HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

触れずに触れる。

2022-02-16 06:39:25 | Weblog
 もうだいぶ前になるが、優秀な外科の先生がインターネットを使って、離れたところにいる患者のオペをする報道を見た。ついにここまで来たかと納得した反面、医者は直に患部に触れるわけではないから、手先の感覚はどうなのだろうとも思った。外科医はミリ単位でメスを動かし、縫合をする。少しでも手先が狂えば、患者は生命の危険に晒される。オペの成功がどこまで担保されるのか。それが素人として率直な疑問だった。



 ところが、医療技術は日進月歩だ。手術ロボットが発達したことで、医者が遠隔地の患者をリアルタイムで手術できる「オンライン手術」は、当たり前になった。日本の医療現場には手術ロボットが300台以上配備され5Gのデジタル整備もあって、操作が遅れることなくオペができる。オンライン手術は医療の質を向上させ、医療の利用度を高める。患者も治療に前向きに取り組めるため、治療効果を最大化させる。

 もっとも、手術医療の前提として、外科医の育成が必要だ。医者になるにはまず国公、私立大学の医学部を目指さなければならず、数学や物理、化学など理数科が得意であることが必須になる。並行して外科医には「手先の器用さ」が求められる。オンライン手術がいくら普及しても、この条件は変わらない。

 外科医はチーム・バチスタやブラックジャックなど小説や漫画の主人公になるくらい、医学界の期待は大きく、医者の中でも一番のステイタスと言われる。彼らは優秀な頭脳と手先の器用さを併せ持つわけだが、中には群馬大学病院での内視鏡手術のように医療ミスを冒す医者もいる。こればかりは学業成績や練度だけで解決しない課題でもある。

 優秀で百戦錬磨、ゴッドハンドの異名を持つ外科医は限られる。彼らへのオペ要請は引くて数多だろうが、体はひとつしかない。オンライン手術が普及する中で、世界中から「この先生に手術してほしい」とのニーズが殺到すればどうなるのか。外科医の人的な負担を減らせるのとオペの平準化・高度化を両立させるには、まだまだ技術の進化が必要なようだ。


建設や物流の人手不足解消にも効果的

 オンライン手術で患部に対する感触が得られるかはわからないが、「手触り」や「衝撃」という「触覚」をデジタルで再現するシステム開発が相次いでいる。技術の名称は「ハプティクス」。振動や超音波などで「衝撃」や「弾力感」といった触覚を再現するもので、ギリシャ語の「触る」を意味する。

 ハプティクスはまず、建設業で導入が始まっている。ゼネコンの大林組は慶應大学と共同で離れた場所に置いた2台の装置で力の感覚を共有し、現場にいなくても熟練工の「左官作業」ができる技術を開発した。



 この左官技術はコテを使い壁面にモルタルを塗りつける作業で、埼玉にいる職人が大阪にある壁を遠隔で塗り上げるもの。2台のロボット装置を使い、埼玉側では職人が自由に動かせるハンドルを手に取って動かすと、ハンドルの位置や傾きがデータ化され、これが瞬時に大阪に送られてロボット装置に据え付けられたコテが同じ動きと力加減を再現する。

 大阪側でコテが壁に当たると、その重さや硬さの感覚もデータ化し、埼玉側にリアルタイムで伝わる。それを職人は感じて作業の進捗や仕上がり状態を確かめられるというわけだ。職人の世界では、親方の仕事ぶりを弟子が見て覚える徒弟制度が当たり前だった。しかし、そんな世界に足を踏み入れる若者は少なくなり、技術の伝承が途絶えたり、人手不足が深刻になって現場作業に影響が出ている。これを解消するものとして、期待は大きい。

 東洋鋼鈑は従来、作業員が回転するロール鋼板の表面に着いた金属粉や埃をふき取っていたが、これを遠隔化した。本来は粉や埃は砥石や研磨紙の付いた道具を当てて拭き取るのだが、鋼板を傷つけずに作業するには熟練の技が必要だった。この作業もハプティクスにより、技術者が危険な現場にいなくても遠隔で操作できるようになった。



 医療分野では、スタッフが患者と対面せずにPCR検査ができるシステムが登場。綿棒が鼻の粘膜に当たる際の微妙な感触を医療スタッフが遠隔で共有できる。福祉では「動かしてほしい筋肉を振動で知らせるスーツ」や「感触を備えた義肢」で、物流では「荷物をピッキングするロボットに皮膚感覚を与える小型センサー」で、ハプティクスの応用が見込まれている。

 米国のフェイスブック改めメタは仮想空間で「触覚を体験できるグローブ」を開発している。以前にこのコラムでも書いたが、メタバースの普及には触覚がカギを握るからだ。人間は五感で情報を収集するが、その8〜9割が視覚で残りが聴覚と言われている。テレビやステレオなどのオーディオ・ビジュアル機器が先に発展したのを見るとわかる。

 ただ、今では液晶パネルと電子基盤さえあれば、テレビはどこのメーカーでも作れるようになった。パネルの発達で映像は高精細となり、8Kのテレビが普及し始めたが、本当にそこまでの画質が求められているのかと言えば疑問だ。


直に触れず質感がわかるようになるか

 これから求められるのは、むしろ「触覚」の再現技術ではないか。すでに触らなくても、触れたと錯覚させる手法が登場しているが、それをよりリアルにするシステムがあれば、アパレルECでの商品購入は、リアル店舗でのそれと遜色なくなる。



 筆者がずっと望んでいるのが、実際に商品に触らなくても「生地や革の素材感や状態、厚み、こしを感じられる技術」だ。ネット通販では商品は写真で確認するだけで、実際に生地の質感や厚みを確認するには、店舗まで出向いて現物を確認しなければならない。

 だが、バーチャルで触感を確かめる技術が開発されると、店舗まで行かずに生地や革の感触を体感できる。遠隔地に住んでいたり、身体が動かせないなどのハンディがあっても、布や革に触れるような感触や質感などを確かめられるわけだ。



 技術システムのイメージは以下のようなものが考えられる。まずメタが開発したグローブの応用である。人間の指先や掌が感じるようなセンサーを付けたロボットハンドが生地や革に触れ、そこで感じた生地の素材感、繊維の状態、厚みなどをデータ化し、人間が装着したグローブに伝えて人間の指や掌に感触を再現する。

 次にこの進化型として、PCのマウス横に備える「フレキシブルなファブリックデバイス」が考えられる。ペンタブレットのような装置の表面に「電子繊維」を貼って、PCの画面越しに見る商品の素材感や繊維の状態、厚み、こしなどを再現するもの。製造の工程で生地や革の素材感や厚みなどをデータしておけば、ロボットハンドが実際に触ることなく、人間が自分の手で電子繊維のデバイスを触っただけでそれらがわかるというイメージだ。

 ハプティクスの技術を応用すれば、生地や革の感触を再現するのは決して荒唐無稽ではないはずだ。10年ほど前、ジャパネットたかたの高田明社長(当時)と直にお話した時、「テレビはもう画質の良さだけで売れる時代ではない」と仰っていた。現に米国のアップルが2010年に発売したiphone4から、人間の目ではそれぞれのピクセルを見分けられないディスプレイを採用していた。

 同国の調査会社は、スマートフォン向けの液晶パネルにおける解像度の平均は、2026年でも305ppiと発表した。これは現状から3%ほどしか向上していない。携帯電話の他に映像機器として使用するならば、わざわざ新機種に買い替える理由も無いし、故障などどうしても必要でも中古で十分だ。

 つまり、新製品には消費者が必要とする技術を盛り込まなければ、売れないということ。人間の五感のうちで視覚、聴覚に訴える技術は十分にあるのだから、それに次ぐ感覚に訴える技術が求められるわけで、それが触覚になる。アパレルの世界では生地や革の感触や状態、厚み、こしなどがバーチャルでわかるようになれば、ECはさらなる需要を生み出すはずだ。

 大手アパレル側も「デジタルシフト」と判で押したようなお題目を唱えるだけでなく、その先にある売れる条件、触覚をいかに再現させるかに取り組むべきではないか。販売革新のステージは確実に移っており、それを可能にしたところが勝者に近づけるのだ。

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