龍巌寺には前にも行っていますが神宮前に行くことがあったので、再び散策してみました。今回は江戸名称図会めぐりとして再編集します。江戸名所図会より
残念ながら檀家さん以外は中には入れないと書かれていました。奥が本殿、手前にお地蔵さんがありました。
門前にイチョウの木がありました。前回来た時は青々としていました。
その昔は松の大木があったようです。
★ランドマーク龍巌寺(りゅうがんじ、竜岩寺):龍巌寺は勢揃坂の途中にあって古風な山門を持つ、臨済宗の寺である。山号を古碧山という。かつて龍厳寺には松の名木、『笠松』、またの名を『円座の松』があった。この松は江戸時代には葛飾北斎の浮世絵(「青山円座松」)や歌川広重(「竜巌寺円座の松」)に描かれ、『江戸名所図会』にも取り上げられる名所であった。
龍巌時の山門を入って右手の奥には、八幡太郎義家が腰を掛けたと伝えられる石「腰掛石」が残っている。義家はこの寺の天満宮で出陣の連句をやって社前に奉納したことがあって、この天満宮は俗に句寄(くよせ)の天神とも呼ばれた。とおうことのようです。
私の彩江戸名所図会大人の塗り絵より
葛飾北斎「青山円座の松」
この絵で、龍巌寺の前の坂道を旅人が歩いていますが、旧鎌倉街道で坂は勢揃坂というらしいです。
★ランドマーク勢揃坂:ここのゆるい勾配の坂を 勢揃坂 といい,渋谷区内に残っている 古道のひとつです。
後三年の役 -- 永保三(1083)年に 八幡太郎義家が奥州征伐にむかうとき,ここで軍勢をそろえて出陣して行ったといわれ,この名が残されております。
このとき従軍した武士のなかに 板東八平氏(平氏の一族)のひとり川崎重家(渋谷の領主)がおり,手柄をたてたという伝説があります。
真偽についてはもちろんわかりませんが,区内に伝わる 源氏に関する伝説のひとつとして注目されます。
渋谷区教育委員会
今回は東京メトロ外苑前で降りて古地図にも載っている通りを抜けて熊野神社の前を右折して坂を下りて龍巌寺に向かいました。川は今ありませんが上の新宿御苑になっているところ
玉川上水からの水になっています。外苑前の通りは青山通りに、川の所は外苑西通りになっています。国立競技場は2020年のオリンピックに向けて工事中です。