HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

出発点は店なのか。

2024-05-01 06:34:30 | Weblog
 大手就職情報会社の調査によると、2025年春に大学を卒業する学生の4月1日時点での内定率は6割を超えている。だが、就職先を決めて就活を終了したのはわずか2割しかおらず、8割の学生が就活を継続するという。内定学生にとって、必ずしもその企業が「第一志望」「やりたい仕事」「待遇や条件で折り合う」「将来設計に沿う」とは限らないわけだ。それに対し、企業側が学生に他社の選考や内定を辞退するよう強要すれば、オワハラと見做される。憲法が保証する職業選択の自由を奪うことになり、処罰の対象だけでなく民事訴訟のリスクも孕む。

 さらに配属ガチャの問題がある。入社企業の仕事が想像していた内容とはかけ離れていたり、譲れない勤務地があったのに叶わなかったとなれば、入社早々に退職していくものもいる。社員募集に莫大な投資と時間をかけ、何段階にも及ぶ選考で優秀と判断した人間がいとも簡単に辞めていく。企業にとっての痛手は計り知れない。そのため、最近ではあらかじめ職務内容や求められるスキルを明確にする「ジョブ型」の人事制度、内定後に入社の意思を確認する段階で、初期配属を確約させる採用方法を導入する企業も増えている。

 一方で、新卒一括から中途の採用を増やす企業もある。2024年度の採用計画を見ると、中途採用の比率は過去最高の43%と5割に迫る。少子化で人手不足が深刻になる中、新卒一括採用だけでは限界に来ているということだ。企業としても中途採用の人材を従来のような補充要員ではなく、即戦力と見做している証左と言える。



 中途採用については、事前に計画を立てる動きがある。採用方法は、企業が転職を希望者に直接コンタクトが取れるダイレクトリクルーティングなどに変わって来ている。立ち食い蕎麦屋で転職規模者に仲介者が呼びかけるCMがそうだろうか。また、社員から知人や友人などを紹介してもらうリファラル採用、新卒に限らず元社員を再雇用するアルムナイ採用を導入する企業もある。これらは旧来、重視されていたコネ採用に近い。

 企業にとって中途採用で一般公募すれば、どこの馬の骨ともわからない人間もやってくる。それより社員に紹介してもらったり、その企業で勤務経験をもつ人間の方が安心できるという考え方だ。縁談とも共通する。紹介する側の社員も後々に問題が起きれば、自分の信用を落としかねない。だから、慎重になる。再雇用はミスマッチが少なく、即戦力としても期待が持てる。新卒のように選考に時間がかからない点もメリットだ。



 先の3月1日、ファーストリテイリング(以下、ファストリ)の柳井正会長兼社長は、入社式で新入社員に対し「すべての出発点は店にある」と訓示した。さらに「仕事の基本を店で働きながら身に着ける。お客様に合う、時代に合う商品が何か考え、販売、稼働、レイアウトの計画を立て、仲間と一緒になって実行し、改善する。この繰り返しだ」とも宣べた。一般大学卒はアパレルの製造小売りについてほとんど知らない。だから、経営者として新入社員に出発点は店にあるとの念仏を聞かせ、自社に相応しい人材に育てたいのは理解できる。

 かつてあった大手アパレル専門店のSZ社、ST社、ER社でも、同じようなことが言われていた。「バイヤーになる」「プレスや販促に就く」「オリジナル商品を開発する」という目標があったにしても、「まずは店で頑張ってから」といったニュアンスだったと記憶する。だからと言って、店舗で2年、3年と販売員を続け、そこそこの売上げ実績を残したからとすんなりバイヤーやプレス、商品開発の希望が叶ったかと言えば、あまり聞いたことがない。ほとんどが店長就任を要請されていたのである。

 それはなぜか。アパレル専門店とは言っても小売業であり、商品を売ることで経営が成り立っている。そこでは売上予算の達成に貢献する店舗スタッフがカギを握る。つまり、ビジネスを左右する営業面で個々に割り当てられた仕事=店舗運営が行える「ライン」の人材を育成することが最重要だからだ。これは製造小売業のユニクロやGUにも共通する。かつての専門店では販売を続けるうちに好きになっていく人もいたが、売上げノルマの重圧といつ叶うかわからない夢とのジレンマで、退職していく人も数々見てきた。DCブランドの時代が訪れハウスマヌカンが脚光を浴びても、現実はそれほどは違っていなかったと思う。

専門性のあるキャリア形成ができるか



 翻って、ファストリはどうか。すべての出発点は店にあるのだから当然、新人の配属先は店舗になる。ただ、ユニクロもGUも基本の販売スタイルは、お客が「これ買います」のセルフ方式で、接客して商品を売ることはない。店舗スタッフは分厚い業務マニュアルを頭に入れながら、担当コーナーの店頭在庫を把握し欠品すればバックルームからフォローしたり、お客の反応や売上げ動向を掴んで、店長に報告したり自ら修正するのが仕事だ。それを数年続け実績を積んで初めてキャリアアップへの道が開ける。だが、それでも試験に合格しなければならない。新入社員から希望の部署に内部昇格するハードルは相当に高いのだ。

 かつてユニクロに在籍した澤田貴司氏(セルソース代表取締役)や玉塚元一氏(千葉ロッテマリーンズ取締役オーナー代行)は、ともに異業種からの転職組だった。当時の柳井社長は両氏を経営者候補として採用したため、店舗勤務はわずか半年程度で本部に戻されている。しかし、その程度でアパレルの何がわかるのか。また、小売り現場の隅々まで熟知したわけでもない。案の定、フリースヒットの反動減、それに代わる主力商品の手当もできなかった。

 エリートの頭でっかちは現場との乖離を生み、売上げ伸長がうまくいかなかったことで、澤田氏も玉塚氏もユニクロを去った。柳井会長兼社長にすべての出発点は店にあると言わせるのは、こうした過去の反省もあるだろう。同会長兼社長は、折りにつけ語っていた「自分の後任はヘッドハンティングする」との前言を撤回し、ユニクロのトップには店長上がりの塚越取締役を抜擢した。こうした内部昇格も新卒社員には効き目があると思ったのではないか。
 
 現在、ファストリではクリエイティブやマーケティング、サプライチェーン、デジタルといった専門部署のスタッフは、前職の経験や実績から中途やヘッドハンティングでも採用され、店舗勤務を経ずとも配属されている。つまり、専門職は簡単には育てられないのをファストリが認めているようなもの。そう考えると、すべての出発点は店にあるというのは、何も知らない新入社員を企業側の思い通りに洗脳し、組織固めをしたい経営者の詭弁のように思える。かつてのファッション専門店から何ら変わっていないのだ。

 新入社員の側にも幹部や専門部署を目指す人もいれば、初任給が都市銀行並みだからとか、結婚、出産・育児を経て復帰できる可能性等々、入社の動機は様々だろう。もちろん、年功序列や終身雇用は疾うに終わったことから、ファストリで一生働こうなんて考えている新入社員はほとんどいないと思う。ただ、はっきり言えるのは、ユニクロやGUの店舗で経験を積んだからといって、キャリア形成には決して有利ではないということ。それは以下のようなことが考えられるからだ。



 まず、ユニクロやGUは基本セルフ販売だから、ホスピタリティを追求する接客術高級品を売る販売力は身につかない。固定された什器や棚に商品が展開されると、VMDレイアウトの感覚は養われない。単一ブランドだからバイイングセレクティングのスキル個店開業のノウハウは得られない。デザインや生地に対する造詣は深まらず、クリエーションはコラボ頼み。「あなただから買うのよ」という人に付く顧客も生まない。数年後に店長になれたとしても、身に付くキャリアは売れ筋把握による計数、マニュアルにそったスタッフ運用、マークダウンによる在庫コントロールなど、管理能力になる。

 それをさらに収益アップにつなげる実績を積めば、幹部への昇格があるかもしれない。だが、ファストリの店長経験くらいでは他の大企業への転職は容易ではないだろう。アパレル業界なら尚更だ。大企業も小さな店からスタートしたとすれば、店舗業務が経営の第一歩であるのは否定しない。ただ、店舗に長年勤務しても専門性のあるキャリア形成も、国家レベルの資格取得も厳しいと思う。まして経営のトップに就けるのはたった一人。専門部署の幹部はヘッドハンティングされる。ファストリ側も新入社員の全員が幹部になるなど考えていない。新卒一括採用は、当面の出店計画に沿って社員の頭数を揃える必要があるからだ。

 転職や中途採用を考えると、キャリア形成は何より重要になる。2030年にはIT人材は最大で約79万人も不足すると言われている。でも、IT業界ほど技術進化が目まぐるしいところはなく、生き残るにはイノベーションが不可欠だ。しかも、イノベーションをもとに商品やサービスを開発し、市場を掘り起こすべく普及させていかなければならない。ソーシャルゲームで急成長したあのDeNAですら、2024年3月期決算では営業損益が276億円の赤字。ゲーム事業の利益は95%減で、稼ぎ頭は旧来モデルのプロ野球に変わった。情報技術のスキルがあれば食いっぱくれはないとは言えないのだ。

 テクノロジーの変化が著しい中、持っていれば色々と役に立ちそうな一般スキルを仕事をしながら訓練できるかも不明確だ。ファストリに就職した社員を含め、将来は起業したいという若者もいるだろう。それは否定しない。ただ、日経ビジネスによると、ベンチャー企業の生存率は創業から5年後は15.0%、10年後は6.3%、20年後は0.3%という厳しい現実がある。民間企業に勤めるのも、会社を経営するのも、決して安泰ではない。

 なのにファストリの2024年8月決算では、連結純利益が前期比8%増の3200億円の見通しという。柳井正会長兼社長は、「商売の仕組みは人海戦術を排し、人を大事にする少数精鋭の経営に変え、全社員を知的労働者に」と意気込むが、果たしてそれが可能なのか。むしろ、ファストリでは新入社員が自由な発想をしようにも組織の壁が立ちはだかる。さらに与えられた仕事を頑張ったところで、夢や希望が叶えられる展望は見えづらい。

 社員をシステムの一部としかみなさない企業スタイルの方が絶好調の業績を生んでいるのだから、全く皮肉な話。だからそこ、一人になっても平気で生きていけるような仕事を持つこと。出発点は、自分がどう生きるか、ではないだろうか。

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