落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (77)       第六話 子育て呑龍(どんりゅう)⑧

2016-05-27 10:12:34 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (77)
      第六話 子育て呑龍(どんりゅう)⑧




 「俺の名は幸作。近所で、居酒屋をしている。
 真理子の上の娘と俺の娘の美穂が、同じ中学の同じ学年の同じクラス。
 知っているとはいえ、その程度の関わりだ。
 それじゃまずは、お前さんの名前と、職業を聞かせてもらおうか」



 一杯呑めと幸作が、ビール瓶を持ち上げる。
コップを握り締めた男の手が、小刻みに震えている。
満杯になるまで、幸作がビールを注ぐ。
「まずは、乾杯といこう」グイッと持ち上げた幸作のグラスに、
男がグラスを、こわごわと合わせる。


 「さて。返答次第で俺は、鬼にもなるし味方にもなる。
 だが安心していいぞ。今日の俺は酔っぱらっているから、すこぶる機嫌がいい。
 たぶん、お前さんの心強い理解者になれるだろう。
 で、3年も前から真理子の奴にまとわるついているお前さんは、
 いったいどこの、何者なんだ?」

 
 「運転手をしている、安原といいます。
 真理子さんとはじめて行きあったのは、4年前のことです。
 ひと目で、この人しか居ない、とピンと来ました」



 「お、ということは、真理子に一目ぼれしたということだな?
 うん。たしかに、4年くらい前の真理子は、良い女だったからなぁ・・・」



 「3年前の誕生日の日に、真理子さんにプロポーズしましたが見事に振られました。
 2年前の誕生日にもプロポーズしましたが、その時もやっぱり、
 振られてしまいました」


 「去年の誕生日にもプロポーズしたが、やっぱり同じように振られた。
 そういう事なのか、もしかして?」

 
 「はい。おっしゃる通りです」


 「なるほど。なかなか見上げた根性の持ち主の様だ、お前さんは。
 そういえばまもなく真理子の、41回目の誕生日がやってくる。
 お前さんはまたプロポーズするために、ここへまたノコノコと、
 顔を出したということか?」



 「はい。その通りです・・・」



 「呆れたなぁ・・・現実が見えていないのにも、ほどがある。
 少しは真理子の立場も考えろ、この馬鹿ものが。
 アホにも限度がある・・・」



 幸作の声が、次第に大きくなっていく。
厨房に居る真理子が、驚いて、思わずこちらの様子を振り返る。
「なんでもねぇ。お前は引っ込んでいろ」
心配そうに見つめる真理子へ、幸作が「なんでもねぇ、気にすんな」と手をふる。



 「ちょっと耳を貸せ」幸作が、男へささやく。
「おめえって男は、シングルママというものが分かって居ねぇ。そこが問題だ」
俺がいろいろと教えてやるから・・・と言いかけた幸作が、厨房をふり返る。
カウンターから身を乗り出した真理子が、こちらの様子を心配そうに
覗き込んでいる。


 「駄目だ。ここじゃまずい。席を代えよう」



 勘定してくれと幸作が、真理子へ声をかける。
「でも、もう、出来るわよ、その人に頼まれたしょうが焼き定食が・・・」
「そいつは後で、お前が食え」と、幸作が言い放つ。
「これで勘定してくれ。間に合うだろう」と幸作が、5000円札を
真理子の顏の前へ突き出す。



 「多すぎるわ」と真理子が頬をふくらませる。
「いいから、残りは、お前のチップに取っておけ」と幸作がさらに突き出す。


 「いったい、何がはじまるの。
 乱暴だけはしないでね。
 暴力沙汰になるとあなただけじゃなくて、あとで私も困るから」



 「男同士の話をするだけだ。お前が余計なことを心配することはねぇ。
 普通なら、1度ふられりゃ別の女だ。
 ところがあの野郎ときたら、お前のどこがいいのか、3回もプロポーズしている。
 それどころか、今度の誕生日にもまた、プロポーズするそうだ。
 あいつが気に入った。
 ということで、あいつと2人でこれから、もうすこし呑みに行く」


 「変なことを吹きこまないでね。あとで私が困るんだから・・・」



 「乗りかかった舟だ。
 悪いようにはしねぇさ。安心して、すべて、俺に任せろ」


(78)へつづく


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