オヤジ達の白球 (82)熊の本音
「失敗を取り返すための舞台はととのえた。
けどよ。このチャンスを生かすも殺すも、あとは坂上のがんばり次第だ」
「なるほど、熊。おまえさんの気持ちはよくわかった。
ひとつだけ聞く。いまの坂上は、Aクラスの消防チームに通用するか?。
勝てるか今夜は?。坂上で」
「監督。勝ち負けは関係ねぇ。
逃げ出さずなにが有ろうが歯を食いしばり、最後まで投げることが大切だ。
坂上も、それを充分に自覚しているはずだ」
「何が有っても今夜は、最後まで坂上を投げさせる、ということか」
「野手は、投手の背中を見ながら守備につく。
言葉はいらねぇ。
四球を出そうが、ヒットを何本打たれようが関係ねぇ。
投手は3つのアウトを取るまで、ひたむきに投げることが大事だ。
そんな風に投げてる投手の背中を見ているうち、野手もなにかを感じるとる。
坂上のために勝とうと思うようになる。
そのときはじめて、野手の気持ちがひとつになる。
チームワークってやつは、そんな風にして生まれるくる。
ソフトボールは、9人でおこなうスポーツ。
何点取られてもいい。大量点を取られて負けてもいい。
ゲームセットのときまでマウンド上へ、坂上がいればそれでいいんだ」
「それだけじゃないでしょう。
熊さん。そろそろ、ホントのことを言ったらどうなの。
北海道のおとうさんが倒れたんでしょ。
農家を継ぐため、北海道へ帰るかどうか、実は悩んでいるって」
「あねご。そいつを口にしちゃだめだ。そいつは極秘中の極秘情報だ!。
俺個人のささいな問題だ」
「えっ・・・おやじさんが倒れた!。それで北海道へ帰る気になったのか、熊?。
そうか。そういうことか。
ウチの投手は、熊、おまえさんひとりだけだ。
お前さんが抜けたとたん、ここまで来た俺たちのチームがばらばらになっちまう。
そうなるまえに坂上を呼びもどしたということか」
「まいったなぁ。それほどの美談じゃねぇ。
北海道の農家といったって、ウチの畑はちいせぇ。猫の額のようなもんだ。
食っていくのにせいいっぱいだけの土地に、執着はねぇ。
しかしよ。電話のたびに弱気になっていくおふくろが、なんだかあわれに思えてきた。
がらにもなく、帰ろうという気持ちがわきあがってきた。
それだけのことだ」
「おやじさん。悪いのか?」
「余命半年。よくもって、あと1年だろうと宣言された。
おやじが生きているうちに、百姓を教えてもらおうか、なんて考え始めた。
親孝行のひとつくらい、せめて、おやじが生きているうちにしたいなぁ・・・
なんてかんがえはじめている昨日、今日だ」
「そういうことなら、すぐにでも北海道へ帰る必要があるな。熊」
「あわてて群馬から俺を追い出すな、監督。
百姓してもいいかなと、ふと考えはじめただけのことだ。
帰ると決めたわけじゃねぇ。
だいいち。いまのままじゃ坂上が心配で、帰るにも帰れねぇだろう。
あいつを何とかしないことには、安心して北海道へ帰れねぇ」
マウンドで5球目を投げ終えた坂上が、おおきく肩で息をつく。
「プレィボール~!」
千佳の澄んだ声が、夜空へひびきわたる。
(おっ。試合開始だ。坂上のやつ、いったいどんな投球を見せてくれるかな)
祐介が身体を乗り出す。坂上が投球のための前傾姿勢へ入る。
しかし、そのまま動かない。投げ出す気配がいっこうにない。
そのまま10秒、20秒と時間だけが経過していく。
(あれれ・・・どうしたんだ?、坂上のやつ・・・)
ピッチャーサークルで、石のように固まっている坂上の姿に祐介が不安をおぼえる。
脳裏におもわず、あの日の記憶がよみがえってくる・・・
(83)へつづく
「失敗を取り返すための舞台はととのえた。
けどよ。このチャンスを生かすも殺すも、あとは坂上のがんばり次第だ」
「なるほど、熊。おまえさんの気持ちはよくわかった。
ひとつだけ聞く。いまの坂上は、Aクラスの消防チームに通用するか?。
勝てるか今夜は?。坂上で」
「監督。勝ち負けは関係ねぇ。
逃げ出さずなにが有ろうが歯を食いしばり、最後まで投げることが大切だ。
坂上も、それを充分に自覚しているはずだ」
「何が有っても今夜は、最後まで坂上を投げさせる、ということか」
「野手は、投手の背中を見ながら守備につく。
言葉はいらねぇ。
四球を出そうが、ヒットを何本打たれようが関係ねぇ。
投手は3つのアウトを取るまで、ひたむきに投げることが大事だ。
そんな風に投げてる投手の背中を見ているうち、野手もなにかを感じるとる。
坂上のために勝とうと思うようになる。
そのときはじめて、野手の気持ちがひとつになる。
チームワークってやつは、そんな風にして生まれるくる。
ソフトボールは、9人でおこなうスポーツ。
何点取られてもいい。大量点を取られて負けてもいい。
ゲームセットのときまでマウンド上へ、坂上がいればそれでいいんだ」
「それだけじゃないでしょう。
熊さん。そろそろ、ホントのことを言ったらどうなの。
北海道のおとうさんが倒れたんでしょ。
農家を継ぐため、北海道へ帰るかどうか、実は悩んでいるって」
「あねご。そいつを口にしちゃだめだ。そいつは極秘中の極秘情報だ!。
俺個人のささいな問題だ」
「えっ・・・おやじさんが倒れた!。それで北海道へ帰る気になったのか、熊?。
そうか。そういうことか。
ウチの投手は、熊、おまえさんひとりだけだ。
お前さんが抜けたとたん、ここまで来た俺たちのチームがばらばらになっちまう。
そうなるまえに坂上を呼びもどしたということか」
「まいったなぁ。それほどの美談じゃねぇ。
北海道の農家といったって、ウチの畑はちいせぇ。猫の額のようなもんだ。
食っていくのにせいいっぱいだけの土地に、執着はねぇ。
しかしよ。電話のたびに弱気になっていくおふくろが、なんだかあわれに思えてきた。
がらにもなく、帰ろうという気持ちがわきあがってきた。
それだけのことだ」
「おやじさん。悪いのか?」
「余命半年。よくもって、あと1年だろうと宣言された。
おやじが生きているうちに、百姓を教えてもらおうか、なんて考え始めた。
親孝行のひとつくらい、せめて、おやじが生きているうちにしたいなぁ・・・
なんてかんがえはじめている昨日、今日だ」
「そういうことなら、すぐにでも北海道へ帰る必要があるな。熊」
「あわてて群馬から俺を追い出すな、監督。
百姓してもいいかなと、ふと考えはじめただけのことだ。
帰ると決めたわけじゃねぇ。
だいいち。いまのままじゃ坂上が心配で、帰るにも帰れねぇだろう。
あいつを何とかしないことには、安心して北海道へ帰れねぇ」
マウンドで5球目を投げ終えた坂上が、おおきく肩で息をつく。
「プレィボール~!」
千佳の澄んだ声が、夜空へひびきわたる。
(おっ。試合開始だ。坂上のやつ、いったいどんな投球を見せてくれるかな)
祐介が身体を乗り出す。坂上が投球のための前傾姿勢へ入る。
しかし、そのまま動かない。投げ出す気配がいっこうにない。
そのまま10秒、20秒と時間だけが経過していく。
(あれれ・・・どうしたんだ?、坂上のやつ・・・)
ピッチャーサークルで、石のように固まっている坂上の姿に祐介が不安をおぼえる。
脳裏におもわず、あの日の記憶がよみがえってくる・・・
(83)へつづく