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ランドマーク探しⅢ

2012年から出張先での風景や社寺仏閣、由緒を訪ねて記録してきました。2016年からは自分の足で散策し、記録しています。

浜松のネコさん

2013年11月20日 22時01分59秒 | 訪問地周辺散策
浜松に出張でした。新幹線から富士山がきれいに見えていました。
浜松の施設は2か所で城の後ろと駅前にあります。市役所の南の停留場でバスを降りて浜松城公園の中を通って施設に向かいました。バス停から見える浜松城です。浜松城公園浜松城
施設の隣に西来院という徳川家康の正室、築山殿の廟所がある寺があります。西来院由来西来院の本堂は戦災で焼け落ちたため、現在は鉄筋造りの近代建築です。ここのネコさんです。スズメを追いかけていました。こちらは普済寺です。施設と城との中間にあります。お寺由緒では、静岡県浜松市の中区にある普済寺(ふさいじ)は、広沢山(こうたくさん)と号する曹洞宗の寺です。十五世紀のはじめ、寒厳義尹(かんがんぎいん)が開山、その後、肥後国(熊本県)大慈寺からきた華蔵義曇(けぞうぎどん)が寒厳禅師の遺志を継ぎ、東海の禅堂としてこの地に普済寺を建立しました。となっています。こちらのネコさんです。お寺には他にもネコさんがいたのですが、少し寒かったので動き回っていて写真に収められませんでした。
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浜松城

2013年11月20日 00時14分00秒 | 訪問地周辺探索

浜松に出張でした。3回目です。施設が駅前と城の後ろにあるので、その周辺だけの散策になります。20131120_122103


 

 

 

 

 

城の天守閣の修理中でしたが、近くまで行きました。これは市役所前の道路からの写真です。
浜松では、徳川家康が築いた浜松城は、
        天下統一への足がかりとなった「出世城」だと売り込んでいます。
案内では、永禄11年(1568)、三河から東進し、今川領の制圧を開始した徳川家康。家康は、駿府に攻め込んできた武田信玄の侵攻に備え、遠州一帯を見渡せる三方ヶ原の丘に着目しました。天下を盗るためには、まず信玄を倒さなければならないと判断した家康は、元亀元年(1570)、岡崎城を長男の信康に譲り、三方原台地の東南端に浜松城を築城、駿遠経営の拠点としました。       
徳川家康は29歳~45歳までの17年間を浜松城で過ごしました。有名な姉川、長篠、小牧・長久手の戦いもこの期間中の出来事で、特に元亀3年(1572)の三方ヶ原の合戦は、関ヶ原の合戦以上の激闘であったと伝えられています。家康にとって、浜松在城17年間は、徳川300年の歴史を築くための試練の時代だったと言えるでしょう。と書かれています。
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周辺は公園になっています。紅葉もそろそろ見頃になっています。



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下の写真は、裏の公園から撮ったものです。



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