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壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

箱を出る

2011年03月10日 21時08分25秒 | Weblog
        箱を出る貌わすれめや雛二対     蕪 村

 蕪村は、雛飾をしようとする際の、乙女の心そのものになりきって詠んでいる。対象と一体となった句を詠みたいと思うのだが、これがなかなか……。掲句は、蕪村の温雅な人柄がしのべる句である。
 「箱を出す」と言わず、「箱を出る」と、まるで、生きているもののように言ったのが、雛に対する乙女の親愛さを、如実に示している。
 「雛二対」も、雛が実際、二組あったのだというように考えられがちである。しかし、それではこの句の焦点がぼやけてしまう。
 懐かしさの対象は、まず最初にその箱をあけた際の、男雛と女雛のそろって並んだ二つの貌(かお)でなければならない。
 蕪村は、夫婦雛という気持で「対」の語を使わずにはいられなかったのだ。また、具体的には男雛と女雛だということで「二」の語を使わずにはいられなかったのである。
 調べも、「雛一対」では音調が浮腰だっていて、この情景の気持に即さない。
 この雛の貌は、眉目の隅々さえ忘れがたいほどに懐かしい、古雛の俤(おもかげ)なのである。

 「わすれめや」の「めや」は、推量の助動詞「む」の已然形(いぜんけい)に反語の係助詞「や」の付いたもので、「…であろうか、いや、そんなことはない」の意。

 季語は「雛」で春。

    「年に一度しか取り出す折がないとはいえ、今いよいよ箱のふたをとれば、その中から
     出てこられるお顔は、まぎれもなく、忘れようとて忘れられない懐かしいあのお顔だ。
     そう、一対になった内裏雛の、男のお雛様と女のお雛様の……」


      チューリップおのれの影にあそびをり     季 己