HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

売れ筋を失う皮肉。

2023-09-27 07:34:50 | Weblog
 9月の初めだったか。繊研新聞社が主催する23年春夏「百貨店バイヤーズ賞」レディス部門の受賞が決まった。毎年、取引先の社長と共に新しいブランドが登場することに期待して見ているアワードだ。

 受賞したブランドは以下になる。婦人服トータルでは1位23区、2位レリアン、3位アンタイトル、4位セオリー、5位アナイ。特選ではプラダ。バッグでは1位ロンシャン、2位レスポートサック。また、グッドパートナー賞には、エムズグレイシーとフェスタリア・ビジュソフィアが輝いた。バイヤーズ賞プラス、新人賞、カムバック賞、サスティナブル賞はそれぞれ該当なしだった。

 先日、受賞の記事を読んだ取引先の社長から「今年も変わらない顔ぶれだよ」ってメールが届いた。確かに婦人服のトータルでは、独自のスタンスを貫くものが受賞したというより、百貨店らしく可も不可もなく、無難なテイストの売れ筋ブランドが選ばれたと思う。それに対し、バイヤーズ賞プラスや新人賞、カムバック賞、サスティナブル賞を受賞したブランドがないのは、百貨店にとっての「タマ」不足を象徴する。

 新しいブランドの登場が待たれるのだが、売場のほとんどを百貨店系アパレルに占められ、そこに新参ものが割り込むのは容易でない。若手バイヤーの中には、取引先が作るような「スパイスが効いたテイスト」に興味を持つ方もいる。ただ、総売上げの目標から割り振られた予算があるし、売れなかったらという不安も付きまとう。上司から「これが売れているんだから、あえて冒険するまでもないだろう」と言われれば、反論する材料は見つけにくい。



 もっとも、百貨店の中にも他店との差別化として、以下のようなキーワードを挙げるところもある。「自分が着てみたいもの」「欲しいものを買いたい」「自己主張したい」「昨日とは違う私、昨年とは進んだ私」「変えたい、変わりたい」等など。取引先の社長は、「以前は全国各地にあるこだわりのセレクトショップのお客さんが言っていたようなことを、最近は百貨店のバイヤーが口にするようになってきた」と、語る。

 それでも、中小の専門店系アパレルが百貨店と取引するとなると、いろんな条件で難しい。掛け率の問題もあるし、買取でなければ返品もある。大手のような豊富な品番展開ではない。だから、同業他社とのミキシングMDという受け皿が必要になる。取引先は某百貨店がレディスフロアの片隅で設けた自主編集売場で、試しに1シーズン5~6型、各1アイテム1サイズを委託で並べてくれたところ、全て完売し3回転している。

 「うちのお得意さんは全国各地のセレクトショップ。地方の洋服好きの方が買ってくれているので、東京のお客さんにとっては新鮮に感じたのかもね」と、社長なりに分析していた。それは大手アパレルにはない感度だから、セレクティングで展開してもらえば、売り切る自信はあるとの裏返しともとれる。百貨店の影響はすごいので取引先になるのはありがたい反面、メーンの販路は全国各地の専門店。確かに百貨店で何が売れているかは気になるが、主販路を削ってまで取引すべきかのジレンマもある。



 ミクロで見れば、売上げを伸ばす百貨店はある。都市部ではコロナ禍が収束し外出機会が増えたため、インバウンドを含め富裕層の旺盛な消費意欲に支えられているのだ。アパレルでは海外のラグジュアリーブランドや高感度なデザイナーものが客単価を推し上げるのに貢献している。一方、マクロ的に見ると、百貨店の経営は厳しさを増す。東急百貨店本店は百貨店主体の小売りビジネスから不動産開発にシフトした。そごう・西武は海外ファンドに売却され、ヨドバシカメラが乗り込んだことで首都圏の店舗でさえ、存続の危機にある。

 百貨店という看板を掲げていても、ビジネスモデルは場所貸しに過ぎず、有力テナントの誘致がカギを握る。となると、生き残れるのは後背地の人口が多く、集客力を持つ都市百貨店となり、人口減で市場が縮小する地方百貨店は有力ブランドの誘致ができず、先の見通しは厳しい。場所貸しに徹してもテナントが集まらなければ、既存フロアの維持すら難しくなる。ここ数年が潮目になるだろう。


受賞ブランドでも撤退は不可避

 奇しくも百貨店バイヤーズ賞が発表されたのと同じくして、そごう・西武の再建計画が発表された。買収したフォートレス・インベストメント・グループ(以下、FIG)は、百貨店の再建のために店舗改装などで600億円を投じるという。




 そのスキームは以下のようになる。FIGはそごう・西武の買収にあたり、金融機関から2300億円のつなぎ融資を受けた。そのうち、セブン&アイホールディングス(以下、セブン&アイHD)に支払った買収資金は約2200億円。FIGはヨドバシホールディングス(以下、ヨドバシHD)に西武池袋本店の土地建物やそごう千葉店の一部を2700億円程度で売却。それに西武渋谷店の土地建物が加わると100億円程度が積み増しされる。FIGはこれらの資金をつなぎ融資の返済に充てるというものだ。

 残った資金と手元にある資金が約600億円だ。ただ、そのうちの400億円は基幹店である西武池袋本店の改装費用になるという。これはヨドバシカメラが出店するための受け皿づくりという見方が支配的だ。FIGは「投資先のアコーディア・ゴルフやマイスステイズ・ホテルで余剰人員を引き受ける」「ヨドバシ・ドット・コムで両百貨店の商品を販売する」「ゴルフ場やホテルでも同商品を扱う」と公言している。

 一応、そごうの千葉店や大宮店のほか、地方店10店舗にも残る約200億円を投資して、集客力を高めるというが、1店舗あたり20億円以下の投資でどこまで改装効果が発揮できるかはわからない。そもそも、地方店自体が赤字体質にあるのだ。改装投資は「テコ入れしてますよ」という方便に過ぎないのではないか。それでも、売り上げ回復の見込みがなければ、営業停止や閉店、店舗の売却に動くのは想像に難くない。





 それ以上に西武池袋本店はもっと悲惨な状況が待っている。昨年11月、セブン&アイHDがそごう・西武のFIGへの売却を決議した際、想定していた西武池袋本店におけるヨドバシカメラの入居箇所は本館北側の地下1階~地上6階だった。だが、FIGがそごう・西武に突き付けたのは、本館北側の地下1階~地上6階に加え、中央の地下1階~地上6階、屋上の「食と緑の空中庭園」にまでヨドバシカメラが入居するものだという。同社が専有するのは面積で5割程度だが、完全なヨドバシビルと化すことを意味する。

 LVMHのルイ・ヴィトンは西武池袋本店に残ることを表明したが、ここに来てヨドバシカメラの横に隣に売場を構えることに難色を示しているとの話もある。それ以上に百貨店系アパレルは売場の移転など存続の条件が厳しくなると思われ、多くが撤退の意向を示すのではないだろうか。奇しくも今回のバイヤーズ大賞に選ばれた23区、レリアン、アンタイトル、セオリー、ロンシャン、レスポートサック、エムズグレイシー、フェスタリア・ビジュソフィアは、西武池袋本店にも出店している(アナイは池袋本店には出店せず)。

 これらのブランドが全て退店するようになれば、西武のバイヤーの気持ちは推してしかるべきだ。無難なテイストの売れ筋ブランドながら、確実に売れるから総売上げにも貢献してきたわけで、それが無くなるというのは何とも理不尽なことではないか。逆に大手アパレルとすれば「脱・百貨店」を標榜し、ECに力を入れていることもあり、ヨドバシカメラの進出で百貨店の体をなさなくなる西武池袋本店で売場を確保する必要性は感じないだろう。今回の一件を好機と見て、そごう・西武からの退店が加速するかもしれない。



 ただ、アパレルではないが、フェスタリア・ビジュソフィアのようなジュエリーショップは微妙ではないか。元々、長崎県の大村で熟練の技術を持つ貞松時計店としてスタートし、バブル期には商社の助けを借りて宝石・貴金属を拡販。その後、現社長の代になってジュエリーのSPAとして商品開発と店舗展開を進める一方、“Wish upon a star®” というダイヤモンドのオリジナルカットを生み出した。ショッピングセンター中心の展開から百貨店にも売場を設けるなどブランドロイヤルティが向上した矢先で、退店か存続かを突きつけられた形だ。

 フェスタリア・ビジュソフィアはそごうの横浜店、千葉店、大宮店にも出店しており、千葉店にはヨドバシカメラが進出するため、こちらも判断を迫られることになる。三越の日本橋本店や銀座店、高島屋の日本橋店にも出店しているが、こちらの百貨店は老舗で格式があるため、お客にとっては敷居が高い。そごうや西武といった気軽に来店できる百貨店にも売場を確保したいのが本音ではないか。一つ、二つと退店したところで、体制に大きな影響はないと思うが、中長期的には百貨店での展開はどうするかの課題も出てくる。

 百貨店側にしても、売れているのはラグジュアリーブランドや大手アパレルだけではない。マーケットの狭間を埋めるエムズグレイシーのような中堅アパレル、フェスタリア・ビジュソフィアのようなカジュアルジュエリーも、欠かせないタマになる。そうした売れ筋を失うかもしれないのは、何とも皮肉なことと言わざるを得ない。
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