落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(75) 函館夜景⑩

2020-02-09 17:00:56 | 現代小説
北へふたり旅(75) 


 最上階の空中楼閣を満喫した。
内風呂のお湯は茶褐色。舐めるとすこし塩辛い。
全面ガラスのむこう。ベイエリアと、函館山がそびえている。


 それだけでじゅうぶん満足した。
しかし露天風呂へ出て、さらに驚いた。
函館のくびれた夜景が、山頂から見下ろすのとまったく同じまま、
岩風呂のむこうにひろがっていた。
函館湾の沖合にイカ釣り船だろうか、漁火が揺れている。


 30分はあっという間に過ぎ去った。
涼み処で身体を冷ましていると、40分ほど遅れて妻が出てきた。


 「ねぇあなた。知ってる?。
 函館のくびれは、北海道のくびれとは別だそうです。
 くびれは2つあったのね」


 遅くなったのにすずしい顏をしている
アイスクリームを片手に、わたしのとなりへ腰をおろす。


 「くびれが2つ有る?。なんの話だ、いったい?」


 「雪印マーク。それが北海道でしょ。
 左下のあたり、両側が海でくびれている部分があるでしょう。
 わたし。てっきりそこが、函館のくびれた夜景だと思っていたの」


 「君が言っているのは、渡島(おしま)半島のことだ。
 たしかにくびれているけど、幅はひろい。
 東京タワーと同じ高さの山頂からでは、両側の海は見えない」


 「形がよく似ているもの。わたしいままで勘違いしていました」


 「教えてくれた人がいたの?。お風呂で」


 「それが驚きなの。今日、
 電車で会った中国人とお風呂でばったり。
 身振り手振りで話しているうち、函館の夜景はどこだという話になったの」


 「君は雪印マークの左下にあるくびれた部分だと言ったのか?」


 「そうよ。いっしょに入っていた女子大生も、そうだと同調しました」


 「正解を教えてくれたのは、まさか中国人じゃないだろうね?」


 「教えてくれたのは地元の、めんこい道産子でした」
 
 「めんこい?・・・北海道弁か。
 かわいい女の子が正解を教えてくれたのか。
 よかった。君の誤解が解消して」


 「誤解が解けたついでに、北海道弁も教えてもらいました。
 北海道ではゴミ収集所のことを、「ゴミステーション」と言うそうです」


 「他には?」


 「なんも、なんも!が、標準語の「大丈夫だよ」「どういたしまして」。
 「したっけね」は、「またね!バイバイ」。
 「あづましい」は、「居心地が良い」とか「落ち着く」の意味。
 「このお店、がやがやしていてあづましくないね」などと使うそうです。
 悪口をいっているのになんだか優しくて、微笑ましいです」


 「寒さが厳しいから、そのぶんやさしく育つのかな。
 もう無いの?。おすすめの北海道弁は」
 
 「傑作がひとつ、ありました!」


 「ほう。どんな傑作だ」


 「北海道では、手袋をはくそうです」


 「はく?。靴とおなじようにはくのか、北海道では手袋を!」


 「はい。北海道では冬の朝になると、あちこちの家から
 「手袋はいていきなさいよー」と、お母さんたちの声が響くそうです」


 「なるほど」


 「まだとっておきが有ります」


 「まだ有るのか・・・どうりでいつまで待っても出てこないはずだ」


 「かわいい北海道弁の告白です。
 あんたのこと好きだけどさ、どうしたら良いっしょか。
 好きすぎて、もう我慢できないもんはできないんだわ。
 んでね、なまら好きだべさ・・・うふふ。
 と告るそうです」


 (76)へつづく