HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

着られないドレス。

2023-02-15 07:32:11 | Weblog
 2月3日、フランスのローカル紙がデザイナー、パコ・ラバンヌの死去を伝えた。と言っても、リアルタイムで同氏のクリエーションに触れたわけではないし、名前を初めて知ったのは専門紙誌やコレクションビデオに触れるようになってからだ。

 同氏が10代後半にパリに渡り、まずは国立芸術学校で建築を学んだこと。クリスチャン・ディオールやバレンシアガでデザイン画を描いていたこと。ファッションデザインを発表するや、前衛的をはるかに超える作品が衝撃を与えたこと等など。活字や映像で、読んだり見たりはしていたが、ある時、「あのドレス」が同氏の作品であることを知った。

 モード誌がいろんなデザイナーの代表作を取り上げ、目に留まったのが「あのドレス」だった。キャプションには「メタルドレス」と記されていた。中央にスタッズを打ったような四角形の金属板(説明ではアルミニウム)を丸カンでいくつも繋いだノーズリーブでミニ丈のワンピース。着ているモデルは違ったが、記憶する「あのドレス」に間違いないと思った。念の為に別の資料をあれこれ探しまくった。

 あのドレスとは、過去にこのコラムでも取り上げたフランス映画「冒険者たち」(1967年)で、ヒロインのレティシアを演じたジョアンナ・シムカスが劇中で着ていたものだ。前衛芸術家として開いた個展時の衣装で、映像では十秒も露出していない。でも、少年の自分にとってはあまりのインパクトで、その後何十年も記憶の中にずっと留まっていた。大人になってからも、この映画を観るたびにドレスの作者が気になった。

 その作者がパコ・ラバンヌだとわかって、もやもやが晴れた気がした。せっかくなので同氏がこうした作品を発表した経緯や制作におけるポイントなども調べてみた。

 パコ・ラバンヌはジバンシィやクリスチャン・ディオール、シャネルなどの宝石をデザインすることからキャリアをスタートした。そして、デザイナーとして掲げたポリシーが「新しい素材で武装するようなものを作りたい」だった。生まれたのはスペインのバスク地方。ちょうど国内が内戦状態だったため、子供心に戦いに負けたくない意識が芽生え、それが作品づくりの根幹を成したのかもしれない。



 1966年、自らメゾンを設立して、布とは違う金属や紙、プラスチックなどのコンテンポラリー・マテリアルを使った「着られないドレス」12着を発表した。その一つが四角形の金属板をつなぎ合わせたメタルドレス(アルミニウム・チェーン・ドレス)。使われた素材は他にも真ちゅうを型押した幾何学的なプレート、いろんな造形が可能なロドイドプラスチック、部材をメーンに活用したシェルやスパンコールと、それぞれがスチール製のジャンプリングで繋がれていた。

 通常の服作りなら、描いたデザインをもとに型紙を制作し、各パーツに沿って布を裁断し、それらを糸で縫って一着の服にしていく。だが、パコ・ラバンヌのクリエーションは、上記の素材を型抜きしてピースを作り、それらをペンチとリングを使って服というか、オブジェに仕上げていくようなもの。中世の騎士や日本の忍者が着用した「鎖帷子/くさりかたびら(chainmail)」を未来的な衣装として再現したと、論評するメディアもあった。

 パコ・ラバンヌも自らの作風について、「ファッションに残された唯一の新境地は、新しい素材の発見です」と語っている。ココ・シャネルは、同氏について「彼はクチュリエではなく、金属労働者だ」と冗談めかして表現した。一方で、同氏のドレスを着用または所有したことがある人々が皆、「ドレスは素晴らしく、美しくフィットします」と語っているところを見ると、ファッションアイテムとしての完成度も優れていたと言える。


復刻ドレスでクリスマス用のモデル撮影

 パコ・ラバンヌのクリエーションは、アートとしても評価を受けている。それが「オプ・アート」という概念だ。オプ(オプチカル)=視覚的な、つまり斜視を利用したようなアート。ドレスのピースにアワビ貝などを丸くくり抜いた(アバロンシェル)ようなディスクを用いると、それらの素材に反射して放たれる自然な色や光沢が眩暈を起こさせるようなことから、心を錯乱させるものとしてアートの領域と解釈されたようだ。

 つまり、オプ・アートをファッションに取り込んで初めて服を作り上げたのがパコ・ラバンヌであり、他ではアンドレ・クレージュ、マリー・クワントが当てはまる。



 映画の衣装では、冒険者たちに次いで1969年にフランス、イタリア、米国の合作で制作された「バーバレラ」でも、パコ・ラバンヌが衣装を担当している。主人公のバーバレラを演じたジェーン・フォンダが着用した近未来的なコスチュームだ。

 物語は宇宙暦紀元4万年、宇宙破壊光線を手に入れた科学者デュラン・デュラン博士を追うバーバレラの身に様々な罠や危険が襲ってくるというB級感満載の作品。原作はフランスのSFコミックで、映画のタイトルを「セックスマシーン」と表記するメディアもあった。オリジナルがエロティックSF劇なので仕方ないのだが、衣装はそれほど印象には残らなかった。



 むしろ、オードリー・ヘップバーンが映画「いつも二人で」で着用したドレス、ブリジッド・バルドーがファッション誌のグラビア撮影で着たコンドル・ドレスの方が印象に残っている。また、フレンチポップスの代表歌手、フランソワーズ・アルディが見事に着こなしたゴールド・ドレスは、ハイライトが効いてまさに衣装という体を成していた。



 一方、黒人モデルとして初めて英国版ヴォーグの表紙を飾ったドニエル・ルナが着たのも、パコ・ラバンヌのドレス。こちらは50セント硬貨大のプラスティックディスクを繋ぎ合わせたものだ。彼女は190cm近い身長で手足が非常に長いことから、ディスクドレスを見事に着こなす姿は、それまで白人オンリーだったファッション誌に楔を打ち込んだ。




 その後、パコ・ラバンヌの作風をそれほど目にする機会はなかったが、2000年くらいにイッセイ・ミヤケのプリーツ・ブリーズから発表されたバッグの「バオバオ」は、見た瞬間に同氏の技法を引用したものと感じた。エナメルや艶消しなどを施した素材を組み合わせて自由自在の形を無限に作り出す。それぞれに光が当たることで、いろんな表情を見せる。まさにアートだ。幾何学の応用で三角形のピースを組み合わせると、平面が立体になっていくから、バッグでは「襠(まち)」の役割にもなる。

 それからさらに10年ほど経ったある日、少年の記憶に残るあのドレスがひょんなことから現代風にアレンジされて、筆者の目の前に現れた。フランスのメーカーがワンパーティドレスのようなアイテムとして商品化したのだ。その写真がメールで送られてきた時、咄嗟にクリスマスプロモーションの撮影に使えると思い、すぐに送ってもらうよう手配した。



 パコ・ラバンヌのドレスなら、前後の身頃、袖などすべてが丸や三角、四角といったピースを繋いで作られている。だから、ドレスの下には肌色の目立たない色のキャミソールを着ることになる。ドレスの表面は金属やプラスチックを多用するから加工に手間がかかり、量産できる服にはならない。

 このメーカーとしては何とか量産化して既製服にするために工夫したのだろう。キャミソールをそのままワンピースに仕立てて、フロントにのみプラスチックのディスクを繋ぐ加工にアレンジした。これならスパンコールなどの装飾と同じで、フロント部分の加工だからそれほど手間がかからず、コスト増にもならない。

 モデルは知り合いの子にお願いし、カメラマンとアングルやライティング、シチュエーションなどを相談して、ロケに臨んだ。装飾は前面しか施されていないので、ライティングを調整しながら、正面、斜め、横といろんな角度で撮影した。当日はピーカンではなかったので、ディスクのハイライトが効かないかと心配したが、カメラマンがうまく絞りを調整してくれて何とかプロモ写真の体裁は取れた。

 少年の日に観た映画の衣装があまりに印象的だったので、潜在意識として残っていたのだろう。着ることができる汎用のドレスを見た瞬間に、自分なりにシチュエーションを組んで撮影したいとの衝動に駆られた。ドレスはモデルの子にプレゼントしたが、友人の結婚式で来てくれたようで、写真をSNSにアップしてくれた。

 ドレスのようなアイテムは立体裁断による造形はもちろん、ピースによる加工法もおしゃれの決め手になると、パコ・ラバンヌの作風を見て感じる。この場を借りて同氏へのオマージュと追悼をしたい。安らかにお眠りください。合掌


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