HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

製法が生んだ普遍D。

2019-05-22 06:40:23 | Weblog
 だいぶ前、取引先のセレクトショップで、女性スタッフがこんなことを言った。

 「うちの社長、靴が好きなんで」

 ファッション専門店を経営する人間はどこかに、また、何かに拘りがあると思うが、「靴」というのはシャレオツの最たるもの。この社長は自ら声高に主張するタイプではないから、さりげなさの中でスタッフも何となく気づいていたのではないか。

 ただ、経営者としてはスニーカーのように数が売れて、利益が取れる商品がいいだろう。しかし、職人が手塩にかけて作る革靴への思い入れは人一倍強いようで、店頭に並ぶ靴は個性的なデザインや革使いに特長のあるものばかり。それらを見ると、改めてスタッフが語ったことにも頷けた。

 このショップでは創業からDCブランドを扱ってきたおり、ヨウジヤマモトとアディダスがコラボした「Y-3」についても、ブランドデビューから一部を仕入れて展開していた。2005年頃、デビューから5〜6年経っていただろうか、実際にどんな商品なのか試してみたいと思い、何点かピックアップしてもらった。



 ウエアはアディダスのジャージに使用しているものと同じ素材が使われ、シューズもスポーツ系から派生したようなものだった。とは言っても、デザイナーブランドだけにディテールは斬新で、シューズにもヨウジヤマモトの感性が息づいていた。一方で、社長の靴に対する思い入れには陰ながら応援したい気持ちもあった。Y-3についても、どんなブランドなのか、試すなら今だなとシューズの「FOOT BALL TRAINING ENTRAINEMENT」を購入した。

 Y-3のシューズはシリーズで展開されている。今シーズンでは「Runner」とか「Kasabaru」とか「Raito Racer」とかだ。基本的にアディダスの木型を使っているとみられ、形状は外羽根やスリッポン、レースアップのハイテクシューズ等々がある。市販のものの形をアレンジし接ぎのパーツを増やしたり、凝ったカラリングを施したりするなどで、デザイン性を高めている。

 FOOT BALL TRAINING ENTRAINEMENTはそこまでのデザインではなく、その名の通りサッカーのスパイクをベースにしていた。生産はアディダスが請け負っていることから、シューズの用途はあくまで同社のレギュレーションに乗っ取ったもの。添付された「トリセツ」には、以下のような記載があった。

 フットボール(サッカー)シューズ、ラグビーシューズについて
 ・グランド環境に適したアウトソールを選択して着用ください。

 SG(ソフトグラウンド) 長めの芝生で地盤の柔らかいグラウンド用
 FG(ファームグラウンド)短めの芝生で地盤の硬いグラウンド用
 HG(ハードグラウンド)土のグラウンド用
 TF(ターフ)人工芝
 IN(インドア)体育館・全天候等のフラットなグラウンド用


 いくらファッションブランドとは言え、スポーツテイストのシューズでアスリートがパフォーマンスのために使用することも想定し、レギュラー品のソール仕様を踏襲していたようである。購入したFOOT BALL TRAINING ENTRAINEMENTは、底面のスタッドが細く長めだがゴム製で数も少ないため、HG/ハードグラウンド用、または汎用に合わせたものだったと思う。

 筆者は別にサッカー用に購入したわけではないので、通常のタウン履きとして使用した。靴底は一般のスニーカーよりも弾力があって非常に履きやすく、都市部を仕事で歩き回る筆者には足が疲れることもなく、非常に重宝した。

 堅牢度という点では1〜2年はどうもなかったが、3年目くらいにスタッド部分をくり抜いて、ソール上部とヒールの部分に外貼りされた2つの表底が剥がれて来た。なぜ、アウトソールをこんな2重にしたのかは不明だが、たぶん汎用を考えてスタッド高が低くなるように計算し、歩きやすくするためではなかったかと思う。





 ただ、外貼り表底の裏側をみると溶剤の塗布が部分的で、接着が甘いように感じた。一応、アディダスの仕様に則って製造されているものの、量産品であるゆえに経年による劣化で剥がれて来たのだ。アディダスのスニーカーでも5年も履くと、逆にアッパーやインソールが劣化するが、そちらの方は6〜7年経過してもどうもない。だから、剥がれたアウトソールは、市販の接着剤で留めて履き続けた。

 10年くらい履いて、さずがに接着補修が目立ってきたため、自宅での芝刈り用にした。芝刈り機を押す時にグリップが効いてちょうどいい。購入から14年が経過した今でも、まだまだ十分に通用する。インソールはほとんど劣化していない。筆者の足にはアディダスの木型がいちばん合っていることも理由も一つだろうか。購入した時は3万6000円を超える高価なシューズだったが、14年も履けば十分に元は取ったと思う。

 ところで、今でもジムでのトレーニングやランニングの時には、いろんなスポーツシューズに出くわす。ブランドもアシックスからミズノ、ナイキ、ニューバランスまでと様々だ。最近はフルマラソンに挑戦する人も増えてきているので、市民ランナーが履いているシューズでも一歩一歩の蹴り出しをサポートするクッション性を高めたものが多い。

 どのシューズにも共通するのは、製法が「セメント方式」であること。購入したY-3もそうだった。これは中底を木型に仮止めし、アッパーを吊り込んでその底面とソールの「接合面全体」に接着剤を塗って圧着する方法だ。構造上、簡単に製造できて量産に向き、コストが抑えられるので安価になる。デザイン面でも制約が少ないから、いろんな形が企画できるのだ。

 このシューズはランニングの様に一方向への推進、駆動なら問題はないが、縦横、ジャンプなどいろんな方向に動くスポーツでは、ソールが剥がれるリスクがある。現に今年2月、米国ノースカロライナで行われたNCAAバスケットボール男子の試合中に、NBAからドラフト1位指名が確実視されているザイオン・ウィリアムソン選手が踏み込んだ左足のシューズの靴底が剥がれ、転倒してひざを負傷している。

 シューズはナイキ製の「PG2.5」で「ベトナム」で生産されたものだった。負傷直後には3試合連続で同じ靴を履いていたとか、体格にあったものではなかったとか、いろんな報道があり、憶測を呼んだ。プロならケガを防止するために、1試合毎または1週間で靴を新調するという常識論まで飛び出した。

 まあ、まだ学生であるウィリアムソン選手をプロと言えるか、また、仮にナイキと契約していたとしても、シューズの製法がセメント方式である以上、新品であっても絶対にソールが剥がれないという保証はない。

 そこで、どうしても行き着いてしまうのが、バスケットシューズの原点とも言える「コンバース」、そしてその製法の「バルカナイズド」だ。かつて日経MJがスニーカーの特集した時、「コンバースはもともと米国陸軍が訓練のためにバスケットボールを取り入れ、そのシューズとして採用された」と、記していた。

 コンバースについては今さら語る必要もないだろう。バルカナイズド製法とは、アッパーを吊り込んだ後にソールとの間に固まっていないゴムを挟んで底金型にセットし、100度以上の高温で圧力を加えながら硫黄などを加えることで、ゴムを固めて本体とソールを接着する手法だ。

 言い換えれば、コバの部分がゴムで覆われソールとアッパーの結合が非常に強いことが、バスケットボールのようにいろんな動きに対応するには最も理想的なのだ。今やコンバースはスニーカーとしてすっかりクラシカルになってしまったが、スポーツシューズに必要な耐久性を担保する製法が普遍デザインを生んだのだから、因果の巡り合わせとはそんなものなのだろう。

 一方、Y-3についてはその後もジャージを購入して来たが、シューズは高価なために先の経験から二の足を踏んでいた。いくら好きなテイストとは言っても、大枚をはたく上で堅牢度は譲れない。事務所近くにはY-3の直営店があるのだが、靴が好きというセレクトショップの社長には、ご無沙汰している。久々にお店を訪問したい思いもある。

 自分は小売りの人間ではないから、ショップ経営者のキャラに惹かれると、不思議に店頭で購入したい気分になる。Y’sのジャケットの時もそうだったが、欲しい商品は前もって伝えると、ちゃんと仕入れてくれる。「TANGUTSU」シリーズなどバルカナイズド製法を採用したものも発売されているので、秋以降に2足目として試してもいいかと思い始めている。






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