけだし、あえて紙面を割く必要もないという判断なんだろうか。理解はできる。
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