ひとひらの雲

つれづれなるままに書き留めた気まぐれ日記です

ルネッサンスを支えた家

2018-09-02 19:37:58 | 日記
 夏休みも終わってしまいましたね。楽しい思い出を残された方も多いことでしょう。我が家の息子夫婦も、この夏イタリアへ旅してきました。ローマ、フィレンツェ、ベネチアを巡る8日間の旅を満喫してきたようです。ローマもベネチアも見どころはたくさんありますけれど、今回のテーマはルネッサンス。ルネッサンスといえばやはりフィレンツェです。そしてルネッサンスを語る上で欠かせないのがメディチ家。この家の庇護なくして、ルネッサンスは花開かなかったでしょう。

 フィレンツェの街

 サン・ロレンツォ教会

 上のサン・ロレンツォ教会の裏手にはメディチ家礼拝堂があって、メディチ家の廟墓に通じています。廟墓がある新聖具室はミケランジェロによって設計、装飾されたもので、特に棺は必見とか。

 ミケランジェロもそうですけれど、メディチ家によって庇護された芸術家はたくさんいます。フラ・アンジェリコ、ボッティチェリ、ラファエロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ドナテッロ…、みな世界に名を馳せた芸術家ばかりです。メディチ家のバックアップなしに彼らの自由な創作活動はあり得なかったでしょうし、ルネッサンス文化も開花することなく終わってしまったかもしれません。

 ヴィーナスの誕生(ボッティチェリ)

 受胎告知(レオナルド・ダ・ヴィンチ)


 さてそのメディチ家です。ジョヴァンニ・ディ・ビッチの代に銀行業を拡張し、成功するのですが、この時はまだ政治の表舞台に登場することもなく、ひたすら巨万の富を築きあげた時期でした。息子コジモ(祖国の父)、孫のピエロ、その子ロレンツォ(豪華王)と受け継がれていく中で、次第に教皇庁や政治と関わりを持つようになります。そしてパトロンとして多くの芸術家を庇護し、メディチ家の黄金時代を形成していくことになるのです。


 ロレンツォの死後、一時メディチ家の勢力は衰退しますが、ロレンツォの次男ジョヴァンニがローマ法王レオ十世に就任すると、メディチ家は復権を果たし、再びフィレンツェを統治するようになります。トスカーナ大公となったコジモ一世はナポリまで版図を拡大し、メディチ家の第二次黄金時代がやってくるんですね。しかし150年以上も続くと、その栄光に陰りが見え始めます。コジモ一世から五代目にあたるアンナ・マリア・ルドヴィーガで、メディチ家はついに断絶してしまうのです。


 メディチ家は断絶しましたけれど、その遺産は美術館の母体となり、残された宮殿はそのままに、現在も観光客で賑わいを見せています。


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