Sketch of the Day

This is Takeshi Kinoshita's weblog.

英国旅行日誌 2004/08/28(SAT)

2004-09-10 | Great Britain
スコットランド観光協会4つ星指定*1のB&Bの朝食は最高だった。4つ星ホテルに泊まったのはたぶん初めてだと思う。ホテルの名はWell View Hotel*2。教員をリタイアした夫婦が古い屋敷を買い取ってホテルにしたもの。調度品、食事、応対等々、随所にこだわりの見られる良いホテルだった。特に食事の味付けがあっさりしていておいしかった。B&Bの後者のBはもちろんBreakfastだが。B&Bと名乗っておきながら朝食をおろそかにしている宿のなんと多いことか。英国人は食事を軽んじる民族である(お茶の時間は大事にするけど)。そんななかでこのホテルのスコティッシュ・ブレックファースト*3は脂っこくなく上品な味付けで好感が持てた。このモファットの町には2年前、亡くなった義妹と夕食のために立ち寄ったことがある。その時夕食に入ったパブに昨日行ってみた。何も変わっていない店内にいると、その日のことがありありと思い出されて、今は亡き義妹がすぐそこにいるような気がした。

M6に入ってカーライル(Carlisle)のサービスエリア(英国ではたんにServiceと言う)で、スコッツマン(Scotsman)*4を買った。一面トップに、女子マラソンに続いて10,000メートルも棄権したポーラ・ラドクリフの記事が写真入りで大きく載っていた。横に積まれていた低俗なタブロイド紙では「普通の女の子に戻ったポーラ」とか、「プア・ポーラ!」とかぼろくそにこきおろされていた。いずこも同じである。M6からA65に入り、ヨークシャーデール国立公園(Yorkshire Dale National Park)の南縁に沿ってスキプトン(Skipton)を越えさらにハワース(Haworth)に出た。

ハワースはかの有名なブロンテ3姉妹の生家がある町である。『嵐が丘』の舞台といったほうがわかりやすいであろう。この町を起点にあるいは貫通して無数のパブリック・フットパス(Public Footpath)が郊外に伸びている。『嵐が丘』に限らないが、文学作品をより深く理解するには、現地を訪れることが大事だ。この町に「嵐」はやはりふさわしいワーディングなのである。でも、文学作品というのは風景をとらえる装置でもあるわけだから、世界中の人々が「嵐が丘」のイメージでのみこの町を見てしまうというのもなんだかスゴイ話である。儲かってるからいいけど。

昨日から久々のカントリーロードを走って。ちょっと目が回ってきた。だって、ほとんど造成していない地形コンシャスな道を平均60マイル(100キロ)以上のスピードでかっ飛ばしていく。信号が全くなくて空いていて、しかも2車線だから流れに合わせて走り続けるしかない。1~2時間脇目もふらずに時速100キロでジェットコースターのようにワインディングロードを走るのは慣れていない者にとって少々きつい。ホントに目が回るのだ。しかも、ジジイにプレッシャーをかけられていたりするから癪に障る。子供を乗せているので、レーシングスピリットを静め、所々に設けられている待避帯で後続車をやり過ごすよ。つきあいきれない。こっちはゆっくりとパストラルな風景を楽しみたいのだ。

ハワースを見学後、一路マンチェスターへ。留学中の日本人I氏宅で1泊させてもらうことになっていたからだ。I氏はマンチェスター大学で1年間研究員として研究中である。妻の同僚だった人物でやはり家族で在英中。ご子息ととうちの息子とも知り合い(といっても互いに4歳と3歳であるが)の間柄である。マンチェスターはでかい町だった。マンチェスターで知っていることといえば、かつて名を馳せた工業都市で英国の帝国主義と近代化を支えたこと。それから、マンチェスター・ユナイテッドくらい(←乏しい知識だ)。I氏とテスコ(TESCO)*5で中華とインディアンとイタリアンの冷凍食品のセットとアルコールを買い出しに行く。たくさん買ったので久々にレジであわてた*6。I氏宅に戻り食事。なかなかイケた。途中韓国人留学生のL氏を交え賑やかな宴は11時過ぎまで続いた。

*1 英国のB&Bは観光協会によりすべてランキング(5段階)されている。このランキングはかなり正確で、当然高いランクほどお値段もはる。あくまで宿泊施設としてのホテルの質が問われ、コストパフォーマンスの善し悪しは問われない(と思う)。例えば、同じ質で宿泊費が安くても高くても星の数は変わらない(と思う)。経験的に。。。日本でランキングをやったらホテル側から間違いなくいやがられるが、英国では星数の少ないホテルが営業危機に陥るというようなことはない。予算に応じた選択を助けるためのユーザー本意のシステムなのである。

*2 スコティッシュ・ボーダーズ(イングランドとの国境付近の行政区域でのどかな田園地帯が広がる美しく麗しい地域。毛織物の老舗「ハリス・ツイード」。その名の元となったツイード川(River Tweed)はフライフィッシングの聖地)の保養地モファット(Moffat)のタウンセンターからクルマで1~2分の小高い丘の中腹にあるホテル。見晴らし良好。フロントヤード、駐車場あり。アドレスは、Ballplay Road, Moffat, dumfriesshire, DG10 9JU。お勧め!

*3 スコティッシュ・ブレックファーストは、トーストにコーヒーもしくは紅茶(いずれもおかわり自由)のほかに、かりかりベーコン、ソーセージ(こいつがうまい)、ビーンズ、マッシュルーム、ベイクド・トマト、ベイクド・ポテト等がワンディッシュに盛られる。たまにハギスのスライスがついたりすることもある。ボリュームたっぷりだけれど、野菜が少ないので、お昼はサラダとかフルーツがいいだろう。朝食の量が多いのでお昼はその程度でも十分だ。ところで、同じメニューがイングランドではイングリッシュ・ブレックファーストと呼ばれ、ウェールズではウェルッシュ・ブレックファーストと呼ばれるからややこしい。特にスコットランドで、間違って「イングリッシュ・ブレックファーストをくれ」なんて言うと、必ず「いや、スコティッシュ・ブレックファーストだ!」と訂正される(笑)

*4 スコットランドのナショナルペーパー。このサービスエリアを過ぎるとイングランドに入るので記念に買った。2年前はブロードシート(いわゆる大判サイズ)だったが、今年、イングランドのデイリーテレグラフ紙に買収されて、タブロイド版になっていた。ちょっと残念。スコッツも複雑な気分だろう。

*5 英国の大型スーパー・チェーン。英国の大型スーパーではほかにセインズベリー(Sainsbury's)、セイフウェイ(Safeway)等が有名。いちおう格式のランクがある。上記三者では、セインズベリー>テスコ>セイフウェイ、といったところか。街中のコンビニのような小さなスーパーでも、ほとんどクレディットカード対応である。ブリティッシュは例えばコーラ1本でもカードで精算することは決して珍しくなく、店員にいやがられることもない。完全なキャッシュレス社会である。

*6 英国のスーパーマーケットのレジでは、まずカゴに入れた商品をぜんぶベルトの上にぶちまける。するとそのベルトが動いて商品が店員さんのほうにズズズと運ばれていく。店員さんは「Hi Ya!」と言って、バーコードセンサーに商品を次々にかざしていく。ここまではまあよい。しかし、この後、日本だと値段が読み取られた商品は店員さんによって再びカゴに丁寧に入れられ(ずいぶんうまく入れるなぁ、なんて感心することもある)のだが、英国の場合はそんなことはしてくれない。値段が読み取られた商品はセンサーの先にある平たいバケットのようなスペースにポイポイとスライドされるだけである(スロープになっていて丸いもの、例えばリンゴなどはころころ転がっていく)。ボーっとしている暇はない、値段チェックの済んだ商品を急いで買い物袋に入れないと、次の客がチェックに入れず待たせることになるのだ。

英国旅行日誌 2004/08/27(FRI)

2004-09-08 | Great Britain
エディンバラ市役所(The City of Edinburgh Council)の都市開発課(City Development)に行く。英国の役所(地方自治体)は、日本のように各セクションが入ったでっかい庁舎がでんとあるわけではなく、セクション毎に街中のビルを間借りしてバラバラと散らばっていることがほとんどである。だから、目指す課ががどこにあるかをまず確認しておかなければならない。2年前の経験から都市開発課のアドレスはわかっていたけど、英国は引っ越しも激しいから安心はできなかった。しかし、幸い目指す都市開発課は2年前と同じ場所にあった。

ここに来た目的は、開発計画(Development Plan)のレポートを入手するためだ。古い19世紀のビルディングに間借りしたその事務所内に入る。いずこの役所も同じで、図筒を抱えたいかにもデザイナー、プランナーといった御仁がなにやらカウンターで順番を待っている。僕もその列に加わる。見ていると、これまた役所らしく、デザイナー氏、プランナー氏への役人達の対応はお世辞にも真摯とは言えない。やがて僕の番が来た。役人氏、こんな所に東洋人が何の用だ?と言う顔で僕を見る。

ストラクチャープランのレポート(Written Statement)を買いたいんですが、と切り出す。「買いたい」と言ったのは、2年前、「欲しい」と言ったら難しい顔をして「文書が必要だ」と言われ、「買いたい」といったらニコニコしてすぐ持ち出してきたという経験による。だから今回は迷わず「買いたい」と切り出したのだ。ところが、やっこさん(いや女性だったが)、2年前に僕が買った古いエディションを「これかしら?」と言って持ち出して来やがった。間髪を入れず「そうじゃない、新しく発行された最新のものだ!」と切り返す。するとなにやら書棚を漁って探し始めたがどうやら見あたらない様子。

その女史、同僚に援助を求めて今度はその同僚がガサゴソと書棚を探す。どうやらストックが尽きたようで、「書庫から出してくるから待て」とその同僚氏。たいして時間はかからなかったが全部で4分冊のレポートで各5ポンド(約1,000円)するという。いい商売してるじぇねーか。同僚氏「これにするか?」と、一番大事なレポートを一冊差し出してきた。僕が全部買うなんてはなから思ってないのだ。「いや全部買う」と50ポンド紙幣*2を差し出す僕。すると「釣り銭がないから、どっかでくずしてこい、これ(レポート)とっといてやるから」とぬかしやがる。反論しても埒があきそうもないので、しかたなく、近所の土産物屋でウォーカーのバターブレッドを買ってお金をくずして再びもどると、またまた長蛇の列。また並ぶのか、やだな。と思っていると、かの同僚氏、今度は違うカウンターで手招きして僕を呼んでいる。にっこりと20ポンドを受け取って、「領収書を書いてやる」となんだか嬉しそう。お金をもらうときだけニコニコしやがる。。。まったく。

たかだかレポート4冊買うのにえらい時間を食った。しゃくだから、役所にあるフリーの資料を片っ端から漁ってきた。無料とは思えない結構いい資料*3がたくさんゲットできたので、まあよしとしよう。しかしこれだけの資料が無料で公開されている(周知徹底を図るため)というのは驚くべきことだ。日本では全く考えられないことである。

午前中の市役所訪問とは正反対に、午後のスコットランド自治政府(Scottish Executive)の訪問は大失敗(収穫ゼロ)であった。スコットランド自治政府というのは国の官庁*4だ。まず、駐車場に入れない。「何の目的で来た?」「通行証は?」。「日本から研究目的できた」と僕。しばらく看守は難しい顔をして、仕方なさそうに「こいつに名前とクルマのナンバーと来庁の目的を書け!」。ようやくゲートが上がる。後ろは大渋滞。でもこういうシチュエーションでも、英国人は文句を言わず黙って待っててくれるので気が楽だ。とりあえず第一関門突破。つづいてレセプションである。怖そうなオッサンがガラス張りのドアの横に座っている。みんななんだか磁気カードのようなものをセンサーにあてがって入っていく。うひゃー、そんなの持ってないぞ。

おそるおそる受付氏に目的を告げる。「National Planning Framework for Scotlandという資料が欲しい」と僕。間髪を入れず「アポはとってあるか?」と受付氏。「いや、ない」と僕。にべもなく「それじゃダメだ」と受付氏。「日本からはるばる来たんだ。今日しか時間がないんだ」と僕。「いやダメだ」と受付氏。。。このまま引き下がるわけにはいかない。しばらく考えて、ザックから資料を取り出して。「ほらこれだ。インターネットでもちゃんと公開されてて、だれでも貰える(買える)ちゃんとした公開資料だ。この現物が欲しいんだ」と僕。受付氏、その資料を手にとってちらっと眺めてからすぐに返して、「まず、コンタクトが必要だ、それがなけりゃだめだ」。じゃ、いま開発課(Development Department)にコンタクトをとってくれ、せめて他に入手できる場所があるか聞いてくれ」と僕。「いやだめだ」と受付氏。。。こりゃだめそうだなと思って、ふーっとため息をつき、あきらめて「わかった」と僕が言うと、その受付氏「すまんな」と一言。

さすが、国の役所だ。ガードが堅い、仕方あるまいと思いつつ、役所を後にし、妻子の待つショッピングセンターへ。妻子はそこで、2年前につくったスコットランド人の友人(母子)と食事をしながら僕を待っていることになっていた。合流して、あえなく退散してきたことを告げると、最近やたらセキュリティがきつくなって、アポをとっていても、手荷物を全部調べられるとの由。テロ対策なのである。まあ、英国の国際的立場を考えれば、スコットランド自治政府といえど、セキュリティにうるさくなって当然である。アポをとっていかなかった俺が間違いだったのだ、と自分に言いきかせ、気持ちを入れ替えて、次の目的地モファット(Moffat)に向かった。途中、スコティッシュボーダーズの美しいまちピーブルズ(Peebles)で小休止。informationでこれまたしこたまフリーの資料をどっさりと仕入れる。とても、ただとは思えない資料ばかりである。庭園案内、フットパス案内、乗馬道案内、フィッシング案内等々。いずれも豪華なカラーのリーフレット。こりゃ、税金高いはずだ。。。

*1 余談だが、Developmntを我々は「開発」と訳すことが多いが、言うまでもなくこの言葉には「発展」という意味もあって、英国でDevelopment Planと言った場合むしろ後者の意味のほうが強いと思う。英国の場合、いわゆる物的な開発行為なんてのは計画全体からすれば微々たるヴォリュームで、大部分は保全系の話や経済発展、社会改善といった内容であるからだ。
*2 一般的な買い物で50ポンド(約1万円)紙幣が流通することはまれだ。差し出すとたいては偽札でないか確認される。べつに悪意はない。
*3 結局この日はストラクチャープラン(edinburgh and the lothians structure plan 2015 finalised plan, action plan, supporting statement and publicity & consultationの4冊)のほかに、Balerno, Hermiston, Colinton, Ratho, Craiglockhart Hills, Shandonの6地区の保全地区特性評価書(Conservation Area Character Appraisal)と計画憲章(Planning Charter)を6分冊(Development Control, Local Planning, Planning Enforcement, Street Naming, Tree Oritection and Access to Planning Information)を無料でゲット。実り多い市役所訪問であった。
*4 英国(UK)は現在、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドによる緩やかな連邦制をとっており、イングランドを除いてそれぞれに議会と自治政府が設置されている。法律も全く異なるし、税率もわずかであるが独自に決めてよいことになっている。イングランド議会・政府というのはなくUK政府(ブレア首相の)がこの役割を担っている。

英国旅行日誌 2004/08/26(THU)

2004-09-07 | Great Britain
2年前のホストティーチャー、キャサリン・W・トンプソン教授に会いに行く。グラスマーケットの公共駐車場に駐車して通い慣れたなつかしいキャンパスに。彼女の部屋に行ってみるが不在。今回の渡英は急に決まったこともあり、事前にアポを取っているわけではなかった。だから、エディンバラに滞在する2日間で彼女に会えなければそのときはしょうがないと諦めていた。しかし、念のためゲートに引き返してジェニターにキャサリンの出勤の有無を確認してみると、ジェニターは「(彼女は)来ているはずだ」という。念のため部屋を確認してみるとなんと彼女の部屋は変わっていた。彼女が主催するオープンスペース・リサーチセンターの専用のオフィスに移動したようだ。ジェニターはこのドアから入って階段を上がって左側の部屋だと丁寧に案内してくれた。聞いてみてよかった。行ってみると果たして彼女はいた。

ひととおりの挨拶と近況報告を交わし、持ってきた日本茶のプレゼントと、論文集、学生の作品集、職場のプロモーションCD等を手渡した。彼女はかわりに「いいものがあるわ」と言って「Open Space and Social Inclusion: Local Woodland Use in Central Scotland」と題する小冊子とCD-ROMをくれた。この冊子は、スコットランドの森林委員会(Forestry Commission)からの研究グラントを受けてまとめた調査報告。地域住民にとっての森林利用の重要性とは何か。よく利用される(されない)森林の特性の確認。住民による森林の利用形態。森林管理者にとってのデザイン及び管理のインプリケーション等々を目的に実施されたものである。

森林のデザインや管理においてもあらゆる年齢層のsocial inclusionが不可欠であるというのが豊かな森林資源(民有)を抱えるスコットランドの認識である。いわば森林のユニバーサルデザインである。こういう視点から森林のデザインや管理のあり方をもういちど捉え直してみるというのは極めて基礎的でオーソドックスなスタイルではあるが、日本でも今後求められてよい研究の領域であろう。関連して、オープンスペースへのインクルーシヴ・アクセス(Inclusive Access)の概念等々について意見交換及び今後のメール等による情報交換などを約束して部屋を後にした。2年前に世話になった秘書のリンズィー(この日は不在)へのプレゼントを託して。

その他にしたこと:
・何気なく立ち寄ったチャリティショップで古本を3冊購入(John Gagg『The Observers Series CANALS』Bloomsbury Books, 1988。Alfred Leutscher『a field guide to the British Countryside』Book Club Associates, 1981。Ian Nimmo『Edinburgh's Green Heritage: Discovering the Capital's parks, woodlands and wildlife』The City of Edinburgh Council, 1996)
・Montgomery Street Park, Holyrood Park, Leith Links等の公園を視察。
・スコットランド議会棟(エンリック・ミラーレス設計)を視察。2年前からまだ完成していない。長い工事だ。おまけにひどいファサード。やはりアポ無し突撃を試みたMRS.Cook(2年前の大家さんで偶然在宅。ラッキーだった。なつかしい)によれば、多くのスコットランド国民からひんしゅくを買っているという(金ばかりかかってできあがったものは良くない)ことだ。まあ、建築は全部できてみないとわからないが。。。
・セインズベリー(Sainsbury's)でScots Magazineを購入。

英国旅行日誌 2004/08/25(WED)

2004-09-06 | Great Britain
2年ぶりの英国旅行は出張というかたちで実現することになった。今回もたっての希望もあり妻子を同伴した。初日は、自宅を自家用車で出発し、空港近くの民間有料駐車場に駐車、送迎バスで成田空港というアプローチ。インチョン(韓国ソウル)経由のロンドン行き(大韓航空)で、ロンドンでブリティッシュ・ミッドランズ機に乗り換えてその日のうちにエディンバラまで、という旅程だ。成田空港で朝食。

インチョン空港で、腕を組んで歩く韓国人婦女子を多数目撃。何度見てもなかなか慣れない光景だが、こいつを見るとああ韓国に来たんだなといつも思う。韓国では婦女子に限らず、成人男子でも街中で仲良く腕を組んだり肩を組んだりして歩く人たちが多いが、べつにホモセクシャルやレズビアンということではない(念のため)。おお、あるじゃないか、ヨン様(の広告)*1。

シベリア上空通過。ツンドラの広大な樹林帯の中をゆるやかなうねりをみせる大河の流れ。機内のモニターに映し出される飛行機の航行軌跡が頼りない線形を描きつつ確実にグレートブリテン島に近づいている。ロンドン上空。ハイドパーク、セント・ジェームスパーク、グリーンパークの広大な緑塊とテムズの流れが視界に飛び込んできた。ヒースローに迂回するために一度郊外に出る。それにしてもこの、大地への作為の痕跡はどうだ。スプロールといえど作為に満ち満ちている。スプロールの拡がりそのものは無秩序だが、実体化された空間は実にコスモスそのものではないか。律儀だ。

ランディングしたヒースローで最初に目にしたのは、ポケモンのキャラクターを機体にペイントしたANAのBoing 747だった。のっけから、悪いものを見てしまった。気分を害された。ポケモンはいまやインターナショナルだが、いずれも渋いデザインの機体に混じってのポケモン機の光景は異色そものものである(少なくとも僕にとっては)。パブリックな空間にああいった「絵」を晒すのは、応接間にグラフィティを飾るようで、僕の好みじゃない。だから、村上隆も嫌いである(正確には、嫌いになった)。

ヒースローの乗り換えは4時間弱の待ち時間(の予定)であったが、実際にはなんと6時間以上も待たされた。その間、空港側からはエディンバラからロンドンにやってくる便が遅れているという旨の報告と、出発直前に「遅れてすまん」というアナウンスがあっただけ。にもかかわらず、みんな(最終便だったので待合いの客ほとんど英国人だったはずである)文句一ついわずだまって新聞やペーパーバックを読んだり、ベンチに寝そべったり、思い思いに時間をつぶしている。あきれた粘り強さである*2。

我々は、エディンバラ空港のHertzでレンタカーを借りる予定だったので気が気じゃなかった。営業時間は午後11時までと言われていたからだ。店を閉められちゃかなわないので、ヒースローから電話を入れ、飛行機の出発が遅れエディンバラ到着が11時過ぎになることを伝えた。久しぶりの英語も何とか通じたらしく、「便名は? 待っててやるから心配するな」という答えを聞いて一安心。続いて、今日泊まる予定になっているB&Bにも、到着が午前0時を過ぎることを報告。こちらも問題ない由。ただし、「空港からまっすぐホテルに来るのか(飯はすませたか)?」と釘を刺された。答えはむろんYESである。

エディンバラ空港到着は結局午後11時30分、レンタカーを借り、荷物を詰め込み、一路中心街に向けて出発。2年前の在英中何度か往復したことのある道だっただけに、懐かしさがこみ上げてくる。2年ぶりのエディンバラは何も、本当に何も変わっていなかった。夜だったがそのことはよくわかった。妻がインターネットで予約してあったB&Bは、2年前に我々が住んでいたブロックのすぐ近く。B&Bに駐車場がないことははじめからわかっていたが、近所の路上に無料駐車できることもわかっていたのでそれをあてにしていた。ただ、夜遅くなってしまったので駐車スペースがなくなってしまってないかが心配であった。幸い、ホテル近くのヒルサイド・クレッセント(Hillside Crescent)に空きスペースを見つけ事なきを得た。宿の主(インド系)は0時30分に到着した我々を温かく迎えてくれた。

*1  今回の旅行のためにヨン様のビデオ(SONY)を購入してしまった。
*2 このネガティブな印象はまだ日本の感覚から吹っ切れていない心情のなせるわざで、やがて旅行が進むにつれて「俺もこうでなくっちゃな」という感慨に変わることになる。