わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

私の好きな詩人 第205回 ―エドモン・ジャベス― 九堂 夜想

2018-02-18 13:50:59 | 詩客

 ボルヘスの掌編「砂の本」に出てくる書物は、魅惑的で、かつ恐るべき存在である。布製の、一見してさほど厚いとも思えない古びた八折り判の本だが、異様に重い。普通に開くことはできる。だが、表紙があるにもかかわらず、なぜか一頁目が開けない。同様に最終頁も見出せない。始まりも終わりもなく、書物自体が次々とあらたな頁を生み出し(あるページには九乗の頁数が!)、本を開くたびに、言葉が、文章が、流れるように変容する。そして、ひとたび本を閉じたが最後、二度と同じ頁を繰ることはできない。まさに、砂のごとく、サラサラと絶え間ない遊動性をはらむ、ある意味で〈無限〉を体現したような本だが、これを読んで、ふと似たようなイメージの書物が脳裡に浮かんだものである。句集である。
 五七五・一行・棒書きの、砂粒のようなフラジャイルな一句一句がまとめられた一巻の在りようは、さすがに記されたテクスト自体は変わらないものの、初読から時を経てあらたに頁を開くたびに、その都度あたらしい感懐や発見、創造の契機を読み手に与えてくれる(あくまで中身の充実した良質なものに限られるが)。その意味では、詩集、歌集、短篇集の類はもとより本全般に同様のはたらきは望めるものの、〈無限〉を感じさせる書物となると、やはりそう多くはない。
 エドモン・ジャベスは、独り〈無限〉を生き、かつ四囲へ〈無限〉を振りまいた数少ない詩人(エクリヴァンécrivain)の一人である。その著作は、言葉の中から言葉が、書物の中から書物が、とめどなく生み出されてはきらめく断片となって、読む者の思考と感覚を切り裂き、その襞を、その亀裂を、その空虚を、揺らめきながら辷り流れてゆく―今ひとつの「砂の本」と呼ぶにふさわしいものだ。

「この扉のうしろでは、いったい何が起こっているのだろう?」
「一冊の書物がむしり取られているのだ。」
「この書物の物語は何なのか?」
「ひとつの叫びを自覚することだ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おまえの運命はいかなるものだ?」
「書物を開くことだ。」
「おまえは書物のなかにいるのか?」
「私の場所は閾(しきい)にある。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「われわれはひとつの物語に直面しているのだろうか?」
「私の身の上は何度も何度も物語られた。」
「おまえの身の上はいかなるものだ?」
「それが不在である限りにおいてわれわれの来歴だ。」
「私にはおまえがよくわからない。」
「言葉が私を引き裂くのだ。」
「おまえはどこにいる?」
「言葉のなかだ。」
「おまえの真理とはいかなるものだ?」
「私の胸を引き裂く真理だ。」
「ではおまえの救いとは?」
「自分の言葉を忘れることだ。」

(「書物の閾に」、『問いの書』より)

ひとつの語が生まれ、死ぬのを、おまえは見たことがあるか?
二つの名が生まれ、死ぬのを、おまえは見たことがあるか?
これからは、私は独りだ。
ことばはひとつの王国だ。
それぞれの文字には、その特性、その領土、そしてその秩序がある。第一番目の文字は、最も大きな力にめぐまれる。幻惑し、憑依する力を。それは全能なるものを手に入れるのだ。
サラ。
ユーケル。
ひとつになった王国、無垢なる諸世界、アルファベットがそれらを征服し、人間たちの手を借りて、それらを破壊したのだ。
おまえたちは、おまえたちの王国を失った。
私は、私の王国を失った。彼らの離散をむさぼった世界の方々に散っていったわが兄弟たちのように。
ひとつの王国が築き上げられ、そして崩れ去るのをおまえは見たのか?
書物が築き上げられ、崩れ去るのをおまえは見たのか?

(「生けるものの書」、『問いの書』より)

 私は、作家のプロフィールにあまり興味を持たない。テクストに相対する時、ともすれば、その作家の履歴はテクスト読解(=創造)の障害になることがある。ジャベス自身も、鈴村和成による晩年のインタビューの中で次のように語っている―「エクリヴァンのみを問うことは、つまり、彼のしたこと、生まれた場所、等々を問うことは、テクストを失うことだ」(「外国人であることをトータルに引き受けた外国人の書物 ―エドモン・ジャベス インタビュー」)―ゆえに、次に記すジャベスの来歴も参考程度のものである。
 エドモン・ジャベス Edmond Jabès:1912年、エジプトのカイロでイタリア系ユダヤ人として生まれる(フランス語教育を受けて育つ)。1957年、アラブ民族主義を唱えるナセル政権の登場により、エジプト退去を余儀なくされ、フランスに移住。1967年、フランス国籍取得。二十代にマックス・ジャコブの知遇を得たのを皮切りにフランスの詩人たちと交わり、シュルレアリスムに傾倒するも、グループへは属さず独自の詩法を模索しはじめる。パリ移住後、第一詩集『私は住処を建てる』(1959年)を刊行。だが、ジャベスの本格的な詩人(エクリヴァン)としての出立は、パリという「都市」においてはじめて〈砂漠〉を発見したことを機に、それまでの自身から訣別するように世に放たれた第二詩集『問いの書』(1963年)からと見るべきである。その後、ミショー、レリス、カイヨワ、ツェランらと交友を結びながらも作家としては孤高を貫き、1991年に亡くなるまで生涯十余冊の詩集を上梓。「言語」と「存在」のアポリアを問い続けた特異な文学スタイルは、ブランショ、レヴィナス、デリダらの注目と称賛を集めた。
 その特質は、彼の全詩篇にほぼ共通してみられる異様な断章形式(聖書(トーラー)解釈の伝統に則った註解形式「ミドラーシュ」を踏襲したもの)に顕著にあらわれている。ここからジャベスは、砂や砂漠、書物、ノマド、ユダヤ人(ジュダイスム)、空虚、井戸などを、「言語」「存在」「流謫」「歴史」「宇宙」のアレゴリーとして欲しいままに使用しながら、彼独自の〈砂漠〉の詩想を《語》(ヴォカーブル)にのせて、ときに厳かに、ときに緩やかに、そしてついに激しく炸裂させる。

《おまえは生の意に逆らって生きている。おまえは死より頑固なのだ》    レブ・ナス
《太陽の後ろには、もっと孤独な天空がある》              レブ・バアル
《沈黙の響き。最初の谺》                      レブ・アフィエ
《われわれは、不可能なものを通して結ばれている》           レブ・カブリ

六月十一日
疑うこと、それはたぶん限界を廃棄すること、骰子のまわりを回ることである。
地球、すべてが単純である大地。
神は懐疑である。

(『ユーケルの書』)


書物とは、流謫の身にある者にとっては、
神にとっての宇宙だ。
ゆえに神の場所とは、流謫の、追放のあらゆる書物。

(『エリヤ』)

ノマディズム! 〈名〉がノマドを正当化する。
ユダヤ人は、〈名〉を受け継ぎながら、同時に、その場所を失ってゆく。
ノマドは言葉に表されていない〈名〉をひきうける。

(『・(エル、あるいは最後の書物)』)

…あらゆる書物によって運ばれる書物、これはたしかに書物のためのチャンスであるが、同様に書物の喪失である。そうした書物に対して書く人はどんな権力をも振ることはできない。そのような書物は非限定的であるがゆえに存在しない。そんな書物が我々の書物につき添っている。そうした書物が我々の書物に息を吹き込む。それは、もしそれが存在するとすれば、ひとつのモデルとなり得るかも知れないような、そんな書物である。存在しないことによって、それは書物のオブセッションである。

(『相似の書』)

78
さすらいとは
投げ捨てられ、
踏みつけられた仮面である。

79
初めと終わりが一致する
という罠。
おお、永遠に繰り返される始まりの時よ。

(『レシ』)

―書物は、まだこれから書かれるべき幾多の書物の内に沈みこんでいる。そして書かれるべきそれらの書物は、死を免れようと書物が行う試み、繰り返される試行でしかない。死を免れよう、つまり、書物に予め課せられている解読不可能を免れようとしての。

―では、わたしたちが書物を書くとしても、それは同じ書物なのだろうか。

―それはおのれがおのれの全体性において読まれることがあり得ないのをつねに知っていた、という絶望を、低い声で際限もなく繰り返し語る、ある一冊の書物。

 真に書物を読む、ということは、つねにこの傷の刻印を受けている。

(『対話の書』)

人は無に逆らって思考する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
無駄な言葉はない。必然の言葉、言葉自身と対決する言葉があるだけだ。
そういう言葉でもって、私は本を書く。
砂の言葉。永遠の言葉。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
書物はあらゆる信仰に歯向かう。

(『小冊子を腕に抱く異邦人』)

ユダヤ人はつねに閾にいる。
リミットは仮のものである。

(『歓待の書』)

 かりそめのラビたちによる贋の注釈と引用、アフォリズム、架空の恋人たちによる対話、物語、詩人の内なる〝他者〟による告白、手記、断片的散文…あらゆる文、あらゆる言葉が、無限の多声性(ポリフォニー)を伴って果てしない〈砂漠〉を響き渡る。それぞれの声色は違えど、それらが志向するカタチはすべて大いなる災厄を引き受けた〈問い〉のエクリチュールだ。「私がテクストとのあいだに結ぶ関係は、不安の、恐怖の関係だ。私は言葉を恐れる。そして私はあたかも、自分が何であり、何処へ行き、どうなるかを問うように、言葉を問う」(ジャベス)―俳句を成す者として、私はここに、ある〝俳句性〟を窺う。
 一般にはあまりそうと認識されていないが、俳句は、自らの言語を疑いつつ、その〈問い〉のなかで詩としてのめくるめく変容を果たしてゆく詩形式なのである。―「蝶はまさに〈蝶〉であるが、〈その蝶〉ではない。」(富澤赤黄男)。周知のように、俳句は最短定型詩であり、五七五という形式の中で自由に言葉を駆使することが難しい。というよりも、その形式性において、作者は不可避的に自身の意図をどこかで断念せざるを得ないのだ。しかし、この断念を、作者自らが積極的に投企したならば、どうであろうか。
 ジャベスは、言葉ほど虚しいコミュニケーションはないことを確信し、それに絶望しながら、しかし、言葉(その他者性)によって、ユダヤ人であり人間であることのアポリアを生きた。それによって、ジャベスは、自身にとっての「異邦人」、つまりは「詩人」(エクリヴァン)たり得たのである。
 俳句の場合、作者の断念、すなわち自らを〝切る〟ことによって、その〝裂け目〟に言葉や形式の〈他者性〉がはたらく。「言葉」「形式」「私」という三位一体の差異性、そのアポリアを積極的に引き受けた時、俳句作家は自らを超俗し「異邦人」=「詩人」(エクリヴァン)となるのだ。その時、俳句作家は「自分が何であり、何処へ行き、どうなるか」を知らない。ゆえに「言葉を問う」。ジャベスが、俳句に引き寄せて自身の詩法を語った文章がある―「ジャベスが哲学者の方法と自分の方法を比較して、哲学者の方法は加算だが、自分の方法は引算である、という意味のことを語ったことを思い出す。ジャベスは彼のテクストは「沈黙」のなかから引き出されたテクストであって、そこにいたる段階的な説明の過程ははぶかれている、といい、「俳句」を例に引いて話した。僕の耳にはジャベスのÉliminer,Éliminer(削除)とくり返す声の単調な読経のような調子が残っている」(鈴村和成「エドモン・ジャベス 推移のゾーン」)。

 あれは、たしかアイザック・ドイッチャーの『非ユダヤ的ユダヤ人』であったか、ユダヤのアイデンティティ、すなわち「ジュダイスム」とは、「アイデンティティを有さぬこと」と記されてあったのを思い出す。そこには「非ユダヤ的ユダヤ人」の代表として、スピノザ、ハイネ、マルクス、ローザ・ルクセンブルク、フロイト、トロツキーらの名前が挙がっていたと記憶するが、ジャベスも、その系列に連なる者と言って良いだろう。「アイデンティティを有さぬこと」とは、換言すれば「アイデンティティを問う」「アイデンティティを闘う」ということだ。その意味で、私がジャベスから受け取ったオメガの詩想は、「Ⅹ(エックス)に逆らって、Ⅹ(エックス)を」ということである。
 「非ユダヤ的ユダヤ人Non-Jewish Jew(ノン・ジューイッシュ・ジュー)」という在り方は、自ら根拠を求めず、帰属することを拒否し、自身の存在する世界のあらゆる共同体的意識に「Non!」を表明するという意味で、とても厳しい存在形式である。だが、それは殊更にユダヤ人の専売特許ではない。外国人でありながらユダヤ精神を生きる者―すなわち「ユダヤ的非ユダヤ人Jewish Non-Jew(ジューイッシュ・ノン・ジュー)」という存在もあり得るのだ。「Ⅹに逆らって、Ⅹを」―この「Ⅹ」には何を当てはめても構わない。「自分」であれ「人間」であれ「世界」であれ、ともかく、「Ⅹ」を生きる、または「Ⅹ」を成し得るには、必然的に、積極的に、不可避的に、「Ⅹ」というアイデンティティと相対せざるを得ないということ。ジャベスの言う「ユダヤ人」とは、そのアポリアに自覚的な存在ということであり、そして「ジュダイスム」とは、すべてを問い続けてさすらう決死の精神の謂いに他ならない。
 人間は、本質的に居場所を持たぬ流謫の民であり、それは流浪を宿命とするユダヤ人と同義である、すなわち「人間は皆ユダヤ人である」とジャベスは言う。そして、これは同様に言葉を問い続けてさすらう詩人(エクリヴァン)の在りようそのものではなかったか。人間は皆、「ユダヤ人」であり、「詩人(エクリヴァン)」である。ゆえに「私に逆らって、私を」「死に逆らって、死を」―すなわち「詩に逆らって、詩を」。

 余談に属する終章だが、冒頭に、作家のプロフィールにあまり興味を持たない、と書いたにもかかわらず、ジャベスの生涯についていささか気になることがある。それは、彼の生年月日についてのことである。
 或る資料によれば、ジャベスは1912年4月16日に生まれたが、父親の誤りによって4月14日生まれと申告されたという。ジャベスは、この出生日の開き(裂け目?)について、自身の詩作品の中で幾度となく言及している―「自分の生から常に四十八時間引き離されてきたという感情を、私は無意識のうちにこの計算ミスのせいにしているのであろうか。私の日々に付け加えられた二日間は死の中でしか生きられないものだったのだ。」(『エリヤ』)。
 それから長い時を経て、人生の終着点においてもジャベスには生年月日についての予期せぬ過誤が待ち受けていた。1991年、すなわち彼が亡くなった年に『類似の書』の再版が刊行され、その短い著者略歴にはジャベスの死亡日が1月4日と記されていた。だが、実際に彼がパリの自宅で亡くなったのは、それよりちょうど四十八時間前の1月2日のことだったのである。
 「自分自身の中へ深く降りてゆき他者を発見せよ」(ジャベス)―彼の生年月日に関する誤記、生の始めから〈他者〉として生きることを運命づけられていたかのような手違いの記録。それが彼自身の予期せぬユダヤのアイデンティティの表れなのか、あるいは彼特有のユダヤ・ジョークなのか(意外に(?)ジャベスはユーモアの人でもあった)…いずれにしても、エドモン・ジャベスほど、自らを「他者」=「異邦人」として、その生と詩を徹底し全うしたエクリヴァンもいない。

一者は「一なるもの」の光であり、その分身の影なのだ。

(『小冊子を腕に抱く異邦人』)

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