HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

店長は経営者なのか。

2016-12-07 08:00:26 | Weblog
 先週発売の週刊文春に「ユニクロ潜入1年」と題した記事が掲載された。ジャーナリストの横田増生氏がアルバイト勤務してまとめた渾身ルポの第1弾である。ユニクロは同記者の著書「ユニクロ帝国の光と影」を名誉毀損だと、出版社の文藝春秋を訴えたが、1審、控訴審はそれを認めず、最高裁は上告を棄却した。

 敗訴したユニクロの柳井正社長はブラック企業批判について、雑誌プレジデント(2015年3月2日号)で「悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど。…社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね」と、反論している。ならばと、横田記者は名前を変えて実際に1年間、店舗で働いて書いたのが今回のルポである。

 ユニクロがブラック企業と言われ始めた背景には、社員のサービス残業や人手不足の実態があると言われる。ただ、横田氏も書いているようにユニクロには柳井社長を筆頭に形成されるヒエラルキーからはドライで上意下達の企業風土が生まれ、生え抜き社員のキャリアパスには限界があるように思う。

 幹部候補であるグローバルリーダーの募集要項(https://www.fastretailing.com/employment/ja/uniqlo/jp/graduate/global/environment.html)を見ると、社員の職階はJ、S、M、Kまであり、新入社員はグレードJ-1からスタートする(パートアルバイトはPN1から)。そこで店舗社員が課される当面の目標は、S-1のショップマネージャー、いわゆる店長だ。

 店長は、業務をこなしながら数センチにも及ぶ分厚い業務マニュアルを習得し、数段階の昇格試験を経て到達した優秀な面々でもある。まさに柳井社長が語る「店長とは経営者」にふさわしい人材のはずだが、自由に商品を仕入れられる権限はなく、本部が造る範囲内で商品を発注し消化していくしかない。

 もう10数年も前のことだが、 雑誌の企画で最高ランク、SS店長に1日密着したことがある。店舗はショッピングセンターのインストアで、朝8時からバックルームで待っていると、同30分過ぎに出勤。翌日の店長会議出席のため、夕方の飛行機に乗るとキャリーケースを持参していた。同35分には店舗社員とミーティングを行い、45分にはマニュアルに添い自ら考案した模擬テストを実施。テスト中は昨日の閉店後に行われた下位品番の品出しをチェックする。

 9時からは勉強会。次週実施予定の試験について傾向と対策をレクチャーする。各自に学習度合いを確認し、答えられないスタッフ、不正解のスタッフには容赦なく檄を飛ばすが、フォローも欠かさない。同45分からは全体朝礼。20名弱ものスタッフを前にハキハキ語る姿は壮観だ。終日のスケジュールを確認し、業務内容を指示する。その日が日曜日だったため、平日との商品体制、時間帯別の人員態勢の違いを明確に示す。

 10時開店。テスト中にチェックした下位品番の品出しで気づいた点を担当者に指示する。密着して印象的だったのが「言われたことができるのは当たり前。自分で考えて行動しろ。作業を仕事に変えろ」を連発したこと。その場で答えを問い質すなど社員教育にも熱が入る。発注する商品のバランスをスタッフとやり合う「日曜バトル」なんて、他のチェーン、専門店では聞いたことのないような仕組みにも触れることができた。

 ユニクロにとって店舗は営業の最前線であり、店長は売上げ目標と市場拡大を達成する鬼軍曹であるように感じた。半人前の兵士を一人前に鍛え上げて、次の最前線に送り込むのと同時に自分の陣地も守りながら、売上げ目標という勝利を収めないといけない。

 本丸にどかっと腰を据える柳井社長は、直属の部下を通じて前線に命令を出すだけ。売上げが芳しくなければその反省を求めるが、内容が不適格なら参謀という執行役員とて容赦はしない。店長と言っても、柳井社長にすれば売上げを生み出す道具程度。「経営するんだ」のスローガンも、店長を叱咤するフレーズに過ぎないと、記事を読んで痛感した。


叩き上げが経営参画できない

 他社はどうなのだろうか。筆者が業界に入って目にしたのは、取引先の小売店がいかにしてスタッフにキャリアパスを得ようとさせているかだった。アパレルを扱う小売業の場合、新入社員の多くが当面の目標を「バイヤー」に置いて入社してくる。展示会を回って商談を重ね、頭の中に売場編集やVMDを描きながら、商品を仕入れていく。

 新たなブランドを開拓するなら、東京の店舗であっても関西のメーカー、はては海外コレクションやトレードショーにも足しげく通う。ファッションビジネスを志す多くがそんなカッコいい姿に憧れるのは、ごく自然なことだった。

 大手百貨店や全国チェーンになると、募集職種はバイヤーにとどまらず販促や広報、外商などもある。ただ、どんな希望職種でも経営陣は、新入社員に対し目標達成のために「まずは現場(接客販売)で頑張れ!」と、叱咤激励するのがお決まりだ。売場で接客販売をすることが小売業の原点とばかりに社員を鼓舞するのは、組織を一つにまとめる手段として不可欠だからである。

 そうして優秀な中間管理職が育てられ、さらに本人の実績と野望、多少の人望が加わり、経営幹部に上りつめていくのが定石だった。それがアパレル業界の売上げ拡大を支えていたのである。

 創業当時のユニクロも、小売業ということでは募集職種や社員の目標設定について他社とそれほど変わらなかったと思う。ところが、ある時からユニクロは激変したように感じる。業界で勝ち残るには世界のトップを目指さなくてはならない。そのためには現場はあくまで現場、経営は経営と別個に考え始めたような気がする。
 
 グレード一覧表には各職階の年収が記されている。完全実力主義で、会社は成長する機会を与えるのだから、それを生かすのは本人次第ということだ。新卒は営業の最前線である店舗で鍛えられ、実績と昇格試験でキャリパスを手にする。店長の先には部長やリーダー、本部社員という職階もあるがヒエラルキーがある以上、そこまで登りつめる現場経験者がどれほどいるのかと、つい考えてしまう。

 一覧表にはグレードE-4、年齢41歳以上のSS店長クラスは、平均年収が3400万円を超えている。金額だけみると、凄い額だが、実力主義を標榜している以上、実力=売上げが下がったとなれば、年収も下がるわけだ。仮に実力、実績が上がったとして、その上のグレードK-1、平均年収9000万円の執行役員になれるのだろうか。こちらとて実力主義は変わらないのだから、年俸が維持されて待遇と仕事が継続する保証はない。

 この理屈で考えると、K-4に君臨し年収2億4000万円の柳井社長でさえ、収益が下がれば役員報酬はカットされることになるはず。でも、そんな責任の取り方を耳にしたことはない。

 過去には経営幹部に求められる人間は同業異業、国籍出自を問わず、自薦他薦もしくはヘッドハンティングのような形で採用されることもあった。必要とされる条件は、「会社をどうしたいのか」というヴィジョンと、それに対する「政策実行能力」の有無だけ。現場で学んだ知識やトーク、技術などはあまり必要ないようで、優秀な現場経験者がどこまで経営に参画できるかどうかが非常に見えづらい。

 柳井社長は自分がスカウトした幹部でも期待通りの働きを見せないと、バッサリ切ったことがある。原因は経営陣がいくら優秀な頭脳で考えた政策でも、社員やアルバイトが簡単に実践できるとは限らないところにもあった。しかし、すぐに態勢を立て直している。店長という中間管理職の成長が反転攻勢に出る原動力になった側面もあると思う。それとてエリート幹部と現場との溝が埋められたかと言えば、決してそうではないだろう。


業務効率化は経営の使命

 記事にあるように、柳井社長は経営幹部に対し「売上げが悪い」と、仕事の目標設定まで変えさせるようで、売上げに対するプレッシャーは相当なもののようだ。上場企業だから四半期ごとに発表される短信が好結果でないといけないわけだが、部長会議ではおそらく「寸鉄人を刺す」ような叱責や皮肉が繰り広げられているのではないか。

 ただ、トップや幹部は四六時中現場にいないし、接客や商品整理するわけでもない。自分たちが与えた業務命令とそれを処理する店舗社員とで、仕事に対する認識の乖離が簡単に埋められるはずもない。ブラック企業と言われる遠因は、その辺にもあるはずだ。

 横田氏が携わったのはあくまでアルバイト。今日のユニクロが作り上げた商品企画から素材開発、縫製、物流までにおける卓越したノウハウを検証するものではない。ユニクロUに見られる利益度外視の商品開発力に切り込んでもいない。だから、ユニクロがもつもう一つの側面、あるいは本質を探ることにはならないとの意見もあるだろう。

 まあ、ビジネス社会は戦略を立てる経営者と、戦術を考え指揮管理する部長クラスと、優秀な統率力を備えた次長と、勇猛果敢にチャレンジする課長と、兵隊となる平社員で構成される。週刊誌の読者も大企業のトップから末端のブルーカラーまで、ピラミッド状態で構成されている。圧倒的な読者数で言えば、ゴシップ好き一般庶民となるだろう。

 そうした読者の琴線に触れる記事は、「社員たちのサービス残業」「人手不足」「創業感謝祭の過酷な勤務の実態」にならざるを得ない。横田記者だってそれを承知での潜入ルポだったと思う。業界紙誌ではないのだから、SPAとしての卓越したノウハウを紹介したところで、一般庶民の心は打たない。本社社員ではなく、その辺の課題に切り込むことは容易ではないから、別の機会に期待するしかない。

 でも、ユニクロがブラック企業のレッテルを貼られたのは事実だ。だから、いくら正社員を増やそうが、残業を減らし手当てを付けようが、汚名挽回は容易ではない。2017年卒大学生の人気企業の総合ランキング200を見ても、三越伊勢丹(80位)、ニトリ(85位)、高島屋(174位)がランクインしているのとは対照的に、人気は下降している。

 それは「ユニクロではいくら現場で頑張っても、やりがいのある仕事が見通せない」と、大学生の多くが感じている証左なのだろうか。なおさら社員にとって店長の先のポストが見えづらいとなれば、これから中間管理職の大量退職も現実味を帯びてくるのではないのかと思う。

 あの店づくりと商品展開を見る限り、閉店後の残業が簡単に削減できるとは思えない。店舗業務をもっと効率化しないといけないはずである。奴隷の仕事と揶揄される荷受け、膨大な商品量を品出しする作業、閉店後に待つ商品の畳みや整理然りだ。

 ユニクロの販売手法はお客が勝手に商品をとり、姿見で確認したり試着してレジカウンターに向かうセルフサービス。ならば、店舗には最低限の在庫とサンプルを置き、カラーや客注対応はVRでシミュレーションするなどをもっと進めてもいいのではないか。購入品は物流倉庫から自宅に配送すれば十分だ。そうすれば、現状の売場面積は必要ないし、面積が同じなら品揃えを増やせる。現状の品種でもカラーバリエーションが増やせれば、ずっと言われ続けてきた色音痴を解消できるかもしれない。何より労働生産性の低い作業は、どんどんカットできると思う。

 店舗社員はオペレーションとコントロールのみを担当し、IT化によるMDバランスと在庫変動、売上げ、商品投入をチェックしながら、店舗のマネジメントを学習していけばいい。そうすることで、サービス残業や人手不足はかなり解消できると思う。もしかしたら、売上げさえ伸ばせていれば、「経営幹部に睨まれる本社勤務より、お客さんに対しスマートに応対する店の方が楽しい」ってことになるかもしれない。もちろん、その先のキャリアパスが用意されての前提だが。

 柳井社長は敗訴した後、正社員化、残業手当の支給を進め、ブラックイメージの脱却をはかったと言われる。でも、店舗業務の効率化の方がコスト増大を抑え、生産性を向上させる点で好都合ではないだろうか。決め手は労働コストと物流コストを両天秤にかけたときに、どちらが利益を向上させるかだろうが。

 もちろん、ユニクロのことだから、兵隊や課長といった社員のコマ不足についても、次なる施策を考えていると思う。それがユニクロのユニクロたる所以だろう。しかし、業界にはこんな格言もある。「店では社長より店長の方が偉い」。だからこそ、現場叩き上げの人間がどんどん経営にも参画するようになってもらいたい。

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