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【ML251 (Marketing Lab 251)】文化マーケティング・トレンド分析

トレンド分析ML251の文化マーケティング関連Blogです。ML251の主業務はトレンド分析をコアにしたデスクリサーチ。

キャンディーズ「春一番」がカラオケから抹殺されていた件についての見解

2012年11月15日 | 徒然
キャンディーズ「春一番」がカラオケから抹殺されていた

穂口雄右氏の行動、僕は支持します。

-----以下、記事よりの一部抜粋----

穂口氏が語る。

「『春一番』『夏が来た!』の2曲は私が作詞作曲しているため、一人の判断でファンの皆さんに安心して低価格で楽しんでいただけるよう、自己管理としました」

ところが、こうした穂口氏の対応に周囲の反応はさまざまだった。NHKはすぐに年間契約に合意したものの、ソニーグループが「春一番」の音楽配信を止めるなどの措置を講じた。

つまり、カラオケなどでキャンディーズの一部の楽曲が、歌えなくなってしまっているのだ。

だが、穂口氏が、このタイミングで音楽業界に一石を投じたのには理由があると言う。

「テレビ局が特定の曲を優先的に放送してヒット曲を作り出したり、CDに『握手券』をつけることで、作品の完成度とは無関係に売り上げを伸ばそうとする業界の体質に疑問を感じました。そうしたことが可能なのも、広告代理店系列の音楽出版社がJASRACが管理する多くの楽曲の著作権を取得しているからです。音楽著作権を1社で20万曲も集め、これを武器にアーティストや楽曲の囲い込みをやっている。こうした行為は音楽産業を衰退させるだけです」

(中略)

そして、穂口氏は著作権および著作隣接権の濫用こそが、著作権の法の精神に反していると主張するのだ。

「この条文の中でも『これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ』が重要で、著作権を盾にして国民の楽しみを奪う行為は、著作権法の立法の精神に反する行為と言っても過言ではないでしょう。著作権者や著作隣接権者は、国民が著作物を楽しむための多様な手段に対して、著作物の利用を公正に許諾し提供する義務があります。著作隣接権の既得権を過剰に行使して、文化や技術の発展を妨害する行為は慎まなければなりません。著作権は文化や技術の発展に寄与することを目的とした権利であることは間違いありません。したがって、レコード協会の行動は著作権法の立法の精神を踏みにじる暴挙と断言できます」

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拙著 『コンテンツを求める私たちの「欲望」』 閲覧数10,000超え

2012年10月20日 | 徒然
ということでご閲覧いただきし皆様、
色々なところで宣伝していただきし皆様に感謝いたします。
このお知らせは数日前に、Facebook、mixiで書いております。
「いいね!」を押して頂いた友人の皆さまには重ねて感謝いたします。
本日(10/20)現在、10,100超えてます。

あくまでも閲覧数なので1ページだけの立ち読みの方も含めてですが、
リリースから8ヶ月、ひとつの区切りです。

その後、新たな仮説構築にも励んでおります。

今後とも宜しくお願い申し上げます。

取り急ぎ御礼まで
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「太陽と土と水を」 坂本九

2012年10月06日 | 徒然
小学生2~4年の頃、山梨に住んでいた。
毎年夏休みになると、兄と二人で母方の実家に泊まっていた。
で母方の実家は、埼玉県蓮田市(現)の北、菖蒲と白岡の境だったから、
田園地帯だ(今でもほとんど変わっていない)。

夜は祖父母と兄の4人で寝ていたのだが、
毎晩、AMラジオを聴きながら寝ていた。
いつだったかのかは憶えていないが、
ラジオから流れてきて今でも覚えている曲がある。
坂本九が歌っていた。

昨日、ミュージックソムリエ・ベーシック養成講座の講師でもある佐藤剛さんから、
「世田谷区制80周年記念コンサート〜太陽と土と水を この手に〜」
のご案内メールを頂いた。
10月7日、つまり明日の日曜日、
私は母方の伯父の納骨のため私は行けないが、
「太陽と土と水を この手に」というフレーズを見て、
約40年前に聴いて、記憶の片隅に残っていたあの歌だとすぐにわかった。
上記コンサートの案内文にこの曲のコンテキストが記されている。
坂本九が歌っていたという事実以外、知らなかったことだった。

「太陽と土と水を」作詞・作曲:中村八大、歌:坂本九


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「便所の落書き」から「ソーシャルメディア」へ

2012年10月02日 | 徒然
最近、公立の図書館へ行くことがたまにある。
なかでもここ数年の間に整備された図書館(区役所の併設とか)の設備は、
あまりにも立派なので驚いた。

公共施設にとどまらず私がよく気にするのは、
トイレが清潔かどうか? ということだ。
最新設備の図書館のトイレは、勿論、清潔で気持ちがいい。

ふと思いついたのだが、
1970年代の図書館のトイレは、落書きだらけだった。
私が頻繁に図書館を利用していたのは70年代の後半だった。
10代の頃だ。
割と楽しませてもらった記憶がある。

よく眼にした落書きの内容をカテゴライズすると、
はほぼ4種類だったように思う。

(1) 政治ネタ
(2) 下ネタ
(3) 恋愛ネタ・・・(2)とかぶることもあった
(4) 人生・哲学ネタ

落書きで本音を吐露するといっても、
やはり図書館を利用しているのは「インテリ層」だ。
時代を反映した政治ネタでは、

「ダッカ闘争勝利!」

とか、日本赤軍の心情シンパ(か、はたまた活動家?)が書いたと思われるものも。
下ネタでは、「東海道新幹線は男でしょうか? 女でしょうか?」とか。
(答えはここでは書かない)
ある落書きに対し、別の人が反論や共感の言葉を返すこともまれにあった。
「インタラクション」「コミュニケーション」もあったわけだ。
ほんの僅かだったが。

当時の世の中でまともな「意見」を世の中に表明しようとすれば、
新聞の投書欄ぐらいしかなかった。
しかも、掲載される確率は低かっただろう。

それから約20年、1999年にスタートした「2ちゃんねる」。
私は当時も今も「2ちゃんねる」は大嫌いだ。
そもそも匿名というのが気に入らない。
匿名掲示板を「便所の落書き」に喩えた人達もいたが、
まだ「便所の落書き」のほうが「作品性」「メッセージ性」はあったように思う。
実名どころか匿名の「署名」もなかったのにも関わらず。
膨大なネット空間と違って、
便所の壁というごく限られた空間にしか書き込めない制約性?
が影響していたのかもしれない。
書き込むには、ある程度の覚悟が必要だったのだろう。

2000年代中盤には、mixi、GREEなどソーシャルメディア。
ハンドルネーム使いなので匿名半分、実名半分といったところか。
今現在は、Facebook が主役となりつつある。

「便所の落書き」(私が知っているのは70年代後半)から、
「匿名掲示板」、そして「ソーシャルメディア」。
情報の発信者も、発信される情報量も数百万、いや数千万倍に増えたということか。

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グループ魂

2012年09月30日 | 徒然
なんかこのバンドが好きになってきました。
「米米クラブ」のダークサイド、
または、「米米クラブ」の「筋肉少女帯」版といったところか。
阿部サダヲは、「平清盛」の信西役でいい演技してましたね。

「お母さん いい加減あなたの顔は忘れてしまいました」(ザ・スターリンのカバー)


ザ・スターリンが本当に好きなんだなと。
「ロマンチスト」や「先天性労働者」のイントロが挿入されていたり。
グループ魂の「トイレの神様」。。。

「俺たちに品はない」


やはりロックは「現実が嫌い」。
「アルトバイエルン」がででくるところがいい。
最後は「アルシンドになっちゃった・・・」。

「モテる努力をしないでモテたい説」


曲名の最後に「説」がつくところがミソ。

「本田博太郎」


最初に知ったのは、何年か前、試聴機でこの曲を聴いて。
昔、「2時間サスペンス」と出演している渋い脇役が好きだった琴線にドンピシャ。
「2時間サスペンス」を観ていなければ、この曲の味どころか意味がわからないだろう。
それだけニッチな曲。
同じ頃、新宿のHMVでグループ魂のCDを買った女子とエレベーターで一緒になった。
ニタニタしながら袋を開けていたその彼女、
「いかにも」という感じだった(言葉では表現できません・・・)。

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秋葉原事件は止められたか?

2012年09月26日 | 徒然
息抜きにFacebookを見ていたら、
日刊サイゾーのこの記事を眼にしてしまった。

ううん、、、事件発生から早4年が経過。
思い出すだけでも嫌な事件であり、
被告の犯した重すぎる罪は、
手記を書こうが書くまいが軽減されることがないのは前提で。

拙著『コンテンツを求める私たちの「欲望」』にも、
「生きづらさ」についての記述に枚数を重ねた。
よって、たまたま眼にしてしまったこの記事をスルーはできない。
(見るんじゃなかった・・・、が息抜きに記事を書くのもいいか? と。。。)

中島岳志氏が挙げた3つのポイントが気になった。(黒字は引用部分)

(1) 私は「透明な関係」なんて不可能だと思うし、実現しようとすればファシズムのような危うい全体主義になっていくと思います。だから、私たちはどこかで孤独を背負って生きるしかない。

(2) しかし、自分の本音をすべて封印して生きることは、あまりにもストレスが多く、どこかでイライラが爆発してしまうと思います。そこで、仕事や家族、地域の枠にとらわれない「ナナメの関係」が重要になると思います。

「ナナメの関係」は重要なポイントだ。
「利害関係の伴わない他者とのつながり」(中島氏)ということ。

(3) 人との接点が、この社会ではとても見つけにくいんです。新自由主義と呼ばれる価値観は、さまざまな関係性を市場的にしていきます。これまでは「お世話になっているから、商店街の○○さんのところに頼もう」というつながりがあった。けれども、今ではネットで一番安い店を探して買うことが当たり前になっている。これまであったはずの、市場価値を超えた「贈与」的な関係が希薄になっている。それが、他人を必要とする場や必要とされる場を奪い、私たちの社会を生きづらいものにしている。
(太字部分は引用者)


確かに新自由主義的価値観は根づきつつあるようだ。
“コスプレイ橋下”の維新の会とやらも支持を集めているようだ。
が、救いはないこともない。
価値観が「一元化」することなど滅多にない。
ファシズム期でさえなければ。

中島氏のいう「善意を発揮する回路を提示」すること。
これは重要なアーキテクチャーだろう。

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「国家」も「外交」も、人間関係と同じ

2012年08月27日 | 徒然
という考え方は当たり前だとずっと思っていたが、
案外そうじゃないのね・・・、
つまり、そう考えない人のほうが多いんじゃないか?
と気づいたのはこの2~3年のこと・・・。

それはそれとして、
マスコミが煽り立てる「竹島(独島)のパフォーマンス」で、
頭をヒートアップさせることの全くない私だが、
この宮島理氏の記事は説得力があると思った。

<友好強要した日本は韓国に謝罪を――「お隣の国韓国」の起源>

「今回、多くの日本人が痛感したのは、韓国は日本のことが死ぬほど大嫌いという事実である。」

「日本人は外交を「ご近所づきあい」と同じ目線で考えがちだ。そのため、「お隣の国・韓国」に対しては、「ご近所づきあい」と同じように、ひたすら波風が立たないよう努めてきた。しかし、日韓友好が幻想だと思い知らされた今回、日本は「ご近所づきあい」モードを捨てて、冷静に外交を考えるようになっている。」

「日本の八方美人的な傾向から距離を置いてみれば、国も人も、他者から嫌われるのがある意味自然な姿だと言える。また、外交において好き嫌いは本質ではない。相手に嫌われていても、利害が一致すれば手を組むことはできる。」

「そもそも、本当に韓国のことを思うなら、韓国の気持ちになって考えてみるべきだ。死ぬほど大嫌いな相手(日本)に対して、別に仲良くなる気などなく、不満をひたすらぶつけているだけなのに、なぜか相手からは一方的に仲良くしようと擦り寄ってこられる。」

「親書を送り返すという外交上の非礼をするのも、「これ以上仲良くするのはやめてくれ」という韓国からの血の叫びである。日本は「嫌われたくない」というエゴを捨て、韓国が日本を死ぬほど嫌う自由を認めなければならない。」


戦後67年経過しても、
いまだに「戦争責任」を日本に求めるのはなぜか?
私の持論はこうだ。

・中国も韓国は“戦勝国”だが、自力で日本に勝ったわけではない
 ⇒ 根深いコンプレックス

もちろん、「戦争の総括」がいまだにできていない、
という国内の思想的な事情もあるだろう。
(そもそも日本人には無理かも・・・)
宮島氏の指摘する「八方美人」的な日本の姿勢。
私はそれをデメリットとは考えない。
が、戦前の「大東亜共栄圏」の思想が、
インドシナ諸国の植民地独立という成果、
朝鮮半島や大陸のインフラ整備、
といったメリットをもたらしつつも、
「余計なおせっかい」であったことは否めない。

それに加え、宮島氏の言うように「相手(韓国)の立場」になって考えてみよう。
戦後日本が高度経済成長を達成できた一番の外的要因は、
朝鮮戦争であるのは間違いない。
超大国の「代理戦争」によって、
自国が2つに割れて戦禍に見舞われる悲劇。
その悲劇のおかげで日本の経済と国民の生活水準は上がったわけだ。
たしかに、第二次世界大戦終了までの間、
日本によって朝鮮半島のインフラは整備されてきた。
だからと言って、「日本に感謝しなさい」と言う論は通るまい。
ドイツの交通インフラを整えた「功績」があっても、
ヒトラーがドイツで「名誉回復」されないのと同じだ。

「日本」も「中国」も「韓国」も個人と同じだ。

中国:大東亜共栄圏とかいっても、歴史と伝統のある私に、あんた何をが偉そうに。。。

日本:なにタカビーなことぬかしやがる! お前は欧米列強にいじめられてひん死じゃねぇか! 過去のプライドなんてチャンチャラおかしいぜ。

いくら苦しくても、日本なんぞに「助けて」もらうなら死んだほうがまし、というのが中国のプライド。
が、そうそう簡単には死なないが。
そして、日本兵の虐殺も行われた。
、そう、現代の「竹島」「尖閣列島」の茶番よりも野蛮な「パフォーマンス」が繰り広げられたわけだ。

日本:おれはお前を愛しているのに、その態度はなんだ! 俺の気持ちがわからんのか!

こうまでいかなくても、
自分は相手を全然嫌いじゃないのに、
やたらと自分を嫌う人がいる。
私の過去・現在でも沢山いた(いる?)。
逆のパターンもあった(ある)だろう。
なぜかわからないが、
相手のことが癪にさわって仕方がない。
が、相手は自分のことを何とも思っていないとか。

人の好み、態度って実にバラエティーに富んでいるのだ。

「自分」という立場に立てば、
まるで「理不尽」としか思えない、
「身に覚えがないが、自分を嫌う」他人には、
それなりの距離をとってやりすごすしかない。
無理に関係を「改善」なんかするエネルギーは無駄だ。
「無駄だ」と言い切るのは私の経験則なんで、
間違っているかどうかわからない。
が、かえって関係をこじらせて方向に行くことのほうが多かったと思う。

「日韓友好は韓国を苦しめるだけである。」

韓国の立場に立つならば、
日本は「気味の悪いストーカー」なのかもしれない。

「自分は相手に礼節を尽くしている。だから相手も自分に礼節を尽くすべきだ」

というのは、日本人的には「常識」かもしれないが、
もともと、自分を嫌いな人間にとっては苦痛で迷惑なだけ。

私も学生の頃とか、こう考えていたのが気恥ずかしくて仕方ない。。。

「自分の心が強ければ、いつか相手に通じる」

そんなことはありえないのだ。
いや、相手によっては大迷惑になる。
たまたま、奇跡的なタイミングで相思相愛のとき以外は。

まして、、、
「愛」だの「恋」といった感情が入ると、
途端に眼が曇るからね。

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「飛躍」することのない「論理」? そんなの「つまらん!」し「何も生まん!」のだ

2012年08月18日 | 徒然
なぜか夏真っ盛りの今、自分は“内田樹萌え”である。
別に暑い夏と内田樹の間に相関関係も因果関係はない。
ひょっとしたらあるかもしれないけど、
面倒臭いのでここでは追求しない。

今日は昨年に読んだ文庫『ひとりでは生きられないのも芸のうち』から。

(冒頭のエッセイ「いかにして男は籠落されるのか」では、女性が意中の男性の心を射止める超簡単な方法がロジカルに記されているので、特に女性の皆さんにお薦め。男つーのはいとも単純な生きものなのだ・・・)

同書の「非婚・少子化時代に」という章に、
「めちゃモテ・ニッポン」というエッセイがある。

そこで内田は、女性誌『CanCam』が競合の『JJ』『ViVi』を差し置いて“一人勝ち”状態である(あった)ことの理由について考えている。
当時、内田が教鞭をとっていた神戸女学院大学の学生から、『CanCam』一人勝ちの理由を滔々と述べられた内田は、こういう仮説を構築した。

同誌の「めちゃモテ」というコンセプト
 ⇒ 「万人から愛されること」
   ⇒ 「ワタシ的」路線のゆきすぎへの補正の兆候
 ⇒ 自己決定貫徹が生存戦略上、必ずしも有利でないこと

そして、
自己利益確保のためには、
「みんなにちょっとずつ愛される」戦略の実効性が高く、
人類学的には真である。

こう結論づけたのである。
『CanCam』ファッションで上から下まで決めた学生達を、
「主体性のないファッション」と決めつけるのは短見であり、
かなり高度な記号操作のように思われると。

以下、長くなるが(いつも)引用してみる。
(黒字部分引用。赤文字は引用者)

つまり、『CanCam』性は「モノ」自体に内在するのではなく、そのファッションをどういうシグナルとして利用しているかというレベルに出来(しゅったい)するのである。

(中略)

そして、話はさらに飛躍するのであるが、私はこの「めちゃモテ」戦略は実は深いところで日本人の本態的メンタリティに親和するものではないかと思っているのである。
例えば「九条」である。
あれは、よく考えたら、国際関係における「めちゃモテぷっくり唇」なのである。
「私はみなさんにぜえ~ったい危害を加えることはありません。うふ」
というあれは意思表示になっているのではないか。

私は以前、どうして日本ではイスラム原理主義のテロが起こらないのかについて考察したときに、日本でテロをしたら「テロリスト仲間から村八分にされる」からではないかという推理を行ったことがある。
だって、日本でテロをするなんて、「赤子の手をひねる」ようなものだからだ。私がテロリストだったら、そんなやつが仲間うちで手柄顔をすることを決して認めないであろう。

日本がそのナショナル・セキュリティを維持できているのは、日本が「とってもラブリーな」国だからである。
例えばの話、テロリストだって、たまには息抜きしたい。
そのときに家族旅行するとして、どこに行くだろうか。
水と安全がただで、道ばたに置き忘れた荷物が交番に届けられていて、ご飯が美味しくて、温泉が出て、接客サービスが世界一で、どこでも「プライスレス」の笑顔がふるまわれるところがあるとしたら、「そういう場所」は戦士たちの心身の休息のためにもできれば温存しておいたほうがいい、と考えるのではないか。

それはテロリストたちが(自分たちの闘争資金を預けてある)スイスの銀行を襲わないのと同じ理由である。
日本人は「ラブリー」であることによってリスクをヘッジしている。
おそらくこれは一五〇〇年来「中華の属国」として生きてきた日本人のDNAに含まれる種族的なマインドなのである。
アメリカにもラブリー、中国にもラブリー、韓国にもラブリー、台湾にもラブリー、ロシアにもラブリー。
みんなにちょっとずつ愛されるそんな「CanCamな日本」であることが二十一世紀の国際社会を最小コスト、最低のリスクで生き抜く戦略だということを無意識のうちに日本人たちは気づき始めているのではないであろうか。

(同書34~36ページより)


ま、今、マスコミが騒いでいる、
尖閣列島や竹島のことで、
勇ましいことを言ってる諸君は、
怒るだろうけど(笑)。
私も日本が大好きだし誇りに思っている。
が、現実的なパワー・ポリティクス、
長い歴史を考察していけば、
感情的な短気ってバカバカしいと思うよ。
自分達の美点を活かした上で、
長期的視点で日本の未来を考えれば、
私は、内田の「日本=辺境」的視座を支持する。
何よりも戦争だけは嫌だからね。
これは本題から外れる話なんで、
もとに戻ろう。

内田の論は、
女性ファッション誌の話から、
当時の女子大生のマインドに至り、
国家の集合的無意識にまで話が飛躍する。

こういう「飛躍」ってのは、
私にとってはフツーである。
「アナロジー思考」もそう。
ずっと、そういう発想で生きてきた。

マーケティングの話でも、
日常のちょいとしたことから、
国家・人類レベルの話と通じることが少なくない。
いや、そっちのほうが基本だ。

で、私、この数年の間のことなんだけど、
やはり、こういう発想をする人ばかりじゃないんだな、
いや、こういう発想をしない(できない)人のほうが多いんじゃないか?
ということに気づいたのである。
それも「マーケティング」を生業とする人達の間でも・・・。
そして、ビジネスの世界では、
「ロジカル・シンキング」の連呼。。。
私の超独断と超偏見で言わせてもらうなら、
どんどん「バカ」になっていくわけだ。
特に経験の少ない若い人たちは。

私の標榜する「Cultural Marketing」の「カルチャー」とは、
音楽や映画やコミックや文学のような「コンテンツ」といった狭義の「文化」だけのことではないんだよな。
どんな消費財であれ生産財であれ、
習慣・慣習であれ、全てが文化、
つまり、「唯文化論」だね、私は。
(音楽やキャラクターといった各コンテンツ分野での、日本を代表するマーケター達は、私の友人にいるので、いつでもご紹介する)
私の知識とか知見とか、方法論、スキルだけの話でもなくって、
「発想」「視点」「視座」ということ。
さらに、武道の人でもある内田樹流に言えば、
「型」「フォーム」なんですわ(笑)。

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自分は何のためにブログを書いているのか?

2012年08月17日 | 徒然
「このブログを書いている第一の目的は、読者さんのためではなく自分自身のため」
と、私は何度か書いてきた。

「ものを書く」ということは、
たとえ誰か「想定する読者」がいたとしても、
モノローグであろう。
これも前に書いたかもしれないが、
自分が何かに“憑かれた”ように、
“書かされている”ような感覚で、
キーボードを打っているように感じることもある。

今回も内田樹の著作から引用させて頂く。
私が言いたいこと100%書いておられるからだ。
(以下、黒字部分が引用。赤字部分は引用者)

あと、一言、言っとくけど、
オフィシャルなものであれ個人的なものであれ、
「書く」という行為は強制されてやるもんじゃないからね。
小中学生以外は。

*最近は、識者の方々の著作のメモが多いけど、
 それは「備忘録」ね。クラウドを利用した。

僕が毎日沢山のものを書くのは、基本的には理解したいからなんです。なにか自分に言いたいことがあって、それを皆さんにお伝えするためではないんです。たとえばあるニュース記事に違和感をおぼえるとします。とりあえず、パソコンに向かって、それについてだらだらと書いていくうちに、自分が違和感をおぼえたみちすじというのがわかってくる。最初から何か「意見」があって書きはじめるわけではないんです。じつは書き出す前は何もわかっていなくて、最後まで書いてみてやっとわかる、そういうものってあるじゃないですか。
それがぼくにとってはひとつの「おはなし」なんです。
その「おはなし」を書かなければ、僕はそのことについて理解できなかった。「おはなし」を通じて自分が何かを知ったということです。書くというのは、自分の内面にあるメッセージを伝える、というのではなく、自分が何を考えているのか、ということを確認する作業なんです。自分が間違っている時は、文章に書くと変なんです。だから書くということは自己発見・自己修正のための大事な手続きだと思います。
(同書251ページより)


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戦後67年に思うこと (内田樹 『疲れすぎて眠れぬ夜のために』より)

2012年08月15日 | 徒然
今日は67年目の終戦記念日。
父から何度も聞かされたのは、
1945年3月10日の東京大空襲の後、
勤労動員に向かう途中、
浅草(現在の松屋付近)で、
多くの黒焦げの死体を踏まないように歩き(「悪いから」と)、
黒焦げの死体が転がる中でも、
平気で弁当を食べていたという話だ。

戦場に行かれた方は特にそうだが、
国内にいても、生きているのが奇跡に近い人は沢山いるだろう。
私の父も、ちょっとしたタイミングの「ズレ」で命拾いしたという。

米軍機による昼間の爆撃の後、
友人の飛び散った肉片や腕を見ながら、
そんなことを実感したという。

今日、会った母方の伯父は、
中国戦線で数十回の戦闘を体験。
弾丸が身をかすめる中、
「もう死ぬ」と思った刹那、頭に浮かんだのは、
「母親に会ってから死にたかった・・・」。
なぜか父親のことは思い浮かばなかったという。
若き日の大陸での過酷な軍隊生活のため(?)、
90歳を超えた今でも元気だ。

靖国神社で英霊の御霊に祈りをささげるのも立派な行為だろう。
が、それよりもまず、身近な自分の両親をはじめ、
戦争を生き延びてきた、今は亡き祖父母たちへの感謝が大切と私は考える。

身近な家族・親族、さらにはご先祖さまへの感謝の念を持たずして、
ご立派な「理念」とやらを振りかざし、「国を想う」のはどうかな? と。
まして、「親が泣くような」政治活動なんてね。。。

今日は「戦後民主主義」について、
私より上の年代(団塊世代)の知識人である、
内田樹の見解を紹介させていただく。

10代後半の頃、何もわからんのに、
「戦中派」とともに「戦後民主主義」にも楯突いてた自分だったが、
その意味・意義をはっきりさせておいたほうがいい。
そして、少なくとも私が言うより、
内田の論をそのまま引用させていただいたほうが、
伝わりやすいし、説得力があるからね(笑)。

「疲れすぎて眠れぬ夜のために」

とてーも長いけど引用させて頂く。

戦後の日本の復興を担ったのは、明治生まれの人たちです。
だってそうでしょう。ぼくの父は明治四十五年生まれですが、その父は敗戦の年にようやく三十三歳です。まだ白面の青年です。ということは、敗戦直後において政治経済や文化的な活動を実質的に牽引していたのは、明治二十年代、三十年代生まれの人々だったということです。
明治二十年生まれということは、漱石の『三四郎』の年頃の人たちです。三四郎は敗戦の年にまだ五十代なのです。今のぼくの年ですよ。
夏目漱石が四十九歳で亡くなったので、ぼくたちはその小説の主人公たちもまた大正年間に死に絶えたと思い込んでいますけど、漱石だって生きていれば敗戦の年にまだ七十八歳なのです。今の瀬戸内寂聴や佐藤愛子より若いんです。

みんなが忘れているのは、戦後の奇跡的復興の事業をまず担ったのは、漱石が日本の未来を託したあの「坊っちゃん」や「三四郎」の世代だということです。この人たちは日清戦争と日露戦争と二つの世界大戦を生き延び、大恐慌と辛亥革命とロシア革命を経験し、ほとんど江戸時代と地続きの幼年時代からスタートして高度成長の時代まで生きたのです。

そういう波瀾万丈の世代ですから彼らは根っからのリアリストです。あまりに多くの幻滅ゆえに、簡単には幻想を信じることのないその世代があえて確信犯的に有り金を賭けて日本に根づかせようとした「幻想」、それが、「戦後民主主義」だとぼくは思っています。

ぼくは一九五〇年代は子どもでしたから、その世代の人たちのエートスをまだかすかに覚えています。小学校の先生や、父親たちの世代、つまりあのころの三、四十代の人はほとんどみんな従軍体験があって、戦場や空襲で家族や仲間を失ったり、自分自身も略奪や殺人の経験を抱えていた人たちなのです。だから、「戦後民主主義」はある意味では、そういう「戦後民主主義的なもの」の対極にあるようなリアルな体験をした人たちが、その悪夢を振り払うために紡ぎ出したもう一つの「夢」なのだと思います。

「夢」というと、なんだか何の現実的根拠もない妄想のように思われるかもSれませんが、「戦後民主主義」はそういうものではないと思います。

それは、さまざまな政治的幻想の脆さと陰惨さを経験した人たちが、その「トラウマ」から癒えようとして必死に作り出したものです。だから、そこには現実の経験の裏打ちがあります。貧困や、苦痛や、人間の尊厳の崩壊や、生き死にの極限を生き抜き、さまざまな価値観や体制の崩壊という経験をしてきた人たちなのですから、人間について基本的なことがおそらく、私たちよりはずっとよく分かっているのです。

人間がどれくらいプレッシャーに弱いか、どれくらい付和雷同するか、どれくらい思考停止するか、どれくらい未来予測を誤るか、そういうことを経験的に熟知しているのです。
戦後日本の基本ルールを制定したのは、その世代の人たちです。

(中略)「戦後民主主義」が虚構だということをよく知っていたのは、たぶん「戦後民主主義」を基礎づけた当の世代です。それが虚構でしかないことを彼らは熟知していました。ほとんど歴史的な支えを持たないような弱々しい制度であるからこそ、父たちの世代は本気になって、それを守ろうとしたのです。

ぼくたちは父たちの世代が作り上げた虚構の中に産み落とされました。そして、それを「自然」なもの、昔からずっとあるもの、だから、どれほど裏切っても、傷つけても、損なわれないものだと思って育ってきました。
だから、「目線が近い」のです。

(中略)ぼくたちの民主主義は、ある世代が共同的に作り出した脆弱な制度にすぎません。ちょうど映画のオープンセットの建物のように、表だけあって、裏には何もないのです。それを守るためには、それが「弱い制度」だということを十分に腹におさめておかねばなりません。

(中略)民主主義は「民主主義を信じるふりをする」人たちのクールなリアリズムによって支えられているものです。
「民主主義ではない制度」はいくらもありえます。成員が民主主義社会を「信じるふりをする」という自分の責務を忘れたら、ぼくたちの社会は別の制度に簡単にシフトするでしょう。民主主義というのは、そのことを知っている人たちの恐怖心に支えられた制度です。


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「I am a rock, I am an island」?

2012年07月28日 | 徒然
今日は週末だし、Cultural Marketing Lab INOUE(CMLI)、つまり拙宅の(笑)写真を一部アップしてみる。
(と言っても、こなすべき業務は週末に関係なく溜まってるんだが・・・)
(それでも明日の日曜日は、父の誕生会。実家で日本一、自分の口に合うと思ってる鰻の蒲焼を食する)

どうも蔵書が増えて。
どうみても今後、開くことのないだろう書籍は売ってしまったが。
昨年、初めて書籍を書いたが、やはり10年、20年、30年前に買った書籍が重要な参考文献になったりするし、ブームだった「断捨離」とやらを実行する気にはならないね。
学生時代、友人から聞いた話によると、引っ越すたびに蔵書を全て捨てる人がいたという。
そういう態度・行動にも哲学はあるし、ある意味、自分も憧れたこともあるが、要は人は人、自分は自分、自分のスタイルに忠実のほうがいい、というのが齢を重ねた私の考え。
実際、10代、20代の頃に読んだ文庫本のほとんどを実家の建て替え(90年代後半)のときにほとんど処分してしまったことを後悔している。とうの昔に絶版になった良書があったからだ。
(自分でもリリースしといてこんな言い方も何だが・・・)電子書籍とやらがそんな私のデマンドに応えられるなんて、今の時点では想像できない。

「第四の消費社会」(三浦展)では「シェア」(注)がキーワードだが、文学部時代、教授達からの影響もあって「書籍は自分で買って読まなければ血肉化しない」という考えは今でも変わらない。
私が最も影響を受けたマーケターの先生も、「本は自分で買え! 会社で買うもんじゃない」というポリシー。
実は、私、神経質で図書館の本をめくると鼻がムズムズ痒くなる(アレルギー?)という体質だったせいもあり、今でも本の貸し借りは好きではない、という理由もあるんだけどね。

(注)「第四の消費社会」における「シェア」とは、「同質化」を求めるのではなく、皆が違うのは当然の上でそれを互いに尊重し合うという個人主義の価値観が大前提になっていること(三浦)に注意。

3月まで私が草鞋を脱いでいた会社では、そこそこ社内に蔵書があった。
分野は違うとはいえ、私の蔵書よりも数は少なかった。

「オイオイ、君達(特にマネジメント層の諸君)、そんなんでクライアントからナメられないマーケターになれると思ってんのか?」とずっと思い続けてきた。
「知らないこと」を知ったふりをして、クライアントにはすぐ見抜かれる。。。

メーカーのマーケターには、自ら進んで書籍で勉強されている方は少なくない。
そもそも自発的な「興味」から読んでおり、「勉強」という意識はないと思う。
また、業界・業種横断型の集まり(勉強会、セミナー)に参加される方も多い。

私が考えるに、マーケターに向いた「資質」(向いてること)というものがある。
誰からも強制されることなく、自らの興味と意思で書籍を読んだり、異業種や異業態の方々と交流し知見を与えたり得たりする。
これが自然にできるのが「資質」のある人の「必要条件」だろう。
リサーチユーザーであるメーカー・流通のマーケティング担当者、リサーチャーやマーケティング・コンサルタントと呼ばれる人達もそれに変わりはない。

だが、全てのマーケティング業務に携わる人間に、こういった「資質」があるとは限らない。
(それに、社員の多様性は必要であり、10人中10人が「資質」のある人間ばかりだとしても組織はうまく回らないんだけどね・・・)
だから、企業が半強制的に書籍の購読を薦めたり、(私の知る複数のマーケティング企業は)各学会やセミナーに業務として社員を聴講に行かせたりしている。

松尾順(まつおっち)さんが書かれたこちらのブログには、「インサイト」についての的確な見解が述べられている。
少々長いが引用させて頂く。
***************************************
そして、インサイトを取り出すためには、
「統計解析」のようなテクニカルな分析ツールを
駆使することに加えて、マーケティングで言えば、
下記のような様々な学問・研究領域の知見を

「解釈ツール」

として用いなければならないのです。

・マーケティング理論
・消費者行動研究
・社会学
・人類学
・行動経済学
・人間工学
・環境心理学
・社会心理学
・エスノグラフィ
・表情分析


繰り返しになりますが、
データの中にインサイトがあるわけではないのです。

したがって、インサイトを自分の頭の中から
取り出す力を高めるためには、多様な学問分野に
ついての体系的な学習が不可欠になってきます。

さらに言えば、分析者も、
一人の消費者・生活者として、
豊富な実体験を積み重ねていることも必要でしょう。

例えば、分析者自身は朝から晩まで仕事漬け、
人気スポットに行く時間も取れない、
テレビ、映画やスポーツもろくに観ない。

そんな分析者が、一般消費者の意識調査データを
いくら眺め、分析したところで、有効なインサイトは
出てこないと思いませんか・・・?


マーケティング業界ではこれまで、
統計解析のようなテクニカルな「分析力」を
高めることについての議論は盛んに行なわれて
きました。

しかし、「解釈力」の重要性、および、
解釈力を高めるための、学問・研究領域の知見の活用
についての議論はほとんどなされてこなかったように
思います。


(以上、黒字部分が引用箇所)
***************************************

世の中の「マーケティング・コンサルタント」を名乗る企業は、理想として上記のような能力を社員に身につけさせたいわけだ。
が、私の経験則で言わせてもらえば、全ての社員が個人の「自発性」、つまり「資質のある人」でもない限り、このような理想は「絵に書いた餅」でしかない。
ただ、とても難しいのは「資質のある人」同士が、互いの違いを認識しながら尊重し合う、という態度がなければ、組織としては崩壊してしまうことだけどね・・・。
「俺が! 俺が!」という痛すぎる事例はいくらでも見てきたし、事実、自分もそうだった時期もあった。
それでも「理想のワークスタイル」ってのはあるけど(笑)。

マーケティング企業は、「紺屋の白袴」の喩えのように、自社のコア・コンピタンスを自ら理解していないケースが多い。
例えば前述した私が草鞋を脱いでいた企業の場合、データの統計解析においては卓越した能力を持っている。
「『統計解析』のようなテクニカルな分析ツールを駆使すること」に卓越している。
それは、クライアント企業も認めるところの「アイデンティティ」だ。
私も4年間、そこそこ楽しませてもらったし、得たものも少なくなかった。
ニッチな「コア・コンピタンス」だが、ニッチだからこそ貴重というものだ。
「偏重」と言われてもいいぐらいに「データ」にこだわるのもいいだろう。
そのかわり、「ないものねだり」は止めた方がいいと思うんだがね・・・。
「柔らかい頭」なんて持つのは無理だから、「堅い頭」を徹頭徹尾、堅くするのほうがクライアントから尊重・尊敬される道なんじゃないかな?
余計なお世話だろうけどね(苦笑)。

もちろん、私だって上記の学術分野を全て網羅などしてはいない。
自分に「興味」があって、しかも「得意な分野」こそがコアなのだ。
上記にはない「音楽社会学」は、現在進行中のプロジェクト(ビジネス案件)でフルに活用している。
歴史性のあるトレンド分析もしかり。
もちろん、今、携わらせて頂いてるマーケティングリサーチの業務だって面白い。
自然にモチベーションが高まるのだ。

書籍の数にしても、処分してしまったものが多いとはいえ、私の数倍の蔵書がある方も少なくはないだろう。
音楽CDにしても、たとえば知人の音楽マーケターの方は少なく見積もっても、私の10倍以上はあるはず(でしょ?)。

が、好きな書籍と音楽に囲まれて生活できることは幸せだ。

▼メイン書棚(音楽社会学とマーケティング書籍メイン。文庫は小説も)


▼20代の頃愛読していた現代思想・文芸批評


▼同じく(サブカルチャーの貴重な研究書から『1Q84』まで)


▼本棚に本を二重に入れると防音効果がある(?)と苫米地さんが書いていた。それがどうした?


▼新書は自販機で飲料を買う感覚で買うんで溜まる一方。結構処理しちゃったけど。
 そういえば拙著の参考文献、新書が多かったよな・・・。


▼CDラック


▼今はこんなに少なくなったアナログLP。だいぶ処理しちゃったからな・・・


▼栗山千明のRockテースト(テーストと参加ミュージシャンだけ・・・)なアルバムについてきたポスターをはがして、1本だけ出してあるギターを壁掛けにしたらすっきりした。
80年代後半の Fender USA.ストラトキャスターだよん。


▼これは、検索で見つけてお気に入りの動画。
原曲は私が20代の頃から好きだったけど、今はこんな「ひきこもり」じゃないからね。。。
「友情」も「愛情」も大切なのだ!

和訳で歌おうサイモンとガーファンクル"I am a rock " Simon & Garfunkel Cover


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またまた日本人の悪い癖が・・・滋賀県大津市のいじめ問題

2012年07月25日 | 徒然
以下(黒字部分)は、拙著『コンテンツを求める私たちの「欲望」』の31ページ(PDF版)からの引用だ。

あまねくネットが普及した現在、有名人が問題を起こしたことがマスコミで報道されると、自分とはまったく関係のないことなのに、匿名のネット掲示板が荒れたり、ブログが炎上することが少なくありません。自分自身を鑑みても、自分が危害を加えられたわけでもないのに、腹が立つことがありました。なぜだろう? と、ずっと考えていたのですが、佐藤も同じ問題意識を持たれていたようで、『なぜ日本人はとりあえず謝るのか』の179ページでこう書いています。

「世間」には、このように自分に危害が加えられたわけでもなく、直接なんの関係もないのに、メディアの報道やホームページをみて、あたかも「我がこと」のように考え、卑怯にも匿名で、いやがらせの手紙を出したり、無言電話をかけたり、メールを送ったり、ブログを炎上させたりする人たちが、かなり沢山いるらしいことである。

おそらく「世間」が「我がこと」のように考えるのは、「共通の時間意識」があり、個人が存在せず、自他の区別がつきにくいため、同情と共感を生みやすいからである。

“同情と共感”については、それらも「世間」の美点だと思いますが、こうした「世間」からの“はずし”は困ったものです。直接、自分と関係なくても、「そういうことを言うこと自体、許せない!」という心情になるのでしょうね。

(以上引用部分)

大津市の「いじめ」問題について。
私も加害者の生徒、教師と校長をはじめとする学校関係者、教育委員会に対する怒りでいっぱいだ。
しかし、いくら「正義感」からくる怒りゆえとはいえ、加害者に対する態度と行動はいただけない。

リアルな場での行動であれネット上の行為であれ、彼らのやっていることは加害者の行動と変わりない。

「いじめ問題についてどう考えるのか?」
私の見解は、80年代の「校内暴力」での解決策と同じだ。
金品を盗るなど明らかな犯罪が行われているのなら、躊躇することなく警察力を導入するのが正解だ。
「モンスターペアレンツ」の問題が当たり前になっている現在、子供の「消費者化」も進行しているのだ
「わからない?」という人は内田樹の書籍でも読んでほしい。
学校を「聖域化」しすぎてはいけない。
「金八先生」(私は嫌いだった・・・)のようなセンチメンタリズムは、60年代、70年代の学園紛争の残り火でしかないのだ。
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宇多田ヒカル、「ダウンロード違法化がなんぼのもんじゃい」 ツイッターでキッパリ

2012年07月05日 | 徒然
「歌手の宇多田ヒカルが、ツイッターで「ダウンロード違法化がなんぼのもんじゃい」とつぶやいている。」

「立場的なものもありコメントを控える同業者も多いはずだが、ツイッターで臆せず発言する宇多田の潔さは多くのフォロワーから支持されているようで、上記ツイートのリツイート数は瞬く間に1,000を超えている。」(編集部・福田麗)

私も支持します。
本来、「同業者」の方々がコメントすべきと考えます(でなければ、自分の首を絞める=既成業界と心中することになるのです・・・)が。
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「音楽の力ってやっぱり凄い! スペインで行われた素敵すぎるサプライズ演奏が世界で話題に」

2012年07月03日 | 徒然
今、Facebookで多くの友人達がシェアしている動画。

このサイトをみてほしい。
動画はこれ(↓)だ。

Som Sabadell flashmob


日本の銀行、いや企業もこういう粋なサプライズ、できるはずなんですけどね。
頭が堅いだけでは生きてはいけない。
もちろん、自分も含めて。

バブル期のように、「余裕」があるときにだけお金をばらまくのは(メセナ事業など)、本物の文化貢献ではない。
スノッブでしかない。
案の定、“失われた”90年代には、皆、尻尾をまいてどこかへ。。。

こんな時代だからこそ、文化で皆にサプライズや喜びを与えることができるわけだ。
そんなにお金をかけずに。

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森達也さんの「A1」「A2」「A3」必読だね!

2012年07月01日 | 徒然
前回の記事(「空気に支配された、組織内意思決定のジレンマ」)は、森達也さんの「週刊ダイヤモンド オンライン」をもとに書かせて頂いたが、今日、たまたま見た「朝日新聞」の書評欄で、森達也さんの著書「A3」が取り上げられていた。

こんな要旨だった。

「麻原のような存在を“他者化”させ、忘れようとするような姿勢ではまた同じ過ちを繰り返す」

「なぜなら、オウムの姿とは、日本社会自らの“戯画化”された姿だからだ」


こりゃ、「A1」から「A3」まで読まにゃならんね。
今は、多忙なんで、いずれゆっくりできる時間を作って。
(つーか、森さん、献本とかしてくれちゃったら嬉しいんですが・・・、甘いっすか・・・笑)
ほかにも、大阪の友人から関西で放映された討論番組(TV)の録画も受け取ってるので、こういうテーマは今後も書いていく(と思う)。

私が連赤・オウム・大日本帝国について自分なりに考察するのは、純粋に自分の興味からだけではない。
ビジネス書やセミナーでは、海外から直輸入したような「組織論」「モチベーション論」とか氾濫しているけど、人間の“深層”、組織の“真相”というものを捉えるには、こういった問題を考えることは不可欠なんだよ、という思想があるからだ。

私が最も影響を受けたマーケターの先生には、世の中のあらゆる事象を分析し、自ら語れることこそマーケター、リサーチャーの最終目的である、という思想がある。
そして彼は、卓越した能力を持ったマーケター、リサーチャーであっただけでなく、思想家であった。

どの商品の「継続飲用意向」のトップ2が何%で有意差が・・・、というだけが「マーケティング・リサーチ」じゃないわけ(苦笑)。。。
ま、それはそれで必要だし重要なんだけどね。

ただ、今おりしも原発再稼働や現在と今後のエネルギー政策の話が盛り上がっているから言うわけじゃないけど、政治・経済を含めた世の中のあらゆる事象について、「自分よりも偉い誰かが言ったから」というような受け売りではなく、自分の意志と立場で説明でき、ときには意見を表明する、そんなことのできない人を、自分と同じ「マーケター」としては認めたくはないね、、、ということだ。

2001年9月11日の世界貿易センターテロの数日後、白金台のイタリアンレストランで、今は亡き先生から「君は、どう考える?」と問われ、自分の考えを言ったことをまるで昨日のことのように思い出す。

といっても、このブログで書いていることは、あくまで私自身の思想なんでね。
だから、「カルチュラル・マーケター」なわけでして。
その最初のバイブルとして、拙著『コンテンツを求める私たちの「欲望」』があるわけです。

人様に強制はしませんよ(笑)。

尤も、人様や世間のことを語れても、いちばーん難しいのは自分自身のことで、私もよく同じ過ちを繰り返したりしてきたんですよ(苦笑)。。。

A3〈上〉 (集英社文庫)
森 達也
集英社

A3〈下〉 (集英社文庫)
森 達也
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