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「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

『神様になった日』に失望した日

2020-12-27 13:07:08 | 趣味人的レビュー

2020年秋アニメ『神様になった日』が12/26に最終回を迎えたが、その原作、脚本、音楽を担当していた麻枝准(まえだ じゅん)が自身のTwitterのアカウントを削除し、消息不明になっているという。

Wikipediaなどによれば、麻枝准はKey設立メンバの1人で、企画者、シナリオライター、作詞家、作曲家(Key名義)として活動。泣きゲーのパイオニアとして多くのファン(というか信者)を持つ。2016年に突発性拡張型心筋症であることを公表。その後、第一種身体障害者心臓機能障害一級(心臓の機能の障害により自己の身辺の日常生活活動が極度に制限されるもの)となった。近年はP.A.WORKSと組んで、2010年に『Angel Beats!』、2015年に『Charlotte(シャーロット)』を制作。その第3弾となる今回の『神様になった日』は、2020年10月から全12本の連続アニメとして放送された。

その『神様』は麻枝本人にとっては自信作だったということだが、放送開始早々から「つまらない」という酷評がネットなどで相次いだようだ(上に述べたTwitterアカウント削除や行方不明もそのことが関係していると言われている)。実際、『神様』は今期私が見た14本(12月に始まった『進撃の巨人』を含めると15本)の中で、最もつまらない、期待外れの作品だった。『100万の命の上に俺は立っている』と『禍(まが)つヴァールハイト』は1話、『神様』は2話で切ろうと思ったけど、結局最後まで(といっても『禍つ』はまだ終わっていないが)見て、『100俺』と『禍つ』は1話切りしなくてよかったと思ったのに対して、『神様』は2話切りでもよかったと思っている。

『神様』は、受験を控えた高校3年生の成神陽太のもとに「我は全知の神である」と言い放つ少女(幼女?)、佐藤ひなが現れ、「あと30日で世界は終わる」と告げるところから物語が始まる。「預言者気取りの、ただのイタい女の子か」と、最初はひなのことを相手にしない陽太だったが、ひなの言うとおりにすると、なぜか物事が上手く運ぶようになる。一体「全知の神」を名乗る彼女は何者か? そして「30日後に世界が終わる」とは?

──と聞くと何だか面白そうに思えるが、実のところ全12話のうち2~8話はハッキリ言って要らない。描かれるのは物語の本筋とは関係ない、笑えない寒いギャグと意味のないドタバタ劇ばかりだから。ここの部分の内容は公式がアップしているPV2の4分で事足りるほど超薄味なのだ(なお、このPV2の中には一部1話と9,10話の内容も含まれる)。

もちろん、日常回をしっかりと描き込むことで物語のキモが明らかになった時、より視聴者に衝撃を感じてほしい、という麻枝准の意図も分かる。多少“お遊び回”が続いても、自分の信者はついてきてくれる、という思いもあったのかもしれない。しかし、これでは物語全体のバランスが悪すぎるし、「つまらない」と叩いている人の中には麻枝信者(あるいはKey信者)が相当含まれていると言われている。

そもそも、ひなを巡る真相も(麻枝准自身が考えていたほど?)衝撃的ではないし、麻枝作品の代名詞とも言える「泣ける」展開も、特に最終話などはまるで嘘くさいほど予定調和的で、泣けるどころか「これはまさかの陽太の夢オチか?」と本気で思ってしまったほど。少なくとも、あのラストには全くリアリティが感じられない。所詮は作り話といっても、物語では大きな嘘はついていいが、小さな嘘はついてはならない。それが『神様』では、大きな嘘は中途半端な上、小さな嘘がポロポロ出てくるのだから、これでは叩かれても仕方ない。

同じことは『Angel Beats!』(以下『AB』)にも言えた。私はゲームはやらないので、麻枝准という名前を知ったのは『Charlotte』が初めてだった。『Charlotte』もかなり叩かれた作品だったようだが、私は好きだったので2020年夏期にTOKYO MXで『AB』が再放送されると知って楽しみにしていたのだが、『AB』で私は“麻枝マジック”から完全に覚めてしまった。ネットでは「泣ける」と評判の作品だったが、全13話の大半は意味のないシーンばかりで正直、最終話まで見るのが苦痛だった。最後の主要メンバが卒業式で「仰げば尊し」を歌うシーンも、「ああ、ここで泣かせにきてるな」ということが丸分かりで、むしろシラけてしまったものだ。

思うに、麻枝准の作品はTVの連続アニメ向きではない。それより余計な尺の取れない、例えば2時間の単発劇場アニメのような形でやった方が、同じネタでもムダの削ぎ落とされた、スピード感のある引き締まったいい作品になるはず。それと「泣ける」ことを売りにしないことだ。いい作品なら見ている人は勝手に泣くのだから、作家が「さあ、ここで泣きましょう」みたいなことをする必要はない。尺は短く、泣かせにこない──麻枝准が再生するとしたら、鍵はそんなところにあるのではないだろうか。


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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2021-01-10 22:31:21
もともと麻枝准の作品が合わなかっただけでは?
良くそれで知った気になって批評できるものだなw
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