HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

アルマーニを着た財界人。

2023-07-12 07:38:17 | Weblog
 さる6月13日、ウシオ電機の創業者で、元経済同友会代表幹事の牛尾治朗氏が亡くなった。92歳だった。同氏は1953年に東大法学部を卒業し、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行。カリフォルニア大学バークレー校大学院に留学した後に家業(姫路電球(株))を継ぎ、64年にウシオ電機を設立して社長に就任した。



 1969年には日本青年会議所会頭に就任するなど財界人のホープとして注目された。その後、リクルート事件で一時身を引いた時期もあったが、95年には経済同友会の代表幹事として復帰し、規制緩和による民間主導の経済転換を主張した。小泉政権時には経済財政諮問会議のメンバーにもなり、故・安倍晋三元首相とも親交を深めた。大企業の経営者、実績豊富な重鎮が渦巻く中で、財界のみならず政界にも理路整然と物申す姿は異彩を放っていた。

 2000年7月開催の九州・沖縄サミットでは、地元メディアが同氏の動向を盛んに報道した。というのも、サミット開催2年前の1998年、沖縄懇話会で長く幹事を務めた稲嶺惠一氏が沖縄県知事に当選すると、懇話会は総力を挙げてサミットの沖縄招致活動を展開。この時、財界の重鎮たちも当時の小渕恵三総理に直談判し、「ぜひサミットは沖縄を中心に開催してほしい」と強く要請した。

 その一人が牛尾氏だったため、九州のメディアが同氏を盛んに取り上げたのだ。同氏にスポットが当たったもう一つの理由が装い=着ていたスーツが「ジョルジオ・アルマーニ」だったことだ。政治・経済という主流ではなく、あくまで傍流のネタではあったが、ファッション情報に縁遠い地元メディアの間でも、話題に上ったのは事実だ。



 牛尾氏が着ていたスーツは、何とも言えないミッドナイト・ブルーの生地、ブレストラインを強調し、脇の絞りをやや高めにしたパターン、襟のラインが鋭角気味なシャツ、絹艶のあるソフトで太めのネクタイも当時のアルマーニが打ち出した独特のスタイル。筆者も牛尾氏のスーツ姿を見て、報道より先にアルマーニだとわかった。

 アルマーニと言えば、「バブリー」「ブランド好きの憧れ」「見栄っ張りの道具」などと偏った見方をされることもあった。2018年には東京銀座の泰明小学校が制服にも採用された時も、上着やズボンや帽子、靴下やセーター、洗い替えのシャツまでを買い揃えると9万円程度と高額で、一部の保護者から「負担が大きい」などの批判が出た。



 確かにデザイナーのジョルジオ・アルマーニ氏自身はキング・オブ・ミラノと呼ばれ、アルマーニはイタリアを代表する高級ブランドである。顧客にはハリウッドスターやトップアスリートなど、世界的に富と名声を得た人々がいる。今年のカンヌ映画祭で男優賞を受賞した役所広司氏が着たタキシードも、アルマーニだった。そのため、どうしても華やかな面ばかりがクローズアップされる。

 だが、それはアルマーニというブランドを断片的に見ただけで、本質ではない。アルマーニ氏自身は「セレブ御用達デザイナー」というレッテルを嫌い、「仕事をしている人のために服を作るのが好きなんだ」と語っているほどだ。自身のセンスを押し付ける独裁者にはならず、モードは人を隷属させるものではないというスタンスなのだ。

 では、大企業のトップにとって、スーツはどんな存在なのか。アルマーニどうのこうの前に、財界の方々が着るスーツは上質な生地を使った仕立てのいいものだ。大手百貨店やオーダーサロンを利用して選んでいるのが大半ではないか。もっとも、本人は仕事で忙しいし、自らの装いにまで関心がある人は少数派だろう。だから、奥方や秘書、外商スタッフなどが本人に代わって身だしなみを気遣っていると思う。

 大企業の経営者となれば、何千人、何万人という部下を持ち、官庁や金融機関との交渉事から業界団体での活動までと、社交はあまたある。そのため、本人とともにその姿はあらゆる人の目に触れる。中高年になると体型は変わっていくが、並行して恰幅が良くなれば貫禄も付く。スーツからネクタイ、シャツ、靴までの身だしなみには、どうしても本人の器量が現れがちだ。逆にそれらは経営者のステイタスの一部と思っている人もいるだろう。


博識を持った結果のアルマーニ

 では、牛尾氏がどうしてアルマーニのスーツを着用したのか、である。あくまで筆者の推測として考えてみたい。やはりメディアで情報を収集したと見るのが正しいだろう。といっても、牛尾氏がファッション雑誌を頻繁に見ていたとは思えない。2000年前後に読んだ雑誌とすれば、ビジネス&カルチャー系の「プレジデント」「エスクァイア」か。それらがアルマーニを特集すれば、牛尾氏の目に触れることはあったのかもしれない。ただ、記事広告ならともかく、グラビア程度ならスルーされる方が多かったのではないか。

 アルマーニブランドが的確に伝わったメディアは、むしろ新聞だったのではないかと思う。思い当たるのが「日本経済新聞」だ。同紙は週末に紙質を変えた「特別媒体」を差し込む。「NIKKEIプラス1」や「NIKKEI The STYLE」がそうだ。2000年前後に企画されていたかどうかはわからないが、似たような企画はあったと思う。

 NIKKEIプラス1は、毎週土曜日の朝刊の第2部で、トレンドで売れている「何でもランキング」があり、これがブランドのスーツを特集することは十分にある。ロイヤルティの高い読者が多いと言うだけに、牛尾氏が読んでいたとも考えられるし、アルマーニが取り上げられていたかもしれない。

 NIKKEI The STYLEは、富裕層をターゲットとしたライフスタイルの紙面だ。こちらは日経独自の視点でファッションからグルメ、アート、カルチャー、旅行までの幅広いテーマが取り上げられている。財界人の読者も多いと見られるから、企画枠でないにしてもプロモーションを兼ねてアルマーニのスーツが取り上げられていたかもしれない。もし、掲載されていれば、知的好奇心の高い牛尾氏の目に触れた可能性は十分にあっただろう。

 日経のことだから、単にブランドを紹介するだけでなく、素材やパターン、ブランドの背景まで解説する。それを牛尾氏が読んだとすれば、直営店か、百貨店のインショップまで出向いて、実際に商品を確かめ試着したのではないか。そして、同氏の若々しい感性にアルマーニのスーツはフィットしたと思う。財界人としては一番若かった30代前半に経済同友会の重鎮と張り合ったわけだから、70歳を前にしても十分にそこまでの行動をしたはずだ。そしてアルマーニを選んだのだと思われる。

 牛尾氏がアルマーニを着用したことは、財界の諸兄にも伝播した。金丸恭文フューチャー会長兼社長もその一人。同氏はセブン-イレブン・ジャパンに営業し始めた頃、強い影響を受けることになる牛尾氏に出会った。 その時、牛尾氏が着ていたスーツがアルマーニだと知り、「自分にはスーツは高すぎたのでネクタイだけまねてアルマーニにしたほどです」と、後に日経連載の人間発見「社会にイノベーションを」で語っている。
 
 ジョルジオ・アルマーニのスーツは当時で30万円ほどだっただろうか。百貨店に並んでいる高級スーツでも10万円ほどだったから、その3倍もするアルマーニは確かに高いと感じる人はいる。ただ、その分、非常に質が良くきちんとケアをしていれば、通常のスーツよりも長持ちする。まあ、財界の人々は体型も変わるだろうし、そこまで一つのスーツを長く着ることはないから、コストパフォーマンスを考えると割高に考える人は少なくないだろう。

 それでも牛尾氏はアルマーニのスーツを選び、着用した。今は随分良くなったが、1990年代まで日本のビジネスマンの装いは「ドブネズミルック」と揶揄されていた。どうしても、日本人は無難な灰色のスーツを着たがる傾向にあったからだ。筆者は個人的にそれは仕方ないと思う反面、日本人が着るスーツの多くが旧態依然とした規格パターンで、欧米人に比べると何かフィットしていない感じがしていた。

 1980年代に大流行した「ソフトスーツ」もアルマーニがルーツなのだが、その影響が残ったというより、ビジネスマンの多くが選ぶ既成スーツのパターンが古臭かったことが一番の原因だったと思う。その点、牛尾氏が着ていたスーツはアルマーニでもソフトスーツの型紙からやや変化しており、体型にフィットしていた。92歳まで存命だったことを考えると、体調管理にも気をつけていただろうから、なおさらアルマーニのパターンが生きたと思われる。



 上場企業では女性の役員や経営者を起用するところが出始めている。能力とやる気があれば、性別は関係ないのでどんどん登用すればいい。ただ、女性は男性より装いには注目が集まる。過去にはBMW東京やダイエーの社長を務めた林史子氏、DeNAを創業した南場智子氏がいるが、スーツは至ってコンサバだった。日本のアパレルブランドではバリエーションがないし、オーダーするにしてもクチュール系はエレガントなテイストだ。



 一方、アルマーニは世界中を巡って類いまれな女性たちと顔を合わせ、人生の選択、失敗、現代の女性であることの意味について問いかけるプロジェクトを展開している。女性経営者ではないが、ソーシャルアントレプレナーシップに情熱を注ぐコンサルタントの横山光氏は、女性の社会進出を支援する団体の理事としてその思いを語っている。もちろん、着ているセットアップスーツはアルマーニだ。
https://www.armani.com/ja-jp/experience/giorgio-armani/crossroads-hikari-yokoyama

 ジョルジオ・アルマーニは仕事をしている人のために服を作るのが好きなんだと語っているだけに、今後は女性経営者もぜひ堂々と着こなしてほしいものだ。そうなれば、日本のアパレルメーカーも新たなブランドを企画するきっかけになるだろうし、それはそれで活性化にも繋がっていくからいいことである。

 アルマーニのスーツを着た財界人、牛尾氏。ご逝去につき、心からお悔やみ申し上げます。合掌

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 店長は無印良人も可。 | トップ | 空飛ぶ素材を活かす。 »
最新の画像もっと見る

Weblog」カテゴリの最新記事