HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

人気は高し、思いは易し、就くは難し…。

2013-05-15 15:32:29 | Weblog
 文部科学省の12年度学校基本調査によると、日本の大学では09年の入学者数60万8,000人に対し、12年度の卒業者数は55万9,000人と、約4万9,000人が中退または留年しているという。
 一方、 厚生労働省が発表した資料(2003年3月卒~2011年3月卒の新入社員の離職率)では、 めでたく卒業しても「大卒の3割が3年以内に入社した企業を辞めている」そうだ。

 さらに従業員5人未満の零細企業では、「1年目で3割、2年目で5割、3年目で6割」が離職しているという驚くべきデータがある。その理由は、大手企業とで最も格差がある「教育研修の機会の不足」「OJTの不足」「将来的な給与格差」「安定した組織」などだという。
 当然、大学中退や3年以内の離職者は、大卒という学歴も職業経験も仕事のスキルもないのだから、そう簡単に再就職できるはずがない。だからであろうか、そうした若者をターゲットにした教育ビジネスが盛んになってきている。

 某有名ファッション専門学校VKの大阪校も、この10月から全日1.5年コースの「ファッションビジネス&スタイリストコース」を開講する。目的は「大学中退者やフリーターの再進学支援と即戦力の育成・輩出で、ファッションビジネス業界を活性化する」のだそうだ。
 筆者は学校経営に口出しする立場ではないので、学科を開講するのも大上段な目的を掲げるのも、ご自由にという気持ちだ。しかし、ファッションビジネスやスタイリストについては、何も知らない若者が「スポットの当たった華やかな仕事」と誤解している部分が多いので、専門学校を選択する前に業界人としてアドバイスしておきたい。


新卒の登竜門は「販売」に限られる

 まず、ファッションビジネスである。通常、わざわざ専門学校に通わないと勉強できないのは、「スタイル画」や「パターン」などのデザイン面の知識、技術だ。そのため、ファッションビジネスの勉強内容がどれほど価値があり、就職に役立つかは懐疑的である。
 ファッション業界、いわゆるアパレルメーカーや小売り業が「新卒を対象に募集する職種」は、いくら高度なファッションビジネスを勉強したといっても、ほとんどがメーカー直営店または小売業の「販売スタッフ」である。いいとこ「店長、マネージャー候補」だろう。

 しかも、条件は「学部・学科不問」が多い。つまり、業界ではファッション専門学校を出ていようが、いまいが一向に構わないのである。たまにアパレルの営業職の募集があったにしても、それは営業の仕事なのだから、1年半ほど学んだ知識やスキルは大した力にはならない。

 まして、マーチャンダイザーや生産管理、プレス、バイヤーなどの専門職、エリアマネージャーやスーパーバイザーといったラインスタッフは、まず「経験者」であることが条件になる。 
 最近は海外生産が当たり前になっており、渋谷109系などヤング向けのブランド企業が「インボイス(輸入仕入れ書)事務」を募集しているが、こうなると色や素材、デザイン知識などを勉強しても何の意味もない。貿易実務の知識や資格が必要になるのだ。

 いや、ファッション専門学校は業界とコネクションがあり、職業経験が積める「インターンシップ」があると、反論される学校関係者がいらっしゃるかもしれない。
 しかし、ファッションビジネスを勉強している学生のインターンシップ先は、これもほとんどが「ショップ」である。しかも、経験が全くない学生を売場に立たせて接客させたり、お直しや金銭授受に当たらせたりするショップがどれほどあるだろうか。
 大手チェーンやSPAならできなくはないだろうが、それならインターンシップではなく、アルバイトか、社員を雇えば良いだけの話である。そっちの方が企業にとっては都合がいいだろう。

 まして中小のショップになると、目先の売上げを追わなければならず、未経験の若者にOJTで接客教育を施すような余裕はない。だから、バックヤードでの商品整理や売場における品出し、あとはプロの仕事ぶりを傍観し、ディスプレイを替えるくらいが関の山だ。
 仮に「販売が好き」「接客やコーディネートが上手」「お客さんをドレスアップしたい」と思う若者なら、専門学校なんかいかなくても就職できる可能性は高い。むしろ、業界はそんな前向きな若者を待っているのである。


スタイリストに正社員、正規雇用はない

 次にスタイリストである。中退の学生や3年以内の離職者といった若者にとっては憧れの職業、また業界で販売経験をもつ人間もやってみたい仕事の一つかもしれない。

 では、そのスキルが専門学校でどれほど学べるのか。これについても懐疑的である。なぜなら、スタイリストの仕事は、大きく分けると「ファッション誌」か、「テレビ番組またはCM」か、そして「タレント衣装」を担当するものだ。
 だから、仕事の相手は集英社や宝島社、光文社などの出版社、TBSや日テレなどのテレビ局または番組制作会社、電通や博報堂などの広告代理店や下請けの制作会社、そして芸能プロダクションで、実際の現場ではカメラマンやヘアメイクといったスタッフと仕事をする。
 ギャラもこうしたメディア関連の企業から貰うわけで、アパレルメーカーやショップが支払っているわけではない。

 そこで必要なスキルは何かということだが、ファッション誌の仕事なら、最先端のトレンド知識やコーディネート術、カラーや素材の知識が多少はあってもいいだろう。しかし、ファッション誌の仕事はギャラが安い。
 それに雑誌はますます売れなくなっているし、i-PadやKindleの普及で紙媒体は少なくなり、撮影のギャラが減らされる傾向にある。だから、テレビ番組やCMにも携わらないと食っていけない。

 ただ、そこではファッションに長けたスキルはほとんど要求されない。なぜなら、テレビ局のプロデューサーや広告代理店のディレクターは、ファッションのプロではないからである。
 テレビ番組では俳優やタレントのキャラを重視した衣装で、他と被らない程度であればいい。これはタレントの衣装を担当する時にも言えること。またCMは事前に「コンテ」ができているので、そのイメージにあった衣装や「その他」を集めなければならない。それらもトレンドである必要はない。

 その他というのは、撮影に必要なあらゆる「小道具」まで準備しなければならないということである。だから、ファッションの知識よりも「どこに行けば、どんなものが集められる」という情報収集能力の方がカギになる。アパレルメーカーのプレスルームや知り合いのショップに行けばすべて揃えられるほど、CMの世界は甘くないのである。

 さらに五月蝿いディレクターと仕事をすることになれば、「あらかじめダメだしを覚悟で、探しておかなければならない」。つまり、一を言われれば、三を理解できるような「機転」と、OKがでるまで、各地を深夜まで探しまわれる「根気」が求められるのだ。
 もちろん、出版社、テレビ局や広告代理店、そして芸能プロダクションには、一流大卒のエリートがうじゃうじゃいる。自分たちがカネと権力を握っているという自意識から、スタイリストなんか「下請けの孫請け」にしか見ていない。理不尽な要求を突きつけるのは日常茶飯事。だから、それに堪えうる強靭な「精神力」がなくては務まらない。

 つまり、スタイリストに必要なのスキルは、機転と根気と精神力。それらはその人間が成長したり、おかれた環境で養われるもので、何も専門学校に1年半くらい通ったところで身に付くものではない。だから、懐疑的と言ったのである。
 若者の多くがスタイリストになるには、「事務所に入ればいい」と思っているだろう。それは間違いではない。しかし、事務所のほとんどが個人または10人以下の「零細企業」だ。それが何を意味するのか。


第二離職者を生むかもしれない現実

 冒頭で述べた「1年目で3割、2年目で5割、3年目で6割」が離職している企業に、スタイリストの事務所が当たるかもしれないということである。それに離職の理由に挙げられている大手企業との格差、いわゆる「教育研修の機会の不足」「OJTの不足」「将来的な給与格差」「安定した組織」をみても、まさにスタイリストの仕事そのものだ。

 コーディネートやスタイリングは学校で勉強できても、実際のスタジオ撮影やロケになると臨機応変な対応をしなくてはならない。「靴を履けばわからないストッキングの小さな伝線でさえ、『新しいものを用意してよ』というわがままなモデル」にも、嫌な顔一つせずに接しなければならないのである。

 まず現場で1から10まで説明されることはない。 ましてOJTができる余裕などない。 想像力を働かせて仕事をテキパキこなすしかないわけだ。スタイリングと多少の撮影ごっこを学んだところで、何の役にも立たない世界ということである。

 もともと、スタイリストは他人の褌で相撲をとるような仕事。だから、簡単にギャラが貰えて生活が安定し、名声を得られるなんてことがあるはずがない。 将来的な給与格差は当然のことだし、個人事務所が安定した組織足るはずもない。
 だから、離職率が多く、スタッフを募集するのである。ファッションビジネスも、販売スタッフの求人が多いというのは、何も新しいブランドの開発や新店のオープンが多いからではない。退職するスタッフが多く、それだけ人材の流動が激しいということだ。

 ファッション専門学校が大学中退者や第二新卒を集めてビジネスをする。しかし、それがまたフリーターや離職者を生むかもしれないのだから、全く皮肉な話である。若者諸君は以上をしっかり認識した上で、専門学校に進学するか、否かを選択してほしい。
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