森岡 周のブログ

脳の講座や講演スケジュールなど・・・

マンネリは自らに敗北するということ

2007年01月23日 20時13分20秒 | 過去ログ
昨日、今日と平和な毎日を過ごしている。
昨日は会議などで、なぜ人は優越感に浸りたいのだろうと考えていた。
いろんな人がいるが、教育の場にいる以上、他者のために、という視点は少なからずとも持ち続けたい。
「勝ち」「負け」だけの結果にこだわらず、その「間」を考えることのできる人間を育成する、それが教育研究者としての仕事だ。

夜は男子学生10名と懇親会に。
12時過ぎまで男同士の話をする。
あまり建設的な意見交換にはならなかった(ごめん)が、少しはストレス軽減になったのかな。
人(先輩)と話すということは、そういう面で効果があると思う。
自分自身もそうだ。
逆にストレスを増強させてしまうと、それは先輩の問題である。

悩むことができるということは幸せなこと。
なぜなら、未来を感じているから。
未来を予測し不安に思うから、悩む、嫌だとかの感情も生まれる。
人間らしい。
脳が起動している喜びだ。

不安と安全の間で生きている。

安全のみでも良くないし、不安だけでも良くない。

安全のみなマンネリは自らに敗北するということ。
いずれにしても、先の診療報酬問題も自らの仕事を省みず胡坐をかいていたのだと思う、そう思いませんか大先輩たち。
先日のテレビドラマもそう。
結局、PTは平行棒の横に突っ立っているだけ。
それが概念イメージなんですよ。
リハビりのイメージにセラピストは存在しない。
リハビリのイメージはとにかく患者がなりふり構わず、一人でがんばる。
それだけなんですよ。
そこには同じ方向を向く教師や看護師の視点もないし、奇跡を起こす外科医の視点もない。あるのは患者のみ。
二人称な関係性はどこにもない。
そういうセラピスト不在の概念を植えつけたことにも責任を感じてほしい。


今日は午後は3回ゼミ生の研究計画のおいこみ。

今年は、感情、意識、心、音楽の問題に踏み込もうと思う。

好きなことを研究しなさい。
自由にやり、自らの達成感を感じるとともに自省しなさい。
そして、先駆者たちの美しい研究成果に触れなさい。
批判的吟味も大事だが、そればっかりしても人間ではない。
歴史に生きている喜びを感じなさい。
そうした研究があるから、あなたたちの研究があるのです。

自由は秩序の中の自由だ。
それをメタ認知する。
そういう研究計画を待っています。