HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

無形の価値をどう見る。

2018-10-17 04:50:16 | Weblog
 東京出張していた10月5日、TSIホールディングスが上野商会の株式を79%取得し、子会社するというニュースを目にした。偶然だが、翌日の6日は完全オフだったので、上野商会が運営する渋谷のSchottを訪れる予定にしていた。と言っても、ワンスターのライダースジャケットやボア付きのパーカーに関心があるわけではない。店舗に併設されるレザーの修理・お直し工房の「Re sew」が目的だった。

 レザーアイテムの修理を手がけるところは全国にもいろいろあるが、地方ではバッグや靴の修理、ファスナーの付け替えを行う程度に過ぎない。上野商会は米国輸入の高級レザージャケットを扱ってきており、Schottのようなブランドに愛着をもって末永く着てもらう上で、リフォームやメンテナンスまで手がけてきた。だから、上京の折りには工房を訪れてみて、どこまでやってくれるのかを聞いてみたかったのである。



 店舗は渋谷駅前のスクランブル交差点を渡り、かつてのファイヤー通りを代々木体育館方面に進み、ハローワーク渋谷を左折して2つ目の角を曲がったところにある。ストリートブームもすっかり沈静化したせいか、渋谷でも神南辺りまで来ると閑静な佇まいだ。ワンルームマンションの1階にSchott渋谷店があり、店舗奥が工房になっている。修理やリフォームのみのお客への気配りか、脇の路地からは直接入ることもできる。

 スタッフに話を聞くと、「上野商会の各店が販売した商品のみならず、他のレザーアイテムについても修理、リメイクを受け付けてますよ」とのこと。職人でもあるスタッフが常駐し、アイテムに合わせて元通りにするケース、あえて革を代えて個性を出すケースなど、柔軟に対応。こちらで革や付属品を用意しても良いし、Re sewが手持ちの革を利用することもできる。Re sewに100%お任せなら、材料費込みのリフォーム料になるので割安だ。こちらからケースバイケースで意向を伝えれば、いろんなアドバイスをくれるので、安心して任せようという気持ちになる。

 上野商会は当初、米国規格のレザーウエアを輸入販売していただけに、身幅や袖丈などが日本人のサイズには合わなかったはずだ。そうしたものを丁寧にお直しし、顧客にジャストフィットで着てもらうようにしてきたことで、修理のみならずリフォームのノウハウを蓄積していったのだと思う。そこには米国由来のアイテムを蘊蓄こいて販売するだけでなく、良いものだからできる限り長く着てほしいという精神を感じる。

 ところで、TSIホールディングスが今回の買収で注目したのは、SchottやAVIREXなど上野商会が扱うブランドやそれらの独占販売権だと思う。海外ブランドは、どの企業でも簡単に仕入れられるわけではない。ミニマムロットやエクスクルーシブがあり、それをクリアできたにしても地道に販売して、ファン客を獲得し売上げを積むことが求められる。それほど儲かるわけではないにも関わらず、そうした姿勢を愚直に貫いて来たことがブランド本家の信頼を生み、独占販売権の取得やマスターライセンス契約の締結にいたったのである。

 一方、TSIホールディングス傘下のサンエーインターナショナルは、ナチュラルビューティーやピンキー&ダイアン、ボディドレッシング、エービーエックスなど自社開発のSPAブランドを軸に成長してきた。しかし、マーケットを深堀り攻略するために、OEMまで駆使した多ブランド化がかえって似たり寄ったりのテイストを生み、同質化競合やカニバリゼーションを起こしてしまったのだ。

 2011年、サンエーインターナショナルは、百貨店系アパレルの東京スタイルと経営統合し、TSIホールディングスを設立した。持ち株会社は聖域なき構造改革を推し進め、61ブランドを3年間で42ブランドに減らした。これにより、15年2月期で統合来、初の営業黒字を達成した。だが、収益改善には一層のリストラが必要と、同年8月にはプラネットブルージャパンとインプレスラインの2社を解散したほか、レベッカミンコフ、ボディドレッシングなど傘下の9ブランドを廃止している。

 現在、サンエーインターナショナルが抱えるのは、アドーア、ヒューマンウーマン、アッシュ・スタンダード、ジルスチュアートの4ブランド。かつての基幹ブランドだったナチュラルビューティー、ピンキー&ダイアン、ボッシュは東京スタイルが承継。カジュアルラインのアンド・ピンキーアンドダイアン、ジル・バイ・ジル・スチュアート、エヌ・ナチュラルビューティ・ベーシックなどは子会社のサンエー・ビーディーへ移管されている。

 ただ、サンエーインターナショナルも東京スタイルも、駅ビルやSC、百貨店に展開するSPAに変わらず、各ブランドとも強力な個性を発揮できているとは言い難い。しかも百貨店に展開するブランドは店舗の閉鎖で売場を失うという憂き目にあっている。業界環境を考えると、一つの既存ブランドを100億円規模にすることも、新規ブランドを開発育成していくことも、そう簡単には行かない。ならば、自社にないテイストのブランドをもつ企業を丸ごと買収した方が手っ取り早いのである。

 上野商会が扱うSchottやAVIREX、他は、メンズの顧客が圧倒的に多い。サンエーインターナショナルは今では、東京スタイルは元から、メンズブランドを持たないので補完できるわけだ。特にレザーやミリタリーに関心が強いのはオヤジ世代で、コアな顧客ともなればヤングレディスのように目移りはしない。

 また、ビーセカンドやビーバーといったストリートやアウトドアの商品をセレクトする業態はヤングを捕捉しているため、エージアップでSchottやAVIREXにスライドさせる戦略を取れば、メンズ市場をがっちり押さえることができると、TSIホールディングスが踏んだとしても不思議ではない。



 SchottやAVIREXではレディスについて、日本アレンジの外し崩しの着こなし提案でファン客を獲得しようとしている。このスタイリングではインナーやボトムで、サンエーインターナショナルや東京スタイルのアイテムを組み合わせる提案もできなくはない。三社が扱うブランドやアイテムを上手く組み合わせて編集できれば、新しいセレクト業態の開発にも弾みがつくかもしれない。

 東京出張でも感じたが、駅ビルや百貨店に出店するレディスブランドは、どこも売れ筋狙いのテイストで、今年のトレンドを打ち出し切れてないように感じた。ヤングではトラッド回帰があるようだが、それほど提案しているブランドは見当たらない。まあ、グレンチェックが流行れば、ダブルのジャケットやワイドパンツにも広がっていくと思うが、果たしてどうだろうか。

 もう爆発的なヒットアイテムは生まれないだろうから、TSIホールディングスとしてはM&Aで企業規模を拡大させる手法を選択したということだ。三社がもつブランドや商品力を融合させ、業態開発にも期待できるというのは、あくまで今回のM&Aを前向きにとらえた考え方である。だが、M&Aにはデメリットもある。

 アメカジテイストの商品を輸入販売してきた上野商会。レディスのカジュアルからタウン、オフィシャルまでを自社開発で成長してきたサンエーインターナショナルと東京スタイル。商品に関する考え方や業態のとらえ方は全く異なる。おそらく企業文化も相当に違うはずだ。いくら持ち株会社のTSIホールディングスがコントロールするとは言え、一社対二社の溝が解消されなければ、思ったほどのシナジー効果は生まれないのではないか。

 上野商会のスタッフからすれば、今まで自由に仕事ができていたとしても、これからはTSIホールディングスの指導・監督のもとに経営陣すらクビのすげ替えがあることも考えられる。それによって結果的に派閥が生まれ、社内がぎくしゃくして、優秀なスタッフが退職していくかもしれない。もし仮に簿外債務が発覚したりすれば、なおさらTSIホールディングスが利することになる。

 そして、TSIホールディングスには上野商会の「のれんの減損処理」という会計処理上のリスクがつきまとう。のれんの本質は、上野商会が将来にわたり利益を稼ぐ力をTSIホールディングスが評価したものだ。上野商会の収益力が低下したと判断されれば、減損処理しなければならなくなるが、そうならないためには一にも二にもTSIホールディングスの経営の舵取りにかかっている。

 今回の買収金額は150億円と言われている。おそらくSchottやAVIREXに関する独占販売権やマスターライセンス契約がそうした価値を生んだのだと思う。当然、修理やリフォームを手がけるRe sewがバランスシートの上で、あまり収益が上がっていないとなれば、閉鎖の対象にもなりかねない。しかし、Schottの顧客を繋ぎ留められるのは、Re sewのようなサービス部門があるからだ。そうした事業価値はバランスシートの数字には表れにくい無形の資産と見ることもできる。

 毎度のことながら、 今回のM&Aについても業界では賛否が渦巻いている。「銀行筋の情報だけで(M&Aに)動いた」「ブランドや業堤の戦略をよく検証したのか」「単に自社にないテイストを補完したいだけ」等々。ケチを付ければ、きりがない。もし、どれか一つでも当たっているとすれば、M&Aが妥当なものではなかったということになる。ともあれ、筆者は閉塞感が漂う業界だけに、今回のM&Aは新しい突破口を見出していくようなポジティブな戦略としてとらえたい。

 もちろん、Re sewのような縁の下の力持ちをビジネスとして評価し、さらに事業価値を高めていくような経営観をTSIホールディングスにも期待したい。
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