HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

バーチャルな売場に立つ。

2020-09-02 06:40:51 | Weblog
 8月26日付の「現代ビジネス」に以下の記事がアップされた。「アパレル業界、いよいよ「販売員」の「使い捨て」がヒドいことになってきた…!」(https://news.yahoo.co.jp/articles/5aa3a65e53b98434685cd04add4efcd4ff4b3409)

 これまでメーカーの経営破綻、ブランド廃止や店舗閉鎖は報道されてきたが、メディアがついに「販売員」にも切り込んだことで、切実な現場の実態が明るみに出た。思えば、ファッション誌がFA(ファッションアドバイザー)と名付けて最先端の売場に立つイメージを煽り、小売業や教育機関が「センス」「コーディネート力」「トーク術」といった客観的評価がしづらいキャリア習得度で、若者を洗脳してきたモデルがついに終焉を迎えたとも言える。

 とは言え、記事にあるように販売員の報酬に「生産性」が関わっているのは、昔から変わりない。アパレル小売りである以上、優良な顧客を何人も抱え、ハイプライスの商品を販売できる力を持ち、高い売上げを稼げば高額な報酬がもらえるのは当然のこと。現にバブル経済が崩壊するまでは、売上げ実績によって販売員の年収や待遇は変わっていた。

 ちょうど、筆者が就職した1980年代前半は、取引先のレディス専門店では成果報酬的な賃金体系をとるところがほとんどで、ベテランの販売員はそこそこの給料を得ていた。また、店舗や個人の目標予算をクリアすれば「報奨金」を出す小売り企業もあり、高い販売力と優良顧客をもつ人は毎月のように給料にプラスαが加算されていた。そのため、店舗やスタッフを管理するマネージャーや国内外のメーカーを巡るバイヤーより、販売に専念して高給が約束される販売員の方がいいという価値観もあった。

 プロ野球ロッテオリオンズの落合博満選手が史上最年少で三冠王に輝いたのが1982年だが、業界にはその頃すでに「1億円プレイヤー」と呼ばれる人がいたのである。もちろん、年収ではなく「年間販売額」という意味で、落合選手よりも10年以上前にそう呼ばれた販売員がいたのは特筆すべきこと。プロとしてお客さんを惹きつける能力が対価を生むのは、アパレルもスポーツも共通すると言っていいだろう。


「まずは店で頑張れ」は、空手形に

 そうした有能な販売員を経営戦略、組織論に従って、昇格・異動させることが企業にとって得策なのか。それが人事を悩ませるいちばんの問題だった。話はズレるが、ちょうど20年ほど前にSPAが店舗網を拡大していく中で、販売員の確保、適材適所への投入が課題となった。そこで、当時のサンエーインターナショナルが打ち出したのが、「地域限定準社員」や「販売専門職」を取り入れた人事体制の整備だった。

 「あなたのライフスタイルに合わせ、自宅近くの店舗で働けて転勤はなし」「販売が好きなら、ずっとその仕事を続けて構わない」。その後、ワールドの子会社ワールドストアパートナーズも、非正規雇用の販売員を正社員化した。大手にとっては多くの販売員を採用する窮余の策だった。当時はそうした手法で頭数は確保できたが、それもブランド休止や店舗閉鎖になれば雇用さえ維持されないのだから、「販売」という職業の不安定さが浮き彫りにされる。

 ただ、筆者が知るある地域専門店は、自社開発のセレクトショップを軌道に乗せる目的で、社員募集ではあえて「県外転勤あり」「幹部候補」という厳しい条件を打ち出した。社長にその意図を訪ねると、「経営者としては属人的で高い業績をあげるより、各自がバランスよく売り上げる仕組みを作ることが重要」で、その前提として「男性であれ、女性であれ、どこの店に赴くことも厭わない人に来てほしい」と断言した。

 この時、社長は生産性こそ口にしなかったが、一人ひとりの売上げの積み重ねが企業の業績になるのは言うまでもない。当然、それを社員に浸透させていかなければならないわけだが、「うちは大手ほど組織が肥大化、硬直化してはいないから、キャリアを積める環境があり、実績を残せば幹部のポストを用意するし、それに見合った処遇も行う」とも。企業の発展と社員のキャリア形成は表裏一体との信念からだろうが、一販売員では終わらず、将来の目標をしっかり定めて仕事してほしいという願いも感じた。

 それは大手のアパレル小売りでも変わらないはずだが、昨今の状況を見ると、どこもブランドや店舗、従業員のリストラばかり。新入社員が念仏のように言われてきた「まずは店で頑張れ」。それも今となってはやる気を引き出す空手形でしかなかったわけで、使い捨てという不渡りを出してしまったことをどう弁明するつもりか。それとも、業界環境は変わるのだから、「仕事をする中で、そのくらい察知しろよ」と、開き直るのだろうか。

 確実に言えることは、大手アパレルなら販売員から優良ポストが掴めるとの神話は、完全に崩れてしまったということ。逆に前出の地域専門店のように中小の方が経営戦略も組織も柔軟で、販売職の先の目標も設定しやすい。また、確実にキャリアを形成した人なら異業種に転職しても、それなりにつぶしが利くだろう。というか、会社に居ようが、そこから飛び出そうが、自分で目標を設定してキャリアアップしなければ、使い捨てされるだけなのだ。

 話を元に戻すと、筆者がペーペーの頃、接した販売員は30数年後の今、どうしているのか。大半はリタイアしたが、中にはショップオーナーとなり、今もアパレル小売りの最前線にいる人、またサロンブティックに請われて仕入れをしながら、今も売場に立つ人がいる。歳は重ねているが、顧客も加齢しているため、同じ目線で商品を勧め、販売できる。人生100年という超高齢社会を見れば、その中で顧客がいる市場を睨めば、活躍できる余地も残されている。それも経験と実績に裏打ちされたキャリアがあればこそだが。


従来のファッション教育は通用しない

 「販売員が使い捨てられる」。ショッキングな記事は、ファッション専門学校などの教育現場で、どう受け取られるのだろうか。




 アパレル小売り側には、ECへの注力で新規採用を通販サイトの構築・更新作業を担う「Webデザイナー」や「コーダー」に切り替えるところもある。この仕事ではPhotoshopやIllustrator、Dreamweaverなどの運用スキルが必須。だから、ファッションビジネス学科と言えど、授業半分はIT関連にシフトしなければ、これからの業界就職は厳しくなる。

 もちろん、販売員が全くゼロになるわけではないが、売場ではITとシンクロさせたデジタル接客術が求められるのは間違いない。従来のようにコーディネート力セールストークディスプレイの習得では通用しなくなるのだ。学校によっては、校内で「ロールプレイングコンテスト」を実施しメディアに取り上げてもらうことで、自校がいかに優れた教育を行ない、優秀な学生を育てているかをアピールしてきたところもある。

 だが、デジタル化とウィズコロナに直面する業界では、接客スタイルは「非接触」にならざるを得ない。有名セレクトショップのスタッフが立て続けにコロナウイルスで陽性と判明したことを考えても、販売員に密着されて飛沫がかかるリスクがある接客は、確実に敬遠されていくはずだ。学校関係者はこれまでのような接客スキルを磨く程度では、学生の採用には繋がらないことを肝に銘じるべきだろう。

 デザイナーを目指す技術教育は残るが、学ぶ側の意識も変わってきている。若者の間では、「簡単に企画デザイン職には就けない」「求人が販売職しかないなら、専門学校に行く必要もない」と、現実を直視したドライな意見が多数派を占める。今後の専門教育の現場を俯瞰してみると、旧態依然とした授業内容で学校を掛け持ちしてコマ数を増やし、日銭が稼げたおばさん講師たちも、いよいよ戦力外通告を受ける時期が来たようである。

 もっとも、アパレル小売りがECに注力しても、Web制作のスタッフがそれほど潤っている様子はない。小売り企業が自ら通販サイトを運営し、Web制作まで内製化しているのならまだしも、EC事業者から制作を受注するくらいでは、かつてのデザイン事務所より薄給でこき使われる。悲しいかな、Webデザインすら若者が夢や希望をもてる業界ではなさそうだ。

 さらに店舗がECオーダーの在庫を引き当てたり、商品の受け取り場所と化して行けば、タブレット端末をテキパキと操作できたにしても、メーンの仕事は在庫確認や商品のお渡しなどになっていく。少なくともファッションビジネスとしてのデジタル技術を学んだのなら、バーチャルな世界でも接客やコーディネート力を生せてこそ、意味をもつのではないか。




 D2Cの浸透で、インターネットで繋がるアパレルとお客。これからの販売員は、そうした時空を超えた消費環境でアパレルとお客を媒介する存在とでも言おうか。デジタル端末で受け付けたお客の商品やコーディネートの要望に対し、ネット空間から探し出した在庫をアバターなどを使って逆提案し、合致した現物の商品を販売・配送手配する。

 バーチャルな売場に立つ販売員というか、パーソナルなスタイリストというか。米国で急速に進んでいるスマートフォンと情報ネットワークを生かしたビジネスに進まない限り、アパレル小売りの世界でも活躍できる道はないと思われる。それにしても、個人事業主で成果報酬なのだから安定する保証はないのだが、使い捨てにされるよりもマシだろうか。アパレルを売る人間の情報技術、そうした人材を育成する教育の本質が問われるということだ。

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