居酒屋日記・オムニバス (77)
第六話 子育て呑龍(どんりゅう)⑧
「俺の名は幸作。近所で、居酒屋をしている。
真理子の上の娘と俺の娘の美穂が、同じ中学の同じ学年の同じクラス。
知っているとはいえ、その程度の関わりだ。
それじゃまずは、お前さんの名前と、職業を聞かせてもらおうか」
一杯呑めと幸作が、ビール瓶を持ち上げる。
コップを握り締めた男の手が、小刻みに震えている。
満杯になるまで、幸作がビールを注ぐ。
「まずは、乾杯といこう」グイッと持ち上げた幸作のグラスに、
男がグラスを、こわごわと合わせる。
「さて。返答次第で俺は、鬼にもなるし味方にもなる。
だが安心していいぞ。今日の俺は酔っぱらっているから、すこぶる機嫌がいい。
たぶん、お前さんの心強い理解者になれるだろう。
で、3年も前から真理子の奴にまとわるついているお前さんは、
いったいどこの、何者なんだ?」
「運転手をしている、安原といいます。
真理子さんとはじめて行きあったのは、4年前のことです。
ひと目で、この人しか居ない、とピンと来ました」
「お、ということは、真理子に一目ぼれしたということだな?
うん。たしかに、4年くらい前の真理子は、良い女だったからなぁ・・・」
「3年前の誕生日の日に、真理子さんにプロポーズしましたが見事に振られました。
2年前の誕生日にもプロポーズしましたが、その時もやっぱり、
振られてしまいました」
「去年の誕生日にもプロポーズしたが、やっぱり同じように振られた。
そういう事なのか、もしかして?」
「はい。おっしゃる通りです」
「なるほど。なかなか見上げた根性の持ち主の様だ、お前さんは。
そういえばまもなく真理子の、41回目の誕生日がやってくる。
お前さんはまたプロポーズするために、ここへまたノコノコと、
顔を出したということか?」
「はい。その通りです・・・」
「呆れたなぁ・・・現実が見えていないのにも、ほどがある。
少しは真理子の立場も考えろ、この馬鹿ものが。
アホにも限度がある・・・」
幸作の声が、次第に大きくなっていく。
厨房に居る真理子が、驚いて、思わずこちらの様子を振り返る。
「なんでもねぇ。お前は引っ込んでいろ」
心配そうに見つめる真理子へ、幸作が「なんでもねぇ、気にすんな」と手をふる。
「ちょっと耳を貸せ」幸作が、男へささやく。
「おめえって男は、シングルママというものが分かって居ねぇ。そこが問題だ」
俺がいろいろと教えてやるから・・・と言いかけた幸作が、厨房をふり返る。
カウンターから身を乗り出した真理子が、こちらの様子を心配そうに
覗き込んでいる。
「駄目だ。ここじゃまずい。席を代えよう」
勘定してくれと幸作が、真理子へ声をかける。
「でも、もう、出来るわよ、その人に頼まれたしょうが焼き定食が・・・」
「そいつは後で、お前が食え」と、幸作が言い放つ。
「これで勘定してくれ。間に合うだろう」と幸作が、5000円札を
真理子の顏の前へ突き出す。
「多すぎるわ」と真理子が頬をふくらませる。
「いいから、残りは、お前のチップに取っておけ」と幸作がさらに突き出す。
「いったい、何がはじまるの。
乱暴だけはしないでね。
暴力沙汰になるとあなただけじゃなくて、あとで私も困るから」
「男同士の話をするだけだ。お前が余計なことを心配することはねぇ。
普通なら、1度ふられりゃ別の女だ。
ところがあの野郎ときたら、お前のどこがいいのか、3回もプロポーズしている。
それどころか、今度の誕生日にもまた、プロポーズするそうだ。
あいつが気に入った。
ということで、あいつと2人でこれから、もうすこし呑みに行く」
「変なことを吹きこまないでね。あとで私が困るんだから・・・」
「乗りかかった舟だ。
悪いようにはしねぇさ。安心して、すべて、俺に任せろ」
(78)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第六話 子育て呑龍(どんりゅう)⑧
「俺の名は幸作。近所で、居酒屋をしている。
真理子の上の娘と俺の娘の美穂が、同じ中学の同じ学年の同じクラス。
知っているとはいえ、その程度の関わりだ。
それじゃまずは、お前さんの名前と、職業を聞かせてもらおうか」
一杯呑めと幸作が、ビール瓶を持ち上げる。
コップを握り締めた男の手が、小刻みに震えている。
満杯になるまで、幸作がビールを注ぐ。
「まずは、乾杯といこう」グイッと持ち上げた幸作のグラスに、
男がグラスを、こわごわと合わせる。
「さて。返答次第で俺は、鬼にもなるし味方にもなる。
だが安心していいぞ。今日の俺は酔っぱらっているから、すこぶる機嫌がいい。
たぶん、お前さんの心強い理解者になれるだろう。
で、3年も前から真理子の奴にまとわるついているお前さんは、
いったいどこの、何者なんだ?」
「運転手をしている、安原といいます。
真理子さんとはじめて行きあったのは、4年前のことです。
ひと目で、この人しか居ない、とピンと来ました」
「お、ということは、真理子に一目ぼれしたということだな?
うん。たしかに、4年くらい前の真理子は、良い女だったからなぁ・・・」
「3年前の誕生日の日に、真理子さんにプロポーズしましたが見事に振られました。
2年前の誕生日にもプロポーズしましたが、その時もやっぱり、
振られてしまいました」
「去年の誕生日にもプロポーズしたが、やっぱり同じように振られた。
そういう事なのか、もしかして?」
「はい。おっしゃる通りです」
「なるほど。なかなか見上げた根性の持ち主の様だ、お前さんは。
そういえばまもなく真理子の、41回目の誕生日がやってくる。
お前さんはまたプロポーズするために、ここへまたノコノコと、
顔を出したということか?」
「はい。その通りです・・・」
「呆れたなぁ・・・現実が見えていないのにも、ほどがある。
少しは真理子の立場も考えろ、この馬鹿ものが。
アホにも限度がある・・・」
幸作の声が、次第に大きくなっていく。
厨房に居る真理子が、驚いて、思わずこちらの様子を振り返る。
「なんでもねぇ。お前は引っ込んでいろ」
心配そうに見つめる真理子へ、幸作が「なんでもねぇ、気にすんな」と手をふる。
「ちょっと耳を貸せ」幸作が、男へささやく。
「おめえって男は、シングルママというものが分かって居ねぇ。そこが問題だ」
俺がいろいろと教えてやるから・・・と言いかけた幸作が、厨房をふり返る。
カウンターから身を乗り出した真理子が、こちらの様子を心配そうに
覗き込んでいる。
「駄目だ。ここじゃまずい。席を代えよう」
勘定してくれと幸作が、真理子へ声をかける。
「でも、もう、出来るわよ、その人に頼まれたしょうが焼き定食が・・・」
「そいつは後で、お前が食え」と、幸作が言い放つ。
「これで勘定してくれ。間に合うだろう」と幸作が、5000円札を
真理子の顏の前へ突き出す。
「多すぎるわ」と真理子が頬をふくらませる。
「いいから、残りは、お前のチップに取っておけ」と幸作がさらに突き出す。
「いったい、何がはじまるの。
乱暴だけはしないでね。
暴力沙汰になるとあなただけじゃなくて、あとで私も困るから」
「男同士の話をするだけだ。お前が余計なことを心配することはねぇ。
普通なら、1度ふられりゃ別の女だ。
ところがあの野郎ときたら、お前のどこがいいのか、3回もプロポーズしている。
それどころか、今度の誕生日にもまた、プロポーズするそうだ。
あいつが気に入った。
ということで、あいつと2人でこれから、もうすこし呑みに行く」
「変なことを吹きこまないでね。あとで私が困るんだから・・・」
「乗りかかった舟だ。
悪いようにはしねぇさ。安心して、すべて、俺に任せろ」
(78)へつづく
新田さらだ館は、こちら