落合順平 作品集

現代小説の部屋。

オヤジ達の白球(77)ハウスの解体

2018-10-09 18:12:22 | 現代小説
オヤジ達の白球(77)ハウスの解体




 「まず支給したヘルメットを、しっかりかぶってくれ。
 ヒモはあごでかたく止める。
 油断するんじゃねぇぞ。倒壊したビニールハウスをあまくみるな。
 ここには見た目以上の危険がひそんでいるから」

 熊が、しっかりヘルメットを装着してくれと強調する。

 「せっかくのボランティアが自分のミスで怪我したんじゃ、慎吾に迷惑をかける。
 いいかみんな。屋根の部分を歩く時は、じゅうぶんに気を付けてくれ。
 曲がったパイプは体重で折れる可能性がある。
 ゆるんだ留め具は、いつ外れるかわからない。
 つまりこの現場にはいたるところに、予測不能の危険が潜んでいることになる。
 細心の注意を払いながら、ひとつひとつ作業をすすめてくれ」

 「おう。現場へ入るための心構えはよくわかった。
 じゃ俺たちは、このめちゃくちゃにつぶれたビニールハウスの、
 いったいどこから手を付けたらいいんだ?」

 全員の目の前に、農PO(農業用ポリオレフィン系特殊フィルム)の海がひろがっている。
ちかごろのビニールハウスは、従来からつかわれてきた農業用ビニールではない。
より強化された農POが使われている。

 「まず、ビニールハウスおおっている農POを取りはずす準備からはじめる。
 こいつを取り外さないことには、ハウスの内部へはいれないからな。
 だがたかがビニールと甘く見ないでくれ。
 幅は10メートル。奥行きは50mある。切れ目のない一枚の特殊フィルムだ。
 こいつを回収するためには、まず、フィルムを留めている黒いビニールバンドと
 スプリングを取りはずす必要がある」

 「ビニールバンドというのは屋根をおおっている、黒いビニールひものことだな。
 そいつはわかった。だが、スプリングとは何だ。
 ハウスで、バネなんか使っているのか?」
 
 「農POを屋根に密着させるための道具として、針金でできたスプリングが使われている。
 太さは2ミリ。全長は2m。
 くねくね曲がったこいつが、50mのアルミのレールの中へ埋め込まれている。
 こいつを、すべて取りはずす。
 そうしないと屋根に密着した農POは、回収できないからな」

 「なるほど。まず黒いバンドを取り外す。
 つぎにアルミのレールの中へ入っている針金のスプリングをすべて取り外すのか。
 わかった。じゃ、さっさと仕事を片づけちまおうぜ」

 「こらこらお前ら。慌てるんじゃねぇ。ひとのはなしは最後まで聞け。
 はなしはまだ、半分しか終わっていねぇ」

 「なんだよ。まだ何か有るのか。
 もったいつけず全部いっぺんに話したらどうだ!」

 「なによりも安全を最優先してくれと、さっき話したばかりだ。
 農POの回収にも段取りが有る。
 その方法を説明するから聞いてくれ」

 「そりゃそうだ。50mもある農POをいっぺんにはがしたら、とんでもないことになる。
 とちゅうで風が吹いたら大変だ。
 抑えようがねぇし止めようがねぇ。下手するりゃあおられて怪我人も出るだろ」

 「そういうことだ。そこでだ。
 10mをめやすに切り離しながら、屋根から撤去していく。
 バンドをはずし、スプリングをはずしたら、10メートル間隔でカッターで切り離す。
 切り離した農POは、折りたたんで丸める。
 まるめたものは一ヶ所にあつめる
 特殊フィルムは勝手に燃やすことはできない。産業廃棄物だ。
 まとめて処分するから、空き地に積み上げてくれ」

 「わかった。そういうことなら作業班を3つにわけよう。
 まず先発隊。先発隊は、黒いバンドとスプリングをはずす作業に専念する。
 そのあとを第2班が、農POを回収していく。
 10mの長さで切りはなし、束ねたものを一ヶ所に積み上げる。
 第3班は、むき出しになったハウスの部材を回収していく。
 これでどうだ」

 「おう。なかなかナイスな提案だ。
 試合の時よりも呼吸が、合ってきたな。
 たいしたもんだぜ、おまえさんたちは。
 ただの呑んべェ集団だばかりと思っていたが、なかなかなもんだ。
 おまえさんたちも」
 
 「よく言うぜ。チーム一番ののんべぇの熊に、言われたくねぇや!」

 「まったくもってその通りだ!」男たちの笑い声がいっせいに湧きがる。


 (78)へつづく

オヤジ達の白球(76)2つの解体班

2018-10-05 18:15:49 | 現代小説
オヤジ達の白球(76)2つの解体班




 朝8時。つぶれた慎吾のビニールハウスの前に部員全員が集まっている。
その中に県職の柊の姿がある。

 「なんだぁ?。この場に俺が居たのじゃまずいか。
 不満そうだな、その顔は」
 
 「不満はないさ。ただ驚いているだけだ。
 孤立した集落の救助作業で忙しいと聞いていたから、今回はてっきり
 不参加だとばかり思っていた」

 「救助活動は続いているさ。自衛隊や消防の連中が必死に頑張っている。
 俺もついさっき、孤立の現場からここへ着いたところだ」

 「孤立した集落の救済だって?。
 確かお前さんは、立ち往生の車の救済へ飛んでいったはずだが・・・」

 「道路はすっかり片付いた。
 残った問題が、過疎集落の孤立だ。
 山間の集落が大雪のため道路が寸断されて、孤立した状態がいまもつづいている。
 いまはそっちで陣頭指揮だ」

 「道路の次は孤立集落の救助か。たいへんだな。県の総合土木職という仕事も」

 「だがここだって、俺が居なきゃ困るだろう。
 ビニールハウスの解体を知っているのは、俺だけだ。
 総合職の前は、農業普及所勤務で県内の農家を飛び回っていたからな」

 「そいつはありがたい。
 だが、強い味方がもうひとりいる。北海の熊だ。
 やっこさんは会社で、ビニールハウス撤去グループの責任者に任命されたそうだ」

 「それは好都合。
 じゃ北海の熊と手分けしてチームを、解体班と仕分け班の2つにわけよう」

 「2つにわける?。どういう意味だ?」

 「これだけの人数がいれば、ビニールハウスの解体と、部品の仕分けが同時に出来る。
 捨てる部材もある。だがあとで使える部品もけっこう有るからな」

 「おいみんな。こっちへ集まってくれ」
柊が、全員にむかって大きな声を出す。
「内野の選手は俺の前へ。外野の選手は北海の熊のほうへ集まってくれ」
内野の選手たちが、ぞろぞろと柊の前へ集まって来る。

 「内野の諸君の仕事は、解体の現場から出てくるさまざまな部品の選別と管理だ。
 ビニールハウスは、いろいろな留め具で出来上がっている。
 溶接されている箇所はひとつもない。
 パイプをはじめすべての部品が、留め具によって接合されている。
 つまり接点の数だけ留め具の部品が有ることになる。
 変形した留め具は使えないが、無傷なら再利用することができる」

 「なるほど。
 ビニールハウスを再建するための部材が、極端に不足しているという話は聞いた。
 そういうことか。
 使えるものはすべて再建のために、選別してストックしておくんだな」

 「そういうことだ。
 変形したパイプは使えない。しかし原型をとどめたものや、無傷のものは再利用できる。
 内野の君たちは、リサイクル班としてすべての部品の選別と管理にあたる」

 熊の前へ、外野の選手たちが集まる。

 「外野のおれたちは、解体班だ。
 これからみんなに作業用の道具を手渡す。
 マイナスのドライバーと金づち、ビニールを切断するためのカッター。
 つかうのはこの3つの道具だけだ」

 「シンプルな道具ばかりだな。
 解体のための道具が、いろいろ必要だとばかり思っていたが・・・」
 
 「これで十分さ。
 建てるときは、金づちひとつで充分だ。
 ビニールハウスは昔は農家が、農閑期にみずから手仕事で建ててきたからな。
 難しくはない。しかし、手順を間違えるとやっかいなことになる。
 解体の手順を説明するから、耳をかっぽじってよく聞いてくれ」

 「メモをとる必要があるか?」

 「それほど難しくはねぇ。話を聞くだけで十分だ。
 ただし。安全を確保するため現場へ入るときは、全員ヘルメットを着用してくれ」

 全員にヘルメットと軍手が渡される。

 「了解だ。じゃ俺たちは、何から手を付けたらいいんだ?」

(77)へつづく




 ご無沙汰いたしました。
カテーテル以来、はや、まるまる2ヶ月。
全快とはいきませんが、1日、5時間ほどの農作業にようやく耐えられる身体になってきました。
とはいえ、自分の身体と相談しながらの、よちよち歩きの回復期です。
すこしずつ負荷を増やし、元気な身体と精神力を取り戻したいと思います。
本日より、続編を執筆したいと思います。
休暇中にもかかわらず、たくさんの方が訪問してくれたことに、こころより感謝をもうしあげます。

  10月5日。落合順平