HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

専門性を再考すべき。

2018-10-24 05:43:06 | Weblog
 サザビーリーグが運営する「la kagu ラカグ」が来年春に業態変更するという。このニュースを見て、「やっぱりな」というのが正直なところだ。服だけではなかなか売れないと言われ始めた15年ほど前。アパレルや小売り各社は雑貨や飲食を併設したライフスタイルストアに舵を切り始めた。ラカグはそんな2014年、サザビーリーグが満を持して出店したものだ。出版社の新潮社が東京・神楽坂に所有する北倉庫を活用し、「昔からあるもの、これからも大切にしたいものに価値を見出す」をコンセプトに、敷地面積約1280㎡、2フロアを贅沢に使って衣・食・住+知を融合させるとの触れ込みだった。

 ライフスタイルストアとしては後発だったため、古くから著名人の自宅や出版社が多い神楽坂を中心に「新しい地域密着」「地域貢献インフラの創造」「作家や作品との新しい関わり方を提案する」と、方向性には力が込もっていた。オープンは10月にも関わらず、7月にはメディアや業界人向けにリリースが配られ、全国的にも注目を集めた。開店直後の取材ルポを読んでも、評価の点ではファッションのサザビーグループと出版界の新潮社が手を組んで路面展開することが、少なからず影響しているように感じた。

 ところが、である。わずか4年半で業態変更を余儀なくされたわけだ。メディアや業界人の評価とは裏腹に、ラカグは衣・食・住に対する成熟したお客のウォンツ、ニーズに対応できなかったことになる。というか、大手セレクトショップの元バイヤーがメゾン マルタンマルジェラやマルニ、アクネ ステュディオスを仕入れようと、メンズ担当が50年代を意識したエンジニアド ガーメンツやブルックス ブラザースを揃えようと、セレクトではオンリーショップに比べ色柄、型、サイズの選択肢は限られている。

 雑貨もバッグやアクセサリーからテーブルウエア、調理器具、タオルやリネンまで、国内外の商品を揃えていたが、どれも1〜2アイテムしかないので、お客はドンピシャなものに出会わない限り、購入には二の足を踏む。家具はスペースが広い分、品揃えに加えられたが、アパレルや雑貨との調和を考えて北欧のヴィンテージに特化。丸椅子の座にミナペルホネンの生地を使ったコラボ商品で、話題性を振りまくのが精一杯だった。

 とどのつまりが、アパレルにしても雑貨にしても、バイヤーの感性とお客の欲しいものは、イコールにはならなかったということである。



 筆者はラカグを2度訪れている。仕事で付き合いのあるイラストレーター(女性)が神楽坂に住んでいることもあり、出店のリリースを目にした時は「カフェで打ち合わせをしようか」と思った。ただ、14年にはイラストの発注機会がなく、翌15年の9月にようやく実現した。オープンから約1年を経過し、開業景気は沈静化したと言え、平日の昼間はお客さんもまばら。この時の印象はショールーム的というか、フラッと覗いてただ見るだけのストアにしか見えなかった。地域密着、地域貢献というスローガンに反し、地元住民が日々の買い物に訪れることはあまりないように感じた。

 その地で暮らすイラストレーターに訊ねても、「オープン直後に何度か覗いたが、商品は購入していない」という。2度目に訪れたのは、昨年10月である。この時は11時の開店に合わせて行ってみた。すでによそ行きの格好をした日本人3名、個人旅行の韓国人カップル、中国人数名が並んでいた。おそらく東京の隠れたスポットを紹介するサイトか何かを見てやって来たのだろうか。彼らも買い物というより、カフェでのブランチが目的だったようだった。

 この時に見た印象では、商品面でアパレルのインポートブランドが幾分セーブされ、国産品が少し増えたように感じた。雑貨は相変わらずの品揃えで、集客力を持つとは言い難かった。全体的には最初に見た印象とそれほど変わらず、依然として地元住民が頻繁に訪れることも、遠隔地からわざわざ買い物に来ることも難しいだろうと思った。新潮社の倉庫にあったという本棚を使ったブックスペースでの企画展が行われていたかどうかは、記憶にない。それほど印象は薄かった。

 結果的には、業態変更を余儀なくされたわけだから、前述の要因を含めて筆者なりの分析は当たらずとも遠からじということになる。

 そもそも、ライフスタイルストア、さらにカルチャーの要素を加味した業態が本当にマーケットから求められていたか、である。 服だけでは集客が厳しくなって来たため、雑貨や飲食を組み合わせることで、来店の動機にできるのではとの「仮説」からスタートしたのではないか。先に「無印良品」という成功例があり、各社ともいつの間にか「試行」を先走ったような気がする。

 感度、テイスト、価格、品揃えについて、アパレルと雑貨、飲食をシンクロさせて、とりあえず開発、出店してみたら、そこそこの集客につながり、メディアの反応も良かった。だから、誰もがそのまま運営を継続したのではないのか。一方、後発のラカグはライフスタイルストアが成熟の域に入りつつあった時期だったため、アパレルも雑貨も飲食も感度や価格の面でアッパーラインを目指したと思う。それに新潮社とのコラボという「箔」が付いたわけだ。開発担当者はこれで「最強になる」と過信したのかもしれない。

 ただ、ラカグのカテゴリーを見ると、アパレルはセレクトに過ぎない。王道であるインポートを中心にバイヤーがチョイスして編集しただけだ。「服だけでは集客が厳しい」と言われた前提がありながら、その理由を検証もせずに服をセレクトしても売れるはずがないのだ。リアル店舗でほしい商品が見つからない成熟したお客からすれば、セレクトショップではすでに服を選ぼうという選択肢は、非常に狭まっているのではないか。

 それはグローバルSPAの台頭で、お客は彼らが企画展開する商品の型、色、サイズ、値ごろな価格帯を目の当たりにし、選択肢の広さに完全に飼いならされてしまっていることもある。大手セレクトショップもこうした傾向をいち早く察知してセレクトは見せ筋にし、型、色、サイズ、値ごろな価格帯を打ち出したオリジナル(PB)を売れ筋にして編集を組み直し、収益を維持している。そんな中で、目が肥えたお客からすれば、ラカグに国内外の著名ブランドが並ぼうが、自分の感性や懐具合(予算)に合わせた時、逆に「選り抜けなかった」のではないかと思う。

 これは雑貨にも言えることだ。ラカグに置いてあったテーブルウエアや調理器具は非常に品数が少ない。筆者が2度目に訪れた昨年秋は、スプーンは1種類しかなかった。カトラリーにしても、日本箸にしても1〜2点程度。リビング関連にしてもどこかのショップで見たことがあるものが並んでいるだけ。これでは地域住民ですら衝動買いもしないだろう。逆に目的買いのお客からずれば、選択肢がないので物足りない。あのくらいの品揃えでは、わざわざ買い物に行く動機にはならないと思う。

 感度や品揃えでは丸ビルの「コンランショップ」、六本木の「リビングモチーフ」が上だし、テーブルウエアや調理器具では合羽橋の「飯田」、日本箸では同「はしとう」、器では同「小松屋」等々、リビング&キッチン関連でも自由ヶ丘の「タイムレスコンフォート」なら国内外の商品ではピンキリが揃う。そちらの方が幅広い品揃えの中から使い易いもの探し出せるし、一歩上のお洒落な生活が実現できると断言する。

 つまり、ラカグは感度、テイスト、価格、品揃えというMDの基本を押さえても、「奥行き」がないから、新しい地域密着と言ったところで、地域住民の真のウォンツ、ニーズを掘り起こせない。せっかくの地域インフラが来店や購買の動機に結びつけられず、ビジネスとして孵化できなかったわけだ。店舗展開を考える上では、品揃えに奥行きのないカテゴリーを組み合わせても、集客にも売上げにも貢献しないという証左である。

 もう一度、業態としての「専門性」や品揃えの「奥行き」について、じっくり考え直すべきではないか。でなければ、Amazonなどのネット通販には対抗できない。品揃えの線引きは容易ではないが、そこまで踏み込まないとお客のニーズはくみ取れないと思う。

 消費者のライフスタイル変化を見れば、雑貨を意識しなければならないのは理解できる。だからこそ、業態を開発、展開するなら、専門店に舵をきるべきではないかと思う。感度や質感では劣るが、HCのカインズが開発し、名古屋を中心に2店舗を展開する「スタイルファクトリー」のような業態の方が品揃えが充実している分、集客できるだろうし、新しい雑貨市場を開拓できるはずである。

 むしろ、神楽坂という立地を生かすなら、正面切って新しい業態を開発するより、路地裏にある隠れ処的なレストランで十分だろう。その方が食通の作家先生が行ってそうなイメージも湧く。他はせいぜい和雑貨の店か、手作り惣菜のお店くらいがいいところだ。出版社のインフラを生かすなら、時間を気にせずじっくり読書にふけることができる蔵書カフェの方がいいのではないか。

 神楽坂は交通アクセスが良いとは言い難い。地下鉄を利用する都民が荻窪や門前仲町から行くなら東西線で一本で行けるが、普段に有楽町線を利用する人々が池袋や銀座から行くには飯田橋、半蔵門線を利用する人々が渋谷や押上から行くには九段下で乗り換えなければならない。目的買いや観光ならそれでも良いが、買いたいものはなければ都民すら足を運ぶことはない。吉祥寺や下北沢とは違うのだ。

 神楽坂に住むイラストレーターですら、ラカグがオープンする以前の打ち合わせは、こちらが出向く不便さや場所を考えたのか、飯田橋のドトールやプロントにしてくれていた。先日の東京出張でも仕事を発注したが、今度は向こうから万世橋の「エキュート」を指定してくれた。 筆者に忖度したわけでもないだろうが、神田川沿いのカフェの方が落ち着けるのかもしれない。

 服と雑貨と飲食、それに 図書(文化)を加味すれば、成功の方程式になる。かのごとく開発された業態は、あらゆる専門店がひしめき合う東京ではすでに限界のようである。ラカグは来春には「アコメヤトウキョウ・イン・ラカグ」へ業態変更される。お米がコンセプトの食のライフスタイルショップだそうだが、ブランド米の販売も、和食器、日本箸やふきんのラインナップも、おにぎりを主体にした飲食も、それぞれにかなり専門性を出していかないと、地元はもちろん、観光客を集めるのは難しいのかもしれない。
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