今さら驚くことでもない。セブン&アイHDが百貨店のそごう・西武を売却するニュースである。2006年、セブン&アイはそごう・西武の前身、ミレニアムリテイリングを2000億円超で子会社化した。当時、同社HDの総帥・鈴木俊文会長は、以下のようなニュアンスで百貨店再生の自信を語っていた。
「米国は数%の富裕層と90数%の低所得者層に分かれるので、必然的にディスカウントストアの売上げが高くなる。だが、日本は年収に関係なくブランド品を購入し、日用品はより安いスーパーに、利便性を求めればコンビニにも出かける。だから、百貨店、スーパー、コンビニが連携し、情報を共有しながら対応していかなければならない」、と。
では、そごう・西武を再生する具体策は何だったのか。百貨店向けの衣料や食品をセブン&アイが進めるPBのセブンプレミアムと共同開発すること。グループ力を活かせば商品力を強化でき、コストダウンが図られるというのが鈴木会長の目論見だった。
しかし、PB衣料と言っても、バックボーンはスーパー・イトーヨーカ堂の衣料品開発。それも商社丸投げで生まれたデイリー衣料の延長線に過ぎない。そんな商品に百貨店の平場に堪えうるような「高級化」と「値頃感」と「利益率」を共存させるなど、どだい無理な話だ。
お客が百貨店に求める衣料とはグレードが高く、非日常で着たくなるファッションそのもの。だが、それに見合うラグジュアリーブランドやデザイナーズアパレルが出店先として選ぶのは、新宿伊勢丹のようなトップランクの百貨店になる。すでに凋落していたそごうや西武に集まるのは格下のブランドで、百貨店としてMD力の低下は明らかだった。
そこにセブン&アイのPB衣料を加えたからと言って、お客を惹きつけられるはずもない。一時的にインバウンド需要で黒字回復を図れたのは、ファッションに対して成熟していない中国などの観光客が日本の百貨店ブランドに手を伸ばしただけ。そんな傾向はコロナ禍がなくても、やがて尻すぼみしていく。中価格帯の百貨店系アパレルは、すでに日本人の客離れを起こしている。それが何よりの証左である。
もう少し詳しく解説しよう。大手百貨店はバブル崩壊による売上げ急落を利幅で埋めるために、自らの歩率を増やそうとした。それにより、アパレルメーカーは原価率を30%弱から20%程度まで下げざるを得ず、結界的に商品の価値も魅力も損なわれてしまった。外国人観光客がそうした状況に気付くのも時間の問題である。
セブンプレミアムの食品も、セブンイレブンの出店増で仕入れ主体よりPBの方が利益率が上がり、冷食やレトルトならロスが削減できる狙いで開発。膨大なロットを背景にNBと遜色無いレベルの商品を割安で提供することを可能にした。しかし、このPBがデパ地下に並ぶ高級惣菜や老舗メーカーの食品などとシンクロできるかと言えば、これも難しい。
鈴木会長は食品偽装が横行した時、「米国産の肉が劣って、日本産の肉が優れるという根拠がわからない」と、暗に消費者の産地信仰を批判した。それでも、デパ地下では精肉すらAランク以上のものしか販売しない。惣菜も上級食材を使用して製造し売り切りする。百貨店の顧客とっては味が第一で、価格は二の次。仮にセブンイレブンのPBをパッケージだけ変えてデパート仕様にしたくらいで、デパ地下の食品に慣れ、舌の肥えたお客を捕捉できるとは思えない。
百貨店の苦戦はバブル崩壊で中間層が没落し、支えていたマーケットが縮小したことだ。買い物するお客が減っているのに、市場規模を超える店舗数があっても成り立つはずがない。また、オンラインで何でも購入できる今、百貨店が優位に立てるのはネット通販に対応しない高級ブランドくらい。だが、それを販売できるのは都市部の一番店に限られる。
鈴木会長が目論んだ百貨店からスーパー、コンビニまでの統合戦略は、脆くも失敗に終わった。それは店の格からブランドやプライス、サービスまでがお客に厳しく選別されるようになったことを意味する。
コンビニ集中要求はセブン&アイには好都合?
そごう・西武の売却は、海外ファンドなど大株主からの要求でもある。同社におけるコンビニ事業の売上げは2022年2月期で国内約5.0兆円、海外約6.4兆円の見込みだ。店舗数は国内約2万1000店、海外の連結子会社分が約1万4000店。この他に現地企業に運営を任せるエリアライセンシーが韓国、タイ、台湾、香港に約4万3000店ある。
マーケットとして有望な中国での展開は、連結子会社で約570店、エリアライセンシーで約640店しかない。人口が14億人もいる中国で、「この程度の店舗数では、あまりに成長のスピードが遅い」と、ファンドや投資家が判断するのは当然だろう。さらに「日本国内でわずか10店舗の百貨店事業が21年は66億円の赤字、今期も45億円の赤字の見通しでは、運営する意味をなさない」と、追及されたのではないかと思う。
筆者はセブン&アイの経営陣に百貨店の運営をできる人間がいなかったことが最大の要因ではと考える。同社は米国生まれのコンビニエンスストアを日本に輸入し、独自の経営スタイルを確立して成長させた。裏を返せば、チェーン展開による数の論理で効率を追求しただけ。しかも、本部の好業績はSVによる需要を超えた発注など「コンビニ会計」による数字のマジックが影響しており、店舗別の収益やオーナーの腐心の実態とはかけ離れていた。それでも、ファンドや投資家はバランスシートの数値さえ良ければ、安心する。
それに対し、百貨店経営は地域に即した高い付加価値を持つMD、卓越した接客サービスなど属人的なノウハウが不可欠になる。生え抜きで店と共に苦楽を共にしてきた人間ならともかく、コンビニしか歩んでこなかったものには務まらないだろう。ましてそんな人間がファッションや食品に対し、鋭い感覚を研ぎ澄ませているとは思えない。
結局、時代が変われば、小売りも変わる。市場の論理でいえば、コンビニは求められても、百貨店がこれ以上伸びることはない。しかも、百貨店は高コスト構造で高い利益が望めず、今のビジネス価値からして魅力的に映らない。そう考えると、セブン&アイの経営陣にとって株主からの百貨店事業の売却、コンビニ集中の要求はむしろ、渡りに船だったのではないか。
セブン&アイは買収の意向があるファンドや企業に10店セット、2000億円以上が条件で、入札を呼びかけたと言われる。ここに来て、三井不動産や三菱地所が池袋や渋谷、横浜など都市型店の不動産価値に目をつけ、入札するとの話も出ている。
確かに池袋や渋谷、横浜の店舗は集客力もあり、テナントビルはもちろん、一等地でオフィスにしても一定の賃料を見込めるだろう。一方、そごうの広島店や千葉店、西武の秋田店や福井店はどうか。百貨店のまま維持するのは難しいし、かといってテナントビルやオフィスに転用しても、地方の景況からすれば厳しいと言わざるを得ない。
ただ、池袋店のビルは今も西武鉄道の所有であり、渋谷店の土地は地権者が複数いることがネックになる。そごう・西武が所有するのは暖簾とスタッフだけなのに、負債は借入金とグループ内融資を合わせ約3000億円にも及ぶ。ファンドや不動産事業者にとっては、都心店で出せる利益と、負債や地方店の損失が差し引きプラス(5000億円以上のリターンが見込める)になれば、「買いか」と判断をするのではないか。それでも、厳しい判断には違いない。
地方百貨店では、跡地利用や再開発がうまくいっているケースはほとんどない。自治体の首長は「従業員の雇用を守れ」と口出しするが、テナントビルにしてもオフィスにしても店子が集まり、永続的な家賃収入があることが前提だ。しかし、マーケットの規模を考えると、地方ではこれが極めて不安定と言える。
結局、百貨店を残すにしても1階を優良顧客向けのサテライト店にするくらいしかない。残りのフロアはテナントとオフィスで埋めるか。自治体と連携してUターン、地方移住者向けの起業、スタートアップ拠点としてオフィスで貸し出したり、健康促進むけのスポーツジム、あとは公共施設をリーシングするしかないだろう。それでもうまくいく保証はない。
「セブンイレブンは日本一の小売業」と言われた時期もあった。しかし、所詮、便利屋であって目や舌が肥えた百貨店客を満足させる商品提供はできなかった。水島錬金術で伸し上ったそごう。小売りと文化を融合させた西武。だが、強者どもの夢の跡に残るのは抜け殻のような店。諸行無常である。
「米国は数%の富裕層と90数%の低所得者層に分かれるので、必然的にディスカウントストアの売上げが高くなる。だが、日本は年収に関係なくブランド品を購入し、日用品はより安いスーパーに、利便性を求めればコンビニにも出かける。だから、百貨店、スーパー、コンビニが連携し、情報を共有しながら対応していかなければならない」、と。
では、そごう・西武を再生する具体策は何だったのか。百貨店向けの衣料や食品をセブン&アイが進めるPBのセブンプレミアムと共同開発すること。グループ力を活かせば商品力を強化でき、コストダウンが図られるというのが鈴木会長の目論見だった。
しかし、PB衣料と言っても、バックボーンはスーパー・イトーヨーカ堂の衣料品開発。それも商社丸投げで生まれたデイリー衣料の延長線に過ぎない。そんな商品に百貨店の平場に堪えうるような「高級化」と「値頃感」と「利益率」を共存させるなど、どだい無理な話だ。
お客が百貨店に求める衣料とはグレードが高く、非日常で着たくなるファッションそのもの。だが、それに見合うラグジュアリーブランドやデザイナーズアパレルが出店先として選ぶのは、新宿伊勢丹のようなトップランクの百貨店になる。すでに凋落していたそごうや西武に集まるのは格下のブランドで、百貨店としてMD力の低下は明らかだった。
そこにセブン&アイのPB衣料を加えたからと言って、お客を惹きつけられるはずもない。一時的にインバウンド需要で黒字回復を図れたのは、ファッションに対して成熟していない中国などの観光客が日本の百貨店ブランドに手を伸ばしただけ。そんな傾向はコロナ禍がなくても、やがて尻すぼみしていく。中価格帯の百貨店系アパレルは、すでに日本人の客離れを起こしている。それが何よりの証左である。
もう少し詳しく解説しよう。大手百貨店はバブル崩壊による売上げ急落を利幅で埋めるために、自らの歩率を増やそうとした。それにより、アパレルメーカーは原価率を30%弱から20%程度まで下げざるを得ず、結界的に商品の価値も魅力も損なわれてしまった。外国人観光客がそうした状況に気付くのも時間の問題である。
セブンプレミアムの食品も、セブンイレブンの出店増で仕入れ主体よりPBの方が利益率が上がり、冷食やレトルトならロスが削減できる狙いで開発。膨大なロットを背景にNBと遜色無いレベルの商品を割安で提供することを可能にした。しかし、このPBがデパ地下に並ぶ高級惣菜や老舗メーカーの食品などとシンクロできるかと言えば、これも難しい。
鈴木会長は食品偽装が横行した時、「米国産の肉が劣って、日本産の肉が優れるという根拠がわからない」と、暗に消費者の産地信仰を批判した。それでも、デパ地下では精肉すらAランク以上のものしか販売しない。惣菜も上級食材を使用して製造し売り切りする。百貨店の顧客とっては味が第一で、価格は二の次。仮にセブンイレブンのPBをパッケージだけ変えてデパート仕様にしたくらいで、デパ地下の食品に慣れ、舌の肥えたお客を捕捉できるとは思えない。
百貨店の苦戦はバブル崩壊で中間層が没落し、支えていたマーケットが縮小したことだ。買い物するお客が減っているのに、市場規模を超える店舗数があっても成り立つはずがない。また、オンラインで何でも購入できる今、百貨店が優位に立てるのはネット通販に対応しない高級ブランドくらい。だが、それを販売できるのは都市部の一番店に限られる。
鈴木会長が目論んだ百貨店からスーパー、コンビニまでの統合戦略は、脆くも失敗に終わった。それは店の格からブランドやプライス、サービスまでがお客に厳しく選別されるようになったことを意味する。
コンビニ集中要求はセブン&アイには好都合?
そごう・西武の売却は、海外ファンドなど大株主からの要求でもある。同社におけるコンビニ事業の売上げは2022年2月期で国内約5.0兆円、海外約6.4兆円の見込みだ。店舗数は国内約2万1000店、海外の連結子会社分が約1万4000店。この他に現地企業に運営を任せるエリアライセンシーが韓国、タイ、台湾、香港に約4万3000店ある。
マーケットとして有望な中国での展開は、連結子会社で約570店、エリアライセンシーで約640店しかない。人口が14億人もいる中国で、「この程度の店舗数では、あまりに成長のスピードが遅い」と、ファンドや投資家が判断するのは当然だろう。さらに「日本国内でわずか10店舗の百貨店事業が21年は66億円の赤字、今期も45億円の赤字の見通しでは、運営する意味をなさない」と、追及されたのではないかと思う。
筆者はセブン&アイの経営陣に百貨店の運営をできる人間がいなかったことが最大の要因ではと考える。同社は米国生まれのコンビニエンスストアを日本に輸入し、独自の経営スタイルを確立して成長させた。裏を返せば、チェーン展開による数の論理で効率を追求しただけ。しかも、本部の好業績はSVによる需要を超えた発注など「コンビニ会計」による数字のマジックが影響しており、店舗別の収益やオーナーの腐心の実態とはかけ離れていた。それでも、ファンドや投資家はバランスシートの数値さえ良ければ、安心する。
それに対し、百貨店経営は地域に即した高い付加価値を持つMD、卓越した接客サービスなど属人的なノウハウが不可欠になる。生え抜きで店と共に苦楽を共にしてきた人間ならともかく、コンビニしか歩んでこなかったものには務まらないだろう。ましてそんな人間がファッションや食品に対し、鋭い感覚を研ぎ澄ませているとは思えない。
結局、時代が変われば、小売りも変わる。市場の論理でいえば、コンビニは求められても、百貨店がこれ以上伸びることはない。しかも、百貨店は高コスト構造で高い利益が望めず、今のビジネス価値からして魅力的に映らない。そう考えると、セブン&アイの経営陣にとって株主からの百貨店事業の売却、コンビニ集中の要求はむしろ、渡りに船だったのではないか。
セブン&アイは買収の意向があるファンドや企業に10店セット、2000億円以上が条件で、入札を呼びかけたと言われる。ここに来て、三井不動産や三菱地所が池袋や渋谷、横浜など都市型店の不動産価値に目をつけ、入札するとの話も出ている。
確かに池袋や渋谷、横浜の店舗は集客力もあり、テナントビルはもちろん、一等地でオフィスにしても一定の賃料を見込めるだろう。一方、そごうの広島店や千葉店、西武の秋田店や福井店はどうか。百貨店のまま維持するのは難しいし、かといってテナントビルやオフィスに転用しても、地方の景況からすれば厳しいと言わざるを得ない。
ただ、池袋店のビルは今も西武鉄道の所有であり、渋谷店の土地は地権者が複数いることがネックになる。そごう・西武が所有するのは暖簾とスタッフだけなのに、負債は借入金とグループ内融資を合わせ約3000億円にも及ぶ。ファンドや不動産事業者にとっては、都心店で出せる利益と、負債や地方店の損失が差し引きプラス(5000億円以上のリターンが見込める)になれば、「買いか」と判断をするのではないか。それでも、厳しい判断には違いない。
地方百貨店では、跡地利用や再開発がうまくいっているケースはほとんどない。自治体の首長は「従業員の雇用を守れ」と口出しするが、テナントビルにしてもオフィスにしても店子が集まり、永続的な家賃収入があることが前提だ。しかし、マーケットの規模を考えると、地方ではこれが極めて不安定と言える。
結局、百貨店を残すにしても1階を優良顧客向けのサテライト店にするくらいしかない。残りのフロアはテナントとオフィスで埋めるか。自治体と連携してUターン、地方移住者向けの起業、スタートアップ拠点としてオフィスで貸し出したり、健康促進むけのスポーツジム、あとは公共施設をリーシングするしかないだろう。それでもうまくいく保証はない。
「セブンイレブンは日本一の小売業」と言われた時期もあった。しかし、所詮、便利屋であって目や舌が肥えた百貨店客を満足させる商品提供はできなかった。水島錬金術で伸し上ったそごう。小売りと文化を融合させた西武。だが、強者どもの夢の跡に残るのは抜け殻のような店。諸行無常である。