趣味の日記

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香久山ウォーキング・前編

2010-11-16 23:50:49 | 歴史散策
東京帰りの疲労感をいささか引きずりながら家を出て、近鉄大福駅集合。
乗るつもりの電車に1台乗り遅れてしまい、集合時間ぎりぎりの到着。すみません、何もお手伝いできなくて・・・(汗)。

まずは吉備池廃寺に向かって出発。
周辺が‘吉備’と呼ばれている場所だけに、吉備大臣つまり吉備真備に由来するものがいろいろとあるそうなんですが、私の関心はもっぱら中世の城館跡という方面に(苦笑)。
桜井といえば開住(戒重)氏ですけど、お話の流れで「吉備氏もいたんでしたっけ?」と突然振られてうろたえました(爆)。
探してみると、国人衆の中に確かに‘吉備氏’の名前はあるようですが、それがこの場所かどうかはよくわかりませんでした。ただし、吉備真備と血のつながりがあるとかではなく、単に地名からそのまま吉備を名乗ったと考えるのが妥当でしょうね。そういう豪族は中世にたくさんいます。

吉備池廃寺は、舒明天皇がつくった百済大寺ではないかといわれる候補地だそうで。
現在は農作用の溜め池になっているので、一部しか発掘調査がされてないらしい。でも、それだけ大規模なお寺なら、ちょっと掘ったら何か出そうなものなのに~と思うのは、素人だからでしょうねぇ(爆)。

吉備をあとにして、次はもうひとつのお寺跡、青木廃寺へ。
こちらは、天武天皇の息子である高市皇子の供養に、子孫が建てたお寺の跡らしい。子孫の高階氏が寄進した瓦などが見つかってるそうで。
山の奥へ入っていったように感じましたが、裏の丘の向こう側はすぐ山田道になるそうなので、案外と幹線道路に面した場所。立地を想像すると、それなりに立派なお寺だったんだろうなぁと。
こちらも溜め池になってますが、池のほとりにお地蔵さんが鎮座しているのが、なんとも和やかでいて神聖な場所のような風情。

次に向かったのは、稚櫻神社。履中天皇ゆかりの神社だそうで・・・といっても、神話時代の天皇の名前は、今ひとつピンと来ない(苦笑)。
古代の天皇が代々ゆかりにしていたという伝承のある磐余池というのが、どうもこの辺りだったようで、言われてみるとどことなく、風景が池のほとりのように見えてきます。
さらに歩いて、御厨子神社へ。ここはもともと水尻神社と呼ばれたそうで、そういったところからも、この辺りが昔は池だったんじゃないかと考えられるんですね。
いろいろお話を聞いてると、昔から伝わる地名ってやっぱり大事なんだなぁと思えてきます。

ぼちぼちお腹も空いてきて、香久山の麓の万葉の森公園で昼食休憩。
ポプラの樹でしょうか、黄色く染まって、とっても綺麗でした(写真はくすんでますけど/苦笑)。

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