准教授・高槻彰良の推察 生者は語り、死者は踊る |
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読了日 | 2021/04/05 | |
著 者 | 澤村御影 | |
出版社 | KADOKAWA | |
形 態 | 文庫 | |
ページ数 | 267 | |
発行日 | 2020/11/25 | |
ISBN | 978-4-04-109265-1 |
槻彰良准教授の民俗学講義は他学部の学生が訪れるほどの人気講座で、特別興味を持っているわけでもない僕をも魅了してやまない。こんな講義が聴ける大学生活は楽しいだろうと想像して、出来ることなら今からでも青和大学に入学したいとさえ思わせる。
このシリーズは今のところ本書第5巻が最新刊だから、まだ途中までしか読んでないので、この先も続くのかどうか分からない。僕は続くことを大いに願ってはいるが・・・・。
ストーリーの雰囲気は、話の内容とはかかわりなく、実に楽しい。楽しいという感じより、何か期待する気持ちが湧き出て、ワクワクするのだ。読み終わると物語はまだ続く様相を示しており、一安心だ。
僕のみならず、読書好きの人間なら誰しも同じ思いを抱くだろうことに、好きなシリーズ作品の長く続くことへの願いがある。せっかく好きな作品、もちろんストーリーの面白さだけでなく、登場するキャラクターたちの魅力他、読むものを楽しませるパーツはいくつもある。
僕がこの読書記録を始めた頃のそうした思いを抱かせるシリーズに、「検屍官」シリーズがある。
驚くべきことに、アメリカの作家・パトリシア・コーンウェル氏のこのシリーズは、いまだに続いているということだ。(わが国で刊行されているのは第24巻「烙印」原題Chaosまで)
僕は作者のコーンウェル女史が途中、『スズメバチの巣』を発表したのを見て、「嗚呼、検屍官シリーズは、もう終わりなのか!」とがっかりしたこともあり、いかにこのシリーズ作品にのめり込んでいたかと言うことを、深く思い知らされたのだった。
だが、僕と言う読者は勝手なもので、第10巻が過ぎたころから、従来と異なる雰囲気を感じて、あまりこのシリーズを当初の様に楽しめなくなってしまったのだ。作家と言うストーリーテラーの難しいところは、物語の新たな展開を示すところではないかと思う。
従来とまるで異なる展開や、キャラクターの入れ替えなどが、新たな読者を増やすことの反面、従来の読者の反発などを招くことにもつながりかねないということがある。僕もその後半の一人かもしれない。
特定の読者ばかりを相手に物語を紡いでいるわけでないことは承知しているが、それでも従来の、あるいは初めからの読者を、引き続きとどめておくことも、重要だと思うのだがいかがだろうか?
に限らず読者は勝手なものだ。いつだって自分本位にモノを考えるから、面白くなければすぐに離れていく。
それは、物語の傾向や性質にもよるのだろう。
この、『准教授・高槻彰良の推察』は、その人物の性格にも大いにかかわっているから、急に展開が大きく変化するということは考えられない。怪奇な事件がどのくらい続くかにかかっている。
しかし、ただ事件、すなわちその依頼者が居ると言うことなのだが、それだけではなく、それが高槻准教授や深町尚哉の活躍により、スマートにかつ鮮やかな解決に至ることが必要なのだ。それによってストーリーの面白さが決まるといってもいいだろう。
准教授・高槻彰良と助手の深町尚哉は、ホームズとワトスンの関係に似ているが、彼らのキャラクターにはそれぞれいわくつきの長所や欠点があって、それが時として現れてストーリーを奥深くしていることだ。
今回の副題・生者は語り死者は踊るというテーマに沿って、いよいよ高槻と深町の過去に迫るか?と言う内容だ。僕はあまり文庫に添えられた帯に興味がないが、この文庫につけられた帯の、「僕たちは、帰るんだよ。大事なものが待つ―現世に」という、いかにも高槻准教授のセリフらしく、この物語にふさわしいコピーに心ひかれる思いだった。
それが、ピタリと内容とテーマの切なさを表していると思うからだ。
# | タイトル |
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第一章 | 百物語の夜 |
第二章 | 死者の祭 |
extra | マシュマロココアの王子様 |
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