HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

夢は追わず、野望を抱け。

2023-09-13 07:29:23 | Weblog
 日本の国際競争力が年々低下している中、企業に雇用されて仕事を与えてもらうのではなく、ゼロから事業を立ち上げる起業家が求められるようになっている。地方自治体でも新しい起業家育成のプログラムに注力するところが増えており、UターンやIターンと絡めて地域産業の活性化、定住促進に繋げていこうという動きがある。



 筆者が住む福岡市も、支店経済からの脱却を目指したグローバル創業・雇用創出特区をスローガンにスタートアップ福岡を始動。自治体が創業を志す人を支援、起業相談から融資、創業後の経営相談、商談会の開催、研修などまで、多面的にサポートしている。廃校となった大名小学校跡地を活用するスタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next(FGN)」では、2019年5月に第2期の運営がスタートし、3年で入居する企業は約180社にのぼった。

 資金調達でも179億円余りを実現するなどの大きな成果を達成している。入居企業の多くは会社設立前後の段階で、資金調達をしても商品やサービスを完成させるまでに至らず、売上げが見込めない時期にあたる。そうした段階でも、手厚い支援を受けられる。ただ、FGNに入居できる期間は原則1年間(最長で2年)で長くはない。支援があることがかえって甘えの構造に繋がる恐れがあるからだ。

 むしろ、起業によって新しいビジネスモデルやイノベーションを起こすには、その目的や理由を考え、事業計画を立て、会社設立や開業の手続きを行い、資金を調達して、素早く成長軌道に乗せることが重要になる。それまでのフローは澱みなく、粛々と前に進むこと。ある意味、起業を志すのなら、後には引かず退路を断つ覚悟も必要になる。情緒的な言い方かもしれないが、経営者である以上、覚悟に勝る決断はないのである。

 アパレル業界でも、だいぶ前から自治体が起業家支援拠点を開設し、支援する動きがスタートしているが、少しずつ拡大する動きがある。このコラムでも過去に一度取り上げた東京・台東区の地場産業を担う創業支援施設と活性化事業は、地場産業の後継者育成も兼ねてはいるものの、多くの若者が夢をカタチにする取り組みとして画期的なものだ。



 中心的な施設では、「台東デザイナーズビレッジ(以下、デザビレ)」(http://designers-village.com/)がある。ここは平成16年4月に廃校となった台東区内の小島小学校跡地で開村。地場産業の後継者育成、地元のファッション雑貨工場が不得手とするデザイン機能を目的に、靴やバッグ、アクセサリー、アパレルなどの分野で事業を起こし、自立しようというデザイナーをハード、ソフトの両面で支援している。運営主体は台東区になるが、インキュベーションをマネジメントする、いわゆる村長にはカネボウでマーケティングなどを担当した鈴木淳氏が就いている。

 2015年、鈴木氏に現地でお話を伺ったところ、以下のような条件があるとのことだった。入居資格は前出の事業内容で創業を予定もしくは創業5年以内の企業または個人。入居期間は原則3年以内。2年で卒業を目的とし、入居から1年ごとに更新のための審査が行われる。使用料は月額8,000円(約20㎡)~16,000円(約40㎡)。 共益費は月額 21,000 円(約 20㎡)~27,000 円(約40㎡) 。保証金は使用料の3ヵ月分。この条件は現在も変わっていない。

 他には施設を主たる事務所(法人の場合は本社とし、法人登記すること)として利用。村長の指導を受ける。区内産業や地域の活性化に寄与する活動に積極的に参加。台東区及びデザビレ主催の事業セミナー、イベント等に参加。施設への見学、視察、自室での商品展示、取材等に協力。年2回、台東区に事業実績報告書を提出するなどの利用条件を課しているとのことだ。

 巣立っていったデザイナーは平成18年度から令和4年度までで、合計109社にも及ぶ。その中には、グラフィカルなデザインで着物の柄に革命を起こした高橋理子さんの「HIROCOLEDGE」、ファッションのインターネットメディアとして広く浸透し、筆者もお世話になっている「Fashionsnap.com」など異色の顔ぶれも名を連ねている。起業支援事業としては、成果を出し続けていると言っていいだろう。


支援は自治体のみならず幅広く



 台東区のデザビレに続くところでは、同じ東京の日暮里にもファッション特化型起業家支援拠点「イデタチ東京」(https://idetachi.com/)がある。業界でインキュベーションの役割を担う場はデザビレを除いて少ないことから、荒川区が2021年2月に若手のデザイナーなどをインキュベートする拠点として、荒川区民事務所内に開設した。
 運営は起業支援サービス事業などを行う「ツクリエ」が行い、第1期生として9社が入居。インキュベーションマネージャーによる起業・経営相談、セミナーや交流会、専門家によるメンタリングなどで、入居者を支援している。イデタチ東京はJR日暮里駅から東に伸びる日暮里繊維街にある。荒川区としては若手のデザイナーが在街してくれることで、生地屋各店が彼らのニーズに耳を傾けテキスタイルメーカーにフィードバックするきっかけになれば、活性化につながるとの考えもあるだろう。

 イデタチ東京のサイトを見ると、「野望を着こなせ。」というキャッチコピーが目を引く。なるほどである。専門学校生なら自分が理想とする服をデザインしてパリコレデビューを果たし、喝采を浴びる。そんな「夢」が追えれば満足だろう。一方、アパレルでの起業を目指す人間は、大いなる望みを実現することが肝心だ。デザインやコレクションはあくまで手段に過ぎない。目的は収益をあげること。そのためにはきちんとマーケティングを行い、見せる服と売れる服のバランスを取ったマーチャンダイジングが不可欠。つまり、野望を抱かなければ、プロとして通用しないのだ。

 起業支援を受けた起業家の中には、大手アパレルのOBながら専門家などにブランドの方向性などを相談できたことで、入居後すぐに東京コレクションに参加した強者もいる。1年半で卸先は20社以上増えたという。他にも3組のアーチストと協業し、アクセサリー感覚で装着できるワイヤレスイヤホンを開発し販売にこぎつけたり、工事現場やレスキュー隊などで使われる高機能な素材を使った街着を開発したりのケースがある。

 もっとも、デザビレやイデタチ東京が起業家育成でうまく機能しているのは、「ものづくりのバックボーンになる素資材調達や生産機能があり、情報から人材までが揃う東京だから」との言い訳もできる。だが、ソフト産業である以上、場所は問わないと思う。根本的なことは起業しようという意識とその実現に向けた情熱を持つこと。そして、専門家の助言を聞き入れながら愚直にノウハウを身につけることに尽きる。要はアイデアとやる気、そして経営に必須な条件をいかに整えられるかにかかっている。

 もちろん、市場では何が求められるのか。それによって、消費者はどんなメリットを得られるか。いくらぐらいの価格なら買ってもらえるか。そのためのコスト、利益をどう組み立てるか。販売は卸に止めるか、自店を構えるか。販路は国内か、海外にまで広げるか。売る手段は実売か、ネットか。ものづくりを進める中では、最低限の計画目標を設定しなければならない。起業が成功した人たちは、こうした準備がきちんとできていたということもできる。

 ならば、地方でもこうした取り組みが生まれてもいいような気もする。だが、現状を見るとアパレル関係について起業支援の動きはない。ほとんどがソフト開発、IT関係が主体で、自治体と企業が連携して企業を誘致し、住民を雇用してもらう手法だ。また、リモートワークが可能な技術者を呼び込んで、永住してもらうような取り組みを行う自治体もあり、それをスタートアップに繋げてもらう程度に止まっている。

 めでたく起業できた場合でも、ものづくりが競争力を持つにはオンリーワン的なブランディングが必要になる。また、1つの大ヒット商品より小ヒット商品をいくつか持てば、リスクを回避させることも可能だ。原価に対し利益を最大限にする工夫も、経営を安定させるには欠かせない。もちろん、起業してヒット商品を次々と生み出すようなデザイナーだと、大手アパレルが放っておかないかもしれない。その時、傘下入りした方がいいいか。独立したままでいるかのか。究極の選択を強いられる。

 IT系、AI技術を開発したスタートアップ企業は、グーグルなど大手の傘下入りするところが少なくない。その点はアパレルとは違う。ただ、地方では半導体などの工場誘致が盛んだが、これだけ時代の変化が激しく、グローバルな要因にも左右されると、未来永劫にわたって安定するとは言い切れない。だからこそ、地方でも起業できる人材の育成も重要なのである。

 アパレルを問わず、現代のビジネスには常に変革、イノベーションを起こすことが必要だ。そのためにも起業家育成は、雇用促進以上に大切だと感じる。自分に自信を持ち、クリエイティブで前向き、人脈やネットワークを構築し、強いリーダーシップとマネジメント能力を持ち、学ぶ精神を絶やさない。もちろん、ものづくりやサービスが社会の問題解決に直結するならなおのこと良い。そんな人たちが求められている。

 今もそうだが、「仕事は与えられるものではなく、創り出すもの」と言われる。これは変化が大きい今の時代こそ、切実なテーマではないか。ビジネスである限り、今が良くても明日はわからない。だから、常に創り出さなければならないのだ。アパレル業界、小売業界にとっても、起業が増えることが新たなビジネスのシーズになる。自治体頼みではなく、いろんな形での支援が必要だと思う。
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