HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

わざわざ行く難しさ。

2019-05-08 06:35:12 | Weblog
 先日、アパレルメーカーの「ジュン」グループが福岡市の中心部、天神から西へ1kmほどの国体道路沿いに「ビオトープ福岡」をオープンした。1階がカフェ&レストラン、2階がセレクトショップ、さらに右手にはボタニカルショップを併設し、観葉植物やガーデニング用品なども揃える複合業態だ。

 裏手に福岡城趾、前に護国神社と緑に囲まれる立地。少し手前はけやき並木にマンションが建ち並ぶ瀟酒な通り(通称:けやき通り)で、店舗の先を右に折れると市民の憩いの場「大濠公園」がある。東京で言えば、さながら皇居と広尾と井の頭公園を合体させたようなロケーションだろうか。

 ニューヨークから福岡に戻り、天神界隈を仕事の拠点にしたのが20数年前。福岡城趾、大濠公園一帯は仕事後のランニングコースにしていて、店舗前は公園への行き帰りに必ず通る。以前は「青山」というレストラン喫茶があり、食事や打ち合わせで何度か利用したこともある。だいぶ前から仮囲いがしてあったが、まさかジュンが出店するとは思ってもみなかった。

 この辺りは筆者の生活圏の一部であり、マーケット特性を熟知しているので、東京メディアとは違う視点で論評をしてみたい。まずはビオトープ福岡の一帯をやや広域にとらえて見てみよう。



 福岡市は天神と博多駅を中心に繁華街を形成する。90年代終わりから2000年代初頭にかけ、天神の西隣の「大名」に次々と若者向けのショップが出店。裏原のようなファッションストリートと化した。当然、人気エリアとなれば、不動産価値が高まるので、家賃は高騰。個人では店舗経営が厳しくなったため、国体道路を挟んだ南側の今泉や警固にもショップが増えたが、ブームの終焉とともに賑わいは沈静化した。

 一方、大名のさらに西側、国道202号線(一部は国体道路とけやき通り)が突き抜ける赤坂エリアは、もともと福岡城下の武家屋敷があったことから住宅地となり、昭和40年代後半から企業の社宅アパートや分譲マンションが建ち始めた。大名がストリートブームに沸いた時もけやき通り一帯は何ら影響を受けることなく、住宅地の佇まいを保ち続けた。

 もう少し歴史を後戻りしてみると、けやき通りはすでに昭和50年代に全国メディアが取り上げている。ファッション雑誌のMoreか、Withかがわざわざ取材とモデル撮影まで行い、「天神に勤めるOLが一度は住んでみたい街」と紹介した記事を読んだことがある。ちょうど筆者が福岡を離れていた時期で、「へえ、小学生の時に通っていたけど、ずいぶんお洒落になったんだ」と、思ったものだ。

 時代がバブルに突入すると、今度は不動産業者が注目した。通り沿いの北側では民家や空地が買収され、大型のマンションが建設された。さらにバブルが崩壊すると、不良債権を抱える銀行やゼネコンの社宅用地が売却され、マンションやビルに建て替わった。ただ、通りはわずか500m程度でスペースも限られるため、乱開発には至っていない。

 それでも、けやき並木の瀟酒な住宅地は東京のアパレルから見れば、ブランドの路面出店にかられるようだ。現に「アンダーカバー」が一時、警固側の雑居ビル2階に福岡店を出店していた。確か東京で裏原ブームに火が付き、本店を青山にリロケートした少し後だったか。九州でも顧客が増え始めていたから、出店にも自信があったのだろう。だが、天神からわずか数百メートル離れただけなのに思うような売上げが見込めず、大名の天神西通り近くに移転した。

 現在でも、けやき通り沿いでは何軒かのファッション系店舗が営業している。ずっと続いているのは天神寄りの店舗で、アパレルメーカーのアンテナショップ、イレギュラーサイズの専門店、デイリーカジュアル&生活雑貨店くらいだ。詳細なところはわからないが、マンション建設にあたってオーナーに地主還元された店舗もあるかもしれない。

 護国神社近くにあった神戸アパレルのミセスショップは、逆に30年以上の長きにわたって営業を続けていた。往年のDCブランドファンが好みそうな素材感やデザインで、天神や博多駅の店舗にはないテイストから顧客がついていた。しかし、それも高齢化により何年か前に閉店を余儀なくされた。けやき通り沿いでは退店はあっても出店は簡単にいかない。出店しても経営を維持するのは容易ではない。ビオトープ福岡は通りの外れとは言え、ファッション業態では久々の登場。まさに冒険だ。



 ジュンとしてはロケーションを生かし、飲食やグリーンを合体させることで、集客を図る狙いのようだ。開発にあたった関係者もメディアに「わざわざ訪れる立地だからこそ意味がある」「多くのお客さまがECに流れる中、リアル店舗は利便性とは別軸の価値を提供しなくてはならない。わざわざ来店していただき、極端にいえば2〜3時間くらい滞在して、買い物をしたり、お茶や食事でくつろいでほしい」と、語っている。

 けやき通り、福岡城趾、大濠公園というエリア特性を考えれば、確かに食事やお茶を楽しむニーズは強い。ビオトープ福岡の前にあったレストラン喫茶青山は、1967年の創業というから50年近く営業していたことになる。閉店理由はおそらくオーナーの加齢と思われるが、1階に6〜7台の駐車スペースがあり、ドライブインの機能をもったことも長く続いた要因と考えられる。隣には自家焙煎の珈琲豆を販売する喫茶店があり、通りを散策する人々には根強い人気だ。

 福岡市は福岡城趾、大濠公園一帯を観光地化しており、中国人の団体旅行客はバスで直接訪れている。一方、韓国の若者などの個人旅行者は、大濠公園には天神から徒歩で向かう。その一つが天神西通り、国体道路、けやき通りを歩くコースで、ビオトープ福岡はその途中にある。カフェは季節の果物を使ったパフェを目玉にし、静岡の紅茶会社と協業したオリジナルティはテイクアウトもできるという。外国人、日本人を問わず若い女性を集客できる要素ではあると思う。

 ただ、ウエアはどうかと言えば、やはり厳しいだろう。先日、ランニングの後にチラっと覗いてみたが、業態はセレクトショップで国内外のブランド(個性的なデザインもあった)や生活雑貨、化粧品などをチョイスして編集したに過ぎない。立地が「わざわざ訪れる」場所でありながら、品揃えは至って限定的で深堀りされておらず、「わざわざ買いに行く」理由にはならないのだ。

 また、「これから顧客を作っていく」と言っても、地域住民は古くから住んいる高齢者か、転勤などで2〜3年で新陳代謝するマンション族だ。天神にはあらゆるエージやマインドに対応するブランドがピンキリで揃う。逆に住民はそんな天神に歩いて行けるのだから、ターゲットにはならない。まさに広尾に住む住民なら、何でも揃う渋谷に行く。それと同じ感覚である。

 また、観光や散策の途中に訪れ、たまたま好きな商品が見つかったから、購入するというケースも極めて希だろう。サザビーリーグが新潮社の倉庫を改装して出店した「ラガク」も、神楽坂というわざわざ行くエリアだった。しかし、飲食は旅行客などに受けたが、ウエアや雑貨は苦戦が続き、MDの変更を余儀なくされた。それと同じような状況が想像される。

 「このブランドだから」「ここにしかないテイスト」「フルオーダーできるスーツ」でもない限り、購入の動機付けにはならず、リピーターにもなりにくい。 神戸アパレルの店舗が30年も続いたのが何よりの証左である。

 ジュンというブランドは60代以上では懐かしむ人は多いが、ファッションに関心がある40代以下ではそれほど認知されてはいない。A.P.C.を失ってからは魅力的なブランドはなく、単体ではロペやヴィス、セレクトでロペ・ピクニックやアダム・エ・ロペがグループ傘下で知られる程度だ。

 ジュングループとしてもアパレルオンリーでは限界があることから、飲食やフィットネス、コスメ、グリーンやガーデニングにも進出し、シナジー効果を目指している。しかし、そうしたピースを組み合わせたビオトープが必ずしも福岡で集客力を発揮できるとは言えない。天神や博多駅が九州全域から集客できているのは、お客にとって百貨店やファッションビルの方がいろんなブランドを見比べて安心して買い物できるからだ。

 つまり、ブランド専門店が集積しているので、そこで完結してしまうのである。福岡の市場を過信してはダメなのだ。あのビームスでさえ、ファッションストリートの大名に旗艦店を出店していたが、ネット通販が浸透する中で店売りは苦戦を続け、パルコ新館に店舗を移したほどだ。天神からわずか200mという距離でも客足は鈍る。福岡では「わざわざ訪れる」ほどの距離感は、集客にもろに影響するということである。

 グリーンにしてもウエアとは同等の扱いにはならない。店舗立地が住宅地だから足下商圏ではガーデニングやマンションに飾るプランター、観葉植物のニーズもありそうだ。それは間違ってはいない。けやき通りから大濠地区かけての高級住宅街は、花卉業者にとってはドル箱エリアで、宅配の車輌が頻繁に走っている。かつては「大濠花壇」というグリーン専門店もあったが、今はない。つまり、ニーズはあるのだが、お客が持って帰ることはあり得ず、固定家賃が高いので店売りだけでは難しいのだ。

 カフェやレストランは最初は物珍しさもあって集客できると思うが、天神に近い今泉や大名にはメニューや味で勝負するところがひしめき合っている。九州の地元野食材を使っているところはいくらもあり、時間が経てば集客の決め手にはならない。ただ、天神には紅茶専門のカフェがないから、紅茶好きの筆者にとってオリジナルティには惹かれる。テイクアウトできるのは、通りを歩く人々にとって大きなメリットだ。

 もっとも、筆者はランニング中はホルダーに入れたペットボトルを携帯している。スマホも入れるアームバンドも走るとズレてくるので、最近はすっかり使わなくなった。現金も小銭はもちろん、札さえ持たないので買い物どころか、飲食もできない。それもすぐに事務所に戻れるから、一向に困らないのである。

 結局、西方面に用事があった時に訪れるしかない。 生活圏にあり週一で必ず店舗前を通りながら、立ち寄る動機が生まれない。わざわざ行く根本的な理由を作ってもらはないと、訪れないまま時間だけが過ぎてしまいそうである。
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